数学や物理学の数式では、同じ文字にアクセント記号を付けて異なる意味を持たせることがよくあります。推定値を表すハット $\hat{\theta}$、フーリエ変換を表すチルダ $\tilde{f}$、平均を表すバー $\bar{x}$、時間微分を表すドット $\dot{x}$ など、アクセント記号は少ない文字で豊富な情報を表現するための便利な道具です。
しかし、アクセント記号の種類は多く、それぞれ適切なコマンドを使わないと見た目が崩れてしまいます。特に、長い変数名にアクセントを付ける場合は \hat と \widehat の使い分けが重要です。
本記事の内容
- 主要なアクセント記号の一覧と書き方
- 短いアクセントと長い(wide)アクセントの使い分け
- 分野ごとの慣用的な使い方
- 複数のアクセントを重ねる方法
- KaTeXでの互換性
前提知識
この記事を読む前に、以下の記事を読んでおくと理解が深まります。
- ギリシャ文字一覧とLaTeXでの書き方 — アクセントを付けるギリシャ文字
- ベクトルの太字・矢印記号をLaTeXで書く — ベクトルのアクセント
アクセント記号の一覧
基本的なアクセント記号
LaTeXの数式モードで使えるアクセント記号を一覧にまとめます。日常的に使う頻度の高いものから順に紹介します。
| 出力 | コマンド | 名称 | 主な用途 |
|---|---|---|---|
| $\hat{a}$ | \hat{a} |
ハット | 推定値、単位ベクトル |
| $\tilde{a}$ | \tilde{a} |
チルダ | フーリエ変換、近似値 |
| $\bar{a}$ | \bar{a} |
バー | 平均値、共役複素数 |
| $\dot{a}$ | \dot{a} |
ドット | 1階時間微分 |
| $\ddot{a}$ | \ddot{a} |
ダブルドット | 2階時間微分 |
| $\vec{a}$ | \vec{a} |
ベクトル矢印 | ベクトル |
| $\acute{a}$ | \acute{a} |
アキュート | (数式では稀) |
| $\grave{a}$ | \grave{a} |
グレーブ | (数式では稀) |
| $\breve{a}$ | \breve{a} |
ブレーベ | 短い弧 |
| $\check{a}$ | \check{a} |
チェック/ハーチェク | チェコ系の数学者名由来 |
| $\mathring{a}$ | \mathring{a} |
リング | (特殊な用途) |
使用例
それぞれの記号がどのような場面で使われるか、具体例を見てみましょう。
$$ \hat{\theta} = \underset{\theta}{\operatorname{argmin}} \sum_{i=1}^n (y_i – f(x_i; \theta))^2 $$
この式では、$\hat{\theta}$(シータハット)は「最適化によって得られたパラメータの推定値」を意味しています。
$$ \bar{x} = \frac{1}{n}\sum_{i=1}^n x_i $$
$\bar{x}$(エックスバー)は「データの平均値」を表す、統計学で最もよく使われるアクセント記号の一つです。
$$ \dot{x} = \frac{dx}{dt}, \quad \ddot{x} = \frac{d^2x}{dt^2} $$
$\dot{x}$(エックスドット)と $\ddot{x}$(エックスダブルドット)は、ニュートン記法で時間微分を表します。力学で頻出します。
基本的なアクセント記号を一覧で確認しました。次に、長い変数名に対応した「wide」アクセントについて解説します。
短いアクセントと長い(wide)アクセント
問題:通常のアクセントは1文字用
\hat、\tilde、\bar などの通常のアクセントは、基本的に1文字に対して付けることを想定しています。複数文字に付けると、アクセント記号が短すぎて不自然な見た目になります。
$$ \hat{xy} \quad \text{vs} \quad \widehat{xy} $$
左が \hat{xy}、右が \widehat{xy} です。\hat では記号が最初の文字の上にしか被りませんが、\widehat は文字列全体を覆います。
wide アクセントの一覧
| 短いアクセント | 長いアクセント | 出力比較 |
|---|---|---|
\hat{AB} → $\hat{AB}$ |
\widehat{AB} → $\widehat{AB}$ |
幅広ハット |
\tilde{AB} → $\tilde{AB}$ |
\widetilde{AB} → $\widetilde{AB}$ |
幅広チルダ |
\bar{AB} → $\bar{AB}$ |
\overline{AB} → $\overline{AB}$ |
上線 |
\widehat:幅広ハット
$$ \widehat{ABC}, \quad \widehat{\bm{x}}, \quad \widehat{\theta_{\text{ML}}} $$
$$
\widehat{ABC}, \quad \widehat{\bm{x}}, \quad \widehat{\theta_{\text{ML}}}
$$
\widehat は最大推定量 $\widehat{\theta_{\text{ML}}}$(maximum likelihood estimator)のように、添字付きのパラメータに使うと便利です。
\widetilde:幅広チルダ
$$ \widetilde{f}(k), \quad \widetilde{\bm{A}} $$
$$
\widetilde{f}(k), \quad \widetilde{\bm{A}}
$$
フーリエ変換後の関数を $\widetilde{f}$ で表すことがあります。
\overline:上線
\overline は \bar の幅広版で、任意の長さの式の上に線を引きます。
$$ \overline{AB}, \quad \overline{x + y}, \quad \overline{z} $$
$$
\overline{AB}, \quad \overline{x + y}, \quad \overline{z}
$$
幾何学で線分 $\overline{AB}$ を表すときや、複素共役 $\overline{z}$ を表すときに使います。
使い分けの指針
| 状況 | 推奨するコマンド |
|---|---|
| 1文字にハット | \hat{x} |
| 複数文字にハット | \widehat{xy} |
| 1文字にチルダ | \tilde{x} |
| 複数文字にチルダ | \widetilde{xy} |
| 1文字にバー | \bar{x} |
| 複数文字にバー・線分 | \overline{AB} |
短い/長いアクセントの使い分けを理解しました。次に、分野ごとのアクセント記号の慣用的な使い方を見ていきましょう。
分野ごとの慣用的な使い方
統計学・機械学習
| 表記 | LaTeX | 意味 |
|---|---|---|
| $\hat{\theta}$ | \hat{\theta} |
パラメータの推定値 |
| $\hat{y}$ | \hat{y} |
予測値 |
| $\bar{x}$ | \bar{x} |
標本平均 |
| $\tilde{x}$ | \tilde{x} |
中央値、変換後の値 |
統計学では、真のパラメータ $\theta$ と推定値 $\hat{\theta}$ を区別する表記が非常に重要です。
$$ \hat{\theta}_n \xrightarrow{P} \theta \quad (n \to \infty) $$
これは「推定量 $\hat{\theta}_n$ がサンプルサイズ $n$ が大きくなると真のパラメータ $\theta$ に確率収束する」ことを表しています。
物理学・力学
| 表記 | LaTeX | 意味 |
|---|---|---|
| $\dot{x}$ | \dot{x} |
速度(位置の時間微分) |
| $\ddot{x}$ | \ddot{x} |
加速度(位置の2階時間微分) |
| $\hat{\bm{n}}$ | \hat{\bm{n}} |
単位法線ベクトル |
| $\hat{\bm{e}}_r$ | \hat{\bm{e}}_r |
動径方向の単位ベクトル |
| $\bar{v}$ | \bar{v} |
平均速度 |
ニュートンの運動方程式はドット記法を使って次のように書きます。
$$ m\ddot{\bm{r}} = \bm{F} $$
$$
m\ddot{\bm{r}} = \bm{F}
$$
$\ddot{\bm{r}}$ は位置ベクトル $\bm{r}$ の2階時間微分、すなわち加速度です。
信号処理・フーリエ解析
| 表記 | LaTeX | 意味 |
|---|---|---|
| $\hat{f}(\omega)$ | \hat{f}(\omega) |
フーリエ変換 |
| $\tilde{f}(k)$ | \tilde{f}(k) |
離散フーリエ変換 |
| $\bar{f}$ | \bar{f} |
時間平均 |
フーリエ変換の表記:
$$ \hat{f}(\omega) = \int_{-\infty}^{\infty} f(t) e^{-i\omega t} \, dt $$
複素解析
| 表記 | LaTeX | 意味 |
|---|---|---|
| $\bar{z}$ | \bar{z} |
共役複素数 |
| $\overline{z}$ | \overline{z} |
共役複素数(別表記) |
$$ z \bar{z} = |z|^2 $$
分野ごとの慣用を確認しました。次に、アクセント記号を重ねて使う方法を解説します。
アクセントの重ね合わせ
2つのアクセントを重ねる
1つの文字に2つのアクセントを重ねることも可能です。
$$ \hat{\dot{x}}, \quad \dot{\hat{x}}, \quad \bar{\hat{x}} $$
$$
\hat{\dot{x}}, \quad \dot{\hat{x}}, \quad \bar{\hat{x}}
$$
アクセントは外側のコマンドが上に配置されます。\hat{\dot{x}} では下にドット、上にハットが付きます。
カルマンフィルタでの使用例
制御工学のカルマンフィルタでは、推定値のドット記法が登場します。
$$ \dot{\hat{\bm{x}}} = \bm{A}\hat{\bm{x}} + \bm{K}(\bm{y} – \bm{C}\hat{\bm{x}}) $$
$$
\dot{\hat{\bm{x}}} = \bm{A}\hat{\bm{x}} + \bm{K}(\bm{y} - \bm{C}\hat{\bm{x}})
$$
ここでは \dot{\hat{\bm{x}}} のように3重のコマンドを重ねています。太字(\bm)、ハット(\hat)、ドット(\dot)の順で内側から適用しています。
注意点
アクセントを3つ以上重ねると、表示が崩れる場合があります。2つまでに留めるのが実用的です。
アクセントの重ね合わせを理解しました。次に、上付き・下付きの修飾記号を紹介します。
その他の修飾記号
上付きの記号
アクセント以外にも、文字や式の上に配置する記号があります。
| 出力 | コマンド | 用途 |
|---|---|---|
| $\overbrace{abc}$ | \overbrace{abc} |
上波括弧 |
| $\overleftarrow{AB}$ | \overleftarrow{AB} |
左向き矢印 |
| $\overrightarrow{AB}$ | \overrightarrow{AB} |
右向き矢印 |
| $\overleftrightarrow{AB}$ | \overleftrightarrow{AB} |
双方向矢印 |
下付きの記号
| 出力 | コマンド | 用途 |
|---|---|---|
| $\underbrace{abc}$ | \underbrace{abc} |
下波括弧 |
| $\underline{abc}$ | \underline{abc} |
下線 |
| $\underleftarrow{AB}$ | \underleftarrow{AB} |
下の左向き矢印 |
\overbrace と \underbrace については別の記事で詳しく解説しています。
\stackrel:文字の上に記号を置く
等号の上に条件を書くなど、記号の上に注釈を付けたい場合は \stackrel を使います。
$$ \bm{A} \stackrel{\text{def}}{=} \bm{B}^\mathrm{T}\bm{B} $$
$$
\bm{A} \stackrel{\text{def}}{=} \bm{B}^\mathrm{T}\bm{B}
$$
「定義により等しい」ことを表す $\stackrel{\text{def}}{=}$ は論文でよく見る表記です。
\overset と \underset
\overset と \underset はより汎用的に文字の上下に記号を配置します。
$$ X \overset{d}{\sim} N(\mu, \sigma^2) $$
$$
X \overset{d}{\sim} N(\mu, \sigma^2)
$$
「確率変数 $X$ が正規分布 $N(\mu, \sigma^2)$ に従う(分布の意味で)」ことを表しています。
その他の修飾記号を紹介しました。最後に、KaTeXでの互換性を確認しましょう。
LaTeX vs KaTeX の注意点
| コマンド | KaTeX対応 | 備考 |
|---|---|---|
\hat |
対応 | — |
\widehat |
対応 | — |
\tilde |
対応 | — |
\widetilde |
対応 | — |
\bar |
対応 | — |
\overline |
対応 | — |
\dot |
対応 | — |
\ddot |
対応 | — |
\vec |
対応 | — |
\check |
対応 | — |
\breve |
対応 | — |
\mathring |
対応 | — |
\stackrel |
対応 | — |
\overset |
対応 | — |
\underset |
対応 | — |
KaTeXではすべてのアクセント記号が問題なくサポートされています。
よくある間違いとTips
間違い1:\hat を複数文字に使う
% 見た目が悪い
$\hat{xy}$
% 正しい
$\widehat{xy}$
2文字以上には \widehat を使いましょう。
間違い2:\bar と \overline の混同
% 1文字の平均(推奨)
$\bar{x}$
% 複数文字や線分(推奨)
$\overline{AB}$
% 1文字に \overline を使うと上線が長すぎる場合がある
$\overline{x}$ % やや不自然
間違い3:ドット記法の階数
3階微分以上はドット記法では書きません。
% 1階微分
$\dot{x}$
% 2階微分
$\ddot{x}$
% 3階微分以上はライプニッツ記法を使う
$\frac{d^3 x}{dt^3}$ % \dddot はLaTeX標準では存在しない
Tips:アクセントと添字の順序
アクセントを付けた文字に添字を付ける場合、アクセントの外側に添字を書きます。
$$ \hat{\theta}_n, \quad \bar{x}_i, \quad \dot{q}_k $$
$$
\hat{\theta}_n, \quad \bar{x}_i, \quad \dot{q}_k
$$
\hat{\theta_n} と書くと $n$ もハットの下に入ってしまうことがあるため、\hat{\theta}_n と書くのが安全です。
まとめ
本記事では、LaTeXで数式のアクセント記号を書く方法を解説しました。
- ハット:
\hat(1文字)、\widehat(複数文字)— 推定値、単位ベクトル - チルダ:
\tilde(1文字)、\widetilde(複数文字)— フーリエ変換、近似値 - バー:
\bar(1文字)、\overline(複数文字)— 平均、共役、線分 - ドット:
\dot(1階微分)、\ddot(2階微分)— ニュートン記法 - 重ね合わせ: アクセントは2つまで重ねられる
アクセント記号を適切に使うことで、少ない文字数で豊富な意味を表現できます。
次のステップとして、以下の記事も参考にしてください。
- ベクトルの太字・矢印記号をLaTeXで書く — ベクトル関連の表記
- 数式に波括弧の注釈をつける — overbrace・underbrace の詳細
- ギリシャ文字一覧とLaTeXでの書き方 — アクセントと組み合わせるギリシャ文字