「LaTeX でベクトルを太字にしたいけど、\bm と \boldsymbol と \mathbf のどれを使えばいい?」「\mathbf{\alpha} と書いたのにギリシャ文字が太字にならない」「矢印付きのベクトル $\vec{a}$ はどう書く?」——LaTeX の太字・ベクトル表記は、似た名前のコマンドが複数あるうえ、それぞれ微妙に挙動が違うため、最初に必ず迷うポイントです。
この記事は、そんな「太字とベクトルをLaTeXでどう書くか」を一気に解決するための逆引きリファレンスです。テキストの太字(\textbf)と数式の太字の違いから始めて、数式太字3兄弟(\bm・\boldsymbol・\mathbf)の使い分け、ギリシャ文字の太字、矢印付きベクトル(\vec・\overrightarrow)、単位ベクトルのハット、列ベクトル・行列・ゼロベクトルまで、コピペできる実例を大量に載せて網羅します。
太字ベクトルは、機械学習の特徴ベクトル $\bm{x} \in \mathbb{R}^d$、物理学の運動方程式 $\bm{F} = m\bm{a}$、統計の共分散行列 $\bm{\Sigma}$ など、理工系のあらゆる文書で毎日のように使います。本記事で「迷ったらここを見れば書ける」状態を作っておきましょう。
本記事の内容
- まず結論:太字・ベクトル記法の逆引き早見表(コピペ用)
- テキストの太字(
\textbf)と数式の太字は別物 - 数式太字3コマンド
\bm・\boldsymbol・\mathbfの違い(比較表つき) - ギリシャ文字を太字にする方法
- 矢印によるベクトル表記(
\vec・\overrightarrow)と太字との使い分け - 単位ベクトル(ハット記号)の書き方
- 列ベクトル・行ベクトル・行列・ゼロベクトルの書き方
- 機械学習・物理でよく使う太字数式の実例集
- KaTeX・MathJax での対応状況
まず全体像です。LaTeX で「太字」と一口に言っても、文章を太字にする系統と数式中の変数を太字にする系統の2つに大きく分かれます。検索で情報が混ざりやすいのは、この2系統が頭の中で整理できていないことが一因です。

図のとおり、地の文の強調は \textbf{...}、数式中のベクトルや行列は \bm{...}・\boldsymbol{...}・\mathbf{...} というように、入口からして別物です。本記事はこの分岐を出発点に、右側の「数式太字」を中心に掘り下げていきます。
前提知識
この記事を読む前に、以下の記事を読んでおくと理解が深まります。
- 行列をLaTeXで書く方法を徹底解説 — 行列環境の基本
- ギリシャ文字一覧とLaTeXでの書き方 — 太字にするギリシャ文字
まず結論:太字・ベクトル記法の逆引き早見表
細かい解説の前に、「やりたいこと」から逆引きできる早見表を置いておきます。急いでいる人はここからコピペしてください。各セクションで意味と使い分けを詳しく説明します。
| やりたいこと | LaTeX コード | 表示 |
|---|---|---|
| ベクトルを太字(斜体)にする | \bm{x} |
$\bm{x}$ |
| ベクトルを太字にする(amsmath標準) | \boldsymbol{x} |
$\boldsymbol{x}$ |
| 立体(ローマン体)の太字 | \mathbf{x} |
$\mathbf{x}$ |
| ギリシャ文字を太字にする | \bm{\alpha} |
$\bm{\alpha}$ |
| 矢印付きベクトル | \vec{a} |
$\vec{a}$ |
| 2文字以上に長い矢印 | \overrightarrow{AB} |
$\overrightarrow{AB}$ |
| 単位ベクトル(ハット) | \hat{\bm{e}}_x |
$\hat{\bm{e}}_x$ |
| 行列を太字にする | \bm{A} |
$\bm{A}$ |
| ゼロベクトル | \bm{0} |
$\bm{0}$ |
| ナブラ(勾配)を太字に | \bm{\nabla} |
$\bm{\nabla}$ |
| 太字フォントが無い記号を太字風に | \pmb{x} |
$\pmb{x}$ |
| 列ベクトル | \begin{pmatrix} x_1 \\ x_2 \end{pmatrix} |
$\begin{pmatrix} x_1 \\ x_2 \end{pmatrix}$ |
| 転置付き行ベクトル | \bm{x}^\top |
$\bm{x}^\top$ |
| ベクトルの時間微分 | \dot{\bm{x}} |
$\dot{\bm{x}}$ |
| 文章(テキスト)の太字 | \textbf{重要} |
— |
| 数式中の太字の単語 | \textbf{s.t.} など |
— |
早見表だけで用が足りることも多いですが、「なぜ \mathbf{\alpha} でギリシャ文字が太字にならないのか」「\bm と \boldsymbol はどちらが安全か」など、知らないとハマるポイントがあります。ここから先で一つずつ丁寧に見ていきましょう。
テキストの太字と数式の太字は別物
最初に押さえるべき大前提があります。LaTeX では、文章(テキスト)を太字にするコマンドと、数式を太字にするコマンドはまったく別です。「latex 太字」で検索すると両方の情報が混ざって出てくるため、ここを整理しておくと後の混乱がなくなります。
文章の太字:\textbf
地の文の強調には \textbf を使います。
この定理は\textbf{非常に重要}です。
昔の書き方として {\bf 重要} という記法を見かけることがありますが、\bf は LaTeX 2.09 時代の古いコマンドで、現在は非推奨です。新しく書く文書では必ず \textbf を使いましょう。
数式の太字:\bm・\boldsymbol・\mathbf
一方、数式モードの中の変数を太字にするには、専用の数式太字コマンドを使います。\textbf を数式中の変数に使うと、太字にはなるものの立体(非斜体)のテキスト扱いになり、字間や書体が数式として不自然になります。
% NG: 数式の変数にテキスト用コマンドを使う
$\textbf{x} + \textbf{y}$
% OK: 数式太字コマンドを使う
$\bm{x} + \bm{y}$
つまり使い分けはシンプルで、文章なら \textbf、数式なら \bm(または \boldsymbol・\mathbf)です。
では、その数式太字コマンドが3種類もあるのはなぜか。次のセクションで違いを正面から比較します。ここが本記事の核心です。
数式太字3コマンドの違い:\bm vs \boldsymbol vs \mathbf
まず比較表
3つのコマンドの違いを1つの表にまとめます。
| 特性 | \bm{x} |
\boldsymbol{x} |
\mathbf{x} |
|---|---|---|---|
| 書体 | 太字イタリック $\bm{x}$ | 太字イタリック $\boldsymbol{x}$ | 太字ローマン(立体) $\mathbf{x}$ |
| ギリシャ文字(小文字) | 太字になる $\bm{\alpha}$ | 太字になる $\boldsymbol{\alpha}$ | 太字にならない |
| 記号($\nabla$ など) | 太字になる | 太字になる | 太字にならない |
| 必要パッケージ | bm |
amsmath(amsbsy) |
なし(標準) |
| KaTeX 対応 | 対応 | 対応 | 対応 |
| 主な用途 | ベクトル・行列全般 | \bm の代替 |
立体太字の流儀・特定記号 |
表だけだと書体の差がイメージしづらいので、実際に並べてレンダリングした図を見てください。

\bm{x} と \boldsymbol{x} は同じ「斜体太字」、\mathbf{x} だけが立て起こした「立体太字」になっています。いちばん下の細字 $x$(スカラー)と見比べると、太字化で字の太さが増しているのがわかります。次に挙げる \pmb も見た目は斜体太字の仲間です。
\bm:迷ったらこれ(推奨)
\bm(bold math)は bm パッケージが提供するコマンドで、数式中のほぼあらゆる文字・記号を太字にできます。変数の斜体(イタリック)を保ったまま太字になるため、「ベクトルは太字イタリック」という数学・物理の標準的な組版規則に一致します。
$$ \bm{x}, \quad \bm{v}, \quad \bm{F}, \quad \bm{\alpha}, \quad \bm{\nabla} $$
% プリアンブルに \usepackage{bm} が必要
$$
\bm{x}, \quad \bm{v}, \quad \bm{F}, \quad \bm{\alpha}, \quad \bm{\nabla}
$$
ラテン文字だけでなく、ギリシャ文字($\bm{\alpha}$)やナブラ($\bm{\nabla}$)のような記号まで太字にできるのが強みです。LaTeX 文書では、プリアンブルへの \usepackage{bm} を忘れずに(忘れると「Undefined control sequence \bm」エラーになります)。
\boldsymbol:amsmathだけで使える代替
\boldsymbol は amsmath(正確にはその一部の amsbsy)が提供するコマンドで、見た目は \bm とほぼ同じ太字イタリックです。
$$ \boldsymbol{x}, \quad \boldsymbol{\alpha}, \quad \boldsymbol{\Sigma} $$
% プリアンブルに \usepackage{amsmath} があれば使える
$$
\boldsymbol{x}, \quad \boldsymbol{\alpha}, \quad \boldsymbol{\Sigma}
$$
\bm との違いは内部処理です。\bm は太字フォントが存在しない記号に対して「少しずらして重ね打ちする」フォールバック(poor man’s bold)まで備えており、エッジケースに強い設計になっています。一方 \boldsymbol は追加パッケージなし(amsmath のみ)で済む手軽さがあります。実用上は、
- LaTeX 文書で自由にパッケージを足せる →
\bmを使う - パッケージを増やしたくない・投稿規定で amsmath のみ →
\boldsymbolを使う
という選び方で問題ありません。どちらを選んでも、1つの文書内では統一することが大切です。
\mathbf:立体太字(ギリシャ文字には効かない)
\mathbf は追加パッケージなしで使える標準コマンドですが、出力はローマン体(立体)の太字です。
$$ \mathbf{x}, \quad \mathbf{v}, \quad \mathbf{F} $$
$$
\mathbf{x}, \quad \mathbf{v}, \quad \mathbf{F}
$$
斜体の $\bm{x}$ と立体の $\mathbf{x}$ を並べると違いがはっきりわかります。
$$ \bm{x} \quad \text{(bm: 斜体太字)} \qquad \mathbf{x} \quad \text{(mathbf: 立体太字)} $$

左の斜体太字は文字が右に傾き、右の立体太字はまっすぐ立っています。ISO 80000-2(量記号の組版規格)ではベクトルや行列は斜体太字と定められているため、論文や多くの教科書では左側が標準です。立体太字は後述するように一部の分野で使われる流儀です。
そして最大の注意点:\mathbf は小文字ギリシャ文字に効きません。\mathbf{\alpha} と書いても太字にならず、普通の $\alpha$ のまま表示されます。これは \mathbf が「英数字のフォントを太字ローマンに切り替える」コマンドであり、ギリシャ小文字がそのフォントに含まれていないためです。「latex ベクトル 太字」で検索する人の多くがこの罠を踏んでいます。
なお、海外の教科書や機械学習の論文(深層学習の有名教科書など)では「ベクトルは立体太字 $\mathbf{x}$」という流儀も広く使われています。立体か斜体かは分野・出版社の慣習なので、どちらかが間違いというわけではありません。ISO の組版規格ではベクトルは太字イタリックと定められているため、本ブログでは \bm に統一しています。
\pmb:太字フォントが無いときの最終手段
3兄弟の番外編として \pmb(poor man’s bold=貧者の太字)も知っておくと困りません。これは amsmath が提供するコマンドで、対象の記号をわずかに位置をずらして3回重ね打ちすることで、見かけ上の太字を作ります。
% amsmath があれば使える
$\pmb{x}, \quad \pmb{\alpha}, \quad \pmb{\nabla}$
専用の太字フォントが用意されていない珍しい記号でも、とにかく「太く見せる」ことができるのが利点です。ただし重ね打ちのため輪郭が少しにじみ、本物の太字フォントよりも見た目が粗くなります。実は \bm は内部で「太字フォントがあればそれを使い、無ければ \pmb 相当のフォールバックに切り替える」という賢い処理をしています。つまり通常は \bm を使えば十分で、\pmb を直接書く場面はほとんどありません。エッジケースの保険として頭の片隅に置いておけば大丈夫です。
どのコマンドにどのパッケージが要るか
ここで、各コマンドの「読み込みが必要なパッケージ」を整理しておきます。エラーの多くは、このパッケージの読み込み忘れが原因です。

\bm…bmパッケージ(\usepackage{bm})が必要\boldsymbol・\pmb…amsmath(内部的には amsbsy)が必要。\usepackage{amsmath}を入れておけば両方使える\mathbf… 標準コマンドで追加パッケージ不要
bm パッケージは amsbsy の \boldsymbol を土台に、記号への対応とフォールバックを強化した後発のパッケージです。だからこそ「最強だが追加読み込みが要る \bm」「手軽だが守備範囲がやや狭い \boldsymbol」という関係になります。論文投稿で \usepackage を自由に足せない規定のときは \boldsymbol、それ以外は \bm、と覚えておけば迷いません。
結論:どれを使うべきか
- 基本は
\bm{x}(要\usepackage{bm})。ギリシャ文字も記号も太字にでき、太字イタリックで標準的 - amsmath しか使えないなら
\boldsymbol{x}。見た目はほぼ同じ - 立体太字の流儀に合わせるときだけ
\mathbf{x}。ただしギリシャ文字には効かない
この判断を1枚のフローチャートにまとめると、毎回迷わず選べます。

まず「文章か数式か」で分かれ、数式側はさらに「立体太字にしたいか」「bm パッケージを使えるか」で枝分かれします。立体を選ぶと \mathbf(ただしギリシャ小文字は不可)、斜体なら bm が使えるとき \bm、使えないとき \boldsymbol、という流れです。このフローを一度なぞっておけば、コマンド選びで手が止まることはなくなります。
3兄弟の違いがわかったところで、いま何度か登場した「ギリシャ文字の太字」を、パターン別に整理しておきましょう。
ギリシャ文字を太字にする
機械学習や統計では、パラメータベクトル $\bm{\theta}$、係数ベクトル $\bm{\beta}$、共分散行列 $\bm{\Sigma}$ など、ギリシャ文字の太字が頻出します。書き方をパターン別にまとめます。
$$ \bm{\alpha}, \quad \bm{\beta}, \quad \bm{\theta}, \quad \bm{\mu}, \quad \bm{\Sigma}, \quad \bm{\Lambda} $$
$$
\bm{\alpha}, \quad \bm{\beta}, \quad \bm{\theta}, \quad \bm{\mu}, \quad \bm{\Sigma}, \quad \bm{\Lambda}
$$
| 対象 | 正しい書き方 | \mathbf での結果 |
|---|---|---|
| ギリシャ小文字($\alpha$ など) | \bm{\alpha} または \boldsymbol{\alpha} |
太字にならない |
| ギリシャ大文字($\Sigma$ など) | \bm{\Sigma} または \boldsymbol{\Sigma} |
環境により太字になるが立体 |
| ラテン文字 | \bm{x}・\boldsymbol{x}・\mathbf{x} いずれも可 |
立体太字になる |
実際に同じ文字へ各コマンドをかけて、太字になるかどうかを並べてみます。

\bm{\alpha} や \boldsymbol{\beta} は太く描かれますが、\mathbf{\alpha} は細字の $\alpha$ のままで、太字化に失敗しています。理由は、\mathbf が「英数字を太字ローマン体のフォントに切り替える」コマンドであり、そのフォントにギリシャ小文字が含まれていないためです。切り替え先に文字が無いので、元のまま表示されてしまうわけです。
要点は1つです。ギリシャ文字の太字には \bm か \boldsymbol を使う。\mathbf は使わない。これだけ覚えておけば、「$\bm{\theta}$ と書きたいのに $\theta$ のまま」というトラブルは起きません。
機械学習の文書では、たとえば線形回帰のパラメータをこう書きます。
$$ \hat{\bm{\beta}} = (\bm{X}^\top \bm{X})^{-1} \bm{X}^\top \bm{y} $$
$$
\hat{\bm{\beta}} = (\bm{X}^\top \bm{X})^{-1} \bm{X}^\top \bm{y}
$$
最小二乗推定量の式です。ギリシャ文字ベクトル $\bm{\beta}$、行列 $\bm{X}$、ベクトル $\bm{y}$ がすべて \bm で統一されています。
太字によるベクトル表記はここまでで一通り押さえました。次は、もう1つの主要な流儀——矢印によるベクトル表記です。
矢印によるベクトル表記(\vec・\overrightarrow)
\vec:文字の上に矢印
手書きの感覚に最も近いのが \vec です。文字の上に小さな矢印を付けます。
$$ \vec{a}, \quad \vec{v}, \quad \vec{F} $$
$$
\vec{a}, \quad \vec{v}, \quad \vec{F}
$$
日本の高校数学・初等物理の教科書はほぼこの表記なので、教材や講義ノートを作るときは \vec が読者になじみます。
\overrightarrow:2文字以上に伸びる矢印
「点 A から点 B へのベクトル」のように2文字以上に矢印をかけたいとき、\vec{AB} では矢印が短すぎて崩れます。中身の幅に合わせて矢印が伸びる \overrightarrow を使いましょう。
$$ \overrightarrow{AB}, \quad \overrightarrow{OP} $$
$$
\overrightarrow{AB}, \quad \overrightarrow{OP}
$$
逆向きの矢印 \overleftarrow{AB}($\overleftarrow{AB}$)や、両向きの \overleftrightarrow{AB}($\overleftrightarrow{AB}$)もあります。幾何の位置ベクトルでは \overrightarrow{AB} が定番です。
矢印と太字、どちらを使うべきか
| 観点 | 矢印($\vec{a}$) | 太字($\bm{a}$) |
|---|---|---|
| 読者層 | 高校生・初学者になじむ | 大学以上・論文の標準 |
| 長い式での見やすさ | 添字・上付きと重なりがち | 崩れにくい |
| 国際的な論文・教科書 | 少数派 | 主流(ISO 規格も太字) |
| 手書きとの一貫性 | 高い | 手書きでは再現しにくい |
実際に添字付きの式で比べてみます。
$$ \vec{a}_i \times \vec{b}_j \quad \text{vs} \quad \bm{a}_i \times \bm{b}_j $$

左の矢印版は、矢印が文字の上に乗るぶん行の高さが増し、添字 $i, j$ との位置関係も窮屈に見えます。右の太字版は高さが揃い、長い式に並べても崩れにくいのがわかります。矢印は上に飛び出すぶん、添字や微分のドットと干渉して行が高くなりがちです。レポート・論文では太字、高校範囲の教材では矢印、と使い分けるのが実用的な指針です。どちらを選んでも、1つの文書内で混在させないことが最も重要です。
ベクトル本体の書き方が出揃いました。次は、ベクトルの「向きだけ」を表す特別なベクトル——単位ベクトルです。
単位ベクトル(ハット記号)の書き方
\hat:ハット付きベクトル
大きさが1のベクトル(単位ベクトル)は、文字の上にハット(山形記号)を付けて表すのが慣習です。
$$ \hat{e}_x, \quad \hat{e}_y, \quad \hat{e}_z $$
$$
\hat{e}_x, \quad \hat{e}_y, \quad \hat{e}_z
$$
太字と組み合わせて「太字かつハット付き」にするスタイルもよく使われます。\hat の中に \bm を入れるだけです。
$$ \hat{\bm{e}}_x, \quad \hat{\bm{e}}_y, \quad \hat{\bm{e}}_z, \qquad \hat{\bm{n}} $$
$$
\hat{\bm{e}}_x, \quad \hat{\bm{e}}_y, \quad \hat{\bm{e}}_z, \qquad \hat{\bm{n}}
$$
$\hat{\bm{n}}$ は法線単位ベクトルとして、電磁気学(ガウスの法則の面積分)や流体力学で頻出します。
座標系ごとの単位ベクトル
| 分野・座標系 | 表記 | LaTeX |
|---|---|---|
| 直交座標 | $\hat{\bm{e}}_x, \hat{\bm{e}}_y, \hat{\bm{e}}_z$ | \hat{\bm{e}}_x など |
| 直交座標(別流儀) | $\bm{i}, \bm{j}, \bm{k}$ | \bm{i}, \bm{j}, \bm{k} |
| 円筒座標 | $\hat{\bm{e}}_r, \hat{\bm{e}}_\theta, \hat{\bm{e}}_z$ | \hat{\bm{e}}_\theta など |
| 球座標 | $\hat{\bm{e}}_r, \hat{\bm{e}}_\theta, \hat{\bm{e}}_\phi$ | \hat{\bm{e}}_\phi など |
| 法線・接線 | $\hat{\bm{n}}, \hat{\bm{t}}$ | \hat{\bm{n}}, \hat{\bm{t}} |
任意のベクトル $\bm{a}$ から単位ベクトルを作る定義式も載せておきます。ノルム(後述)との組み合わせの好例です。
$$ \hat{\bm{a}} = \frac{\bm{a}}{\|\bm{a}\|} $$
$$
\hat{\bm{a}} = \frac{\bm{a}}{\|\bm{a}\|}
$$
「ベクトルをその大きさで割れば、向きだけが残る」という定義がそのまま式になっています。この関係を絵にすると、太字記号が「向きと大きさを持つ矢印」そのものだという感覚がつかめます。

青い $\bm{a}$ はある長さ $\|\bm{a}\|$ を持った矢印で、それを長さで割った緑の $\hat{\bm{a}}$ は同じ向きで長さ1に縮んだ単位ベクトルです。記号としての「太字」は、紙の上のこの矢印を1文字で表す約束ごとだと考えると腹落ちします。ハットやチルダなどのアクセント記号全般はアクセント記号の記事で詳しく扱っています。
ここまでは「1本のベクトル」の記号でした。次は成分を並べて書く方法——列ベクトル・行ベクトルです。
列ベクトル・行ベクトル・行列の太字
列ベクトル
成分を縦に並べる列ベクトルは、行列環境 pmatrix で書きます。
$$ \bm{x} = \begin{pmatrix} x_1 \\ x_2 \\ x_3 \end{pmatrix} $$
$$
\bm{x} = \begin{pmatrix}
x_1 \\
x_2 \\
x_3
\end{pmatrix}
$$
\\ が改行(次の行へ)を表します。丸括弧の pmatrix の代わりに bmatrix を使うと角括弧 $\begin{bmatrix} x_1 \\ x_2 \end{bmatrix}$ になります。成分数が多いときは縦の省略記号 \vdots を挟みます。
$$ \bm{x} = \begin{pmatrix} x_1 \\ x_2 \\ \vdots \\ x_n \end{pmatrix} $$
$$
\bm{x} = \begin{pmatrix}
x_1 \\
x_2 \\
\vdots \\
x_n
\end{pmatrix}
$$
行ベクトルと転置
行ベクトルは成分を & で横に区切ります。実務では「列ベクトルの転置」として書くことが多く、転置記号には \top($\top$)か \mathrm{T} を使います。
$$ \bm{x}^\top = (x_1, x_2, \dots, x_n), \qquad \bm{x}^\top = \begin{pmatrix} x_1 & x_2 & \cdots & x_n \end{pmatrix} $$
$$
\bm{x}^\top = (x_1, x_2, \dots, x_n)
$$
$$
\bm{x}^\top = \begin{pmatrix} x_1 & x_2 & \cdots & x_n \end{pmatrix}
$$
x^T と普通の文字 T で書くと「T という変数の累乗」と紛らわしいため、記号の \top か立体の \mathrm{T} が推奨です。
行列・ゼロベクトル・1ベクトル
ベクトルを太字小文字で書く流儀では、行列は太字大文字で書いて区別します。さらに、すべての成分が0のゼロベクトル、すべて1のベクトル、単位行列も太字にします。
$$ \bm{A}\bm{x} = \bm{b}, \qquad \bm{x} \neq \bm{0}, \qquad \bm{1} = (1, \dots, 1)^\top, \qquad \bm{I} $$
$$
\bm{A}\bm{x} = \bm{b}, \qquad \bm{x} \neq \bm{0}, \qquad \bm{1} = (1, \dots, 1)^\top, \qquad \bm{I}
$$
特にゼロベクトルは要注意です。$\bm{x} = 0$ と書くと「ベクトルとスカラーが等しい」という型の合わない式になってしまいます。「ベクトルがゼロベクトルに等しい」なら $\bm{x} = \bm{0}$(\bm{0})と、右辺も太字にするのが正確な書き方です。
これでスカラー・ベクトル・行列の書体の使い分けが揃いました。
$$ \text{スカラー: } x, \qquad \text{ベクトル: } \bm{x}, \qquad \text{行列: } \bm{A} $$

スカラーは細字イタリック、ベクトルは太字小文字、行列は太字大文字。この3段で書体を変えると、式を見ただけで「これは数か、ベクトルか、行列か」が判別できます。この3段構えの区別を文書全体で一貫させることが、読みやすい数式の最大のコツです。とはいえ「どの流儀を選ぶか」は分野によって慣習が違います。次に、その地図を整理しておきましょう。
物理・線形代数のベクトル表記慣習
「ベクトルは矢印か太字か」「太字は斜体か立体か」は、絶対的な正解があるわけではなく、分野や教材のレベルで標準が違うだけです。書く相手に合わせて選べるよう、代表的な慣習をまとめます。

ざっくり言えば、高校〜初等物理の教材は矢印 $\vec{a}$、大学以上の物理・論文・線形代数は斜体太字 $\bm{a}$(行列は太字大文字 $\bm{A}$)が主流です。一部の深層学習の教科書は立体太字 $\mathbf{x}$ を採用しています。迷ったら「読者が誰か」で決めるのが実用的です。講義ノートなら受講生のレベルに合わせ、論文なら投稿先の慣習に合わせる——そう考えると選択がぶれません。
なお物理では、量の種類によって書体を細かく使い分ける流儀もあります。位置・速度・力などの幾何ベクトルは太字、添字で成分を表すときは細字($F_x, F_y, F_z$)、テンソルはサンセリフ体や二重ストローク、というように書体が「物の種類」を語ります。線形代数でも同じ発想で、データ行列 $\bm{X}$(太字大文字)の各行サンプルを $\bm{x}_i$(太字小文字)、その成分を $x_{ij}$(細字)と書き分けます。書体は単なる装飾ではなく、式の中の各記号が何者かを伝える情報チャネルなのです。
慣習の地図が頭に入ったところで、仕上げに、実際の分野でよく書く太字数式をコピペできる形でまとめます。
実践例:機械学習・物理でよく使う太字数式(コピペ用)
機械学習:線形モデルと勾配降下法
$$ y = \bm{w}^\top \bm{x} + b, \qquad \bm{w} \leftarrow \bm{w} – \eta \nabla_{\bm{w}} L(\bm{w}) $$
$$
y = \bm{w}^\top \bm{x} + b
$$
$$
\bm{w} \leftarrow \bm{w} - \eta \nabla_{\bm{w}} L(\bm{w})
$$
重みベクトル $\bm{w}$ と特徴ベクトル $\bm{x}$ の内積に、バイアス $b$(スカラーなので細字)を加えるのが線形モデル。勾配 $\nabla_{\bm{w}}$ の下付きにも太字がそのまま入ります。
機械学習:多変量ガウス分布
$$ \mathcal{N}(\bm{x} \mid \bm{\mu}, \bm{\Sigma}) = \frac{1}{(2\pi)^{d/2} |\bm{\Sigma}|^{1/2}} \exp\left( -\frac{1}{2} (\bm{x} – \bm{\mu})^\top \bm{\Sigma}^{-1} (\bm{x} – \bm{\mu}) \right) $$
$$
\mathcal{N}(\bm{x} \mid \bm{\mu}, \bm{\Sigma}) =
\frac{1}{(2\pi)^{d/2} |\bm{\Sigma}|^{1/2}}
\exp\left( -\frac{1}{2} (\bm{x} - \bm{\mu})^\top \bm{\Sigma}^{-1} (\bm{x} - \bm{\mu}) \right)
$$
平均ベクトル $\bm{\mu}$ と共分散行列 $\bm{\Sigma}$——ギリシャ文字の太字が主役の式です。\mathbf ではこの式は書けない($\mu$ が太字にならない)ことが、\bm を推す理由を端的に示しています。
物理:運動方程式とローレンツ力
$$ \bm{F} = m\bm{a} = m\ddot{\bm{x}}, \qquad \bm{F} = q(\bm{E} + \bm{v} \times \bm{B}) $$
$$
\bm{F} = m\bm{a} = m\ddot{\bm{x}}
$$
$$
\bm{F} = q(\bm{E} + \bm{v} \times \bm{B})
$$
時間微分のドット(\dot{\bm{x}} で1階、\ddot{\bm{x}} で2階)も太字の上にそのまま重ねられます。質量 $m$ や電荷 $q$ はスカラーなので細字のまま——ここでも書体の使い分けが効いています。
ベクトル演算:内積・外積・ノルム
$$ \bm{a} \cdot \bm{b} = \bm{a}^\top \bm{b} = \sum_{i=1}^n a_i b_i, \qquad \bm{a} \times \bm{b}, \qquad \|\bm{x}\|_2 = \sqrt{\sum_{i=1}^n x_i^2} $$
$$
\bm{a} \cdot \bm{b} = \bm{a}^\top \bm{b} = \sum_{i=1}^n a_i b_i
$$
$$
\bm{a} \times \bm{b}, \qquad \|\bm{x}\|_2 = \sqrt{\sum_{i=1}^n x_i^2}
$$
成分 $a_i$ はスカラーなので細字に戻る点に注目してください。内積・外積の記法の詳細は内積・外積・テンソル積の記事、ノルムはノルム・絶対値の記事で深掘りしています。
実例まで揃ったところで、Web で数式を書く人向けに KaTeX・MathJax での対応状況を確認しておきましょう。
KaTeX・MathJax での対応状況
本ブログを含む多くの Web サイトは KaTeX か MathJax で数式をレンダリングします。太字・ベクトル関連の対応は次のとおりです。
| コマンド | KaTeX | MathJax | 備考 |
|---|---|---|---|
\bm |
対応 | 要設定(boldsymbol拡張で別名定義) | KaTeXはパッケージ読み込み不要 |
\boldsymbol |
対応 | 対応 | 最も互換性が高い |
\pmb |
対応 | 対応 | 重ね打ちの太字風 |
\mathbf |
対応 | 対応 | ギリシャ小文字は太字にならない |
\vec |
対応 | 対応 | — |
\overrightarrow |
対応 | 対応 | — |
\hat |
対応 | 対応 | — |
\dot・\ddot |
対応 | 対応 | 時間微分 |
pmatrix 環境 |
対応 | 対応 | 列ベクトル |
ポイントは2つです。第一に、KaTeX では \usepackage{bm} に相当する設定なしで \bm がそのまま使えます(内部的に \boldsymbol と同じ処理)。第二に、MathJax では既定で \bm が未定義のことがあるため、Web向けに書く数式は \boldsymbol を使っておくと環境を問わず動きます。QiitaやはてなブログにLaTeXを書いて「\bm が効かない」ときは、\boldsymbol に置き換えるのが即効性のある対処です。
よくある間違いとTips
間違い1:\mathbf{\alpha} でギリシャ文字を太字にしようとする
% NG: 太字にならない(普通のαのまま)
\mathbf{\alpha}
% OK: \bm か \boldsymbol を使う
\bm{\alpha}
\boldsymbol{\alpha}
本記事で繰り返し触れた、最頻出の罠です。ギリシャ文字の太字は \bm・\boldsymbol 一択です。
間違い2:\usepackage{bm} を忘れて Undefined control sequence
% プリアンブルに必須(LaTeX文書の場合)
\usepackage{bm}
LaTeX 文書で \bm を使って「Undefined control sequence」エラーが出たら、まずプリアンブルの \usepackage{bm} を疑ってください。KaTeX(Web)では読み込み不要です。
間違い3:太字と矢印が文書内で混在する
$\vec{a}$ と $\bm{a}$ が同じ文書に混ざると、読者は「別のものを指しているのか?」と迷います。文書の最初にどちらの流儀にするか決めて、最後まで貫きましょう。共著の場合はマクロを定義しておくと統一が楽です。
% プリアンブルでマクロ化しておけば、後から一括変更できる
\newcommand{\vect}[1]{\bm{#1}}
% 使うとき: \vect{x}
矢印派に変えたくなったら \newcommand{\vect}[1]{\vec{#1}} に1行直すだけで文書全体が切り替わります。
間違い4:ゼロベクトルを細字の 0 で書く
% あいまい: スカラーの0に見える
\bm{x} = 0
% 正確: ゼロベクトル
\bm{x} = \bm{0}
等号の両辺で「型」を揃える意識を持つと、数式の正確さが一段上がります。
Tips:単位ベクトルのハットと添字の順序
\bm{\hat{e}}_x と \hat{\bm{e}}_x はどちらも動きますが、「太字にしてからハットをかぶせる」\hat{\bm{e}}_x の方が、ハットの位置が安定して見えることが多いです。複数のアクセントを重ねるときは外側から \hat{\dot{...}} のように入れ子にします。
よくある質問(FAQ)
検索でよく見かける疑問を、コピペできる形で簡潔にまとめておきます。
Q. LaTeX で太字はどう書く?
A. 文章なら \textbf{重要}、数式(ベクトルや行列)なら \bm{x} を使います。\bm は \usepackage{bm} が必要です。
Q. LaTeX でベクトルの矢印はどう出す?
A. 1文字なら \vec{a}($\vec{a}$)、$AB$ のように2文字以上にまたがる矢印なら \overrightarrow{AB}($\overrightarrow{AB}$)を使います。
Q. \bm と \boldsymbol と \mathbf の違いは?
A. \bm は斜体のまま太字(推奨)、\boldsymbol は amsmath だけで使える同等品、\mathbf は立体(ローマン体)の太字でギリシャ小文字には効きません。迷ったら \bm です。
Q. ギリシャ文字(α, β など)を太字にしたい。
A. \bm{\alpha}($\bm{\alpha}$)または \boldsymbol{\alpha} を使います。\mathbf{\alpha} では太字になりません。
Q. Web サイトの KaTeX で \bm は使える?
A. KaTeX は \bm をサポートしているのでそのまま使えます。MathJax との両対応を考えるなら \boldsymbol が無難です。
まとめ
本記事では、LaTeX で太字とベクトルを書く方法を逆引きできる形で網羅しました。
- テキストの太字は
\textbf、数式の太字は\bm系——まずこの区別が出発点 - 数式太字3兄弟+番外:
\bm(推奨・要bmパッケージ)、\boldsymbol(amsmathで使える代替)、\mathbf(立体太字・ギリシャ小文字に効かない)、\pmb(太字フォントが無い記号の最終手段) - ギリシャ文字の太字は
\bm{\alpha}か\boldsymbol{\alpha}。\mathbfは不可 - 矢印ベクトル: 1文字は
\vec{a}、2文字以上は\overrightarrow{AB}。教材は矢印、論文は太字が主流 - 単位ベクトル:
\hat{\bm{e}}_xのようにハットと太字を重ねる。定義は $\hat{\bm{a}} = \bm{a}/\|\bm{a}\|$ - 書体の3段構え: スカラー $x$・ベクトル $\bm{x}$・行列 $\bm{A}$ を使い分け、ゼロベクトルも $\bm{0}$ と太字に
- Web(KaTeX/MathJax): KaTeX は
\bmがそのまま使える。MathJax 対応を考えるなら\boldsymbolが安全
表記の一貫性は、数式の読みやすさを大きく左右します。迷ったら本記事の早見表と比較表に戻ってください。
次のステップとして、以下の記事も参考にしてください。
- 行列をLaTeXで書く方法を徹底解説 — 行列環境の詳細
- 内積・外積・テンソル積をLaTeXで書く — ベクトル演算の詳しい書き方
- ノルム・絶対値をLaTeXで書く — ベクトルの大きさの表記
- ハット・チルダ・バー等のアクセント記号 — 単位ベクトルのハットの仲間
関連記事:LaTeX数式記法シリーズ

