現実の結晶は完全ではなく、さまざまな格子欠陥(lattice defects)を含んでいます。格子欠陥は材料の物性を大きく左右し、特に転位(dislocation)は金属の塑性変形、加工硬化、強度を支配する本質的な存在です。
「なぜ金属の実際の降伏応力は理論値の1/100以下なのか?」という疑問に答えるのが転位理論です。
本記事の内容
- 格子欠陥の分類(点欠陥・線欠陥・面欠陥)
- 点欠陥:空孔、格子間原子、置換原子
- 線欠陥:刃状転位、らせん転位
- バーガースベクトルの定義と性質
- 転位と塑性変形の関係
- Pythonでの可視化
前提知識
この記事を読む前に、以下の記事を読んでおくと理解が深まります。
格子欠陥の分類
格子欠陥は空間的な広がりに基づいて3つに分類されます。
| 次元 | 名称 | 例 |
|---|---|---|
| 0次元 | 点欠陥(point defect) | 空孔、格子間原子、置換原子 |
| 1次元 | 線欠陥(line defect) | 刃状転位、らせん転位、混合転位 |
| 2次元 | 面欠陥(planar defect) | 粒界、双晶境界、積層欠陥 |
点欠陥
空孔(vacancy)
格子点に原子が存在しない欠陥です。最も基本的な点欠陥で、すべての結晶に熱力学的に必ず存在します。
温度 $T$ における熱平衡空孔濃度 $n_v$ は、エントロピーの効果により:
$$ \boxed{\frac{n_v}{N} = \exp\left(-\frac{E_v}{k_B T}\right)} $$
ここで $N$ は総格子点数、$E_v$ は空孔の形成エネルギー、$k_B$ はボルツマン定数です。
導出の概略:$n_v$ 個の空孔を持つ系の自由エネルギー $F$ は:
$$ F = n_v E_v – T S_{\text{config}} $$
配置のエントロピーは:
$$ S_{\text{config}} = k_B \ln \binom{N}{n_v} \approx k_B \left[ N \ln N – n_v \ln n_v – (N – n_v)\ln(N – n_v) \right] $$
ここでスターリングの近似 $\ln n! \approx n\ln n – n$ を用いました。自由エネルギーを $n_v$ で微分して $\partial F / \partial n_v = 0$ とすると:
$$ E_v – k_B T \left[ -\ln n_v + \ln(N – n_v) \right] = 0 $$
$$ E_v = k_B T \ln\frac{N – n_v}{n_v} $$
$n_v \ll N$ の近似で $N – n_v \approx N$ とすると:
$$ \frac{n_v}{N} = \exp\left(-\frac{E_v}{k_B T}\right) $$
典型的な金属(Cu)では $E_v \approx 1.0$ eV で、融点直下($T = 1350$ K)での空孔濃度は約 $10^{-4}$ です。
格子間原子(interstitial atom)
格子点の間隙に原子が入り込む欠陥です。自己格子間原子(同じ元素)と、侵入型格子間原子(炭素、窒素など小さな原子)があります。
鉄中の炭素は侵入型格子間原子の代表例で、鋼の強化メカニズムに直結します。
置換原子(substitutional atom)
格子点の原子が別の種類の原子に置き換わった欠陥です。合金(黄銅=Cu-Zn など)の基本構造です。
フレンケル欠陥とショットキー欠陥
フレンケル欠陥:1つの原子が格子点から格子間位置へ移動して生じる、空孔と格子間原子の対です。
ショットキー欠陥:イオン結晶において、電気的中性を保つように陽イオンと陰イオンの空孔が対で生じる欠陥です。NaCl結晶では Na$^+$ 空孔と Cl$^-$ 空孔の対として現れます。
線欠陥(転位)
刃状転位(edge dislocation)
刃状転位とは、結晶中に余分な半面(extra half-plane)が挿入された構造です。この半面の端が転位線を形成します。
イメージとしては、本のページの途中から半分だけ1枚余分な紙が差し込まれている状態です。転位線の上側に余分な半面がある場合を正の刃状転位 $\perp$ と表記します。
刃状転位の特徴:
- 転位線とバーガースベクトルは直交する
- せん断応力により転位が滑り面上を移動(すべり)する
- 転位の移動方向はバーガースベクトルの方向
らせん転位(screw dislocation)
らせん転位とは、結晶の一部がすべり面に沿ってずれ、転位線の周りで格子面がらせん状に連なった構造です。
らせん転位の特徴:
- 転位線とバーガースベクトルは平行
- すべり面を変えて移動できる(交差すべり)
混合転位(mixed dislocation)
現実の転位は、一般に刃状成分とらせん成分の両方を持つ混合転位です。転位線上の各点で、バーガースベクトルは一定ですが、転位線の方向が変わるため、刃状成分とらせん成分の割合が場所によって異なります。
バーガースベクトル
定義
バーガースベクトル $\bm{b}$ は、転位の「ずれの大きさと方向」を記述するベクトルです。以下のバーガース回路(Burgers circuit)によって定義されます。
- 転位を含む結晶中で、転位線を囲む閉じた回路を描く
- 同じ経路を完全結晶(欠陥なし)上で再現する
- 完全結晶上では回路が閉じない。その閉合不足ベクトルがバーガースベクトル $\bm{b}$
$$ \boxed{\bm{b} = \text{(完全結晶上のバーガース回路の閉合不足ベクトル)}} $$
バーガースベクトルの性質
- 保存則:1本の転位線に沿ってバーガースベクトルは一定(場所によらない)
- ノードでの保存:転位線が分岐するノードでは $\sum_i \bm{b}_i = 0$(フランクの法則)
- 大きさ:通常は最近接原子間距離(最短の格子並進ベクトル)
FCC 結晶では最も一般的なバーガースベクトルは:
$$ \bm{b} = \frac{a}{2}\langle 110 \rangle $$
その大きさは:
$$ |\bm{b}| = \frac{a}{2}\sqrt{1^2 + 1^2 + 0^2} = \frac{a}{\sqrt{2}} $$
転位のエネルギー
転位は結晶を歪ませるため、弾性的なエネルギーを持ちます。単位長さあたりの転位エネルギーは:
$$ \boxed{E_{\text{disl}} \approx \frac{1}{2}Gb^2} $$
ここで $G$ はせん断弾性率、$b = |\bm{b}|$ です。$E \propto b^2$ であるため、バーガースベクトルが小さい転位ほどエネルギー的に安定です。これが、転位のバーガースベクトルが最短格子ベクトルになる理由です。
面欠陥
粒界(grain boundary)
多結晶材料では、結晶方位が異なる領域(結晶粒)の境界が粒界です。方位差が小さい($< 15°$程度)場合を小角粒界、大きい場合を大角粒界と呼びます。
小角粒界は転位の配列で記述できます。傾角粒界は刃状転位の配列、ねじり粒界はらせん転位の配列として理解されます。傾角 $\theta$ の傾角粒界における転位間隔 $D$ は:
$$ \boxed{D = \frac{b}{\theta}} \quad (\theta \ll 1) $$
積層欠陥(stacking fault)
FCC 結晶の正常な積層順序は ABCABC… です。途中で順序が乱れ、たとえば ABCABABC… となったものが積層欠陥です。積層欠陥は部分転位(partial dislocation)に挟まれた領域として存在します。
双晶境界(twin boundary)
鏡面対称の関係にある2つの結晶領域の境界です。
転位と塑性変形
理論せん断応力と実測値の乖離
完全結晶を一面でずらすのに必要な理論せん断強度は:
$$ \tau_{\text{theo}} \approx \frac{G}{2\pi} \approx \frac{G}{10} $$
しかし、実際の金属の降伏せん断応力は $\tau_y \approx G/10^4 \sim G/10^3$ であり、理論値の100〜10000分の1です。この乖離を説明するのが転位の運動です。
すべりによる塑性変形
転位が結晶中を移動する(すべる)と、結晶面に沿ってバーガースベクトル $\bm{b}$ 分だけずれが生じます。転位が結晶全体を横切ると、表面に1原子間隔のステップが形成されます。
すべりは特定の面(すべり面:最密面)と方向(すべり方向:最密方向)で起こります。すべり面とすべり方向の組をすべり系と呼びます。
| 構造 | すべり面 | すべり方向 | すべり系の数 |
|---|---|---|---|
| FCC | $\{111\}$ | $\langle 110 \rangle$ | $4 \times 3 = 12$ |
| BCC | $\{110\}$, $\{112\}$, $\{123\}$ | $\langle 111 \rangle$ | 48(実効的) |
| HCP | $(0001)$ | $\langle 11\bar{2}0 \rangle$ | $1 \times 3 = 3$ |
FCC金属(Al, Cu, Au)はすべり系が多く延性に富むのに対し、HCP金属はすべり系が少なく脆い傾向があります。
パイエルス−ナバロ応力
転位が格子を乗り越えて移動するために必要な最小せん断応力(格子摩擦力)はパイエルス−ナバロ応力 $\tau_{PN}$ で表されます:
$$ \boxed{\tau_{PN} = \frac{2G}{1-\nu}\exp\left(-\frac{2\pi d}{(1-\nu)b}\right)} $$
ここで $\nu$ はポアソン比、$d$ はすべり面間隔、$b$ はバーガースベクトルの大きさです。面間隔 $d$ が大きく、$b$ が小さいほど $\tau_{PN}$ は小さくなります。これが最密面・最密方向ですべりが起きやすい理由です。
Pythonでの可視化
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
fig, axes = plt.subplots(2, 2, figsize=(14, 12))
# --- (1) 空孔濃度の温度依存性 ---
T = np.linspace(300, 1400, 500)
kB_eV = 8.617e-5 # eV/K
Ev_values = [0.5, 1.0, 1.5, 2.0]
for Ev in Ev_values:
nv_N = np.exp(-Ev / (kB_eV * T))
axes[0, 0].semilogy(T, nv_N, lw=2, label=f'$E_v = {Ev}$ eV')
axes[0, 0].set_xlabel('Temperature $T$ [K]')
axes[0, 0].set_ylabel('Vacancy concentration $n_v / N$')
axes[0, 0].set_title('Equilibrium vacancy concentration', fontsize=13)
axes[0, 0].legend(fontsize=10)
axes[0, 0].set_ylim(1e-20, 1)
axes[0, 0].grid(True, alpha=0.3, which='both')
# --- (2) 刃状転位の格子変形(2D模式図)---
nx, ny = 15, 11
x_base, y_base = np.meshgrid(np.arange(nx), np.arange(ny))
x_disp = x_base.astype(float).copy()
y_disp = y_base.astype(float).copy()
# 刃状転位の変位場(簡易モデル)
x0, y0 = 7, 5 # 転位中心
for i in range(ny):
for j in range(nx):
dx_r = j - x0
dy_r = i - y0
r2 = dx_r**2 + dy_r**2
if r2 > 0:
r = np.sqrt(r2)
theta = np.arctan2(dy_r, dx_r)
# 刃状転位の変位場(等方弾性体、平面ひずみ近似)
b = 1.0
nu = 0.3
ux = b/(2*np.pi) * (theta + np.sin(2*theta)/(4*(1-nu)))
uy = -b/(2*np.pi) * ((1-2*nu)/(4*(1-nu))*np.log(r) + np.cos(2*theta)/(4*(1-nu)))
x_disp[i, j] += ux * 0.5
y_disp[i, j] += uy * 0.5
axes[0, 1].scatter(x_disp, y_disp, s=30, c='steelblue', zorder=5)
axes[0, 1].plot([x0, x0], [y0, ny-1], 'r-', lw=3, alpha=0.7, label='Extra half-plane')
axes[0, 1].annotate(r'$\perp$', (x0, y0-0.5), fontsize=20, color='red',
ha='center', fontweight='bold')
axes[0, 1].set_xlim(-1, nx)
axes[0, 1].set_ylim(-1, ny)
axes[0, 1].set_aspect('equal')
axes[0, 1].set_title('Edge dislocation (2D lattice)', fontsize=13)
axes[0, 1].legend(fontsize=10)
# --- (3) 転位エネルギー vs バーガースベクトル ---
b_range = np.linspace(0.1, 5.0, 200) # 任意単位
G = 50 # GPa(代表値)
E_disl = 0.5 * G * b_range**2
axes[1, 0].plot(b_range, E_disl, 'b-', lw=2.5)
axes[1, 0].fill_between(b_range, 0, E_disl, alpha=0.1, color='blue')
axes[1, 0].set_xlabel('$|\\mathbf{b}|$ (arbitrary unit)')
axes[1, 0].set_ylabel('$E_{disl}$ per unit length (arb.)')
axes[1, 0].set_title(r'Dislocation energy $E \approx \frac{1}{2}Gb^2$', fontsize=13)
axes[1, 0].grid(True, alpha=0.3)
# --- (4) パイエルス-ナバロ応力 ---
d_over_b = np.linspace(0.5, 3.0, 300)
nu_values = [0.2, 0.3, 0.4]
for nu in nu_values:
tau_pn = (2 * G) / (1 - nu) * np.exp(-2 * np.pi * d_over_b / (1 - nu))
axes[1, 1].semilogy(d_over_b, tau_pn, lw=2, label=f'$\\nu = {nu}$')
axes[1, 1].set_xlabel('$d / b$ (slip plane spacing / Burgers vector)')
axes[1, 1].set_ylabel(r'$\tau_{PN}$ [GPa]')
axes[1, 1].set_title('Peierls-Nabarro stress', fontsize=13)
axes[1, 1].legend(fontsize=10)
axes[1, 1].grid(True, alpha=0.3, which='both')
plt.tight_layout()
plt.show()
左上のグラフでは、空孔の形成エネルギーが大きいほど、同じ温度でも空孔濃度が低いことが分かります。右上の模式図では、刃状転位による格子の歪みと余分な半面を可視化しています。右下のグラフでは、すべり面間隔とバーガースベクトルの比 $d/b$ が大きいほどパイエルス−ナバロ応力が指数的に減少し、転位が動きやすくなることが確認できます。
まとめ
本記事では、格子欠陥の分類と転位の基礎を解説しました。
- 点欠陥: 空孔濃度は $n_v/N = \exp(-E_v / k_B T)$ で与えられ、温度とともに指数的に増加
- 刃状転位: 余分な半面が挿入された欠陥。$\bm{b} \perp$ 転位線
- らせん転位: 格子がらせん状に連なった欠陥。$\bm{b} \parallel$ 転位線
- バーガースベクトル: 転位のずれを定量化。$E \propto b^2$ のため最短格子ベクトルが安定
- 塑性変形: 転位の運動により、理論強度の1/100以下の応力で変形が可能
次のステップとして、以下の記事も参考にしてください。