衛星放送を観ているとき、激しい雨が降ると突然映像が乱れたり、途切れたりした経験はないでしょうか。晴天時にはまったく問題なく受信できていたのに、大雨になった途端に信号が失われる——これは偶然ではなく、物理的に避けられない現象です。雨粒が電波のエネルギーを吸収・散乱することで、受信電力が大幅に低下するのです。この現象を 降雨減衰(rain attenuation) と呼びます。
降雨減衰は、特に Ku帯(12〜18 GHz)以上 のマイクロ波・ミリ波帯で深刻な問題になります。周波数が高いほど雨粒のサイズと電波の波長が近づくため、相互作用が強くなるのです。衛星通信の設計では「雨が降っても通信を維持できるか」を定量的に評価しなければならず、そのために国際電気通信連合(ITU-R)が標準的な降雨減衰予測モデルを整備しています。
降雨減衰の理解は、以下のような場面で不可欠です。
- 衛星通信の回線設計: Ku帯・Ka帯の衛星リンクで必要なマージン(余裕電力)を決定する
- 5Gミリ波通信: 28 GHz帯や39 GHz帯のセル設計で降雨時の到達距離を見積もる
- 気象レーダー: 降雨強度の推定精度を左右するレーダー方程式の補正項として使われる
- 地上マイクロ波回線: 長距離のポイント・ツー・ポイント通信で稼働率を保証するための設計パラメータとなる
本記事の内容
- 降雨減衰の物理メカニズム(吸収と散乱)
- 比減衰 $\gamma = aR^b$ の導出とITU-R P.838モデル
- 等価伝搬路長の概念
- ITU-R P.618による衛星回線の降雨減衰予測
- 稼働率(アベイラビリティ)と降雨マージンの設計思想
- 周波数帯ごとの影響の違い
- サイトダイバーシティによる対策
- Pythonによる降雨減衰計算と稼働率–マージン曲線の可視化
前提知識
この記事を読む前に、以下の記事を読んでおくと理解が深まります。
降雨減衰の物理メカニズム
なぜ雨が電波を弱めるのか
そもそもなぜ雨粒が電波を弱めるのでしょうか。真空中を進む電磁波は減衰しませんが、媒質中に散乱体(ここでは雨粒)が存在すると、電磁波のエネルギーが2つのメカニズムで失われます。
1つ目は 吸収(absorption) です。雨粒を構成する水は誘電体であり、電磁波が雨粒を通過する際に水分子が電界の振動に追随しようとして、そのエネルギーの一部が熱に変わります。水は特にマイクロ波帯で誘電損失が大きいため(電子レンジが水を温めるのと同じ原理です)、電波のエネルギーが効率的に吸収されます。
2つ目は 散乱(scattering) です。電磁波が雨粒にぶつかると、入射方向以外の方向にもエネルギーが再放射されます。これにより、本来の伝搬方向に進むエネルギーが減少します。散乱の強さは、雨粒の直径 $D$ と波長 $\lambda$ の比に強く依存します。
この2つの効果を合わせた減衰断面積 $\sigma_{\text{ext}}$ は、次のように書けます。
$$ \begin{equation} \sigma_{\text{ext}} = \sigma_{\text{abs}} + \sigma_{\text{sca}} \end{equation} $$
ここで $\sigma_{\text{abs}}$ は吸収断面積、$\sigma_{\text{sca}}$ は散乱断面積です。1個の雨粒による消衰断面積は、雨粒を球と仮定すれば ミー散乱理論(Mie scattering theory) で厳密に計算できます。
レイリー散乱領域とミー散乱領域
雨粒の直径は典型的に 0.5〜5 mm 程度です。散乱の性質は、雨粒のサイズパラメータ $x$ によって大きく変わります。
$$ \begin{equation} x = \frac{\pi D}{\lambda} \end{equation} $$
$x \ll 1$(雨粒が波長に比べて十分小さい)の場合は レイリー散乱 が支配的で、散乱断面積は $D^6 / \lambda^4$ に比例します。つまり周波数の4乗に比例して急激に増加します。一方、$x \sim 1$(雨粒と波長が同程度)になると ミー散乱 領域に入り、散乱の振る舞いはより複雑になります。
具体的な数値で考えてみましょう。直径 $D = 2$ mm の雨粒に対して、
- Cバンド(6 GHz): $\lambda = 50$ mm → $x = 0.13$(レイリー領域)
- Kuバンド(14 GHz): $\lambda = 21$ mm → $x = 0.30$(レイリー〜ミー遷移)
- Kaバンド(30 GHz): $\lambda = 10$ mm → $x = 0.63$(ミー領域に近い)
- Vバンド(60 GHz): $\lambda = 5$ mm → $x = 1.26$(ミー領域)
このように、Ku帯以上では雨粒と波長の比が無視できなくなり、散乱・吸収が急激に増大します。これが「Ku帯以上で降雨減衰が深刻になる」という経験則の物理的根拠です。
ここまでで、降雨減衰が吸収と散乱という2つの物理メカニズムに起因すること、そして周波数が高いほど影響が大きくなることを理解しました。次に、この物理を工学的に扱いやすい形に定式化した「比減衰」の概念に進みましょう。
比減衰 $\gamma = aR^b$
雨粒の集団が引き起こす減衰
実際の降雨では、様々なサイズの雨粒が空間に分布しています。単位体積あたりに存在する直径 $D$ の雨粒の個数を表す関数を 雨滴粒径分布(Drop Size Distribution, DSD) $N(D)$ と呼びます。代表的なモデルとして Marshall-Palmer分布 があり、次の指数関数で表されます。
$$ \begin{equation} N(D) = N_0 \exp(-\Lambda D) \end{equation} $$
ここで $N_0 = 8000$ m$^{-3}$ mm$^{-1}$、$\Lambda = 4.1 R^{-0.21}$ mm$^{-1}$ であり、$R$ [mm/h] は降雨強度です。降雨強度が大きいほど $\Lambda$ が小さくなり、分布の裾が広がって大粒の雨滴が増えることを意味します。
単位距離あたりの全減衰量、すなわち 比減衰(specific attenuation) $\gamma$ [dB/km] は、全ての雨粒サイズについて消衰断面積を積分することで得られます。
$$ \begin{equation} \gamma = 4.343 \times 10^{-3} \int_0^{\infty} \sigma_{\text{ext}}(D, \lambda) \, N(D) \, dD \quad \text{[dB/km]} \end{equation} $$
係数 $4.343 \times 10^{-3}$ はネーパ/m からdB/km への単位変換です。この積分をミー散乱理論と粒径分布モデルを用いて数値的に評価し、降雨強度 $R$ に対してフィッティングすると、驚くほどシンプルなべき乗則で近似できることがわかります。
べき乗則の導出と意味
上記の積分結果は、広い降雨強度の範囲にわたって次のべき乗関係で良く近似されます。
$$ \begin{equation} \gamma = a R^b \quad \text{[dB/km]} \end{equation} $$
ここで $a$ と $b$ は周波数、偏波(水平偏波 H / 垂直偏波 V)、および温度に依存する係数です。
この式の物理的意味を考えてみましょう。降雨強度 $R$ が大きいほど単位体積中の雨粒が多く(かつ大粒が増え)、経路上で電波が受ける減衰が増えるのは直感に合います。べき指数 $b$ は典型的に 0.8〜1.2 の範囲にあり、$b \approx 1$ ならば減衰は降雨強度にほぼ比例します。$b < 1$ の場合は「降雨強度が上がるほど減衰の増加率が鈍化する」、$b > 1$ の場合は「加速する」ことを意味します。
係数 $a$ は、その周波数における雨粒1個あたりの消衰効率を反映しています。周波数が高いほど $a$ が大きくなり、同じ降雨強度でもより大きな減衰を受けます。
それでは、国際標準として広く使われている ITU-R P.838 勧告のモデルを詳しく見ていきましょう。
ITU-R P.838 モデル
概要と適用範囲
ITU-R P.838 勧告は、1〜1000 GHz の周波数範囲で比減衰 $\gamma = aR^b$ の係数 $a$ と $b$ を与える国際標準モデルです。ミー散乱の数値計算結果を系統的にフィッティングして得られた回帰係数であり、世界中の衛星通信・地上マイクロ波回線の設計で参照されています。
係数の計算式
ITU-R P.838 では、水平偏波と垂直偏波それぞれの係数 $a_H, b_H, a_V, b_V$ を、対数空間での多項式フィッティングとして次の形で与えています。
$$ \begin{equation} \log_{10} a_k = \sum_{j=1}^{4} m_j \exp\!\left[-\left(\frac{\log_{10} f – c_j}{d_j}\right)^2\right] + m_5 \log_{10} f + m_6 \end{equation} $$
$$ \begin{equation} b_k = \sum_{j=1}^{3} n_j \exp\!\left[-\left(\frac{\log_{10} f – c_j’}{d_j’}\right)^2\right] + n_4 \log_{10} f + n_5 \end{equation} $$
ここで $f$ [GHz] は周波数、$k \in \{H, V\}$ は偏波、$m_j, c_j, d_j, n_j, c_j’, d_j’$ は ITU-R P.838 の表に定められた回帰係数です。これらの式はガウス関数の重ね合わせに線形項を加えた形であり、周波数の広い範囲にわたって滑らかにフィッティングすることを可能にしています。
任意偏波角への拡張
実際の衛星通信では、電波の偏波面は必ずしも水平・垂直と一致しません。偏波傾斜角 $\tau$ [deg] を考慮した場合、係数は次のように合成されます。
$$ \begin{equation} a = \frac{a_H + a_V + (a_H – a_V)\cos^2\theta \cos 2\tau}{2} \end{equation} $$
$$ \begin{equation} b = \frac{a_H b_H + a_V b_V + (a_H b_H – a_V b_V)\cos^2\theta \cos 2\tau}{2a} \end{equation} $$
ここで $\theta$ は伝搬路の仰角です。円偏波の場合は $\tau = 45°$ として $\cos 2\tau = 0$ となり、水平偏波と垂直偏波の平均として、
$$ \begin{equation} a = \frac{a_H + a_V}{2}, \quad b = \frac{a_H b_H + a_V b_V}{2a} \end{equation} $$
と簡潔に書けます。衛星放送や多くの衛星通信では円偏波が使われるため、この簡略化は実用上非常に便利です。
代表的な周波数における係数値
数値感覚を掴むために、代表的な周波数での円偏波の係数を示します(ITU-R P.838 の表から概算した値)。
| 周波数 [GHz] | 帯域 | $a$ | $b$ | $\gamma$ at $R=25$ mm/h |
|---|---|---|---|---|
| 4 | Cバンド | 0.000650 | 1.121 | 0.027 dB/km |
| 12 | Kuバンド | 0.0188 | 1.217 | 1.10 dB/km |
| 20 | Kaバンド | 0.0751 | 1.099 | 1.50 dB/km |
| 30 | Kaバンド | 0.187 | 1.021 | 5.01 dB/km |
| 50 | Vバンド | 0.536 | 0.873 | 9.68 dB/km |
| 80 | Wバンド | 1.054 | 0.711 | 12.2 dB/km |
この表から、Cバンドでは中程度の降雨($R = 25$ mm/h)でもほとんど影響がないのに対し、Vバンドでは 1 km あたり約 10 dB もの減衰を受けることがわかります。10 dB の減衰は電力が 1/10 になることを意味しますから、ミリ波帯での通信がいかに降雨に対して脆弱かが実感できます。
さて、比減衰は1 km あたりの減衰量ですが、実際の通信路全体の減衰を求めるには「電波がどのくらいの距離を雨の中を通過するか」を知る必要があります。次のセクションでは、この問題を扱う「等価伝搬路長」の概念を導入します。
等価伝搬路長
降雨の空間構造
現実の降雨は一様ではありません。集中豪雨は空間的に局所化されており、数 km 離れると降雨強度がまったく異なることはよくあります。また、鉛直方向にも降雨域は有限であり、高度が上がると気温が下がって雨粒が凍り(氷晶になり)、降雨減衰への寄与が急激に小さくなります。この境界の高度を 降雨高度(rain height) $h_R$ [km] と呼びます。
したがって、伝搬路の幾何学的長さ $L_s$ [km] すべてにわたって一様な降雨強度で減衰が生じるわけではありません。この問題を扱うために、等価伝搬路長(effective path length) $L_{\text{eff}}$ [km] という概念を導入します。
等価伝搬路長の定義
等価伝搬路長は、「降雨減衰を比減衰 $\gamma$ に掛け算するだけで全減衰量が求まるような仮想的な均一降雨路の長さ」です。
$$ \begin{equation} A = \gamma \cdot L_{\text{eff}} \quad \text{[dB]} \end{equation} $$
実際の伝搬路では、地点 $s$ における降雨強度 $R(s)$ が変化するため、厳密な減衰量は経路積分で表されます。
$$ \begin{equation} A = \int_0^{L_s} \gamma(R(s)) \, ds = \int_0^{L_s} a \, [R(s)]^b \, ds \end{equation} $$
等価伝搬路長は、地上の降雨強度 $R_0$ における比減衰 $\gamma_0 = aR_0^b$ を用いて、
$$ \begin{equation} L_{\text{eff}} = \frac{A}{\gamma_0} = \frac{1}{R_0^b} \int_0^{L_s} [R(s)]^b \, ds \end{equation} $$
と定義されます。降雨の空間不均一性により $L_{\text{eff}} < L_s$ となるのが普通です。つまり、経路上のすべての区間が地上と同じ強度で降っているわけではないので、実効的に雨の中を通過する距離は幾何学的な経路長より短くなります。
衛星回線のスラントパス
衛星通信では、地上局から衛星への伝搬路は斜め上方に向かいます。仰角 $\theta$ [deg] で降雨高度 $h_R$ までの斜距離(スラントパス長)$L_s$ は、地上局の海抜高度 $h_s$ [km] を用いて次のように求められます。
$$ \begin{equation} L_s = \frac{h_R – h_s}{\sin \theta} \quad \text{[km]} \quad (\theta \geq 5°) \end{equation} $$
仰角が低いほどスラントパスが長くなり、雨の中を通過する距離が増えます。仰角 10° の場合、$L_s$ は垂直距離の約 5.8 倍にもなります。これが低仰角の衛星通信で降雨減衰が特に深刻になる理由です。
ここまでで、比減衰と等価伝搬路長から伝搬路全体の降雨減衰を計算できるようになりました。次に、これらの要素を組み合わせた包括的な予測モデルである ITU-R P.618 を見ていきましょう。
ITU-R P.618 による衛星回線の降雨減衰予測
モデルの概要
ITU-R P.618 勧告は、地上–宇宙間の通信路における降雨減衰を、特定の超過確率(時間率)で予測するための標準手法です。「年間のうち $p$ % の時間で超過する降雨減衰量」を出力します。衛星通信の回線設計は、この統計的予測に基づいて行われます。
降雨高度の推定
まず、降雨高度 $h_R$ を求めます。ITU-R P.839 勧告は、緯度 $\phi$ [deg] に基づく平均年間降雨高度(0°C 等温線高度にオフセットを加えたもの)を提供しています。簡略化した近似式を示します。
$$ \begin{equation} h_R = h_0 + 0.36 \quad \text{[km]} \end{equation} $$
ここで $h_0$ は0°C 等温線の平均高度です。日本(北緯35°付近)では概ね $h_0 \approx 3.0$ km なので、$h_R \approx 3.4$ km となります。
ステップ・バイ・ステップの計算手順
ITU-R P.618 の降雨減衰予測手順を整理します。必要な入力パラメータは以下の通りです。
- $f$: 周波数 [GHz]
- $\theta$: 仰角 [deg]
- $\tau$: 偏波傾斜角 [deg]
- $h_s$: 地上局の海抜高度 [km]
- $\phi$: 地上局の緯度 [deg]
- $R_{0.01}$: 地上における年間 0.01% 超過降雨強度 [mm/h]
ステップ1: 降雨高度 $h_R$ を ITU-R P.839 から取得します。
ステップ2: スラントパスにおける降雨域の長さを計算します。
$$ \begin{equation} L_s = \frac{h_R – h_s}{\sin \theta} \quad \text{[km]} \end{equation} $$
ステップ3: スラントパスの水平射影距離を計算します。
$$ \begin{equation} L_G = L_s \cos \theta \quad \text{[km]} \end{equation} $$
ステップ4: 降雨強度 $R_{0.01}$ に対する比減衰 $\gamma_R$ を ITU-R P.838 で計算します。
$$ \begin{equation} \gamma_R = a \, R_{0.01}^b \quad \text{[dB/km]} \end{equation} $$
ステップ5: 水平方向の等価伝搬路長縮減係数 $r_{0.01}$ を計算します。この係数は降雨の空間不均一性を補正するものです。
$$ \begin{equation} r_{0.01} = \frac{1}{1 + 0.78 \sqrt{\frac{L_G \gamma_R}{f}} – 0.38(1 – e^{-2L_G})} \end{equation} $$
この式の形を直感的に解釈すると、第1項 $0.78\sqrt{L_G \gamma_R / f}$ は「経路が長く比減衰が大きいほど降雨の空間不均一性の影響が大きくなる」ことを反映しています。つまり、豪雨ほど局所的になるため、長い経路では平均的な降雨強度が $R_{0.01}$ より小さくなることを意味します。
ステップ6: 0.01% 超過時の降雨減衰量を計算します。
$$ \begin{equation} A_{0.01} = \gamma_R \cdot L_s \cdot r_{0.01} \quad \text{[dB]} \end{equation} $$
ステップ7: 他の超過確率 $p$ [%] における減衰量 $A_p$ に換算します。
$$ \begin{equation} A_p = A_{0.01} \left(\frac{p}{0.01}\right)^{-(0.655 + 0.033 \ln p – 0.045 \ln A_{0.01} – \beta (1-p) \sin \theta)} \end{equation} $$
ここで $\beta$ は緯度 $\phi$ に依存する係数で、$|\phi| \geq 36°$ のとき $\beta = 0$、$|\phi| < 36°$ かつ $\theta \geq 25°$ のとき $\beta = -0.005(|\phi| - 36)$ と定められています。
この式は、0.01% の減衰量を基準にして、より頻度の低い(あるいは高い)現象に対する減衰を統計的にスケーリングするものです。超過確率 $p$ が小さいほど(つまりより稀な豪雨ほど)$A_p$ は大きくなります。
ITU-R P.618 の予測手順を理解したところで、次は回線設計における核心的な概念——稼働率と降雨マージンの関係を議論します。
稼働率と降雨マージンの設計
稼働率の定義
稼働率(availability) とは、通信回線が所定の品質基準を満たして運用できる時間の割合です。
$$ \begin{equation} \text{Availability} = 1 – p / 100 \quad (\text{ここで } p \text{ は超過確率 [\%]}) \end{equation} $$
例えば、超過確率 $p = 0.01$ % に対応する稼働率は 99.99% です。これは「年間 8,760 時間のうち、52.6 分だけ通信品質が基準を下回ることを許容する」という意味です。
主要な衛星通信サービスの要求稼働率は以下のようになっています。
| サービス | 要求稼働率 | 超過確率 $p$ | 年間停止時間 |
|---|---|---|---|
| 衛星放送(BSデジタル) | 99.5% | 0.5% | 約44時間 |
| 商用VSAT | 99.9% | 0.1% | 約8.8時間 |
| 通信衛星(Kuバンド) | 99.95% | 0.05% | 約4.4時間 |
| 軍用/高信頼回線 | 99.99% | 0.01% | 約53分 |
| ゲートウェイ局 | 99.999% | 0.001% | 約5分 |
降雨マージンの考え方
降雨マージン(rain margin) とは、晴天時のリンクバジェットに上乗せする余裕電力(dB)であり、降雨時でも回線品質を維持するための設計パラメータです。
リンクバジェットの基本式を思い出すと、受信電力は次のように書けます。
$$ \begin{equation} P_r = \text{EIRP} + G_r – L_{\text{fs}} – L_{\text{atm}} – L_{\text{rain}} – L_{\text{other}} \quad \text{[dBW]} \end{equation} $$
ここで $L_{\text{rain}}$ が降雨減衰です。通信を維持するには $P_r$ が受信機の最低所要電力(しきい値)$P_{\text{th}}$ を上回る必要があります。晴天時に確保されている余裕のうち、降雨減衰に充てられる分が降雨マージンです。
$$ \begin{equation} M_{\text{rain}} = P_{r,\text{clear}} – P_{\text{th}} – M_{\text{other}} \quad \text{[dB]} \end{equation} $$
ここで $P_{r,\text{clear}}$ は晴天時の受信電力、$M_{\text{other}}$ はフェージング変動など他の要因に対するマージンです。降雨マージンが $A_p$ 以上であれば、超過確率 $p$ 以下でしか回線断は発生しません。
トレードオフの関係
降雨マージンを大きく取れば稼働率は向上しますが、そのためには以下のいずれか(あるいは複数)が必要です。
- 送信電力の増大: 衛星の電力は有限であり、簡単には増やせない
- アンテナ径の拡大: 受信アンテナを大きくすれば利得が上がるが、コストと設置性が悪化する
- 帯域幅の縮小: 帯域を狭くすれば雑音電力が減り所要 C/N が下がるが、データレートが低下する
- 変調方式の変更: 適応的な符号化・変調(ACM)で降雨時に耐性の高い方式に切り替える
特に4の ACM(Adaptive Coding and Modulation)は、DVB-S2 や DVB-S2X で標準採用されており、降雨時にデータレートを下げつつも回線を維持する、現代的な解決策です。
降雨マージンと稼働率の定量的な関係を把握することは回線設計の核心ですが、これは地点ごとの降雨気候に依存します。後のPython実装で、東京における具体的な数値を計算してみましょう。
さて、降雨減衰の大きさは周波数によって桁違いに異なることを先に見ました。次のセクションでは、各周波数帯での違いをより体系的に整理します。
周波数帯による影響の違い
衛星通信で使われる主要周波数帯
衛星通信では、用途に応じて異なる周波数帯が使い分けられています。降雨減衰の観点から各帯域を比較してみましょう。
Lバンド(1〜2 GHz)/ Sバンド(2〜4 GHz): 降雨減衰はほぼ無視できます。Inmarsat やGPSなどが使用しており、天候に左右されにくいのが利点です。ただし帯域幅が限られるため、大容量通信には向きません。
Cバンド(4〜8 GHz): 降雨減衰は非常に小さく($R = 50$ mm/h でも 0.1 dB/km 以下)、熱帯地域の衛星通信に適しています。赤道直下の多雨地帯でも高い稼働率を確保できるため、東南アジアやアフリカで広く使われています。
Kuバンド(12〜18 GHz): 降雨減衰が顕著になり始める帯域です。BSデジタル放送(12 GHz帯)やVSAT(14/12 GHz)で使用されています。中程度の雨($R = 25$ mm/h)でスラントパス上の減衰が 5〜10 dB に達することがあり、降雨マージンの設計が不可欠です。
Kaバンド(26〜40 GHz): 大容量衛星(HTS: High Throughput Satellite)で使用が拡大しています。帯域幅が広く取れるため高速通信に適していますが、降雨減衰は Ku 帯の 3〜5 倍にも達します。ACM や後述のサイトダイバーシティなしでは高稼働率の確保が困難です。
Vバンド(40〜75 GHz)/ Wバンド(75〜110 GHz): 次世代の超大容量衛星や5Gバックホールで検討されている帯域です。利用可能な帯域幅は広大ですが、降雨減衰は極めて大きく、晴天でも酸素吸収(60 GHz 付近)や水蒸気吸収の影響を受けます。
周波数スケーリング
降雨減衰が深刻な Ku 帯以上では、リンクバジェットに対する降雨減衰の比率が急激に増加します。ある周波数 $f_1$ で測定された減衰量 $A_1$ から別の周波数 $f_2$ での減衰量 $A_2$ を推定する 周波数スケーリング が便利な場合があります。ITU-R P.618 は簡易的なスケーリング式も提供しています。
$$ \begin{equation} \frac{A_2}{A_1} \approx \frac{\phi(f_2)}{\phi(f_1)} \end{equation} $$
ここで $\phi(f) = f^2 / (1 + 10^{-4} f^2)$ です。この関係は、ビーコン信号で測定した一方の周波数の減衰データから、他方の周波数の減衰を推定するときに有用です。
周波数帯の選択は「帯域幅(データレート)」と「降雨耐性」のトレードオフです。では、降雨減衰が大きい帯域を使いながらも稼働率を上げる対策技術にはどのようなものがあるのでしょうか。
サイトダイバーシティ
降雨の空間的局所性を利用する
集中豪雨の降雨セル(強い雨の降っている領域)は、水平方向に数 km 程度の広がりしか持たないことが多いです。これは、ある地点で豪雨が降っていても、数十 km 離れた地点では小雨か晴れている可能性が高いことを意味します。
サイトダイバーシティ(site diversity) は、この降雨の空間的局所性を積極的に利用する手法です。互いに十分離れた2つ(以上)の地上局を用意し、片方が降雨減衰で通信品質が低下した場合に、もう一方の局に切り替えて通信を維持します。
ダイバーシティ利得
サイトダイバーシティの効果は ダイバーシティ利得(diversity gain) $G_d$ [dB] で定量化されます。これは「2局のうち良い方を選んだときに、1局単独の場合と比べて必要な降雨マージンがどれだけ削減されるか」を表します。
ITU-R P.618 では、ダイバーシティ利得の近似式として次のモデルを提供しています。
$$ \begin{equation} G_d = a_d (1 – e^{-b_d \cdot d_s}) \end{equation} $$
ここで $d_s$ [km] は2局間の距離、$a_d$ と $b_d$ は超過確率と単一局での減衰量に依存する係数です。局間距離が大きいほどダイバーシティ利得は増加しますが、30〜50 km 程度で飽和する傾向があります。
実際の設計例
例えば、Kaバンド(30 GHz)で東京に地上局を設置する場合を考えます。稼働率 99.99% に対する単一局での降雨減衰は 20 dB を超えることがあります。これだけのマージンを送信電力やアンテナ利得だけで確保するのは非現実的です。
しかし、30 km 離れた別の地上局(例えば横浜と千葉)を用意すれば、両方が同時に豪雨に見舞われる確率は大幅に下がります。ダイバーシティ利得は 5〜10 dB に達することもあり、必要な降雨マージンを現実的な範囲に収めることができます。
その他の対策技術
サイトダイバーシティ以外にも、降雨減衰への対策技術があります。
アップリンクパワーコントロール(ULPC): 降雨減衰量をリアルタイムに推定し、地上局の送信電力を動的に増大させて補償します。数 dB の補償が可能です。
適応符号化変調(ACM): 前述の通り、降雨時に変調方式と符号化率を動的に切り替えます。例えば、晴天時は 32APSK + 符号化率 9/10(高速だが耐性低い)で運用し、降雨時は QPSK + 符号化率 1/3(低速だが耐性高い)に切り替えます。DVB-S2X では最大で約 20 dB のダイナミックレンジをカバーできます。
周波数帯の使い分け: 降雨時にKa帯からKu帯に切り替えるハイブリッド設計も検討されています。
これらの対策技術を総合的に組み合わせることで、ミリ波帯でも高い稼働率を実現できます。それでは、ここまでの理論をPythonで実装し、数値的に確認していきましょう。
Python による降雨減衰計算
ITU-R P.838 の係数計算
まず、ITU-R P.838 に基づいて比減衰の係数 $a$ と $b$ を計算する関数を実装します。ここでは勧告に記載されている回帰係数をコードに埋め込みます。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
# ITU-R P.838-3 回帰係数(水平偏波用)
# a_H の係数
aH_aj = np.array([-5.33980, -0.35351, -0.23789, -0.94158])
aH_bj = np.array([-0.10008, 1.26970, 0.86036, 0.64552])
aH_cj = np.array([1.13098, 0.45400, 0.15354, 0.16817])
aH_mk = -0.18961
aH_ck = 0.71147
# b_H の係数
bH_aj = np.array([-0.14318, 0.29591, 0.32177])
bH_bj = np.array([1.82442, 0.77564, 0.63773])
bH_cj = np.array([-0.55187, 0.19822, 0.13164])
bH_mk = 0.67849
bH_ck = -1.95537
# a_V の係数
aV_aj = np.array([-3.80595, -3.44965, -0.39902, 0.50167])
aV_bj = np.array([0.56934, -0.22911, 0.73042, 1.07319])
aV_cj = np.array([0.81061, 0.51059, 0.11899, 0.27195])
aV_mk = -0.16398
aV_ck = 0.63297
# b_V の係数
bV_aj = np.array([-0.07771, 0.56727, -0.20238])
bV_bj = np.array([2.33840, 0.95545, 1.14520])
bV_cj = np.array([-0.76284, 0.54039, 0.26809])
bV_mk = 0.72678
bV_ck = -0.64544
def itu_r_p838_coefficients(f_ghz):
"""ITU-R P.838-3 に基づく比減衰係数 a, b を計算(円偏波)"""
log_f = np.log10(f_ghz)
# 水平偏波の係数
log_aH = (np.sum(aH_aj * np.exp(-((log_f - aH_bj) / aH_cj)**2))
+ aH_mk * log_f + aH_ck)
aH = 10**log_aH
bH = (np.sum(bH_aj * np.exp(-((log_f - bH_bj) / bH_cj)**2))
+ bH_mk * log_f + bH_ck)
# 垂直偏波の係数
log_aV = (np.sum(aV_aj * np.exp(-((log_f - aV_bj) / aV_cj)**2))
+ aV_mk * log_f + aV_ck)
aV = 10**log_aV
bV = (np.sum(bV_aj * np.exp(-((log_f - bV_bj) / bV_cj)**2))
+ bV_mk * log_f + bV_ck)
# 円偏波(水平・垂直の平均)
a = (aH + aV) / 2
b = (aH * bH + aV * bV) / (2 * a)
return a, b
def specific_attenuation(f_ghz, R):
"""比減衰 γ = a * R^b [dB/km] を計算"""
a, b = itu_r_p838_coefficients(f_ghz)
return a * R**b
このコードで、ITU-R P.838 のガウス関数ベースの回帰式を忠実に実装しています。円偏波は水平偏波と垂直偏波の平均として計算しています。
周波数ごとの比減衰を可視化
次に、降雨強度に対する比減衰の変化を周波数帯ごとにプロットしてみましょう。
# 降雨強度の範囲
R_range = np.linspace(0.1, 150, 500)
# 各周波数帯で比減衰を計算
freqs = [4, 12, 20, 30, 50, 80]
labels = ['4 GHz (C)', '12 GHz (Ku)', '20 GHz (Ka)',
'30 GHz (Ka)', '50 GHz (V)', '80 GHz (W)']
colors = ['#2196F3', '#4CAF50', '#FF9800', '#F44336', '#9C27B0', '#795548']
plt.figure(figsize=(10, 6))
for f, label, color in zip(freqs, labels, colors):
gamma = specific_attenuation(f, R_range)
plt.plot(R_range, gamma, label=label, color=color, linewidth=2)
plt.xlabel('Rainfall Rate R [mm/h]', fontsize=12)
plt.ylabel('Specific Attenuation γ [dB/km]', fontsize=12)
plt.title('Specific Attenuation vs Rainfall Rate (ITU-R P.838)', fontsize=14)
plt.legend(fontsize=11)
plt.grid(True, alpha=0.3)
plt.yscale('log')
plt.xlim(0, 150)
plt.ylim(1e-3, 100)
plt.tight_layout()
plt.show()
このグラフから、いくつかの重要な特徴が読み取れます。
-
周波数による桁違いの差: 同じ降雨強度 $R = 50$ mm/h で比較すると、4 GHz では約 0.01 dB/km に過ぎないのに対し、80 GHz では約 20 dB/km と、3桁以上の差があります。Cバンドでは豪雨でも事実上影響がない一方、ミリ波帯では致命的な減衰が生じることが一目瞭然です。
-
べき乗則の非線形性: 対数スケールでプロットすると各曲線はほぼ直線に見え、$\gamma = aR^b$ のべき乗関係が成立していることを確認できます。ただし低周波数ほど傾きが大きく($b > 1$)、高周波数では傾きが小さくなる($b < 1$)傾向があります。これは、高周波数では弱い雨でもすでに十分な減衰が生じるため、強雨になっても増加率が飽和することを反映しています。
-
実用的な閾値: Ku帯(12 GHz)で $\gamma = 1$ dB/km を超えるのは $R \approx 20$ mm/h 前後からです。日本の降雨データでは、$R \geq 20$ mm/h が年間数十〜百時間程度発生するため、Ku帯衛星通信では降雨マージンの設計が必須であることが読み取れます。
ITU-R P.618 の衛星回線減衰予測の実装
続いて、ITU-R P.618 の手順に沿って衛星回線全体の降雨減衰を計算する関数を実装します。
def rain_attenuation_satellite(f_ghz, theta_deg, h_s, h_R, R_001, phi_deg):
"""
ITU-R P.618 簡易版: 衛星回線の降雨減衰予測
Parameters
----------
f_ghz : 周波数 [GHz]
theta_deg : 仰角 [deg]
h_s : 地上局の海抜高度 [km]
h_R : 降雨高度 [km]
R_001 : 0.01%超過降雨強度 [mm/h]
phi_deg : 緯度 [deg]
Returns
-------
p_array : 超過確率の配列 [%]
A_p : 各超過確率における降雨減衰 [dB]
A_001 : 0.01%超過時の減衰 [dB]
"""
theta = np.radians(theta_deg)
# ステップ2: スラントパス長
if h_R <= h_s:
return np.array([]), np.array([]), 0.0
L_s = (h_R - h_s) / np.sin(theta)
# ステップ3: 水平射影距離
L_G = L_s * np.cos(theta)
# ステップ4: 比減衰
gamma_R = specific_attenuation(f_ghz, R_001)
# ステップ5: 水平縮減係数
r_001 = 1.0 / (1.0 + 0.78 * np.sqrt(L_G * gamma_R / f_ghz)
- 0.38 * (1.0 - np.exp(-2.0 * L_G)))
# ステップ6: 0.01%超過時の減衰
A_001 = gamma_R * L_s * r_001
# ステップ7: 他の超過確率への換算
if abs(phi_deg) >= 36:
beta = 0.0
elif theta_deg >= 25:
beta = -0.005 * (abs(phi_deg) - 36)
else:
beta = -0.005 * (abs(phi_deg) - 36) + 1.8 - 4.25 * np.sin(theta)
# 超過確率の配列(0.001% ~ 5%)
p_array = np.array([0.001, 0.002, 0.003, 0.005, 0.01, 0.02, 0.03,
0.05, 0.1, 0.2, 0.3, 0.5, 1.0, 2.0, 3.0, 5.0])
A_p = np.zeros_like(p_array)
for i, p in enumerate(p_array):
if p >= 1.0:
exponent = -(0.655 + 0.033 * np.log(p)
- 0.045 * np.log(A_001)
- beta * (1 - p / 100) * np.sin(theta))
else:
exponent = -(0.655 + 0.033 * np.log(p)
- 0.045 * np.log(A_001)
- beta * (1 - p / 100) * np.sin(theta))
A_p[i] = A_001 * (p / 0.01)**exponent
return p_array, A_p, A_001
上のコードでは、ITU-R P.618 の降雨減衰予測手順をPython関数として実装しています。スラントパス長・水平射影距離・水平縮減係数の計算を経て0.01%超過時の減衰量を求め、さらに超過確率のスケーリング式で0.001%から5%までの広い範囲の減衰量に換算しています。緯度に依存する係数 $\beta$ の場合分けも含め、勧告の手順を忠実に再現しています。
東京における衛星回線の降雨減衰予測
この関数を使って、東京に設置した地上局から静止衛星への通信を想定した降雨減衰を計算してみましょう。
# 東京の条件
phi_tokyo = 35.7 # 緯度 [deg]
h_s_tokyo = 0.04 # 海抜高度 [km](約40m)
h_R_tokyo = 3.4 # 降雨高度 [km](日本中緯度の典型値)
theta_elev = 45.0 # 仰角 [deg](東経110°付近の静止衛星を想定)
R_001_tokyo = 50.0 # 0.01%超過降雨強度 [mm/h](東京の典型値)
# 複数の周波数帯で計算
freq_list = [12, 20, 30, 50]
freq_labels = ['12 GHz (Ku)', '20 GHz (Ka)', '30 GHz (Ka)', '50 GHz (V)']
freq_colors = ['#4CAF50', '#FF9800', '#F44336', '#9C27B0']
fig, (ax1, ax2) = plt.subplots(1, 2, figsize=(14, 6))
# 左図: 超過確率 vs 降雨減衰
for f, label, color in zip(freq_list, freq_labels, freq_colors):
p_arr, A_arr, A001 = rain_attenuation_satellite(
f, theta_elev, h_s_tokyo, h_R_tokyo, R_001_tokyo, phi_tokyo)
ax1.semilogy(A_arr, p_arr, label=f'{label} (A₀.₀₁={A001:.1f} dB)',
color=color, linewidth=2)
ax1.set_xlabel('Rain Attenuation [dB]', fontsize=12)
ax1.set_ylabel('Exceedance Probability p [%]', fontsize=12)
ax1.set_title('Rain Attenuation Exceedance (Tokyo, θ=45°)', fontsize=13)
ax1.legend(fontsize=10)
ax1.grid(True, alpha=0.3, which='both')
ax1.set_xlim(0, 60)
ax1.invert_yaxis()
# 右図: 稼働率 vs 必要マージン
for f, label, color in zip(freq_list, freq_labels, freq_colors):
p_arr, A_arr, _ = rain_attenuation_satellite(
f, theta_elev, h_s_tokyo, h_R_tokyo, R_001_tokyo, phi_tokyo)
availability = 100.0 - p_arr # 稼働率 [%]
ax2.plot(A_arr, availability, label=label, color=color, linewidth=2)
ax2.set_xlabel('Rain Margin [dB]', fontsize=12)
ax2.set_ylabel('Availability [%]', fontsize=12)
ax2.set_title('Availability vs Rain Margin (Tokyo, θ=45°)', fontsize=13)
ax2.legend(fontsize=10)
ax2.grid(True, alpha=0.3)
ax2.set_xlim(0, 60)
ax2.set_ylim(94, 100.01)
plt.tight_layout()
plt.show()
この2つのグラフから、回線設計にとって重要な知見が得られます。
-
左図(超過確率 vs 減衰量): 超過確率が小さくなるほど(稀な豪雨ほど)減衰量が急激に増加します。例えば 30 GHz では、0.01% 超過時の減衰は約 20 dB に達しますが、0.001% 超過(稼働率 99.999%)ではさらに大幅に増加します。これは「最後の数桁の稼働率を上げるコストが非線形に増大する」ことを意味しており、要求稼働率の設定が設計を大きく左右します。
-
右図(稼働率 vs マージン曲線): 稼働率 99.9% の達成に必要なマージンは、12 GHz で数 dB 程度ですが、30 GHz では 10 dB 以上、50 GHz では 20 dB 以上が必要です。衛星通信で 50 GHz を使う場合、20 dB のマージンは送信電力を 100 倍にすることに相当しますから、サイトダイバーシティや ACM なしでは高稼働率の実現が困難であることが数値的に確認できます。
-
Ku帯の「実用的ちょうど良さ」: 12 GHz はマージン 5〜8 dB で稼働率 99.9% 以上を確保でき、BSデジタル放送が Ku 帯を選択している合理性が読み取れます。
仰角依存性の可視化
仰角が降雨減衰に与える影響も確認しておきましょう。
# 仰角を変えて 20 GHz での降雨減衰を比較
elevations = [10, 20, 30, 45, 60, 90]
elev_colors = plt.cm.viridis(np.linspace(0.1, 0.9, len(elevations)))
plt.figure(figsize=(10, 6))
for theta_e, color in zip(elevations, elev_colors):
p_arr, A_arr, A001 = rain_attenuation_satellite(
20, theta_e, h_s_tokyo, h_R_tokyo, R_001_tokyo, phi_tokyo)
availability = 100.0 - p_arr
plt.plot(A_arr, availability, label=f'θ={theta_e}° (A₀.₀₁={A001:.1f} dB)',
color=color, linewidth=2)
plt.xlabel('Rain Margin [dB]', fontsize=12)
plt.ylabel('Availability [%]', fontsize=12)
plt.title('Effect of Elevation Angle on Rain Attenuation (20 GHz, Tokyo)', fontsize=13)
plt.legend(fontsize=10)
plt.grid(True, alpha=0.3)
plt.xlim(0, 40)
plt.ylim(95, 100.01)
plt.tight_layout()
plt.show()
このグラフから、仰角の重要性が明確に読み取れます。
-
低仰角での劇的な悪化: 仰角 10° では、45° の場合に比べて必要な降雨マージンが約 3 倍に増大しています。これはスラントパス長 $L_s = (h_R – h_s) / \sin\theta$ が仰角の正弦に反比例するためで、低仰角では雨の層を長く斜めに通過するからです。
-
45° 以上での収束: 仰角 45° と 90° の差は比較的小さく、仰角が十分大きければ降雨減衰への影響は飽和します。日本から静止衛星を見る仰角は概ね 30°〜50° なので、この範囲ではまだ仰角の影響が無視できないことがわかります。
-
設計への示唆: 低緯度の地上局のほうが静止衛星の仰角が高くなるため、降雨が多い熱帯地域でも、仰角の利得によって降雨減衰がある程度緩和される場合があります。
サイトダイバーシティの効果の数値評価
最後に、サイトダイバーシティの効果を簡易モデルで計算してみます。
def diversity_gain(A_single, d_km, f_ghz):
"""
サイトダイバーシティ利得の簡易モデル
Parameters
----------
A_single : 単一局での降雨減衰 [dB]
d_km : 2局間の距離 [km]
f_ghz : 周波数 [GHz]
Returns
-------
G_d : ダイバーシティ利得 [dB]
"""
# Hodge (1982) の経験的モデルに基づく簡易計算
a_d = A_single * (1.0 - np.exp(-0.04 * A_single))
b_d = 0.06 + 0.0003 * f_ghz
G_d = a_d * (1.0 - np.exp(-b_d * d_km))
return G_d
# 30 GHz, 東京, 仰角45度での計算
_, _, A001_30 = rain_attenuation_satellite(
30, theta_elev, h_s_tokyo, h_R_tokyo, R_001_tokyo, phi_tokyo)
distances = np.linspace(1, 100, 200)
A_single_values = [5, 10, 15, 20]
fig, (ax1, ax2) = plt.subplots(1, 2, figsize=(14, 6))
# 左図: 局間距離 vs ダイバーシティ利得
for A_s in A_single_values:
Gd = diversity_gain(A_s, distances, 30)
ax1.plot(distances, Gd, linewidth=2,
label=f'A_single = {A_s} dB')
ax1.set_xlabel('Inter-site Distance [km]', fontsize=12)
ax1.set_ylabel('Diversity Gain [dB]', fontsize=12)
ax1.set_title('Site Diversity Gain vs Distance (30 GHz)', fontsize=13)
ax1.legend(fontsize=11)
ax1.grid(True, alpha=0.3)
ax1.set_xlim(0, 100)
# 右図: 周波数帯ごとの稼働率改善
# 単一局 vs ダイバーシティ(30 km 離れた2局)
d_diversity = 30 # km
for f, label, color in zip(freq_list, freq_labels, freq_colors):
p_arr, A_arr, _ = rain_attenuation_satellite(
f, theta_elev, h_s_tokyo, h_R_tokyo, R_001_tokyo, phi_tokyo)
availability_single = 100.0 - p_arr
# ダイバーシティ適用後の実効減衰
Gd = diversity_gain(A_arr, d_diversity, f)
A_div = A_arr - Gd
A_div = np.maximum(A_div, 0)
ax2.plot(A_arr, availability_single, color=color, linewidth=2,
label=f'{label} (single)', linestyle='--', alpha=0.5)
ax2.plot(A_div, availability_single, color=color, linewidth=2,
label=f'{label} (diversity)')
ax2.set_xlabel('Effective Rain Margin [dB]', fontsize=12)
ax2.set_ylabel('Availability [%]', fontsize=12)
ax2.set_title('Impact of Site Diversity (d=30 km)', fontsize=13)
ax2.legend(fontsize=8, ncol=2)
ax2.grid(True, alpha=0.3)
ax2.set_xlim(0, 50)
ax2.set_ylim(95, 100.01)
plt.tight_layout()
plt.show()
この図から、サイトダイバーシティの効果を定量的に評価できます。
-
左図(距離 vs ダイバーシティ利得): 局間距離 10 km 程度からダイバーシティ利得が急速に立ち上がり、30〜50 km で飽和に近づきます。単一局での減衰が 20 dB の場合、30 km の局間距離で約 10 dB のダイバーシティ利得が得られます。これは降雨セルの典型的な直径(5〜20 km)と整合しており、両局が同時に強い降雨域に入る確率が低いことを反映しています。
-
右図(ダイバーシティ有無の比較): 実線(ダイバーシティあり)と破線(単一局)を比較すると、高い周波数帯ほどダイバーシティの恩恵が大きいことがわかります。30 GHz では、同じ稼働率を達成するのに必要なマージンが 5〜10 dB 削減されており、これは送信電力を 3〜10 分の 1 に削減できることに相当します。
-
実用上の意味: Ka帯やV帯のHTSゲートウェイ局設計では、サイトダイバーシティは「あれば便利」ではなく「なければ実現不可能」なレベルの技術であることが、この数値からも明確です。
全体を俯瞰するサマリーテーブルの出力
最後に、主要パラメータを一覧表として出力するコードを示します。
# サマリーテーブルの生成
print("=" * 78)
print(f"{'降雨減衰サマリー(東京, 仰角45°, R_0.01=50 mm/h)':^78}")
print("=" * 78)
print(f"{'周波数':>8} {'帯域':>6} {'a':>10} {'b':>8} {'γ(R=50)':>10} "
f"{'A_0.01':>8} {'A_0.1':>8}")
print(f"{'[GHz]':>8} {'':>6} {'':>10} {'':>8} {'[dB/km]':>10} "
f"{'[dB]':>8} {'[dB]':>8}")
print("-" * 78)
summary_freqs = [4, 8, 12, 14, 18, 20, 26, 30, 40, 50, 60, 80]
band_names = {4: 'C', 8: 'C/X', 12: 'Ku', 14: 'Ku', 18: 'K',
20: 'Ka', 26: 'Ka', 30: 'Ka', 40: 'Q', 50: 'V',
60: 'V', 80: 'W'}
for f in summary_freqs:
a, b = itu_r_p838_coefficients(f)
gamma_50 = specific_attenuation(f, 50)
p_arr, A_arr, A001 = rain_attenuation_satellite(
f, theta_elev, h_s_tokyo, h_R_tokyo, R_001_tokyo, phi_tokyo)
# 0.1%超過の減衰を取得
idx_01 = np.argmin(np.abs(p_arr - 0.1))
A_01 = A_arr[idx_01]
band = band_names.get(f, '?')
print(f"{f:>8} {band:>6} {a:>10.6f} {b:>8.4f} {gamma_50:>10.3f} "
f"{A001:>8.1f} {A_01:>8.1f}")
print("=" * 78)
この表から、衛星通信の回線設計者が「どの周波数帯でどの程度の降雨マージンを見込む必要があるか」を一目で把握できます。Cバンドの安心感と、ミリ波帯の厳しさのコントラストが数値として明確になっています。
まとめ
本記事では、降雨減衰モデルについて、物理メカニズムから工学的な予測手法、そして回線設計への応用までを一貫して解説しました。
- 降雨減衰の物理: 雨粒による電波の吸収と散乱が原因であり、サイズパラメータ $x = \pi D / \lambda$ がレイリー散乱領域かミー散乱領域かを決定する。Ku帯以上で影響が顕著になる
- 比減衰 $\gamma = aR^b$: ミー散乱理論と雨滴粒径分布の積分結果を、周波数と偏波に依存する2つの係数 $a, b$ で簡潔に表現するモデル。ITU-R P.838 が国際標準の係数を提供する
- ITU-R P.618 の予測手順: 降雨高度、スラントパス長、水平縮減係数を用いて、特定の超過確率における衛星回線の降雨減衰量を系統的に計算できる
- 稼働率と降雨マージン: 要求稼働率が高いほど大きなマージンが必要であり、そのコストは非線形に増大する。Ka帯以上ではサイトダイバーシティやACMが不可欠
- サイトダイバーシティ: 降雨の空間的局所性を利用し、局間距離 30 km 程度で 5〜10 dB のダイバーシティ利得が得られる。ミリ波帯の高稼働率運用の鍵となる技術
降雨減衰は、衛星通信やミリ波通信の設計においてリンクバジェットの支配的な損失要因であり、その正確な予測は回線の成否を左右します。本記事で扱った ITU-R のモデルは世界中で標準的に使われていますが、局所的な降雨気候に合わせた係数の調整や、実測データとの照合も重要です。
次のステップとして、以下の記事も参考にしてください。