ウィルキンソン電力分配器の理論と導出と実装

フェーズドアレイアンテナでは、1つの送信機の出力を数十から数千のアンテナ素子に分配する必要があります。衛星通信の受信系では、1本のアンテナで受けた信号を複数の受信機に分けて処理します。このように「1つの信号を複数に分ける」「複数の信号を1つにまとめる」という操作は、マイクロ波回路のいたるところで登場します。一見すると、単に線路を3本に枝分かれさせれば済みそうに思えますが、実際にはそう簡単にはいきません。素朴に分岐させただけの回路では、すべてのポートを同時に整合させることができず、しかも一方の出力ポートで反射した信号がもう一方の出力ポートに漏れ込んでしまい、2つの出力経路が互いに干渉してしまうのです。

この問題を鮮やかに解決するのが、1960年にアーネスト・ウィルキンソンが発表したウィルキンソン電力分配器(Wilkinson power divider)です。わずか2本の4分の1波長線路と1本の抵抗を加えるだけで、入力ポートと2つの出力ポートのすべてを完全に整合させ、なおかつ2つの出力ポート間を電気的に分離(アイソレーション)するという、一見矛盾する要求を同時に満たします。

ウィルキンソン分配器の理論を理解すると、以下のような応用分野への見通しが格段によくなります。

  • フェーズドアレイ給電網: 送信電力を多数のアンテナ素子へツリー状に分配する給電回路(コーポレートフィード)の基本単位として使われます
  • 電力合成増幅器: 複数の半導体増幅器の出力を1つにまとめて大電力を得る合成器として、各増幅器を互いにアイソレートしながら合成します
  • バランスドミキサ・バランスドアンプ: 信号を2系統に分けて処理し再合成する構成で、不要波の打ち消しに分配器が不可欠です
  • 計測器: ネットワークアナライザの内部やパワーセンサの分岐など、低反射・高アイソレーションが求められる場面で使われます

本記事の内容

  • なぜ素朴な3ポート分配器ではダメなのか — 無損失3ポート接合の不可能性
  • ウィルキンソン分配器の構造と各要素(4分の1波長線路・分離抵抗)の役割
  • 偶モード励振・奇モード励振という解析手法の導入
  • 偶モード等価回路から入力整合条件 $Z = \sqrt{2}Z_0$ を導く
  • 奇モード等価回路から分離抵抗 $R = 2Z_0$ を導く
  • 全Sパラメータ($S_{11}, S_{21}, S_{22}, S_{23}$)の導出と意味
  • PythonによるSパラメータ周波数掃引と設計理論の検証

前提知識

この記事を読む前に、以下の記事を読んでおくと理解が深まります。

特に、4分の1波長線路がインピーダンス変成器として働くこと(入力インピーダンス $Z_{in} = Z_T^2 / Z_L$)と、散乱行列 $\bm{S}$ の各要素の意味($S_{ii}$ が反射、$S_{ij}$ が透過)は本記事で繰り返し使うため、押さえておきましょう。

なぜ素朴な3ポート分配器ではダメなのか

3つの「うれしい性質」を同時に望む

電力分配器に求めたい性質は、直感的には次の3つです。第一に、どのポートから見てもインピーダンスが整合していて、信号を入れたときに入り口で反射が起きないこと(全ポート整合)。第二に、エネルギーを抵抗で無駄に捨てず、入れた電力がすべて出力に伝わること(無損失)。第三に、回路が普通の金属と誘電体でできていて、信号がどちら向きに進んでも同じ振る舞いをすること(相互的、すなわち $S_{ij} = S_{ji}$)。

ところが、3ポートの回路でこの3つを同時に満たすことは原理的に不可能だということが、散乱行列の性質から証明できます。まずこの「不可能性」を確認することが、ウィルキンソン分配器のうまさを理解する出発点になります。なぜなら、ウィルキンソン分配器は「3つのうち1つ(無損失)をあえて諦める」ことで、残りの2つに加えてアイソレーションまで手に入れているからです。

散乱行列による定式化

ポートを1, 2, 3とする3ポート回路を考えます。その散乱行列は $3 \times 3$ の行列です。

$$ \bm{S} = \begin{pmatrix} S_{11} & S_{12} & S_{13} \\ S_{21} & S_{22} & S_{23} \\ S_{31} & S_{32} & S_{33} \end{pmatrix} $$

ここで、回路に対して先ほどの3条件を順に課していきます。

まず相互性(reciprocity)を仮定すると、散乱行列は対称になります。

$$ S_{ij} = S_{ji} $$

次に全ポート整合を課します。これは各ポートを基準インピーダンス $Z_0$ で終端したとき、そのポートでの反射がゼロであることを意味するので、対角成分がすべてゼロになります。

$$ S_{11} = S_{22} = S_{33} = 0 $$

これらを合わせると、散乱行列は対角成分がゼロで対称な行列になります。

$$ \bm{S} = \begin{pmatrix} 0 & S_{12} & S_{13} \\ S_{12} & 0 & S_{23} \\ S_{13} & S_{23} & 0 \end{pmatrix} $$

無損失条件が矛盾を生む

最後に無損失条件を課します。無損失回路では、散乱行列はユニタリ行列になります。これは「入った電力の総和と出た電力の総和が等しい」というエネルギー保存を散乱行列の言葉で表したもので、次のように書けます。

$$ \bm{S}^\dagger \bm{S} = \bm{I} $$

ここで $\bm{S}^\dagger$ は $\bm{S}$ の共役転置、$\bm{I}$ は単位行列です。このユニタリ条件を成分ごとに書き下します。まず、各列のノルムが1になる条件(対角成分)から、次の3つが得られます。

$$ |S_{12}|^2 + |S_{13}|^2 = 1 $$

$$ |S_{12}|^2 + |S_{23}|^2 = 1 $$

$$ |S_{13}|^2 + |S_{23}|^2 = 1 $$

これらは、それぞれ第1列・第2列・第3列のノルム条件です。さらに、異なる列どうしが直交する条件(非対角成分がゼロ)から、次の3つが得られます。

$$ S_{13}^* S_{23} = 0 $$

$$ S_{12}^* S_{23} = 0 $$

$$ S_{12}^* S_{13} = 0 $$

これらの直交条件を1行目から順に読み解いていきましょう。1番目の式 $S_{13}^* S_{23} = 0$ から、$S_{13}$ か $S_{23}$ の少なくとも一方はゼロでなければなりません。同様に、2番目の式から $S_{12}$ か $S_{23}$ の一方がゼロ、3番目の式から $S_{12}$ か $S_{13}$ の一方がゼロです。

仮に $S_{23} = 0$ としてみましょう。すると、ノルム条件の2番目から $|S_{12}|^2 = 1$、3番目から $|S_{13}|^2 = 1$ となります。ところがこれを1番目のノルム条件 $|S_{12}|^2 + |S_{13}|^2 = 1$ に代入すると、$1 + 1 = 2 \neq 1$ となって矛盾します。$S_{12} = 0$ や $S_{13} = 0$ から出発しても、対称性により同じ矛盾に行き着きます。

したがって、相互的・無損失・全ポート整合の3条件を同時に満たす3ポート回路は存在しないことが証明されました。これがマイクロ波回路における有名な「3ポート接合の定理」です。

どれを諦めるか — ウィルキンソンの選択

不可能性が示された以上、3つのうちどれかを諦めるしかありません。設計者の選択肢は次の通りです。

  • 相互性を諦める → サーキュレータやアイソレータ(フェライトを使った非相互素子)になります。ただし磁性体が必要で大型・高価です
  • 整合を諦める → 素朴なT分岐やY分岐がこれにあたります。安価ですが反射が大きく、出力間も分離されません
  • 無損失を諦める → 回路に抵抗を入れて少しだけ電力を散逸させることを許します

ウィルキンソンが選んだのは3番目です。重要なのは、信号が正常に分配されているとき(出力が整合しているとき)には抵抗には電流が流れず、損失が生じないという巧妙な仕掛けです。抵抗が電力を消費するのは、出力ポートで反射が起きて2つの出力に差が生じたときだけ。つまり、平常時は無損失同然に振る舞い、異常時(反射発生時)にだけ抵抗が働いてアイソレーションを生むのです。この絶妙な仕掛けがどう実現されるのかを、次の節から構造とともに見ていきましょう。

ウィルキンソン分配器の構造

回路の全体像

ウィルキンソン分配器(2分配・等分配型)の構造は驚くほどシンプルです。入力ポート1から信号が入り、そこから2本の4分の1波長($\lambda/4$)線路が枝分かれして、それぞれ出力ポート2、出力ポート3につながります。そして、出力ポート2と3の間に1本の抵抗 $R$(分離抵抗、isolation resistor)が橋渡しされています。

各部の値は、後で導出するように次のように設計されます。

  • 入力ポート・出力ポートの基準インピーダンス: $Z_0$(通常は $50\,\Omega$)
  • 2本の$\lambda/4$線路の特性インピーダンス: $Z = \sqrt{2}\,Z_0$($50\,\Omega$系なら約 $70.7\,\Omega$)
  • 分離抵抗: $R = 2Z_0$($50\,\Omega$系なら $100\,\Omega$)

各要素が果たす役割の直感

まず$\lambda/4$線路がなぜ $\sqrt{2}Z_0$ なのかを直感的に押さえましょう。入力ポート1から見ると、2つの出力経路が並列につながっています。電力を等分配するなら、それぞれの経路はポート1から見て $2Z_0$ に見えてほしいのです($2Z_0$ が2本並列で $Z_0$ になり、入力が整合する)。一方、各出力ポートは $Z_0$ で終端されています。つまり、$\lambda/4$線路には「片側が $Z_0$、もう片側が $2Z_0$」というインピーダンス変換をしてもらいたい。4分の1波長変成器の公式 $Z_{in} = Z^2/Z_L$ で $Z_{in} = 2Z_0$、$Z_L = Z_0$ とすれば、$Z = \sqrt{2Z_0 \cdot Z_0} = \sqrt{2}Z_0$ が得られます。これが特性インピーダンスの正体です。

次に分離抵抗の役割です。入力ポート1から対称に信号を入れると、出力2と3には全く同じ電圧が現れます。両端が同電位なら、その間に抵抗をつないでも電流は流れません。つまり通常動作では分離抵抗は「ないも同然」です。ところが、出力ポート2だけに外から信号が入ってきた(あるいは反射した)場合、ポート2とポート3に電位差が生じ、ここで初めて分離抵抗に電流が流れます。この抵抗が、ポート2からポート3への漏れ込みをちょうど打ち消すように働くことで、アイソレーションが実現されるのです。

対称性に着目する — 偶奇モード解析の発想

この回路の最大の特徴は、ポート2とポート3に関して完全に左右対称であることです。対称な回路を解析するときの強力な道具が「偶モード・奇モード解析(even-odd mode analysis)」です。

アイデアはこうです。ポート2とポート3に任意の信号を加えるとき、その信号を「2と3に同じ大きさ・同じ符号で加える成分(偶モード)」と「2と3に同じ大きさ・逆符号で加える成分(奇モード)」の和に分解します。任意の励振はこの2つの重ね合わせで表せるので、それぞれのモードについて回路を解いて足し合わせれば、元の問題の答えが得られます。

偶モードでは対称面で電流が流れない(対称面は開放と等価)、奇モードでは対称面で電圧がゼロになる(対称面は短絡=接地と等価)という性質を使うと、$\lambda/4$線路と分離抵抗を対称面でスパッと切り分けて、それぞれ独立した単純な回路として扱えます。これにより、複雑な3ポート回路の解析が、2つの1ポート問題に還元されるのです。

この強力な手法を使って、次節では実際に偶モードと奇モードの等価回路を立て、設計式を導出していきます。

偶奇モード解析の準備

回路の正規化

導出を見通しよくするために、すべてのインピーダンスを基準インピーダンス $Z_0$ で割った正規化インピーダンスで扱います。正規化後の量を小文字で表すと、各要素は次のようになります。

$$ z = \frac{Z}{Z_0}, \quad r = \frac{R}{Z_0}, \quad z_0 = 1 $$

出力ポートの終端は $Z_0$ なので正規化すると $1$ です。$\lambda/4$線路の特性インピーダンス $Z = \sqrt{2}Z_0$ は正規化すると $z = \sqrt{2}$、分離抵抗 $R = 2Z_0$ は正規化すると $r = 2$ になります(これらが正しいことをこれから導きます)。

回路を正規化したうえで、ポート2とポート3を $Z_0$(正規化で $1$)で終端し、それぞれに電圧源を接続した状態を考えます。ポート2側の電圧源を $V_{g2}$、ポート3側を $V_{g3}$ とします。

偶モードと奇モードの定義

任意の励振 $(V_{g2}, V_{g3})$ を、次の2つのモードの重ね合わせに分解します。

偶モード(even mode): 2つの電圧源を同じ大きさ・同じ符号にします。

$$ V_{g2}^e = V_{g3}^e = V_e $$

奇モード(odd mode): 2つの電圧源を同じ大きさ・逆符号にします。

$$ V_{g2}^o = -V_{g3}^o, \quad V_{g2}^o = V_o $$

任意の励振は、これらの和として一意に表せます。

$$ V_{g2} = V_e + V_o, \quad V_{g3} = V_e – V_o $$

逆に解けば $V_e = (V_{g2} + V_{g3})/2$、$V_o = (V_{g2} – V_{g3})/2$ です。

ここで威力を発揮するのが対称性です。回路はポート2と3に関して鏡像対称なので、対称面(ポート2と3のちょうど中間を通る面)で回路を真っ二つに割って考えられます。

  • 偶モードでは、対称な2点が常に同電位です。電位差がないので対称面を横切る電流は流れません。よって対称面は開放端(open circuit)と等価です。分離抵抗 $R$ は中点で開放されるので、半分の抵抗 $R/2$ が片側に付いて、その先が開放になります(電流が流れないので実質無関係)。
  • 奇モードでは、対称な2点が常に逆符号・同じ大きさです。対称面上では電位がちょうどゼロになります。よって対称面は短絡端(接地、short circuit)と等価です。分離抵抗 $R$ は中点で接地され、片側に半分の抵抗 $R/2$ が接地につながった形になります。

入力ポート1も対称面上にあるため、偶モードでは開放、奇モードでは接地として扱われます。具体的には、ポート1の終端 $Z_0$ は対称面で2つに分かれ、偶モードでは各半分が $2Z_0$(直列に見て)、奇モードでは接地になります。この切り分けを使って、次節でまず偶モードを解きます。

偶モード等価回路の解析

偶モード等価回路を立てる

偶モードでは対称面が開放端になります。回路の半分(たとえばポート2側)だけを取り出すと、次のような1ポート回路になります。

  • 出力ポート2: 電圧源 $V_e$ と直列終端抵抗 $1$(正規化)
  • そこから特性インピーダンス $z = \sqrt{2}$ の$\lambda/4$線路が伸びる
  • $\lambda/4$線路の反対側(本来はポート1につながる側)は、ポート1の終端 $Z_0$ が2分割されて見える。電力分配の対称性から、偶モードではこの端が正規化インピーダンス $2$(=$2Z_0$)で終端されているとみなせる
  • 分離抵抗は中点開放のため、$r/2$ が付くが先が開いていて電流が流れず、無視できる

整理すると、偶モードでポート2から見たインピーダンスを計算する回路は、「特性インピーダンス $\sqrt{2}$ の$\lambda/4$線路の先に負荷 $2$ がつながったもの」です。

$\lambda/4$線路による入力インピーダンス変換

特性インピーダンス $z$、長さ $\lambda/4$ の伝送線路の先に負荷 $z_L$ をつないだとき、入力インピーダンス $z_{in}$ は4分の1波長変成器の公式で与えられます。

$$ z_{in} = \frac{z^2}{z_L} $$

この公式自体は、伝送線路の入力インピーダンス一般式 $z_{in} = z \dfrac{z_L + jz\tan\beta\ell}{z + jz_L\tan\beta\ell}$ に $\beta\ell = \pi/2$($\ell = \lambda/4$なので $\tan\beta\ell \to \infty$)を代入して得られます。$\tan\beta\ell \to \infty$ のとき、分子分母とも $\tan$ の項が支配的になり、$z_{in} = z \cdot (jz\tan)/(jz_L\tan) = z^2/z_L$ となるわけです。

中心周波数では $\lambda/4$ 線路がちょうど成り立つので、偶モードでポート2から線路の奥(負荷 $z_L = 2$)を見たインピーダンスは、

$$ z_{in}^e = \frac{z^2}{z_L} = \frac{(\sqrt{2})^2}{2} = \frac{2}{2} = 1 $$

となります。すなわち、偶モードでポート2から$\lambda/4$線路を見たインピーダンスはちょうど $1$(正規化)、つまり $Z_0$ に一致します。

偶モードの反射係数

ポート2は終端抵抗 $1$(正規化)を通して励振されています。ポート2から見える入力インピーダンスが $z_{in}^e = 1$ なので、ポート2での反射係数 $\Gamma^e$ は、

$$ \Gamma^e = \frac{z_{in}^e – 1}{z_{in}^e + 1} = \frac{1 – 1}{1 + 1} = 0 $$

となり、偶モードでは反射がゼロであることがわかります。これは設計が正しく整合していることの現れです。

ここで重要なのは、もし $\lambda/4$線路の特性インピーダンスが $z = \sqrt{2}$ でなかったら、$z_{in}^e = z^2/2 \neq 1$ となって反射が生じてしまうという点です。逆に言えば、$z_{in}^e = 1$、すなわち反射ゼロを要求することが、$z^2 = 2$ つまり $z = \sqrt{2}$ という設計条件を与えているのです。これが$\lambda/4$線路を $\sqrt{2}Z_0$ にする根拠です。

偶モードでのポート1の電圧

後でSパラメータを計算するために、偶モードでのポート1(対称面上)の電圧を求めておきます。偶モードでは対称面が開放なので、ポート1側には$\lambda/4$線路を通して電力が伝わります。$\lambda/4$線路の電圧・電流の関係(線路の両端で位相が $90^\circ$ 回ること)から、ポート2に加えた電圧に対してポート1に現れる電圧を計算できます。

詳細な計算は線路方程式によりますが、結果として、偶モードでポート2を $V_e$ で励振したとき、ポート1の電圧 $V_1^e$ は $V_e$ に比例し、$\lambda/4$線路による $-90^\circ$($-j$ 倍)の位相回転を受けます。この位相情報は $S_{21}$ の符号($-j/\sqrt{2}$)に効いてきます。

偶モードで反射がゼロになり整合が取れることがわかりました。しかしこれだけでは、出力ポート間のアイソレーションは説明できません。アイソレーションを担うのは奇モードです。次節で奇モードを解き、分離抵抗の値を決定しましょう。

奇モード等価回路の解析

奇モード等価回路を立てる

奇モードでは対称面が短絡端(接地)になります。ポート2側の半分を取り出すと、次のような回路になります。

  • 出力ポート2: 電圧源 $V_o$ と直列終端抵抗 $1$(正規化)
  • そこから特性インピーダンス $z = \sqrt{2}$ の$\lambda/4$線路が伸びる
  • $\lambda/4$線路の反対側(対称面側=ポート1側)は奇モードでは接地(短絡)される
  • 分離抵抗は中点接地のため、半分の抵抗 $r/2$ がポート2と接地の間に入る

ここがポイントです。奇モードでは、$\lambda/4$線路の奥(ポート1側)が短絡されています。

短絡された$\lambda/4$線路は開放に見える

短絡負荷($z_L = 0$)に$\lambda/4$線路をつないだときの入力インピーダンスを、変成器の公式で計算します。一般式 $z_{in} = z\dfrac{z_L + jz\tan\beta\ell}{z + jz_L\tan\beta\ell}$ に $z_L = 0$、$\beta\ell = \pi/2$ を代入します。

$$ z_{in} = z \cdot \frac{0 + jz\tan(\pi/2)}{z + 0} = z \cdot \frac{jz\tan(\pi/2)}{z} $$

$\tan(\pi/2) \to \infty$ なので、この入力インピーダンスは発散します。

$$ z_{in}^{\text{line}} = j z \tan\left(\frac{\pi}{2}\right) \to \infty $$

つまり、短絡された$\lambda/4$線路は、入力側から見ると開放($\infty$)に見えるのです。これは$\lambda/4$線路の有名な性質で、短絡と開放を入れ替える「インピーダンス反転」の働きをします。

その結果、奇モードでポート2から見た回路では、$\lambda/4$線路の枝は実質的に切り離されます(開放なので電流が流れ込まない)。残るのは、ポート2と接地の間にある分離抵抗の半分 $r/2$ だけです。

奇モードの入力インピーダンスと反射係数

したがって、奇モードでポート2から見た入力インピーダンスは、$\lambda/4$線路の枝(開放)と $r/2$ の並列ですが、開放は無限大なので結局 $r/2$ だけになります。

$$ z_{in}^o = \frac{r}{2} $$

ポート2の終端抵抗は $1$(正規化)なので、奇モードでの反射係数は、

$$ \Gamma^o = \frac{z_{in}^o – 1}{z_{in}^o + 1} = \frac{r/2 – 1}{r/2 + 1} $$

となります。奇モードでも反射をゼロにしたいので、$\Gamma^o = 0$ を要求します。これが成り立つのは分子がゼロのとき、すなわち、

$$ \frac{r}{2} – 1 = 0 \quad \Longrightarrow \quad r = 2 $$

正規化を元に戻すと $R = 2Z_0$ です。これが分離抵抗の値の根拠です。$50\,\Omega$系なら $R = 100\,\Omega$ になります。

なぜ反射ゼロがアイソレーションを生むのか

ここで「奇モードの反射ゼロ」がどうしてポート2-3間のアイソレーションにつながるのかを整理します。ポート2だけに信号を入れた状況は、偶モードと奇モードを等量重ね合わせた状態です($V_{g2}=V, V_{g3}=0$ なら $V_e = V_o = V/2$)。

ポート3に現れる応答を考えると、偶モードではポート3にもポート2と同符号の信号が現れ、奇モードではポート3にポート2と逆符号の信号が現れます。両モードがポート2では反射ゼロ($\Gamma^e = \Gamma^o = 0$)かつ整合しているとき、ポート3に漏れる偶モード成分と奇モード成分がちょうど打ち消し合うように設計されているのです。次節で散乱行列を組み立て、この打ち消しを定量的に確認します。

奇モード解析から分離抵抗 $R = 2Z_0$ が決まりました。偶モードと奇モードの結果が出そろったので、いよいよ全Sパラメータを組み立てます。

全Sパラメータの導出

モード反射・透過からSパラメータへ

これまでに、偶モードと奇モードそれぞれについて、ポート2での反射係数を求めました。

$$ \Gamma^e = 0, \quad \Gamma^o = 0 \quad (\text{設計値のとき}) $$

ポート2とポート3の反射・結合は、偶奇モードの結果を重ね合わせて得られます。一般に、対称な2ポート(ここではポート2と3)について、片方の反射係数 $S_{22}$ と相互結合 $S_{23}$ は、偶モード反射 $\Gamma^e$ と奇モード反射 $\Gamma^o$ から次のように表されます。

$$ S_{22} = \frac{1}{2}\left(\Gamma^e + \Gamma^o\right) $$

$$ S_{23} = \frac{1}{2}\left(\Gamma^e – \Gamma^o\right) $$

この関係は、偶モード励振(2と3に同符号)でのポート2の応答が「自分への反射+相手からの結合」の和、奇モード励振(逆符号)での応答が「反射-結合」になることから導けます。2式を足し引きすれば $S_{22}, S_{23}$ が分離されます。

設計値 $\Gamma^e = \Gamma^o = 0$ を代入すると、

$$ S_{22} = \frac{1}{2}(0 + 0) = 0 $$

$$ S_{23} = \frac{1}{2}(0 – 0) = 0 $$

となります。$S_{22} = 0$ は出力ポート2が整合していること、$S_{23} = 0$ はポート2とポート3が完全にアイソレートされていることを意味します。対称性から $S_{33} = 0$、$S_{32} = 0$ も同様に成り立ちます。これがウィルキンソン分配器の核心的な性質です。

入力ポートの整合 $S_{11} = 0$

入力ポート1から見たインピーダンスも確認します。ポート1から見ると、2本の$\lambda/4$線路(特性インピーダンス $\sqrt{2}Z_0$)が並列につながり、それぞれの先が $Z_0$ で終端されています。各$\lambda/4$線路の入力インピーダンスは変成器公式により、

$$ Z_{in,\text{1本}} = \frac{(\sqrt{2}Z_0)^2}{Z_0} = \frac{2Z_0^2}{Z_0} = 2Z_0 $$

これが2本並列なので、ポート1から見た合成インピーダンスは、

$$ Z_{in,1} = \frac{2Z_0 \cdot 2Z_0}{2Z_0 + 2Z_0} = \frac{2Z_0}{2} = Z_0 $$

ポート1の基準インピーダンスは $Z_0$ なので、入力は完全に整合し、

$$ S_{11} = \frac{Z_{in,1} – Z_0}{Z_{in,1} + Z_0} = \frac{Z_0 – Z_0}{Z_0 + Z_0} = 0 $$

となります。なお、ポート1への入力に対しては分離抵抗の両端(ポート2と3)が同電位になるため、抵抗には電流が流れず、損失は生じません。これが「平常時は無損失」という性質の数学的な裏付けです。

分配の透過係数 $S_{21}, S_{31}$

入力電力が2つの出力に等分配されることを確認します。エネルギー保存(平常時は無損失)から、入力電力 $|a_1|^2$ がポート2と3に等分されるので、電力で半分ずつ、すなわち振幅では $1/\sqrt{2}$ になります。$\lambda/4$線路による $-90^\circ$ の位相回転を含めると、

$$ S_{21} = S_{31} = -\frac{j}{\sqrt{2}} $$

振幅の大きさは $|S_{21}| = 1/\sqrt{2} \approx 0.707$ です。これをデシベルで表すと、

$$ 20\log_{10}\left(\frac{1}{\sqrt{2}}\right) = 20 \times (-0.1505) \approx -3.01\,\text{dB} $$

つまり、各出力ポートには入力に対して $-3\,\text{dB}$(電力で半分) の信号が現れます。これが「3 dBスプリッタ」と呼ばれる所以です。位相に現れる $-j$ は、入力から出力までが$\lambda/4$($90^\circ$)の電気長であることを反映しています。

散乱行列の完成

以上をまとめると、中心周波数におけるウィルキンソン分配器の散乱行列は次のようになります。

$$ \bm{S} = \begin{pmatrix} 0 & -\dfrac{j}{\sqrt{2}} & -\dfrac{j}{\sqrt{2}} \\[2mm] -\dfrac{j}{\sqrt{2}} & 0 & 0 \\[2mm] -\dfrac{j}{\sqrt{2}} & 0 & 0 \end{pmatrix} $$

この行列を眺めると、ウィルキンソン分配器の3つの性質が一目で読み取れます。対角成分がすべてゼロ(全ポート整合)、$S_{23} = S_{32} = 0$(出力間アイソレーション)、$S_{21} = S_{31} = -j/\sqrt{2}$(等分配)です。

ただし、この行列はユニタリではありません。たとえば第2列のノルムは $|S_{12}|^2 + |S_{32}|^2 = 1/2 + 0 = 1/2 \neq 1$ です。これは、ポート2やポート3から信号を入れたとき、その一部が分離抵抗で消費されることを意味します。先ほどの不可能性定理を思い出すと、ウィルキンソンは「ポート間で見たときの無損失性」を犠牲にすることで、整合とアイソレーションを獲得しているのです。ただし繰り返しになりますが、本来の使い方(ポート1から入力)では抵抗に電流が流れないため、実用上の損失はほとんどありません。

数式の上では中心周波数で理想的な性質が得られることがわかりました。しかし $\lambda/4$ という条件は1つの周波数でしか厳密には成立しません。実際の帯域特性がどうなるかを、次節からPythonで周波数掃引して確認しましょう。

具体例 — 50Ω系での設計値

実際の数値で設計値を確認しておきましょう。基準インピーダンス $Z_0 = 50\,\Omega$、中心周波数 $f_0 = 2.0\,\text{GHz}$ のウィルキンソン分配器を設計します。

まず$\lambda/4$線路の特性インピーダンスは、

$$ Z = \sqrt{2}\,Z_0 = \sqrt{2} \times 50 \approx 70.7\,\Omega $$

分離抵抗は、

$$ R = 2Z_0 = 2 \times 50 = 100\,\Omega $$

線路の物理長は、基板の実効比誘電率 $\varepsilon_{r,\text{eff}}$ を $2.5$ とすると、誘電体中の波長 $\lambda_g = c/(f_0\sqrt{\varepsilon_{r,\text{eff}}})$ から、

$$ \lambda_g = \frac{3\times10^8}{2.0\times10^9 \times \sqrt{2.5}} \approx \frac{0.15}{1.581} \approx 0.0949\,\text{m} $$

したがって$\lambda/4$線路の長さは $\lambda_g/4 \approx 23.7\,\text{mm}$ となります。$70.7\,\Omega$の線路は$50\,\Omega$線路より細く(マイクロストリップなら線幅が狭く)なります。これらの値は実際のフェーズドアレイ給電網やPCB設計でそのまま使われる現実的な数字です。

設計値が具体的に求まったので、これらのパラメータでSパラメータを周波数掃引し、理論で予測した中心周波数での理想特性と、その周辺での帯域特性を確認しましょう。

Pythonによる実装と検証

ABCD行列でウィルキンソン分配器をモデル化する

ウィルキンソン分配器を任意の周波数で解析するには、$\lambda/4$線路が周波数とともに電気長を変える効果を取り込む必要があります。ここでは、偶奇モード解析を任意周波数に拡張して、ポート2から見た反射係数を周波数ごとに計算します。

偶モードでは、ポート2から「特性インピーダンス $\sqrt{2}Z_0$、電気長 $\theta = \beta\ell$ の線路の先に負荷 $2Z_0$」を見たインピーダンスを、伝送線路の一般式で計算します。中心周波数で $\theta = 90^\circ$ になり、周波数がずれると $\theta$ もずれます。

import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt

# 設計パラメータ
Z0 = 50.0            # 基準インピーダンス [Ω]
f0 = 2.0e9           # 中心周波数 [Hz]
Zline = np.sqrt(2) * Z0   # λ/4線路の特性インピーダンス ≈ 70.7Ω
R = 2 * Z0                # 分離抵抗 100Ω

def line_zin(ZL, Zc, theta):
    """特性インピーダンスZc・電気長thetaの線路先の負荷ZLを見た入力インピーダンス"""
    return Zc * (ZL + 1j * Zc * np.tan(theta)) / (Zc + 1j * ZL * np.tan(theta))

def gamma(zin, Zref=Z0):
    """基準Zrefに対する反射係数"""
    return (zin - Zref) / (zin + Zref)

ここでは伝送線路の入力インピーダンス一般式を line_zin として用意しました。電気長 theta に周波数依存性を持たせることで、中心周波数からずれたときの振る舞いを追えます。gamma は反射係数を計算する補助関数です。

偶奇モードから各Sパラメータを計算する

次に、各周波数で偶モード・奇モードの反射係数を求め、そこから $S_{22}$(出力反射)と $S_{23}$(アイソレーション)を組み立てます。同時に入力ポートの $S_{11}$ も計算します。

# 周波数掃引
f = np.linspace(0.5e9, 3.5e9, 800)
theta = (np.pi / 2) * (f / f0)   # 中心周波数でθ=90°、周波数に比例

# --- 偶モード: λ/4線路の先に 2*Z0 負荷、対称面開放 ---
zin_even_line = line_zin(2 * Z0, Zline, theta)  # 線路を見たインピーダンス
# 偶モードでは分離抵抗(R/2)の先が開放→無関係。ポート2から見るのは線路のみ
Gamma_e = gamma(zin_even_line, Z0)

# --- 奇モード: λ/4線路の先が短絡、対称面接地 ---
zin_odd_line = line_zin(0.0, Zline, theta)      # 短絡負荷を線路越しに見る
# ポート2から見るのは (R/2) と 線路インピーダンス の並列
zin_odd = (R / 2) * zin_odd_line / ((R / 2) + zin_odd_line)
Gamma_o = gamma(zin_odd, Z0)

# 出力ポートの反射とアイソレーション
S22 = 0.5 * (Gamma_e + Gamma_o)
S23 = 0.5 * (Gamma_e - Gamma_o)

偶モードでは$\lambda/4$線路の先に $2Z_0$ の負荷を置き、奇モードでは線路の先を短絡(負荷ゼロ)して計算しています。奇モードのポート2インピーダンスは、線路を見たインピーダンスと分離抵抗の半分 $R/2$ の並列で表しています。$S_{22}, S_{23}$ は偶奇モードの反射係数の和と差から組み立てています。

入力反射と分配特性の計算

入力ポート1の反射 $S_{11}$ は、2本の$\lambda/4$線路(先に $Z_0$ 終端)が並列に見えるインピーダンスから計算します。分配の透過 $S_{21}$ は、中心周波数では $-j/\sqrt{2}$ になるはずです。

# --- 入力ポート1: λ/4線路(先にZ0終端)が2本並列 ---
zin_branch = line_zin(Z0, Zline, theta)      # 1本の枝の入力インピーダンス
zin_port1 = zin_branch / 2                    # 2本並列
S11 = gamma(zin_port1, Z0)

# --- 分配の透過 S21(簡易モデル: 整合時 -3dB、位相は線路長ぶん)---
# 入力整合度を考慮した近似透過係数
T = 1 - np.abs(S11)**2          # 入力で反射されず通った電力比
S21_mag = np.sqrt(T / 2)        # 2分配なので半分

入力ポートから見た合成インピーダンスを枝1本の半分(2本並列)として計算し、$S_{11}$ を求めています。$S_{21}$ の振幅は、入力で反射せず通った電力を2等分した近似値です。中心周波数では $S_{11}=0$ なので $|S_{21}|=1/\sqrt{2}$ になることが期待されます。

Sパラメータの周波数特性をプロットする

求めた各Sパラメータをデシベルに変換してプロットします。中心周波数 $f_0 = 2\,\text{GHz}$ で理論通りの特性が現れるかを確認します。

def to_db(x):
    """振幅をdBに変換(ゼロ割れ防止)"""
    return 20 * np.log10(np.maximum(np.abs(x), 1e-12))

plt.figure(figsize=(10, 6))
plt.plot(f / 1e9, to_db(S11), label=r'$S_{11}$ (入力反射)', lw=2)
plt.plot(f / 1e9, to_db(S22), label=r'$S_{22}$ (出力反射)', lw=2)
plt.plot(f / 1e9, to_db(S23), label=r'$S_{23}$ (アイソレーション)', lw=2)
plt.plot(f / 1e9, to_db(S21_mag), label=r'$S_{21}$ (分配 -3dB)', lw=2)
plt.axvline(2.0, color='gray', ls='--', alpha=0.7, label='中心周波数 2GHz')
plt.axhline(-3.01, color='k', ls=':', alpha=0.5)
plt.ylim(-60, 2)
plt.xlabel('Frequency [GHz]')
plt.ylabel('Magnitude [dB]')
plt.title('Wilkinson Power Divider — S-parameters')
plt.legend(loc='lower center', ncol=2)
plt.grid(True, alpha=0.3)
plt.tight_layout()
plt.savefig('wilkinson_sparams.png', dpi=150)
plt.show()

上のグラフから、ウィルキンソン分配器の設計理論が見事に裏付けられることが読み取れます。

  1. 中心周波数 $2\,\text{GHz}$ で $S_{11}, S_{22}, S_{23}$ がすべて深く落ち込む — それぞれ理論上はマイナス無限大(完全整合・完全アイソレーション)になるはずで、数値計算でも $-50\,\text{dB}$ 以下まで急峻に落ちます。これは入力整合・出力整合・アイソレーションの3つが中心周波数で同時に成立することを示しています。
  2. $S_{21}$ が中心周波数で $-3.01\,\text{dB}$ の水平線にぴったり一致 — 入力電力がポート2とポート3に正確に等分配されていることの確認です。
  3. 中心周波数から離れると特性が劣化する — $\lambda/4$ 条件が1点でしか厳密に成立しないため、$S_{11}$ や $S_{23}$ は周波数がずれると浅くなります。それでも中心周波数の周りでなだらかに劣化するため、ある程度の帯域幅を確保できます(典型的には比帯域で数十%)。

アイソレーションと分離抵抗の関係を可視化する

分離抵抗 $R = 2Z_0$ がアイソレーションの鍵であることを確かめるため、抵抗値を変えたときの $S_{23}$ の中心周波数での落ち込みを比較します。

import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt

Z0 = 50.0
f0 = 2.0e9
Zline = np.sqrt(2) * Z0
f = np.linspace(0.5e9, 3.5e9, 800)
theta = (np.pi / 2) * (f / f0)

def line_zin(ZL, Zc, th):
    return Zc * (ZL + 1j * Zc * np.tan(th)) / (Zc + 1j * ZL * np.tan(th))

def gamma(zin, Zref=Z0):
    return (zin - Zref) / (zin + Zref)

plt.figure(figsize=(10, 6))
for R_test in [50, 75, 100, 150]:   # 100Ω(=2Z0)が設計値
    Ge = gamma(line_zin(2 * Z0, Zline, theta), Z0)
    zodd_line = line_zin(0.0, Zline, theta)
    zodd = (R_test / 2) * zodd_line / ((R_test / 2) + zodd_line)
    Go = gamma(zodd, Z0)
    S23 = 0.5 * (Ge - Go)
    S23_db = 20 * np.log10(np.maximum(np.abs(S23), 1e-12))
    style = '-' if R_test == 100 else '--'
    plt.plot(f / 1e9, S23_db, style, lw=2,
             label=f'R = {R_test}Ω' + (' (設計値)' if R_test == 100 else ''))

plt.axvline(2.0, color='gray', ls=':', alpha=0.7)
plt.ylim(-60, 0)
plt.xlabel('Frequency [GHz]')
plt.ylabel(r'$S_{23}$ Isolation [dB]')
plt.title('Effect of Isolation Resistor on $S_{23}$')
plt.legend()
plt.grid(True, alpha=0.3)
plt.tight_layout()
plt.savefig('wilkinson_isolation.png', dpi=150)
plt.show()

このグラフから、分離抵抗の値がアイソレーションを決定的に左右することがわかります。$R = 100\,\Omega$($=2Z_0$、実線)のときだけ、中心周波数で $S_{23}$ が $-50\,\text{dB}$ 以下まで深く落ち込み、ほぼ完全なアイソレーションが得られます。一方、$R$ を $50\,\Omega$ や $150\,\Omega$ にずらすと、中心周波数でも $S_{23}$ が $-10$ ~ $-20\,\text{dB}$ 程度にとどまり、出力ポート間の分離が不完全になります。これは奇モードの反射条件 $\Gamma^o = (R/2 – Z_0)/(R/2 + Z_0) = 0$ が $R = 2Z_0$ でのみ成立するという理論的予測と完全に一致しています。

帯域特性とモード反射の確認

最後に、偶モード反射 $\Gamma^e$ と奇モード反射 $\Gamma^o$ を個別にプロットして、両者が中心周波数で同時にゼロになる様子を確認します。

import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt

Z0, f0 = 50.0, 2.0e9
Zline, R = np.sqrt(2) * Z0, 2 * Z0
f = np.linspace(0.5e9, 3.5e9, 800)
theta = (np.pi / 2) * (f / f0)

def line_zin(ZL, Zc, th):
    return Zc * (ZL + 1j * Zc * np.tan(th)) / (Zc + 1j * ZL * np.tan(th))
def gamma(zin):
    return (zin - Z0) / (zin + Z0)

Ge = gamma(line_zin(2 * Z0, Zline, theta))
zodd_line = line_zin(0.0, Zline, theta)
Go = gamma((R / 2) * zodd_line / ((R / 2) + zodd_line))

plt.figure(figsize=(10, 5))
plt.plot(f / 1e9, np.abs(Ge), label=r'$|\Gamma^{even}|$ 偶モード反射', lw=2)
plt.plot(f / 1e9, np.abs(Go), label=r'$|\Gamma^{odd}|$ 奇モード反射', lw=2)
plt.axvline(2.0, color='gray', ls='--', alpha=0.7, label='中心周波数')
plt.xlabel('Frequency [GHz]')
plt.ylabel('Reflection magnitude')
plt.title('Even/Odd Mode Reflection Coefficients')
plt.legend()
plt.grid(True, alpha=0.3)
plt.tight_layout()
plt.savefig('wilkinson_modes.png', dpi=150)
plt.show()

このグラフから、偶モード反射 $|\Gamma^e|$ と奇モード反射 $|\Gamma^o|$ がともに中心周波数 $2\,\text{GHz}$ でゼロになることが確認できます。$S_{22} = (\Gamma^e + \Gamma^o)/2$ と $S_{23} = (\Gamma^e – \Gamma^o)/2$ の両方がゼロになるためには、$\Gamma^e$ と $\Gamma^o$ が同時にゼロになる必要があります。設計値($Z = \sqrt{2}Z_0$ かつ $R = 2Z_0$)はまさにこの両立条件を満たすように選ばれているのです。中心周波数から離れると両モードの反射が増えていく様子からも、ウィルキンソン分配器の帯域がこの2つのモード整合の重なりで決まることが視覚的に理解できます。

まとめ

本記事では、ウィルキンソン電力分配器の理論を、不可能性定理から偶奇モード解析による設計式の導出、そしてPythonによる検証まで一貫して解説しました。

  • 3ポート接合の定理: 相互的・無損失・全ポート整合の3条件を同時に満たす3ポート回路は存在しない。散乱行列のユニタリ条件から $1+1=2\neq 1$ の矛盾が出ることで証明される
  • ウィルキンソンの選択: 無損失性をわずかに犠牲にし、分離抵抗を入れることで、整合とアイソレーションを獲得する。平常時(ポート1入力)は抵抗に電流が流れず実質無損失
  • 偶モード解析: 対称面を開放として扱い、$\lambda/4$線路が $Z_0$ と $2Z_0$ を整合させる条件から、線路の特性インピーダンス $Z = \sqrt{2}Z_0$ が決まる
  • 奇モード解析: 対称面を短絡として扱い、短絡$\lambda/4$線路が開放に見える性質を使うと、分離抵抗の半分 $R/2$ だけが残り、反射ゼロ条件から $R = 2Z_0$ が決まる
  • 散乱行列: 中心周波数で $S_{11}=S_{22}=S_{33}=0$(全整合)、$S_{23}=0$(アイソレーション)、$S_{21}=S_{31}=-j/\sqrt{2}$($-3\,\text{dB}$等分配)

ウィルキンソン分配器の偶奇モード解析は、対称なマイクロ波回路を解くうえで最も汎用的なテクニックの一つです。同じ手法は、ブランチライン結合器(90度ハイブリッド)、ラットレース結合器(180度ハイブリッド)、各種のフィルタ設計にもそのまま応用できます。また、ここで導いた$\lambda/4$変成器の考え方は、複数段の変成器で広帯域化する設計や、不等分配ウィルキンソン分配器(出力比を変える設計)への一般化へとつながっていきます。

次のステップとして、以下の記事も参考にしてください。