レーダー装置で送信パルスを導波管に通すと、なぜパルスの波形が少しずつ崩れていくのでしょうか。また、導波管の中を進む電磁波の「位相が進む速さ」を計算すると光速を超えてしまうことがありますが、これは相対性理論に反しているのでしょうか。これらの一見不思議な現象は、すべて導波管の「分散関係(dispersion relation)」、すなわち角周波数 $\omega$ と伝搬定数 $\beta$ のあいだに成り立つ関係式 $\beta = \sqrt{k_0^2 – k_c^2}$ から理解できます。この $\omega$-$\beta$ の関係をグラフにしたものを 分散ダイアグラム(ωβダイアグラム、Brillouin diagram) と呼び、導波管の伝搬特性を一目で把握できる強力な道具です。
導波管の分散関係を理解すると、以下のような応用分野で具体的な設計判断ができるようになります。
- 広帯域レーダー・パルス通信: チャープパルスや短パルスを導波管で伝送すると、周波数成分ごとに群速度が異なるため波形が歪みます。この分散歪みを見積もり、補償する設計が必要です
- 衛星通信のフィルタ・遅延線: 群遅延(信号の伝搬遅延)は群速度の逆数で決まります。位相整合や群遅延等化を行うには、分散関係の傾きを正確に把握する必要があります
- スロットアンテナ・周期構造の設計: 管内波長 $\lambda_g$ は位相速度から決まり、スロットの間隔や共振長の設計を支配します
- 加速器の進行波管: 荷電粒子を加速するには、電磁波の位相速度を粒子の速度に一致させる必要があり、分散関係の制御が設計の核心になります
本記事の内容
- 矩形導波管のヘルムホルツ方程式から分散関係 $\beta = \sqrt{k_0^2 – k_c^2}$ を導出する
- 遮断周波数 $f_c$ 以下で $\beta$ が純虚数となり、波がエバネッセント(指数減衰)になる仕組み
- 位相速度 $v_p = \omega/\beta$ と群速度 $v_g = d\omega/d\beta = c^2/v_p$ の導出と、$v_p > c > v_g$ となる直感的な理由
- 複数モード(TE$_{10}$, TE$_{20}$, TE$_{11}$)の $\omega$-$\beta$ ダイアグラムを Python で描画
- 群速度の周波数依存と、それが引き起こすパルスの分散歪みのシミュレーション
前提知識
この記事を読む前に、以下の記事を読んでおくと理解が深まります。
導波管の波動方程式やモードの分類については上記の記事で詳しく解説しています。本記事では、それらの結果を出発点として「分散」という観点に焦点を絞り、$\omega$-$\beta$ ダイアグラムの読み方と速度の概念を徹底的に掘り下げます。
分散関係とは
「分散」という言葉は、もともとプリズムが白色光を虹色に分ける現象(光の分散)に由来します。ガラスの屈折率が波長によって違うため、赤い光と青い光で進む速さが変わり、結果として光が色ごとに分かれるのです。導波管における「分散」もこれと本質的に同じで、電磁波の伝搬速度が周波数によって変化する性質を指します。
もう少し身近なイメージで考えてみましょう。プールの水面に石を投げ込むと波紋が広がりますが、よく見ると波紋の先頭は波そのものより速く進み、個々の波山は波束の中で生まれては消えていきます。これは水面波が分散性をもつためで、長い波(低周波)と短い波(高周波)で進む速さが違うのです。導波管の中を進む電磁波も、この水面波と似た振る舞いをします。
分散関係とは、波の角周波数 $\omega$ と空間的な振動の細かさを表す波数(ここでは伝搬定数)$\beta$ のあいだに成り立つ関数関係 $\omega = \omega(\beta)$ のことです。自由空間を伝わる電磁波であれば、この関係は単純に
$$ \omega = c\,\beta $$
という比例関係(直線)になります。傾きはどこでも一定で $c$(光速)です。これは「すべての周波数の波が同じ速さで進む」ことを意味し、無分散の状態です。一方、導波管の中ではこの関係が直線ではなくなり、傾きが周波数によって変化します。この「直線からのずれ」こそが分散の正体であり、信号波形の歪みや位相速度・群速度の差異を生み出します。
それでは、導波管の分散関係が具体的にどのような形になるのかを、波動方程式から厳密に導いていきましょう。
ヘルムホルツ方程式から分散関係を導く
出発点となる方程式
矩形導波管の内部(自由空間または無損失誘電体)では、電界・磁界の各成分はヘルムホルツ方程式を満たします。導波管の壁面を $xy$ 平面内に取り、伝搬方向を $z$ 軸とし、電磁界が $z$ 方向に $e^{-j\beta z}$ の形で進行すると仮定します。前提記事で導いたように、$z$ 成分(TE モードなら $H_z$、TM モードなら $E_z$)が満たす方程式は次のヘルムホルツ方程式です。
$$ \nabla^2 \psi + k^2 \psi = 0 $$
ここで $\psi$ は $H_z$ または $E_z$、$k = \omega\sqrt{\mu\varepsilon}$ は導波管を満たす媒質中での波数です。真空であれば $k = k_0 = \omega/c$ となります。以降、断りのない限り真空充填を仮定し $k_0 = \omega/c$ と書きます。
横方向と伝搬方向の分離
ラプラシアン $\nabla^2$ を、断面内(横方向)の成分 $\nabla_t^2 = \partial^2/\partial x^2 + \partial^2/\partial y^2$ と伝搬方向 $z$ の成分に分けます。伝搬因子 $e^{-j\beta z}$ に対して $\partial/\partial z = -j\beta$ なので、$\partial^2/\partial z^2 = -\beta^2$ となります。したがって、
$$ \nabla^2 = \nabla_t^2 + \frac{\partial^2}{\partial z^2} = \nabla_t^2 – \beta^2 $$
これをヘルムホルツ方程式に代入すると、伝搬因子を除いた断面分布 $\psi(x, y)$ について次が成り立ちます。
$$ \nabla_t^2 \psi + (k_0^2 – \beta^2)\,\psi = 0 $$
ここで、断面の境界条件(完全導体壁)を満たす解が存在するためには、$k_0^2 – \beta^2$ がある特定の定数になる必要があります。この定数を 遮断波数の2乗 $k_c^2$ と定義します。
$$ k_c^2 = k_0^2 – \beta^2 $$
すると断面分布の方程式は $\nabla_t^2 \psi + k_c^2 \psi = 0$ という、$k_c$ を固有値とする2次元の固有値問題になります。前提記事で示したとおり、矩形導波管(長辺 $a$、短辺 $b$)では境界条件から固有値が離散化され、TE$_{mn}$ / TM$_{mn}$ モードに対して
$$ k_c = \sqrt{\left(\frac{m\pi}{a}\right)^2 + \left(\frac{n\pi}{b}\right)^2} $$
と決まります。重要なのは、$k_c$ は導波管の断面形状とモード番号 $(m, n)$ だけで決まり、周波数には依存しない定数だということです。この点が分散関係を理解する鍵になります。
分散関係の完成
$k_c^2 = k_0^2 – \beta^2$ の定義式を $\beta$ について解くと、導波管の分散関係が得られます。
$$ \boxed{\beta = \sqrt{k_0^2 – k_c^2} = \sqrt{\left(\frac{\omega}{c}\right)^2 – k_c^2}} $$
この式が本記事の主役です。$k_c$ がモードごとに固定された定数であるのに対し、$k_0 = \omega/c$ は周波数とともに変化します。したがって $\beta$ は $\omega$ の非線形な関数となり、自由空間の $\beta = \omega/c$(直線)とは異なる曲線を描きます。
両辺を2乗して整理すると、$\omega$ と $\beta$ の関係をより対称的な形で書けます。
$$ \left(\frac{\omega}{c}\right)^2 = \beta^2 + k_c^2 $$
$\omega$ について解けば、
$$ \omega = c\sqrt{\beta^2 + k_c^2} $$
この形を見ると、$\omega$ と $c\beta$ と $c\,k_c$ がちょうど直角三角形の斜辺と2辺の関係(ピタゴラスの定理)になっていることがわかります。$c\beta$ を横軸、$\omega$ を縦軸に取れば、これは原点を中心とせず $\omega = c\,k_c$ から立ち上がる 双曲線 を表します。$\beta \to \infty$ では $\omega \to c\beta$ という漸近線(自由空間の光線)に近づき、$\beta = 0$ のとき $\omega = c\,k_c$ という最小値をとります。この最小角周波数こそが、次に見る遮断周波数です。
分散関係の数式が手に入りました。次は、この式から「遮断周波数より低い周波数では波が伝わらない」というエバネッセント現象がどのように現れるのかを詳しく見ていきましょう。
遮断周波数とエバネッセント波
遮断の境界
分散関係 $\beta = \sqrt{k_0^2 – k_c^2}$ の平方根の中身に注目します。$\beta$ が実数であるためには、根号の中が非負でなければなりません。
$$ k_0^2 – k_c^2 \geq 0 \quad \Longleftrightarrow \quad k_0 \geq k_c \quad \Longleftrightarrow \quad \omega \geq c\,k_c $$
ちょうど等号 $k_0 = k_c$ が成り立つとき $\beta = 0$ となり、これが伝搬と非伝搬の境界です。この境界に対応する角周波数を遮断角周波数 $\omega_c$ と呼びます。
$$ \omega_c = c\,k_c, \qquad f_c = \frac{\omega_c}{2\pi} = \frac{c\,k_c}{2\pi} = \frac{c}{2}\sqrt{\left(\frac{m}{a}\right)^2 + \left(\frac{n}{b}\right)^2} $$
最後の等号では $k_c = \pi\sqrt{(m/a)^2 + (n/b)^2}$ を代入し、$\pi$ を約分しています。この $f_c$ が、前提記事でも導いた矩形導波管の遮断周波数公式です。
エバネッセント波 — 純虚数の伝搬定数
では、周波数が遮断周波数を下回る($\omega < \omega_c$、つまり $k_0 < k_c$)とどうなるでしょうか。根号の中身が負になるので、$\beta$ は純虚数になります。これを明示するために $\beta = -j\alpha$ と書きましょう($\alpha > 0$ は実数)。
$$ \beta = \sqrt{k_0^2 – k_c^2} = \sqrt{-(k_c^2 – k_0^2)} = -j\sqrt{k_c^2 – k_0^2} \equiv -j\alpha $$
ここで $\alpha = \sqrt{k_c^2 – k_0^2}$ は正の実数です。$\beta = -j\alpha$ を伝搬因子 $e^{-j\beta z}$ に代入してみましょう。$\beta$ を代入すると指数の肩がどう変わるかが鍵です。
$$ e^{-j\beta z} = e^{-j(-j\alpha)z} = e^{-j^2 \alpha z} = e^{-\alpha z} $$
ここで $j^2 = -1$ を使うと、$-j \cdot (-j\alpha) = j^2 \alpha = -\alpha$ となり、肩が実数の $-\alpha z$ になることがわかります。つまり伝搬因子は振動する波 $e^{-j\beta z}$ ではなく、$z$ とともに 指数関数的に減衰する $e^{-\alpha z}$ に変わってしまうのです。
このような波を エバネッセント波(evanescent wave、消失波) と呼びます。エバネッセント波は $z$ 方向に位相が進まず、ただ振幅が減衰するだけで、エネルギーを正味で運びません(壁面損失がなければ、減衰したエネルギーはすべて反射されて入口へ戻ります)。これが「遮断周波数以下の電磁波は導波管を伝搬できない」という現象の正体です。導波管は、ある周波数より低い信号を遮断する一種のハイパスフィルタとして振る舞うのです。
減衰の急峻さ
エバネッセント波の減衰の速さは $\alpha = \sqrt{k_c^2 – k_0^2}$ で決まります。遮断周波数からどれだけ離れているかによって減衰率が変わり、$f \ll f_c$ では $\alpha \approx k_c$ にほぼ等しくなります。つまり TE$_{10}$ モードなら $\alpha \approx \pi/a$ で、波は長さ $a/\pi$ 程度の距離で $1/e$ に減衰します。WR-90 導波管($a = 22.86$ mm)であれば、遮断よりかなり低い周波数の信号は数 cm 進む間に振幅が桁違いに小さくなります。
この急峻な減衰は、応用上は「導波管未満の小さな穴は電磁波を漏らさない」という性質につながります。電子レンジの扉の金属メッシュがその典型例で、メッシュの穴は 2.45 GHz のマイクロ波の波長(約 12 cm)に対する遮断寸法より十分小さいため、マイクロ波は穴を遮断モードとしてしか「見ない」ので外に漏れず、しかし可視光(はるかに高周波)は通すので中が見える、という仕組みになっています。
遮断とエバネッセント波の物理が理解できました。次に、伝搬できる周波数領域($f > f_c$)における波の「速さ」を、位相速度と群速度という2つの異なる速度に分けて詳しく調べていきましょう。
位相速度と群速度の導出
位相速度 — 等位相面の進む速さ
導波管内を進む波 $e^{j(\omega t – \beta z)}$ の「等位相面」とは、$\omega t – \beta z = \text{const}$ を満たす面のことです。ある瞬間に注目した波山が、時間とともにどれだけの速さで $z$ 方向へ移動するかを表すのが 位相速度 $v_p$ です。等位相条件を時間で微分すると $\omega – \beta \, dz/dt = 0$ となり、$dz/dt$ がそのまま位相速度になります。
$$ v_p = \frac{\omega}{\beta} $$
分散関係 $\beta = \sqrt{k_0^2 – k_c^2}$ を代入し、$k_0 = \omega/c$ を使って整理しましょう。まず $\beta$ を $\omega$ で書き直します。
$$ \beta = \sqrt{\frac{\omega^2}{c^2} – k_c^2} = \frac{\omega}{c}\sqrt{1 – \frac{c^2 k_c^2}{\omega^2}} = \frac{\omega}{c}\sqrt{1 – \left(\frac{\omega_c}{\omega}\right)^2} $$
ここで2番目の等号では $\omega/c$ を根号の外にくくり出し、3番目の等号では $c\,k_c = \omega_c$ の関係を使って $c^2 k_c^2/\omega^2 = (\omega_c/\omega)^2 = (f_c/f)^2$ と書き換えました。これを位相速度の式に代入すると、
$$ v_p = \frac{\omega}{\beta} = \frac{\omega}{\dfrac{\omega}{c}\sqrt{1 – (f_c/f)^2}} = \frac{c}{\sqrt{1 – (f_c/f)^2}} $$
分母の根号の中身は $0 < 1 - (f_c/f)^2 < 1$($f > f_c$ のとき)なので、分母は1より小さくなり、位相速度は常に光速 $c$ より大きく なります。遮断周波数のすぐ上($f \to f_c$)では分母が0に近づき $v_p \to \infty$、十分高い周波数($f \gg f_c$)では分母が1に近づき $v_p \to c$ に漸近します。
群速度 — 波束(信号)の進む速さ
位相速度が光速を超えると聞くと相対性理論との矛盾を心配しますが、心配は無用です。情報やエネルギーを運ぶのは個々の波山ではなく、複数の周波数成分が重なってできる「波束(wave packet)」の包絡線だからです。この包絡線が進む速さが 群速度 $v_g$ であり、分散関係の傾きとして定義されます。
$$ v_g = \frac{d\omega}{d\beta} $$
なぜ傾きが群速度になるのかを簡単に確認しておきましょう。近接した2つの周波数 $\omega_1, \omega_2$ の波を重ね合わせると、うなり(包絡線)が生じます。その包絡線の位相は差の成分 $(\omega_2 – \omega_1)t – (\beta_2 – \beta_1)z$ で決まり、包絡線の進む速さは $(\omega_2-\omega_1)/(\beta_2-\beta_1)$、すなわち極限で $d\omega/d\beta$ になります。
群速度を計算するには、分散関係 $\omega = c\sqrt{\beta^2 + k_c^2}$、あるいは2乗した形 $\omega^2 = c^2(\beta^2 + k_c^2)$ を $\beta$ で微分するのが簡便です。両辺を $\beta$ で微分すると、
$$ 2\omega \frac{d\omega}{d\beta} = 2c^2 \beta $$
左辺は合成関数の微分($\omega^2$ を $\beta$ で微分すると $2\omega \, d\omega/d\beta$)、右辺は $c^2 k_c^2$ が定数なので消え、$c^2 \beta^2$ の微分で $2c^2\beta$ が残ります。両辺を $2\omega$ で割ると、
$$ v_g = \frac{d\omega}{d\beta} = \frac{c^2 \beta}{\omega} $$
vp と vg の美しい関係
ここで $v_p = \omega/\beta$ を思い出すと、群速度の式に $\beta/\omega = 1/v_p$ が現れています。代入すると、
$$ v_g = c^2 \cdot \frac{\beta}{\omega} = \frac{c^2}{v_p} $$
つまり位相速度と群速度の積が光速の2乗に等しいという、覚えやすく美しい関係が得られます。
$$ \boxed{v_p \cdot v_g = c^2} $$
$v_p > c$ であることはすでに示したので、この関係式から直ちに $v_g < c$ が従います。すなわち 群速度は常に光速以下 であり、信号やエネルギーが光速を超えて伝わることはありません。位相速度が光速を超えても相対性理論と矛盾しないのは、このためです。群速度を周波数で陽に書くには $v_g = c^2/v_p$ に位相速度の式を代入すればよく、
$$ v_g = c\sqrt{1 – \left(\frac{f_c}{f}\right)^2} $$
となります。遮断周波数で $v_g = 0$(信号がまったく進まない)、高周波極限で $v_g \to c$ です。$v_p$ と $v_g$ は光速 $c$ の線に対してちょうど鏡像のように振る舞い、一方が大きくなれば他方は小さくなります。
なぜ vp > c > vg なのか — ジグザグ反射の直感
数式では $v_p > c > v_g$ が示せましたが、物理的なイメージをつかんでおきましょう。導波管内の TE$_{10}$ モードは、平面波が左右の壁で斜めにジグザグ反射しながら $z$ 方向へ進んでいる、と解釈できます。平面波そのものは光速 $c$ で斜めに進んでいますが、私たちが観測する量は $z$ 軸方向への射影です。
斜めに進む波の等位相面(波面)が $z$ 軸と交わる点に注目すると、波面が壁にぶつかる角度が浅いほど、交点は波面そのものより速く $z$ 軸上を滑っていきます。海岸に斜めに打ち寄せる波の白波が、波の進む速さより速く海岸線に沿って走っていくのと同じ原理です。この「見かけの速さ」が位相速度であり、$c$ を超えます。一方、実際にエネルギー(波束)が $z$ 方向に進む速さは、斜め方向の光速 $c$ の $z$ 成分なので、$c$ より小さくなります。これが群速度です。反射角を $\theta$(壁の法線から測る)とすると $v_p = c/\cos\theta$、$v_g = c\cos\theta$ となり、確かに $v_p v_g = c^2$ が成り立ちます。
位相速度と群速度の正体がわかりました。これらの概念を一枚の図にまとめたものが分散ダイアグラムです。次のセクションでは、$\omega$-$\beta$ 平面上で速度がどう表現されるかを整理しましょう。
ωβダイアグラムの読み方
分散ダイアグラム($\omega$-$\beta$ ダイアグラム)は、横軸に伝搬定数 $\beta$、縦軸に角周波数 $\omega$(または周波数 $f$)を取った平面に、各モードの分散曲線を描いたものです。この一枚の図から、位相速度・群速度・遮断周波数・伝搬可否のすべてが読み取れます。読み方のポイントを整理しましょう。
(1) 原点と曲線上の点を結ぶ直線の傾きが位相速度。$v_p = \omega/\beta$ は、原点 $(0, 0)$ と曲線上の点 $(\beta, \omega)$ を結ぶ割線の傾きにほかなりません。遮断周波数のすぐ上では曲線が縦軸($\beta = 0$)から立ち上がるため、この割線はほぼ垂直になり、傾き(位相速度)が非常に大きくなります。これが $v_p \to \infty$ の図形的な意味です。
(2) 曲線の接線の傾きが群速度。$v_g = d\omega/d\beta$ は曲線そのものの接線の傾きです。遮断点では曲線が水平に立ち上がる(接線が水平に近い)ため $v_g \to 0$、高周波では曲線が光線に漸近するため接線の傾きが $c$ に近づき $v_g \to c$ となります。
(3) 光線(light line)$\omega = c\beta$ は基準線。原点を通り傾き $c$ の直線が「光線」です。すべての導波管モードの分散曲線はこの光線の 左側(上側) に位置します。これは導波管モードの位相速度が常に $c$ より大きい(割線が光線より急)ことの表れです。曲線は高周波で光線に下から漸近します。
(4) 縦軸との交点が遮断周波数。各モードの曲線が $\beta = 0$ で縦軸と交わる高さ $\omega_c = c\,k_c$ が、そのモードの遮断角周波数です。モード番号 $(m, n)$ が大きいほど $k_c$ が大きく、交点が高くなります。ある周波数の水平線を引いたとき、その線が交わる曲線の数が、その周波数で伝搬できるモードの数になります。
このように分散ダイアグラムは導波管の挙動を凝縮した地図のようなものです。それでは、いよいよ Python でこの地図を実際に描き、理論を視覚的に確認していきましょう。
Python による分散ダイアグラムの実装
複数モードの ωβ ダイアグラム
まず、WR-90 導波管について TE$_{10}$, TE$_{20}$, TE$_{11}$ の3モードの分散曲線を描き、光線(自由空間)と比較します。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
# 導波管パラメータ (WR-90, X バンド)
a = 22.86e-3 # 長辺 [m]
b = 10.16e-3 # 短辺 [m]
c0 = 2.998e8 # 光速 [m/s]
def cutoff_wavenumber(m, n, a, b):
"""TE/TM_mn モードの遮断波数 kc [rad/m]"""
return np.sqrt((m * np.pi / a) ** 2 + (n * np.pi / b) ** 2)
def cutoff_freq(m, n, a, b):
"""遮断周波数 fc [Hz]"""
return c0 * cutoff_wavenumber(m, n, a, b) / (2 * np.pi)
# 描画するモード (ラベル, m, n)
modes = [("TE10", 1, 0), ("TE20", 2, 0), ("TE11", 1, 1)]
# 周波数(角周波数)の範囲
f = np.linspace(0, 35e9, 2000)
omega = 2 * np.pi * f
k0 = omega / c0 # 自由空間波数
ここまでで遮断波数・遮断周波数を計算する関数と、周波数軸を準備しました。次に、各モードの伝搬定数 $\beta = \sqrt{k_0^2 – k_c^2}$ を計算し、伝搬領域(実数の $\beta$)のみをプロットします。
plt.figure(figsize=(8, 7))
# 光線 omega = c * beta(自由空間)
beta_light = np.linspace(0, 800, 100)
plt.plot(beta_light, c0 * beta_light / (2 * np.pi) / 1e9,
"k--", alpha=0.6, label="Light line ($\\omega=c\\beta$)")
for label, m, n in modes:
kc = cutoff_wavenumber(m, n, a, b)
fc = cutoff_freq(m, n, a, b)
# beta は k0 > kc の領域でのみ実数
inside = k0 ** 2 - kc ** 2
beta = np.sqrt(np.maximum(inside, 0.0))
mask = k0 > kc
plt.plot(beta[mask], f[mask] / 1e9, linewidth=2,
label=f"{label} ($f_c$={fc/1e9:.1f} GHz)")
plt.xlabel("Propagation constant $\\beta$ [rad/m]")
plt.ylabel("Frequency $f$ [GHz]")
plt.title("$\\omega$-$\\beta$ Dispersion Diagram (WR-90)")
plt.xlim(0, 800)
plt.ylim(0, 35)
plt.legend(loc="lower right")
plt.grid(True, alpha=0.3)
plt.tight_layout()
plt.savefig("waveguide_dispersion_diagram.png", dpi=150, bbox_inches="tight")
plt.show()
このグラフから、分散関係の本質的な特徴がはっきりと読み取れます。第一に、各モードの曲線は遮断周波数($\beta = 0$ の縦軸上の点)から立ち上がる 双曲線型 であり、TE$_{10}$ が最も低い 6.6 GHz 付近から、TE$_{20}$ が約 13 GHz、TE$_{11}$ が約 16 GHz とモード次数が上がるほど高い位置から始まります。第二に、すべての曲線は黒い破線で示した光線の左側(上側)に位置し、高周波になるほど光線へ漸近していきます。これは、どのモードも位相速度が常に光速より大きく、周波数が高くなると自由空間の伝搬に近づくことを意味します。ある周波数(たとえば 14 GHz)の水平線を引くと、その高さで TE$_{10}$ と TE$_{20}$ の2本の曲線を横切るため、その周波数では2つのモードが伝搬可能だとわかります。
位相速度・群速度の周波数依存
次に、TE$_{10}$ モードについて位相速度と群速度を周波数の関数として描き、$v_p \cdot v_g = c^2$ の関係を確認します。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
a = 22.86e-3
b = 10.16e-3
c0 = 2.998e8
fc10 = c0 / (2 * a) # TE10 の遮断周波数
# 遮断のすぐ上から高周波まで
f = np.linspace(fc10 * 1.001, 30e9, 1000)
ratio = (fc10 / f) ** 2
vp = c0 / np.sqrt(1 - ratio) # 位相速度
vg = c0 * np.sqrt(1 - ratio) # 群速度
plt.figure(figsize=(8, 5))
plt.plot(f / 1e9, vp / c0, "b-", linewidth=2, label="Phase velocity $v_p/c$")
plt.plot(f / 1e9, vg / c0, "r-", linewidth=2, label="Group velocity $v_g/c$")
plt.plot(f / 1e9, (vp * vg) / c0 ** 2, "g:", linewidth=2,
label="$v_p v_g / c^2$ (should be 1)")
plt.axhline(1, color="k", linestyle="--", alpha=0.5, label="$c$")
plt.axvline(fc10 / 1e9, color="gray", linestyle=":", alpha=0.7,
label=f"$f_c$={fc10/1e9:.2f} GHz")
plt.xlabel("Frequency [GHz]")
plt.ylabel("Velocity / $c$")
plt.title("Phase & Group Velocity of TE$_{10}$ (WR-90)")
plt.ylim(0, 4)
plt.xlim(fc10 / 1e9, 30)
plt.legend()
plt.grid(True, alpha=0.3)
plt.tight_layout()
plt.savefig("waveguide_velocities.png", dpi=150, bbox_inches="tight")
plt.show()
このグラフは、3つの速度関係を一目で示しています。青い位相速度の曲線は遮断周波数のすぐ上で発散し(理論上は無限大)、周波数が上がるにつれて光速の線(破線、$v/c = 1$)へ上から漸近していきます。逆に赤い群速度の曲線は遮断点でゼロから始まり、光速の線へ下から漸近します。両者は光速の線に対して鏡像のように振る舞っており、緑の点線で示した $v_p v_g / c^2$ がどの周波数でもぴったり1になっていることから、$v_p \cdot v_g = c^2$ の関係が厳密に成り立っていることが確認できます。遮断周波数の近くでは群速度が極端に小さくなるため、信号の伝搬が非常に遅く、また後述するように分散も激しくなることが予想されます。
遮断以下のエバネッセント減衰
伝搬領域だけでなく、遮断周波数以下で波が指数減衰する様子も可視化しておきましょう。減衰定数 $\alpha = \sqrt{k_c^2 – k_0^2}$ を周波数の関数として描きます。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
a = 22.86e-3
b = 10.16e-3
c0 = 2.998e8
kc = np.pi / a # TE10 の遮断波数
fc10 = c0 * kc / (2 * np.pi)
# 遮断より下の周波数領域
f_below = np.linspace(0.2e9, fc10 * 0.999, 500)
k0 = 2 * np.pi * f_below / c0
alpha = np.sqrt(kc ** 2 - k0 ** 2) # 減衰定数 [Np/m]
# dB/m へ変換(振幅 e^{-alpha z} -> 20 log10(e) * alpha)
alpha_db = alpha * 20 * np.log10(np.e)
plt.figure(figsize=(8, 5))
plt.plot(f_below / 1e9, alpha_db, "m-", linewidth=2)
plt.axvline(fc10 / 1e9, color="gray", linestyle=":",
label=f"$f_c$={fc10/1e9:.2f} GHz")
plt.xlabel("Frequency [GHz]")
plt.ylabel("Attenuation $\\alpha$ [dB/m]")
plt.title("Evanescent Attenuation below Cutoff (TE$_{10}$)")
plt.legend()
plt.grid(True, alpha=0.3)
plt.tight_layout()
plt.savefig("waveguide_evanescent.png", dpi=150, bbox_inches="tight")
plt.show()
このグラフから、遮断周波数以下では波がきわめて強く減衰することがわかります。遮断周波数(約 6.56 GHz)に近づくほど減衰は緩やかになり、ちょうど遮断点でゼロ(伝搬の境界)になります。一方、周波数が遮断より大きく下回るほど減衰定数は急増し、数百 dB/m に達します。つまり遮断のはるか下の周波数成分は、わずか数 cm の導波管を通っただけで完全に消えてしまいます。これが導波管がハイパスフィルタとして機能する理由であり、電子レンジの扉の金属メッシュやシールド構造の設計原理になっています。
分散による信号波形の歪み
最後に、分散の最も実用的な帰結 — パルス信号が導波管を伝搬する際に波形が歪む現象 — をシミュレーションします。ガウス変調パルスを多数の周波数成分に分解し、各成分を分散関係に従って位相を進ませ、再合成します。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
a = 22.86e-3
c0 = 2.998e8
fc = c0 / (2 * a) # TE10 遮断周波数 (約 6.56 GHz)
# 時間軸とパルス(搬送波 10 GHz、ガウス包絡線)
fs = 200e9 # サンプリング周波数
T = 4e-9 # 観測時間窓
t = np.arange(-T / 2, T / 2, 1 / fs)
f0 = 10e9 # 搬送波周波数
tau = 0.3e-9 # パルス幅(標準偏差)
pulse = np.exp(-(t ** 2) / (2 * tau ** 2)) * np.cos(2 * np.pi * f0 * t)
ここまでで搬送波 10 GHz・包絡線幅 0.3 ns のガウス変調パルスを生成しました。続いて、このパルスをフーリエ変換し、各周波数成分に分散による位相回転 $e^{-j\beta(\omega) z}$ を掛けてから逆変換し、距離 $z$ だけ伝搬した後の波形を求めます。
def propagate(pulse, t, z, fc, c0):
"""距離 z だけ分散伝搬させた波形を返す"""
N = len(t)
dt = t[1] - t[0]
# FFT で周波数成分へ
spec = np.fft.fft(pulse)
freqs = np.fft.fftfreq(N, dt)
omega = 2 * np.pi * freqs
k0 = np.abs(omega) / c0
kc = 2 * np.pi * fc / c0
# 伝搬する成分のみ beta を実数で計算(遮断以下は減衰)
inside = k0 ** 2 - kc ** 2
beta = np.where(inside > 0, np.sqrt(np.maximum(inside, 0)),
-1j * np.sqrt(np.maximum(-inside, 0)))
# 負周波数側は beta の符号を反転(実信号の対称性を保つ)
beta = beta * np.sign(omega + 1e-30)
transfer = np.exp(-1j * beta * z)
return np.real(np.fft.ifft(spec * transfer))
distances = [0.0, 0.5, 1.0, 2.0] # 伝搬距離 [m]
plt.figure(figsize=(9, 6))
for i, z in enumerate(distances):
out = propagate(pulse, t, z, fc, c0)
plt.plot(t * 1e9, out + i * 2.5, linewidth=1.2, label=f"z = {z} m")
plt.xlabel("Time [ns]")
plt.ylabel("Amplitude (offset)")
plt.title("Pulse Dispersion in WR-90 Waveguide (TE$_{10}$, $f_0$=10 GHz)")
plt.legend(loc="upper right")
plt.grid(True, alpha=0.3)
plt.tight_layout()
plt.savefig("waveguide_pulse_dispersion.png", dpi=150, bbox_inches="tight")
plt.show()
このシミュレーション結果から、分散がパルスに及ぼす影響がはっきりと見て取れます。$z = 0$ では鋭く立ち上がったガウスパルスが、伝搬距離が伸びるにつれて時間軸上で広がり、ピーク振幅が下がっていきます。これは、パルスを構成する各周波数成分の群速度が周波数ごとに異なるため、高周波成分と低周波成分が伝搬中に時間的にずれて到達し、波形が「ぼやける」からです。また、パルス全体の到達時刻が距離とともに遅れていくのは、群速度が有限(光速以下)であることの直接の表れです。搬送波 10 GHz は遮断 6.56 GHz に比較的近いため分散が無視できず、広帯域パルスを扱うレーダーや高速通信では、この群遅延分散を等化(イコライズ)する処理が不可欠であることがわかります。
これらの可視化を通じて、分散関係の数式が予言した位相速度・群速度・エバネッセント減衰・パルス歪みのすべてが、定量的に確認できました。最後に本記事の要点を整理しましょう。
まとめ
本記事では、導波管の分散関係($\omega$-$\beta$ ダイアグラム)を波動方程式から導出し、Python で可視化しました。
- 分散関係 $\beta = \sqrt{k_0^2 – k_c^2}$ は、ヘルムホルツ方程式を横方向と伝搬方向に分離し、遮断波数 $k_c$ を固有値として導かれます。$\omega = c\sqrt{\beta^2 + k_c^2}$ という双曲線型の関係です
- 遮断周波数 $f_c = c\,k_c/(2\pi)$ 以下では $\beta$ が純虚数 $-j\alpha$ となり、波は伝搬せず $e^{-\alpha z}$ で指数減衰する エバネッセント波 になります
- 位相速度 $v_p = \omega/\beta = c/\sqrt{1-(f_c/f)^2}$ は常に光速を超え、群速度 $v_g = d\omega/d\beta = c\sqrt{1-(f_c/f)^2}$ は常に光速以下です
- 両者には $v_p \cdot v_g = c^2$ という美しい関係が成り立ち、$v_p > c$ でも情報は群速度で伝わるため相対性理論と矛盾しません
- $\omega$-$\beta$ ダイアグラムでは、原点からの割線の傾きが位相速度、曲線の接線の傾きが群速度に対応します
- 群速度の周波数依存は パルスの分散歪み を引き起こし、広帯域信号の伝送では群遅延等化が必要になります
分散関係の理解は、導波管を使ったフィルタ・遅延線・アンテナ給電・進行波管の設計すべての土台になります。次のステップとして、以下の記事も参考にしてください。