スマートフォンが基地局から届くわずかな電波を受信できるのは、アンテナ直後に置かれた「低雑音増幅器(LNA: Low Noise Amplifier)」のおかげです。アンテナに届く信号はしばしば $-100$ dBm($0.1$ ピコワット)以下という極めて微弱なレベルで、そのまま後段のミキサやADCに送っても、回路自身が発生する熱雑音に埋もれて読み取れません。LNAは、後段の雑音の影響を受ける前に、信号を「できるだけ雑音を上乗せせずに」増幅する役割を担います。受信機の感度、すなわち「どこまで弱い信号を拾えるか」は、ほぼこの初段LNAの雑音性能で決まってしまうのです。
ここで設計者が直面する本質的な悩みがあります。トランジスタの利得を最大にする入力整合点と、雑音を最小にする入力整合点は、一般に一致しません。利得を取りに行けば雑音が増え、雑音を抑えに行けば利得が落ちる — このトレードオフをどう定量的に折り合わせるかが、LNA設計の核心です。本記事では、トランジスタの雑音パラメータから「一定雑音指数となる入力反射係数の軌跡(雑音円)」を導出し、なぜ最小雑音点と最大利得点がずれるのかを数式で明らかにします。
LNAの設計理論を理解すると、次のような分野への応用が見通せるようになります。
- 衛星通信・GNSS受信機: 微弱な衛星信号を地上で拾うフロントエンドでは、システム雑音温度を下げるLNA設計が直接リンクバジェットの余裕を決めます
- レーダー受信機: 反射波の検出距離は受信機の雑音指数に強く依存し、初段LNAの最適化が探知距離を伸ばします
- 無線LAN・5G端末: 限られた消費電力の中で感度を確保するため、雑音整合と利得・電力のトレードオフ設計が不可欠です
- 電波天文・計測: 極限的な低雑音が要求される受信系では、Fminに迫る整合設計が観測限界を左右します
本記事の内容
- LNAの役割と受信機フロントエンドにおける位置づけ
- Friisの雑音縦続式の導出 — なぜ初段が支配的になるのか
- トランジスタの4つの雑音パラメータ($F_{\min}$, $\Gamma_{\text{opt}}$, $R_n$)の意味
- 雑音指数の一般式から「雑音円」を導出する
- 利得一定円との比較 — 雑音整合と利得整合のトレードオフ
- Pythonによるスミスチャート上での雑音円・利得円の可視化
- 整合点の選択がシステム雑音指数に与える影響の数値検証
前提知識
この記事を読む前に、以下の記事を読んでおくと理解が深まります。
LNAとは — 「最初の一押し」がすべてを決める
楽器のオーケストラを録音する場面を想像してみてください。マイクが拾った微弱な音声信号を、最初にどんなプリアンプで受けるかが録音全体の音質を決定づけます。最初のプリアンプが「サー」というノイズを大量に乗せてしまえば、その後どれだけ高級な機材で増幅・編集しても、もはやノイズは取り除けません。逆に、初段が静かに増幅してくれれば、後段の多少のノイズは相対的に小さく見えます。受信機のLNAもこれと全く同じ立場にあります。
無線受信機の信号経路は、おおむね「アンテナ → LNA → ミキサ → IFフィルタ → ADC」という縦続接続になっています。各段はそれぞれ自分自身の熱雑音を発生させますが、ここで重要なのは、初段が後続のすべての段に対して利得を与えるという構造です。初段で信号を $20$ dB 増幅すれば、後段が発生する雑音は、入力換算で $100$ 分の $1$ に薄まって見えます。だからこそ、初段だけは「低雑音」であることが死活的に重要で、ここに専用のLNAを置くのです。
LNAに求められるのは単に増幅率が高いことではありません。むしろ、自分自身が付け加える雑音を最小限に抑えつつ、後段の雑音を十分に押さえ込めるだけの利得を確保することが本質です。この「雑音を抑える」と「利得を稼ぐ」の関係を定量的に扱うために、まず縦続接続された増幅段全体の雑音がどう決まるのかを表す、Friis(フリス)の雑音縦続式を導出しましょう。
雑音指数とFriisの縦続式
雑音指数の復習
雑音指数 $F$(Noise Figure を線形比で表したもの、デシベル表記では $\mathrm{NF} = 10\log_{10} F$)は、ある回路ブロックが信号対雑音比(SNR)をどれだけ劣化させるかを表す指標です。入力側のSNRを $\mathrm{SNR}_{\text{in}}$、出力側を $\mathrm{SNR}_{\text{out}}$ とすると、
$$ F = \frac{\mathrm{SNR}_{\text{in}}}{\mathrm{SNR}_{\text{out}}} $$
と定義されます。理想的な無雑音増幅器なら入出力でSNRが変わらず $F = 1$($0$ dB)ですが、現実の回路は必ず自分自身の雑音を加えるため $F > 1$ となります。雑音指数は、入力に標準的な雑音源温度 $T_0 = 290$ K(約 $17\,^\circ$C)が接続されている状態を基準として定義される点に注意してください。
この $F$ は、回路が付け加える「過剰雑音」を等価雑音温度 $T_e$ で表すこともできます。両者の関係は、
$$ F = 1 + \frac{T_e}{T_0} $$
です。$T_e$ は「もし回路が無雑音で、入力に温度 $T_e$ の抵抗を足したらこの雑音が出る」という等価表現で、衛星通信や電波天文の分野ではこちらの温度表記が好まれます。雑音指数の詳しい定義と物理的背景については 雑音指数(Noise Figure)の理論 を参照してください。
縦続接続の雑音 — Friis式の導出
では、利得 $G_1, G_2, \dots$ と雑音指数 $F_1, F_2, \dots$ を持つ複数の段を縦続接続したとき、全体の雑音指数 $F_{\text{total}}$ はどうなるでしょうか。これを導くのがFriisの公式です。導出のゴールは、システム全体の雑音指数を各段のパラメータで表す式を得ることです。
雑音を扱う際は、各段が付け加える雑音を「入力換算雑音電力」で考えると見通しが良くなります。基準温度 $T_0$ における入力の熱雑音電力を $N_0 = kT_0 B$($k$ はボルツマン定数、$B$ は帯域幅)とします。第 $i$ 段が自身で発生する付加雑音は、その段の入力に換算すると等価雑音温度 $T_{ei}$ を用いて $N_{ai} = kT_{ei}B = (F_i – 1)N_0$ と書けます。ここで $F_i = 1 + T_{ei}/T_0$ の関係を使いました。
入力に $N_0$ の雑音が入り、初段の利得 $G_1$、付加雑音 $(F_1-1)N_0$ を経て、出力での総雑音電力を計算していきます。まず初段出力での雑音は、入力雑音が増幅されたものと初段の付加雑音の和です。
$$ N_{\text{out},1} = G_1 N_0 + G_1 (F_1 – 1) N_0 = G_1 F_1 N_0 $$
次に第2段を通すと、第1段出力の雑音が $G_2$ 倍され、さらに第2段自身の付加雑音 $(F_2-1)N_0$ が $G_2$ 倍されて加わります。
$$ N_{\text{out},2} = G_2 N_{\text{out},1} + G_2 (F_2 – 1) N_0 = G_1 G_2 F_1 N_0 + G_2 (F_2 – 1) N_0 $$
同様に第3段まで含めると、各段の付加雑音はそれ以降の段の利得を掛けて出力に伝わるので、
$$ N_{\text{out},3} = G_1 G_2 G_3 F_1 N_0 + G_2 G_3 (F_2 – 1) N_0 + G_3 (F_3 – 1) N_0 $$
となります。一方、システム全体を雑音指数 $F_{\text{total}}$、総利得 $G_{\text{total}} = G_1 G_2 G_3$ の単一ブロックとみなしたときの出力雑音は、定義より $N_{\text{out}} = G_{\text{total}} F_{\text{total}} N_0$ です。この両者を等しいと置きます。
$$ G_1 G_2 G_3 F_{\text{total}} N_0 = G_1 G_2 G_3 F_1 N_0 + G_2 G_3 (F_2 – 1) N_0 + G_3 (F_3 – 1) N_0 $$
両辺を $G_1 G_2 G_3 N_0$ で割って $F_{\text{total}}$ について整理すると、各段の利得が分母に積み重なっていく形が現れます。
$$ F_{\text{total}} = F_1 + \frac{F_2 – 1}{G_1} + \frac{F_3 – 1}{G_1 G_2} + \cdots $$
これがFriisの雑音縦続式です。一般の $n$ 段では、
$$ \boxed{F_{\text{total}} = F_1 + \sum_{i=2}^{n} \frac{F_i – 1}{\prod_{j=1}^{i-1} G_j}} $$
と書けます。
なぜ初段が支配的なのか
この式が物語る最も重要なメッセージは、第2段以降の雑音寄与は、それより前の段の利得の積で割り算されるという点です。初段の利得 $G_1$ を $20$ dB($100$ 倍)取れば、第2段の過剰雑音 $(F_2 – 1)$ は $100$ 分の $1$ に圧縮されてシステム雑音に効きます。一方、$F_1$ はそのまま割り算されずにシステム雑音指数の先頭に立っています。
つまり、システム全体の雑音指数はほぼ初段の $F_1$ で決まり、初段が「低雑音」かつ「ある程度の利得を持つ」ことが圧倒的に重要だとわかります。これがLNAをアンテナ直後に置く理論的根拠です。例えば $F_1 = 1.5$ dB、$G_1 = 15$ dB のLNAの後ろに $F_2 = 10$ dB のミキサを置いても、ミキサの寄与は $G_1$ で大幅に薄まり、システム雑音指数は $F_1$ にごくわずか上乗せされる程度に収まります。
ここまでで「初段の雑音指数 $F_1$ を下げることが至上命題」だとわかりました。しかし $F_1$ は固定値ではありません。実は、トランジスタの雑音指数は入力に接続するインピーダンス(ソース反射係数)によって変化するのです。次に、この依存性を記述する4つの雑音パラメータを導入しましょう。
トランジスタの雑音パラメータ
雑音は「見せる顔」で変わる
同じトランジスタでも、入力端から見える信号源インピーダンスを変えると、発生する雑音指数が変わります。これは少し不思議に思えるかもしれません。直感的には、トランジスタ内部には熱雑音を出す抵抗成分や、チャネル電流のショット雑音などがあり、それらが入力ポートで「電圧性の雑音」と「電流性の雑音」として現れます。信号源インピーダンスが小さければ電圧雑音が支配的に、大きければ電流雑音が支配的に効きます。さらに両者には相関があるため、ちょうど両者がうまく打ち消し合う最適なソースインピーダンスが存在し、そこで雑音指数が最小になるのです。
この振る舞いは、たった4つのパラメータで完全に記述できることが知られています。これらをトランジスタの雑音パラメータと呼びます。
4つの雑音パラメータと雑音指数の一般式
ソース側の反射係数を $\Gamma_s$(基準インピーダンス $Z_0$、通常 $50\,\Omega$ に対する反射係数)とすると、トランジスタの雑音指数は次の式で表されます。これがLNA設計の出発点となる最重要式です。
$$ \boxed{F = F_{\min} + \frac{4 R_n}{Z_0} \cdot \frac{|\Gamma_s – \Gamma_{\text{opt}}|^2}{(1 – |\Gamma_s|^2)\,|1 + \Gamma_{\text{opt}}|^2}} $$
ここに登場する4つの量がトランジスタの雑音パラメータです。
- $F_{\min}$(最小雑音指数): そのトランジスタがバイアス条件のもとで達成できる雑音指数の下限。データシートに記載される代表値です。
- $\Gamma_{\text{opt}}$(最適ソース反射係数): $F = F_{\min}$ を実現するソース反射係数。一般に複素数で、$50\,\Omega$ とは一致しません。
- $R_n$(等価雑音抵抗): ソースインピーダンスが最適値からずれたとき、雑音指数がどれだけ急激に悪化するかを表す感度パラメータ。$R_n$ が大きいほど、整合のずれに敏感です。
- $Z_0$: 基準インピーダンス(反射係数を定義する基準。通常 $50\,\Omega$)。
この式の構造をよく見てみましょう。分子の $|\Gamma_s – \Gamma_{\text{opt}}|^2$ は、実際のソース反射係数 $\Gamma_s$ が最適点 $\Gamma_{\text{opt}}$ からどれだけ離れているかを表す「距離」です。$\Gamma_s = \Gamma_{\text{opt}}$ のとき分子がゼロになり、第2項が消えて $F = F_{\min}$ となります。逆に $\Gamma_s$ が $\Gamma_{\text{opt}}$ から離れるほど第2項が増え、雑音指数が悪化します。係数 $4R_n/Z_0$ はその悪化の速さを決め、分母の $(1-|\Gamma_s|^2)$ はソースが純抵抗に近いか(チャートの中心に近いか)で正規化する役割を持ちます。
なぜこの分母の形になるのか
分母の $(1 – |\Gamma_s|^2)|1 + \Gamma_{\text{opt}}|^2$ は天下り的に見えますが、物理的な意味があります。$(1 – |\Gamma_s|^2)$ は、ソースから供給される利用可能電力(available power)に関係する量で、反射係数の絶対値が大きい(整合が悪い)ほど小さくなります。雑音指数は「信号源が供給する電力に対する付加雑音の比」として定義されるため、ソースの利用可能電力で正規化する必要があり、この因子が現れます。$|1 + \Gamma_{\text{opt}}|^2$ は規格化のための定数で、$\Gamma_s$ には依存しません。
重要なのは、この式が $\Gamma_s$ の関数として「$\Gamma_{\text{opt}}$ を底とするお椀型」の構造を持つことです。底(最小値)が $F_{\min}$、そこからの離れ具合で値が増えていく — この性質から、次節で見る「雑音円」という美しい幾何学的描像が生まれます。
トランジスタの雑音が4つのパラメータで決まること、そして $\Gamma_s$ を変えれば雑音指数が変わることがわかりました。では「ある一定の雑音指数 $F$ を達成するソース反射係数 $\Gamma_s$ の集合」はどんな形になるのでしょうか。これを調べると、設計者が許容できる雑音指数の範囲を、スミスチャート上の領域として視覚化できます。次節でこの軌跡 — 雑音円 — を導出します。
雑音円の導出
ゴール — 一定雑音指数の軌跡を円にする
設計者は「雑音指数を $1.5$ dB 以下に抑えたい」というように、目標値を範囲で考えます。そこで、$F$ をある定数に固定したとき、それを満たす $\Gamma_s$ の集合がスミスチャート(複素 $\Gamma_s$ 平面)上でどんな図形になるかを求めましょう。結論を先取りすると、これは円になります。この円を「一定雑音指数円」または単に雑音円(noise circle)と呼びます。導出のゴールは、その円の中心と半径を $F$ の関数として陽に求めることです。
雑音指数パラメータ $N_i$ の導入
雑音指数の式から出発します。所望の一定雑音指数を $F_i$ とおき、雑音指数式を $\Gamma_s$ について整理します。まず式を変形しやすくするため、$\Gamma_s$ に依存しない量をまとめた雑音円定数 $N_i$ を定義します。
$$ N_i = \frac{F_i – F_{\min}}{4 R_n / Z_0} \,\bigl|1 + \Gamma_{\text{opt}}\bigr|^2 $$
この $N_i$ は、目標雑音指数 $F_i$ が $F_{\min}$ からどれだけ離れているかを表す無次元量です。$F_i = F_{\min}$ なら $N_i = 0$、$F_i$ が大きいほど $N_i$ も大きくなります。雑音指数の一般式を $F = F_i$ とおいて変形すると、
$$ F_i – F_{\min} = \frac{4 R_n}{Z_0} \cdot \frac{|\Gamma_s – \Gamma_{\text{opt}}|^2}{(1 – |\Gamma_s|^2)|1 + \Gamma_{\text{opt}}|^2} $$
両辺を整理して $N_i$ の定義を代入すると、左辺・右辺の係数がきれいに $N_i$ に吸収されます。
$$ N_i = \frac{|\Gamma_s – \Gamma_{\text{opt}}|^2}{1 – |\Gamma_s|^2} $$
この式はとてもシンプルになりました。あとはこれを $\Gamma_s$ について「円の方程式」の形に整理していきます。
円の方程式への変形
$N_i (1 – |\Gamma_s|^2) = |\Gamma_s – \Gamma_{\text{opt}}|^2$ と分母を払います。複素数の絶対値の二乗を展開しましょう。$|\Gamma_s – \Gamma_{\text{opt}}|^2 = (\Gamma_s – \Gamma_{\text{opt}})(\Gamma_s – \Gamma_{\text{opt}})^* = |\Gamma_s|^2 – \Gamma_s \Gamma_{\text{opt}}^* – \Gamma_s^* \Gamma_{\text{opt}} + |\Gamma_{\text{opt}}|^2$ を使うと、
$$ N_i – N_i |\Gamma_s|^2 = |\Gamma_s|^2 – \Gamma_s \Gamma_{\text{opt}}^* – \Gamma_s^* \Gamma_{\text{opt}} + |\Gamma_{\text{opt}}|^2 $$
$|\Gamma_s|^2$ の項を左辺にまとめます。右辺の $|\Gamma_s|^2$ を左辺へ移し、$N_i$ を右辺へ移すと、
$$ -(N_i + 1)|\Gamma_s|^2 + \Gamma_s \Gamma_{\text{opt}}^* + \Gamma_s^* \Gamma_{\text{opt}} = |\Gamma_{\text{opt}}|^2 – N_i $$
両辺を $-(N_i + 1)$ で割って、$|\Gamma_s|^2$ の係数を $1$ に揃えます。符号に注意して整理すると、
$$ |\Gamma_s|^2 – \frac{\Gamma_s \Gamma_{\text{opt}}^* + \Gamma_s^* \Gamma_{\text{opt}}}{N_i + 1} = \frac{N_i – |\Gamma_{\text{opt}}|^2}{N_i + 1} $$
ここで左辺を「平方完成」します。複素平面で中心 $\Gamma_c$、半径 $r$ の円は $|\Gamma_s – \Gamma_c|^2 = r^2$、すなわち $|\Gamma_s|^2 – \Gamma_s \Gamma_c^* – \Gamma_s^* \Gamma_c + |\Gamma_c|^2 = r^2$ と書けることを思い出してください。左辺の第2項を見比べると、中心は $\Gamma_c = \dfrac{\Gamma_{\text{opt}}}{N_i + 1}$ だとわかります。両辺に $|\Gamma_c|^2 = \dfrac{|\Gamma_{\text{opt}}|^2}{(N_i+1)^2}$ を足して左辺を完全平方にすると、
$$ \left|\Gamma_s – \frac{\Gamma_{\text{opt}}}{N_i + 1}\right|^2 = \frac{N_i – |\Gamma_{\text{opt}}|^2}{N_i + 1} + \frac{|\Gamma_{\text{opt}}|^2}{(N_i + 1)^2} $$
右辺を通分して整理します。第1項を $(N_i+1)$ で揃えると分子は $(N_i – |\Gamma_{\text{opt}}|^2)(N_i+1) + |\Gamma_{\text{opt}}|^2$ となり、展開すると $N_i^2 + N_i – N_i|\Gamma_{\text{opt}}|^2 – |\Gamma_{\text{opt}}|^2 + |\Gamma_{\text{opt}}|^2 = N_i^2 + N_i – N_i|\Gamma_{\text{opt}}|^2 = N_i(N_i + 1 – |\Gamma_{\text{opt}}|^2)$ です。したがって右辺は、
$$ \frac{N_i(N_i + 1 – |\Gamma_{\text{opt}}|^2)}{(N_i + 1)^2} $$
雑音円の中心と半径
以上をまとめると、一定雑音指数 $F_i$ の雑音円は、中心 $\Gamma_{c,F}$ と半径 $r_F$ が次式で与えられる円になります。
$$ \boxed{\Gamma_{c,F} = \frac{\Gamma_{\text{opt}}}{N_i + 1}} $$
$$ \boxed{r_F = \frac{\sqrt{N_i(N_i + 1 – |\Gamma_{\text{opt}}|^2)}}{N_i + 1}} $$
この結果には深い意味が詰まっています。第一に、雑音円の中心はすべて、原点と $\Gamma_{\text{opt}}$ を結ぶ直線上に乗ります(中心が $\Gamma_{\text{opt}}$ の実数倍だから)。第二に、$N_i = 0$(すなわち $F_i = F_{\min}$)のとき、中心は $\Gamma_c = \Gamma_{\text{opt}}$、半径は $r_F = 0$ となり、円は1点 $\Gamma_{\text{opt}}$ に縮退します。これは「最小雑音指数を達成できるソース反射係数はただ1点 $\Gamma_{\text{opt}}$ だけ」という当然の事実を表しています。
第三に、目標雑音指数 $F_i$ を $F_{\min}$ から緩めていく($N_i$ を増やす)と、円の中心は $\Gamma_{\text{opt}}$ からチャート中心方向へ移動し、半径は大きくなっていきます。つまり、雑音指数の許容値を緩めるほど、それを満たすソース反射係数の選択肢(円の内側)が広がるのです。これは設計者にとって直感的に納得のいく描像です。
雑音円が描けるようになりました。これで「雑音指数を一定以下に保つソースインピーダンスの領域」がスミスチャート上で見えるようになります。しかしLNA設計では雑音だけでなく利得も大切です。次に、利得の側から見た「利得一定円」を導入し、雑音と利得のせめぎ合いを可視化する準備をします。
利得円と雑音整合・利得整合のトレードオフ
利得もソース反射係数で変わる
雑音指数がソース反射係数 $\Gamma_s$ で変わるのと同じように、増幅器から取り出せる利得も $\Gamma_s$ に依存します。トランジスタを単方向($S_{12} \approx 0$)と近似したとき、入力整合回路が寄与する利得(ソースから取り出せる電力の効率)は、
$$ G_S = \frac{1 – |\Gamma_s|^2}{|1 – S_{11}\Gamma_s|^2} $$
で表されます。$S_{11}$ はトランジスタの入力反射係数です。この $G_S$ を最大にするのは $\Gamma_s = S_{11}^*$(共役整合)のときで、これが利得整合の条件です。一方、雑音を最小にするのは $\Gamma_s = \Gamma_{\text{opt}}$ のとき。この2点は一般に一致しません。なぜなら $S_{11}$ はトランジスタのインピーダンス整合(電力伝送効率)で決まるのに対し、$\Gamma_{\text{opt}}$ は内部雑音源のバランスで決まる、別々の物理に由来するからです。
利得についても、一定の利得を与える $\Gamma_s$ の軌跡は円(利得円、gain circle)になります。導出は雑音円と同様の平方完成によります。利得を最大利得で正規化した値 $g_s = G_S / G_{S,\max}$ を使うと(ここで $G_{S,\max} = 1/(1-|S_{11}|^2)$)、一定利得円の中心 $\Gamma_{c,G}$ と半径 $r_G$ は、
$$ \Gamma_{c,G} = \frac{g_s S_{11}^*}{1 – |S_{11}|^2 (1 – g_s)}, \qquad r_G = \frac{\sqrt{1 – g_s}\,(1 – |S_{11}|^2)}{1 – |S_{11}|^2 (1 – g_s)} $$
となります。$g_s = 1$(最大利得)のとき半径はゼロで、円は1点 $S_{11}^*$ に縮退します。利得を犠牲にするほど($g_s < 1$)円は広がり、選択肢が増えます。これは雑音円とちょうど対称的な構造です。
設計のトレードオフ — 妥協点を探す
ここでLNA設計の核心が見えてきます。スミスチャート上で雑音円群(中心が $\Gamma_{\text{opt}}$ 側に集まる同心でない円群)と利得円群(中心が $S_{11}^*$ 側に集まる円群)を重ねて描くと、設計者は次のように考えます。
- 純粋に雑音整合する: $\Gamma_s = \Gamma_{\text{opt}}$ を選ぶ。雑音指数は最小 $F_{\min}$ になるが、利得が最大値より下がる。
- 純粋に利得整合する: $\Gamma_s = S_{11}^*$ を選ぶ。利得は最大になるが、雑音指数が $F_{\min}$ より悪化する。
- 妥協する: 「雑音指数を $F_{\min} + 0.3$ dB 以内に保ちつつ、その雑音円上で利得が最大になる点」を選ぶ。
LNA設計では雑音が最優先されるため、$\Gamma_{\text{opt}}$ に近い、あるいはわずかに緩めた雑音円上で、利得円と接する(その雑音制約下で利得が最大になる)点を選ぶのが定石です。これを「制約付き最適化」として幾何学的に解くのが、雑音円・利得円を重ねたスミスチャートの威力です。
なお、初段LNAであえて雑音整合を優先すると入力の反射(VSWR)が悪化することがあり、その場合は段間に緩衝を入れたり、トランジスタにソースインダクタンスを加えて $\Gamma_{\text{opt}}$ と $S_{11}^*$ を意図的に近づける「縮退帰還(degeneration)」という手法が使われます。これは 帰還増幅器の理論 で扱う負帰還の応用です。
理論と幾何学的な描像が揃いました。あとは実際に数値を入れて、雑音円・利得円を描き、整合点の選び方でシステム雑音指数がどう変わるかを確かめましょう。次節でPythonによる可視化と数値検証を行います。
Pythonによる雑音円・利得円の可視化
雑音円群と利得円群を描く
まず、代表的なトランジスタの雑音パラメータとSパラメータを使って、スミスチャート(複素 $\Gamma_s$ 平面)上に雑音円群と利得円群を重ねて描画します。雑音パラメータは $F_{\min} = 0.8$ dB、$\Gamma_{\text{opt}} = 0.5\angle 70^\circ$、$R_n = 15\,\Omega$、$S_{11} = 0.6\angle 160^\circ$ という、低雑音GaAs HEMTを想定した値を用います。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
# --- トランジスタの雑音パラメータ ---
Z0 = 50.0 # 基準インピーダンス [Ω]
Fmin_dB = 0.8 # 最小雑音指数 [dB]
Fmin = 10**(Fmin_dB / 10) # 線形比に変換
Gamma_opt = 0.5 * np.exp(1j * np.deg2rad(70)) # 最適ソース反射係数
Rn = 15.0 # 等価雑音抵抗 [Ω]
S11 = 0.6 * np.exp(1j * np.deg2rad(160)) # 入力反射係数
def noise_circle(Fi_dB):
"""一定雑音指数 Fi_dB [dB] の雑音円の中心と半径を返す"""
Fi = 10**(Fi_dB / 10)
Ni = (Fi - Fmin) / (4 * Rn / Z0) * abs(1 + Gamma_opt)**2
center = Gamma_opt / (Ni + 1)
radius = np.sqrt(Ni * (Ni + 1 - abs(Gamma_opt)**2)) / (Ni + 1)
return center, radius
# 動作確認: Fmin での雑音円は1点に縮退するはず
c0, r0 = noise_circle(Fmin_dB)
print(f"Fmin での円: 中心={c0:.3f}, 半径={r0:.4f}")
print(f"Γopt : {Gamma_opt:.3f}")
このコードは雑音円の中心・半径を計算する関数を定義し、目標雑音指数を $F_{\min}$ に設定したときの円を確認しています。出力では「$F_{\min}$ での円」の中心が $\Gamma_{\text{opt}}$ と一致し、半径がほぼゼロ(数値誤差程度)になることが確かめられます。これは導出で予言した「最小雑音指数を達成するのは $\Gamma_{\text{opt}}$ のただ1点」という性質が、実装でも正しく再現されていることを示しています。
スミスチャート上に重ねて描画
次に、複数の目標雑音指数に対する雑音円と、複数の目標利得に対する利得円を、同じ複素平面上に描きます。スミスチャートの外周($|\Gamma_s|=1$ の単位円)も併せて描いておきます。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
def gain_circle(gs):
"""正規化利得 gs (0<gs<=1) の入力利得円の中心と半径を返す"""
denom = 1 - abs(S11)**2 * (1 - gs)
center = gs * np.conj(S11) / denom
radius = np.sqrt(1 - gs) * (1 - abs(S11)**2) / denom
return center, radius
fig, ax = plt.subplots(figsize=(9, 9))
theta = np.linspace(0, 2*np.pi, 400)
# スミスチャート外周 (|Γ|=1)
ax.plot(np.cos(theta), np.sin(theta), 'k-', lw=1.5)
# 雑音円群 (Fmin からの増分で指定)
for dF in [0.1, 0.3, 0.6, 1.0, 1.5]:
c, r = noise_circle(Fmin_dB + dF)
ax.plot(c.real + r*np.cos(theta), c.imag + r*np.sin(theta),
'b-', lw=1.2)
ax.text(c.real, c.imag + r, f'+{dF}dB', color='b',
fontsize=8, ha='center')
# 利得円群 (最大入力利得からの減分 dB で指定)
for dG in [0.5, 1.0, 2.0, 3.0]:
gs = 10**(-dG / 10) # 正規化利得
c, r = gain_circle(gs)
ax.plot(c.real + r*np.cos(theta), c.imag + r*np.sin(theta),
'r--', lw=1.2)
# 特異点
ax.plot(Gamma_opt.real, Gamma_opt.imag, 'b*', ms=16, label=r'$\Gamma_{opt}$ (min NF)')
ax.plot(np.conj(S11).real, np.conj(S11).imag, 'r^', ms=12, label=r'$S_{11}^*$ (max gain)')
ax.set_xlabel(r'Re($\Gamma_s$)')
ax.set_ylabel(r'Im($\Gamma_s$)')
ax.set_title('Noise Circles (blue) vs Gain Circles (red dashed)')
ax.set_aspect('equal')
ax.grid(True, alpha=0.3)
ax.legend(loc='lower left')
plt.tight_layout()
plt.savefig('lna_noise_gain_circles.png', dpi=150, bbox_inches='tight')
plt.show()
このグラフから、LNA設計のトレードオフが一目で読み取れます。第一に、青い雑音円群の中心はすべて原点と $\Gamma_{\text{opt}}$(青い星印)を結ぶ直線上に並び、雑音指数の許容値を緩める($+1.5$ dB など)ほど円が大きく広がっています。第二に、赤い破線の利得円群は $S_{11}^*$(赤い三角)を中心側に持ち、こちらも利得を犠牲にするほど広がります。第三に、最も重要な点として、雑音最小点(青星)と利得最大点(赤三角)が明らかに別の位置にあることが視覚的に確認できます。両者が一致しないからこそ、設計者は「どちらをどれだけ取るか」を決めねばならないのです。
整合点を変えたときの雑音指数と利得
最後に、具体的に3つの整合点 — 純雑音整合($\Gamma_s = \Gamma_{\text{opt}}$)、純利得整合($\Gamma_s = S_{11}^*$)、その中間の妥協点 — を選び、それぞれでの雑音指数 $F$ と入力利得 $G_S$ を数値計算して比較します。
import numpy as np
def noise_figure(Gamma_s):
"""ソース反射係数 Gamma_s での雑音指数 F (線形比) を返す"""
num = abs(Gamma_s - Gamma_opt)**2
den = (1 - abs(Gamma_s)**2) * abs(1 + Gamma_opt)**2
return Fmin + (4 * Rn / Z0) * num / den
def source_gain(Gamma_s):
"""入力整合回路の利得 G_S (線形) を返す"""
return (1 - abs(Gamma_s)**2) / abs(1 - S11 * Gamma_s)**2
# 3つの整合点
points = {
"雑音整合 Γopt": Gamma_opt,
"利得整合 S11*": np.conj(S11),
"妥協点(中間)": 0.5 * (Gamma_opt + np.conj(S11)),
}
print(f"{'整合点':<16}{'NF [dB]':>10}{'G_S [dB]':>10}")
for name, gs in points.items():
F = noise_figure(gs)
G = source_gain(gs)
print(f"{name:<16}{10*np.log10(F):>10.3f}{10*np.log10(G):>10.3f}")
この出力から、トレードオフが定量的に確認できます。「雑音整合 $\Gamma_{\text{opt}}$」では雑音指数が $F_{\min} = 0.8$ dB ちょうどになる一方、入力利得 $G_S$ は最大値より低く出ます。逆に「利得整合 $S_{11}^*$」では $G_S$ が最大($0$ dB を超える正規化前のピーク)になりますが、雑音指数は $0.8$ dB から悪化します。「妥協点」はその中間で、雑音をわずかな悪化に抑えつつ利得をいくらか回復しており、まさに実用LNAで狙う設計領域です。数式で予言した「最小雑音点と最大利得点のずれ」が、具体的な数値の差として目に見える形になりました。
システム雑音指数への影響
整合点の選択が、Friis式を通してシステム全体の雑音指数にどう波及するかを最後に確認します。初段LNAの後ろに $F_2 = 8$ dB のミキサがあると仮定し、初段の利得を変えながらシステム雑音指数を計算します。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
F2_dB = 8.0 # 2段目(ミキサ)の雑音指数 [dB]
F2 = 10**(F2_dB / 10)
# 初段の利得を 5〜25 dB で振る
G1_dB = np.linspace(5, 25, 100)
G1 = 10**(G1_dB / 10)
plt.figure(figsize=(8, 5)) # 先に figure を作成
# 初段 NF を2ケース比較: 雑音整合(0.8dB) vs 利得整合(例: 1.6dB)
for F1_dB, label, style in [(0.8, "雑音整合 (F1=0.8dB)", 'b-'),
(1.6, "利得整合 (F1=1.6dB)", 'r--')]:
F1 = 10**(F1_dB / 10)
F_total = F1 + (F2 - 1) / G1 # Friis 2段
plt.plot(G1_dB, 10*np.log10(F_total), style, lw=2, label=label)
plt.xlabel('Stage-1 Gain G1 [dB]')
plt.ylabel('System Noise Figure [dB]')
plt.title('System NF vs Stage-1 Gain (Friis cascade)')
plt.legend()
plt.grid(True, alpha=0.3)
plt.tight_layout()
plt.savefig('lna_system_nf.png', dpi=150, bbox_inches='tight')
plt.show()
このグラフから、2つの本質的な事実が読み取れます。第一に、どちらの曲線も初段利得 $G_1$ が増えるにつれてシステム雑音指数が下がり、十分な利得($15$ dB 以上)では初段の雑音指数 $F_1$ にほぼ漸近します。これはFriis式で第2段の寄与 $(F_2-1)/G_1$ が $G_1$ とともに消えていくことの直接の現れです。第二に、初段が雑音整合($F_1 = 0.8$ dB)か利得整合($F_1 = 1.6$ dB)かの差 $0.8$ dB が、システム雑音指数の差としてほぼそのまま残っています。つまり初段LNAの整合点選択が、受信機全体の感度を $0.8$ dB 動かすという、設計上きわめて重い意味を持つことが定量的に裏付けられました。
まとめ
本記事では、低雑音増幅器(LNA)の設計理論を、雑音パラメータから雑音円の導出、そして利得とのトレードオフまで一貫して解説しました。
- Friisの縦続式 $F_{\text{total}} = F_1 + (F_2-1)/G_1 + \cdots$ により、システム雑音指数はほぼ初段の $F_1$ で決まり、初段に十分な利得を持たせると後段の寄与が薄まることを導きました。
- トランジスタの雑音は4つのパラメータ $F_{\min}$, $\Gamma_{\text{opt}}$, $R_n$, $Z_0$ で完全に記述され、雑音指数はソース反射係数 $\Gamma_s$ の関数として $\Gamma_{\text{opt}}$ を底とするお椀型になります。
- 一定雑音指数の軌跡(雑音円)は、中心 $\Gamma_{c,F} = \Gamma_{\text{opt}}/(N_i+1)$、半径 $r_F = \sqrt{N_i(N_i+1-|\Gamma_{\text{opt}}|^2)}/(N_i+1)$ の円になることを、平方完成によって省略なく導きました。
- 雑音最小点 $\Gamma_{\text{opt}}$ と利得最大点 $S_{11}^*$ は別々の物理に由来するため一般に一致せず、LNA設計はこの2点の間で妥協点を選ぶ制約付き最適化であることを、スミスチャート上で可視化しました。
- 整合点の選択がシステム雑音指数を $0.8$ dB 動かすことを数値で確認し、初段LNAの設計が受信機感度を直接左右することを裏付けました。
LNAの雑音整合は、スミスチャート上で雑音円と利得円を重ねて妥協点を探すという、電子工学の中でも特に幾何学的な美しさを持つ設計手法です。ここで学んだ反射係数と円の幾何学は、安定性円(stability circle)を用いた発振防止設計や、整合回路の合成へと自然につながっていきます。
次のステップとして、以下の記事も参考にしてください。