PM変調(位相変調)とは?FM変調との関係を図解でわかりやすく解説

FMラジオを聴いているとき、送信機の内部では搬送波の「周波数」が音声信号に応じて揺れ動いています。しかし、周波数を直接安定に変化させるのは意外と難しい——それなら、搬送波の「位相」を変化させる方がハードウェア的に扱いやすいのではないか。この発想から生まれたのが PM変調(Phase Modulation: 位相変調) です。

PM変調はFM変調と兄弟のような関係にあり、両者をまとめて角度変調(Angle Modulation)と呼びます。実は PM と FM は数学的に微分・積分の関係で結ばれており、PM変調器にベースバンド信号を積分してから入力すれば FM 信号が得られます。この原理を応用したのがアームストロング間接FM方式であり、水晶発振器の安定度を保ちながら広帯域FM信号を生成できる画期的な技術です。

PM変調を理解すると、以下のようなさまざまな分野が見通しよくなります。

  • PSK(位相偏移変調) — ディジタル通信の基盤であるBPSK・QPSKは、PM変調をディジタル化したものです
  • 間接FM送信機の設計 — FMラジオ放送の送信機には、PM変調器を核とするアームストロング方式が広く使われてきました
  • PLL(位相同期回路) — PM信号の復調にはPLLが自然に登場し、通信システム全般の要素技術につながります

まず、AM・FM・PM の3方式が「同じ変調信号を電波のどこに載せるか」だけの違いであることを、1枚の図で見ておきましょう。

同じ変調信号をAM(振幅)・FM(周波数)・PM(位相)に載せた波形の比較模式図

最上段が変調信号 $x(t)$、以下が同じ $x(t)$ を3つの方式で載せた波形です。AM(2段目)は波の高さが $x(t)$ に合わせて伸び縮みし、包絡線(黒破線)が $x(t)$ の形をそのままなぞっています。一方 FM と PM は高さが常に一定で、変わるのは波の詰まり具合だけです。ここで見落としてはいけないのが、FM と PM で「最も詰まる場所」がずれていることです。FM(3段目)は $x(t)$ が山になる 10 ms で最も詰まりますが、PM(4段目)は $x(t)$ の傾きが最大になる 7.5 ms で最も詰まっています。この図では搬送波 600 Hz に対して最大周波数偏移を 400 Hz に設定しており、瞬時周波数は 200〜1000 Hz の範囲で変化しています。

この「FM は値に、PM は傾きに反応する」という一点が、本記事全体を貫く主題です。裏を返せば、PM とは「変調信号を微分してから FM したもの」ということになります。この等価性を、本記事では数式で導いたうえで数値実測でも確認します。

本記事の内容

  • 角度変調の統一的な枠組み
  • PM変調の数学的定義と瞬時位相
  • FM変調との微分・積分関係(数値検証つき)
  • 狭帯域角度変調の近似とフェーザ図
  • ベッセル関数によるスペクトル展開(搬送波が消える現象の実測)
  • カーソンの帯域幅則のPM版と、その妥当性の検証
  • 間接FM方式とアームストロング変調器
  • PM/FM復調の原理と雑音特性(三角雑音・プリエンファシス)
  • PM から PSK(ディジタル位相変調)へのつながり

前提知識

この記事を読む前に、以下の記事を読んでおくと理解が深まります。

角度変調とは — 振幅を固定し、角度に情報を載せる

AM変調(振幅変調)では搬送波の「振幅」をベースバンド信号に応じて変化させます。一方、搬送波の振幅は一定に保ったまま、位相や周波数に情報を載せる方式を総称して角度変調と呼びます。

角度変調信号の一般的な表現は次の通りです。

$$ s(t) = A_c \cos\!\left[\theta(t)\right] $$

ここで $A_c$ は一定の振幅、$\theta(t)$ は瞬時位相(instantaneous phase)です。AM変調では $A_c$ の部分が信号に応じて変化しますが、角度変調では $A_c$ は定数のまま $\theta(t)$ だけが変化します。

この瞬時位相 $\theta(t)$ をどのように信号と関連づけるかで、2つの方式に分かれます。

  • PM変調: 瞬時位相そのものをベースバンド信号に比例させる
  • FM変調: 瞬時周波数(= 瞬時位相の時間微分)をベースバンド信号に比例させる

イメージとしては、PM変調は「時計の針の角度を直接動かす」操作であり、FM変調は「時計の針の回転速度を変える」操作です。角度を直接いじれば、回転速度(= 角度の微分)も間接的に変化しますし、逆に回転速度を変えれば角度(= 速度の積分)も変わります。つまり PM と FM は本質的に結びついているのです。

「振幅が一定」を目で見る — 複素包絡線の軌跡

「振幅一定」という言葉だけではピンと来にくいので、幾何的に見てみましょう。搬送波の速い回転を取り除いた複素包絡線 $\tilde{s}(t)$ を考えます。

$$ s(t) = \mathrm{Re}\!\left[\tilde{s}(t)\, e^{j2\pi f_c t}\right] $$

AM では $\tilde{s}(t) = A_c(1 + m\,x(t))$ という実数なので、軌跡は実軸上の線分になります。PM では $\tilde{s}(t) = A_c e^{jk_p x(t)}$ なので、長さは常に $A_c$ で角度だけが動く——つまり軌跡は半径 $A_c$ の円弧になります。

複素包絡線のI-Q平面軌跡:AMは線分、PMは円弧

左のAM(変調度0.8)では、複素包絡線が実軸上を往復するだけで、その長さは実測で 0.200 から 1.800 まで変化します。これが「振幅が変わっている」ことの正体です。対する中央と右のPMでは、包絡線の長さは実測で最小 1.000000・最大 1.000000——つまり数値誤差の範囲で完全に一定であり、動いているのは偏角だけです。$h=1.2$ rad なら $\pm 1.2$ rad の円弧を往復し、$h=5$ rad では往復幅が $10$ rad $> 2\pi$ になるため軌跡は円全体を覆います。

この「円周上しか動かない」という制約が、後で見る雑音耐性の源になります。受信波の振幅が雑音でどう暴れようと、正しい信号は必ず半径 $A_c$ の円上にあるはずだからです。

ここまでで角度変調の概念を掴みました。次に、PM変調の数学的な定義を厳密に書き下してみましょう。

PM変調の数学的定義

瞬時位相とベースバンド信号

PM変調では、瞬時位相 $\theta(t)$ をベースバンド信号 $x(t)$ に直接比例させます。具体的には、搬送波の位相に信号に比例した成分を加えます。

$$ \theta(t) = 2\pi f_c t + k_p \, x(t) $$

ここで各記号の意味は次の通りです。

  • $f_c$: 搬送波周波数 [Hz]
  • $k_p$: 位相感度(phase sensitivity)[rad/V]
  • $x(t)$: ベースバンド信号(変調信号)

したがって、PM変調信号は次のように書けます。

$$ \boxed{ s_{\text{PM}}(t) = A_c \cos\!\left[ 2\pi f_c t + k_p \, x(t) \right] } $$

この式は非常にシンプルです。搬送波 $\cos(2\pi f_c t)$ の位相引数に $k_p \, x(t)$ という項が足されているだけです。ベースバンド信号の振幅が大きくなれば位相のズレが大きくなり、信号がゼロなら搬送波そのものに戻ります。

最大位相偏移

ベースバンド信号の最大振幅を $A_m$(つまり $|x(t)| \leq A_m$)とすると、最大位相偏移 $\Delta\phi$ は次のようになります。

$$ \Delta\phi = k_p \, A_m \quad \text{[rad]} $$

この $\Delta\phi$ がPM変調における重要なパラメータであり、FM変調における最大周波数偏移 $\Delta f$ に対応する量です。

PM変調の瞬時周波数

PM変調信号の瞬時角周波数 $\omega_i(t)$ は、瞬時位相を時間微分すれば得られます。

$$ \omega_i(t) = \frac{d\theta(t)}{dt} = 2\pi f_c + k_p \frac{dx(t)}{dt} $$

瞬時周波数に直すと、

$$ f_i(t) = \frac{\omega_i(t)}{2\pi} = f_c + \frac{k_p}{2\pi} \frac{dx(t)}{dt} $$

ここに注目してください。PM変調信号の瞬時周波数は、ベースバンド信号そのものではなく、その時間微分 $dx/dt$ に比例しています。これは FM 変調との関係を理解する上で決定的に重要なポイントです。

波形で確かめる — 「傾き」が波の詰まりを決める

この式の意味を波形で確認しましょう。$x(t) = \cos(2\pi f_m t)$、$f_c = 1000$ Hz、$f_m = 100$ Hz、$h = k_p A_m = 3$ rad の PM 波を描き、変調信号・PM波・瞬時周波数を縦に並べます。

PM波は変調信号の傾きが急なところで波が詰まることを示す図と瞬時周波数

最上段の実線が $x(t)$、破線がその傾き $dx/dt$(正規化)です。中段のPM波を見ると、赤い破線(2.5 ms)付近で波が最も詰まり、青い破線(7.5 ms)付近で最も伸びています。そしてこの2つの時刻は、$x(t)$ の山や谷ではなく、$dx/dt$ が最大/最小になる時刻に一致しています。最下段の瞬時周波数はこの対応を数値で裏づけており、$f_c$ を中心に上下に振れる幅は実測で 300.0 Hz——理論値 $hf_m = 3 \times 100 = 300$ Hz とぴったり一致します。

つまり PM 変調では、変調信号の値ではなく傾きが瞬時周波数を決めています。この事実は、PM と FM が微分・積分で結ばれていることの直接的な現れです。

ここまででPM変調の数学的な定義が整いました。次に、PM変調とFM変調の関係を定量的に明らかにしましょう。

PM変調とFM変調の数学的関係

定義の対比

PM変調とFM変調の定義を並べて比較してみます。

PM変調:

$$ s_{\text{PM}}(t) = A_c \cos\!\left[ 2\pi f_c t + k_p \, x(t) \right] $$

FM変調(FM変調の記事で導出した式):

$$ s_{\text{FM}}(t) = A_c \cos\!\left[ 2\pi f_c t + 2\pi k_f \int_{-\infty}^{t} x(\tau) \, d\tau \right] $$

どちらも搬送波 $\cos(2\pi f_c t)$ の位相に何らかの項が加わる形です。その「何か」が、PM では $k_p \, x(t)$(信号そのもの)、FM では $2\pi k_f \int x(\tau) d\tau$(信号の積分)になっています。

微分・積分の関係

この対比から、PM と FM の間には次の美しい関係が成り立つことがわかります。

PM → FM への変換: PM変調器に入力するベースバンド信号を、あらかじめ積分してから入力すれば FM 信号が得られます。

$$ s_{\text{FM}}(t) = A_c \cos\!\left[ 2\pi f_c t + k_p \int_{-\infty}^{t} x(\tau) \, d\tau \right] $$

これは $k_p = 2\pi k_f$ とおけば、FM変調の定義式そのものです。

FM → PM への変換: 逆に、FM変調器に入力するベースバンド信号を、あらかじめ微分してから入力すれば PM 信号が得られます。こちらは1行ずつ追ってみましょう。FM変調器は「入力を積分して位相に加える」装置なので、入力を $\dot{x}(t) = dx/dt$ に置き換えると、位相への付加項は次のようになります。

$$ 2\pi k_f \int_{-\infty}^{t} \dot{x}(\tau)\, d\tau $$

微積分学の基本定理により、微分してから積分すれば元に戻ります(信号が過去に $0$ から始まったとして $x(-\infty)=0$ とすると)。

$$ \int_{-\infty}^{t} \dot{x}(\tau)\, d\tau = x(t) – x(-\infty) = x(t) $$

これを位相に代入すると、

$$ s(t) = A_c \cos\!\left[ 2\pi f_c t + 2\pi k_f \, x(t) \right] $$

$2\pi k_f = k_p$ とおけば PM 変調の定義式に一致します。つまり「微分器 + FM変調器 = PM変調器」です。

この関係をまとめると、次の対応表が得られます。

PM変調 FM変調
位相への付加項 $k_p \, x(t)$ $2\pi k_f \int x(\tau) d\tau$
瞬時周波数への寄与 $\frac{k_p}{2\pi} \dot{x}(t)$ $k_f \, x(t)$
PM→FM変換 入力を積分 —
FM→PM変換 — 入力を微分

数値実験で等価性を確認する

「PM は微分してからFM」は本当でしょうか。式の上では自明でも、実際に波形を作って引き算してみると納得感が違います。正弦波1本だと当たり前すぎるので、$x(t) = 0.7\cos(2\pi f_m t) + 0.3\cos(6\pi f_m t + 0.8)$ という非対称な波形を使い、次の2つを比べます。

  1. $x(t)$ をそのまま PM変調器に入れた波形 $A_c\cos[2\pi f_c t + k_p x(t)]$
  2. $x(t)$ を数値微分して $dx/dt$ を作り、それを FM変調器(= 積分してから位相に加える)に入れた波形

変調信号をPMした波形と、その微分をFMした波形が一致することの数値検証

2段目(①)と3段目(②)の波形は、目で見る限り完全に同一です。最下段の差分を見ると、その大きさは最大 $6.10 \times 10^{-6}$、RMS で $2.59 \times 10^{-6}$——振幅1の信号に対して 100万分の6程度しかありません。この残差は原理的なズレではなく数値微分の離散化誤差であり、サンプリング周波数を上げると次のように $\Delta t^2$ に比例して縮みます。

サンプリング周波数 ①と②の最大差
200 kHz $2.44 \times 10^{-5}$
400 kHz $6.10 \times 10^{-6}$
800 kHz $1.53 \times 10^{-6}$
1600 kHz $3.82 \times 10^{-7}$

サンプリング周波数を2倍にするたびに誤差がちょうど1/4になっています。これは中心差分(np.gradient)の打ち切り誤差が $O(\Delta t^2)$ であることの現れであり、差の原因が離散化だけであることの証拠です。連続時間では両者は厳密に一致します。

逆向き、すなわち「$x(t)$ を積分して PM変調器に入れた波形」と「$x(t)$ を FM変調器に入れた波形」の差は、同じ積分値を使うため実測で $0.000 \times 10^{0}$(完全一致)でした。PM変調器+積分器が FM変調器そのものであることが、定義から一段の変形もなく言えるわけです。

なぜこの関係が重要なのか

この微分・積分の関係は、単なる数学的好奇心ではありません。実用上の大きな意味があります。

FM変調を直接実現するには VCO(電圧制御発振器)を使いますが、VCO の周波数安定度を高く保つのは困難です。一方、PM変調は水晶発振器の安定した搬送波に対して位相変調をかけるだけなので、周波数安定度に優れています。そこで、PM変調器の前段にベースバンド信号を積分する回路を置けば、周波数安定度の高いFM信号を生成できます。これがアームストロング間接FM方式の核心です。

ここまでで PM と FM の本質的な関係を理解しました。次に、正弦波でPM変調をかけた場合のスペクトルを詳しく調べましょう。

正弦波PM変調の変調指数

PM変調の具体的な振る舞いを見るために、最も基本的なケースとして、単一正弦波 $x(t) = A_m \cos(2\pi f_m t)$ でPM変調をかけた場合を分析します。

PM変調信号は次のようになります。

$$ s_{\text{PM}}(t) = A_c \cos\!\left[ 2\pi f_c t + k_p A_m \cos(2\pi f_m t) \right] $$

ここでPM変調指数 $h$ を次のように定義します。

$$ \boxed{ h = k_p A_m = \Delta\phi \quad \text{[rad]} } $$

$h$ は最大位相偏移そのものです。これを使うと、PM信号は次のように簡潔に書けます。

$$ s_{\text{PM}}(t) = A_c \cos\!\left[ 2\pi f_c t + h \cos(2\pi f_m t) \right] $$

FM変調指数との比較

FM変調の場合、同じ正弦波入力 $x(t) = A_m \cos(2\pi f_m t)$ に対する変調指数 $\beta$ は、

$$ \beta = \frac{\Delta f}{f_m} = \frac{k_f A_m}{f_m} $$

でした。ここに決定的な違いが現れます。

  • PM変調指数 $h$: 変調信号の周波数 $f_m$ に依存しない。$h = k_p A_m$ は $f_m$ を含みません
  • FM変調指数 $\beta$: 変調信号の周波数 $f_m$ に反比例する。$\beta = k_f A_m / f_m$

これは PM と FM を区別する重要な特徴です。PM変調では、変調信号の振幅 $A_m$ だけで位相偏移量が決まります。一方、FM変調では同じ振幅でも周波数が低いほど大きく周波数が偏移し、変調指数が大きくなります。

音声のように多くの周波数成分を含む信号を送るとき、この違いは実質的な差になります。FM では低音($f_m$ が小さい)が大きな変調指数を生み、PM では全ての音が同じ位相偏移しか生みません。どちらが有利かは一概には言えず、後述するプリエンファシスの話につながっていきます。

位相偏移と瞬時周波数を並べて見る

PM と FM のふるまいの違いは、「位相偏移」と「瞬時周波数」を上下に並べると一目で分かります。同じ $f_m = 100$ Hz の変調信号に対し、$h = \beta = 2$ の PM と FM を比較してみましょう。

PMとFMの瞬時位相偏移と瞬時周波数の時間変化の比較

上段が位相偏移で、PM は $h\cos(2\pi f_m t)$(変調信号そのものの形)、FM は $\beta\sin(2\pi f_m t)$(変調信号の積分の形)になっています。下段の瞬時周波数はそれを微分したもので、太い実線が位相を数値微分した結果、黒破線が理論式です。両者の差は実測で最大 $8.2 \times 10^{-5}$ Hz——200 Hz の偏移に対して1000万分の4程度で、実質的に完全一致です。

注目すべきは下段の2つの曲線の位相関係です。PM の瞬時周波数は $-\sin$ の形、FM は $\cos$ の形をしており、互いに $\pi/2$ ずれています。同じ最大周波数偏移 200 Hz を持ちながら、偏移が起きるタイミングだけが90度違う——これが $\cos$ を微分すると $-\sin$ になることの物理的な意味です。

PM信号の瞬時周波数を確認する

PM信号の瞬時周波数を具体的に計算してみましょう。

$$ f_i(t) = f_c + \frac{k_p}{2\pi} \frac{d}{dt}\left[A_m \cos(2\pi f_m t)\right] = f_c – \frac{k_p A_m f_m}{1} \sin(2\pi f_m t) $$

途中の微分を丁寧に書くと、

$$ \frac{d}{dt}\left[A_m \cos(2\pi f_m t)\right] = -2\pi f_m A_m \sin(2\pi f_m t) $$

この微分結果を先ほどの瞬時周波数の式に代入し、$2\pi$ を約分して整理すると次のようになります。

$$ f_i(t) = f_c – k_p A_m f_m \sin(2\pi f_m t) = f_c – h f_m \sin(2\pi f_m t) $$

したがって、PM信号の最大周波数偏移は $\Delta f_{\text{PM}} = h f_m$ です。FM変調では $\Delta f$ は $f_m$ に依存しない定数でしたが、PM変調では $\Delta f_{\text{PM}} = h f_m$ のように $f_m$ に比例します。つまり、PM変調は高い周波数成分ほど大きな周波数偏移を生む——一種の「高域強調」特性を持っています。

変調指数を上げると波形はどう変わるか

$h$ を 0.5、2、5 と変えたときの PM 波を並べてみます。$h$ は最大位相偏移そのものなので、$h=0.5$ rad は「位相が最大でも約29度しか動かない」、$h=5$ rad は「約286度も動く」という意味になります。

PM変調指数h=0.5、2、5のときのPM波形の比較

$h=0.5$ ではほとんど純粋な搬送波に見え、疎密の変化は目を凝らさないと分かりません。$h=2$ になると疎密がはっきり現れ、$h=5$ では波の間隔が場所によって倍以上変わります。最大周波数偏移は $hf_m$ なので、$f_m=100$ Hz のもとで順に 50 Hz、200 Hz、500 Hz です。そして3つの波形すべてで、上下のピーク値(振幅)はまったく変わっていないことを確認してください。これが「角度変調は電力が一定」という性質の見た目です。

ここまでで PM 変調指数と FM 変調指数の違いを明確にできました。次に、PM信号が周波数領域でどのようなスペクトルを持つかを調べましょう。

狭帯域角度変調の近似

スペクトルの本格的な解析に入る前に、変調指数が小さい場合($h \ll 1$)の近似表現を導いておきます。これは狭帯域角度変調(Narrowband Angle Modulation)と呼ばれ、AM変調との比較がしやすい重要な近似です。

三角関数の加法定理による展開

PM変調信号を加法定理で展開します。

$$ s_{\text{PM}}(t) = A_c \cos\!\left[2\pi f_c t + h\cos(2\pi f_m t)\right] $$

加法定理 $\cos(\alpha + \gamma) = \cos\alpha \cos\gamma – \sin\alpha \sin\gamma$ を適用すると、

$$ s_{\text{PM}}(t) = A_c \cos(2\pi f_c t)\cos\!\left[h\cos(2\pi f_m t)\right] – A_c \sin(2\pi f_c t)\sin\!\left[h\cos(2\pi f_m t)\right] $$

小信号近似

$h \ll 1$ のとき、$\cos(h\cos\theta) \approx 1$、$\sin(h\cos\theta) \approx h\cos\theta$ と近似できます。これを代入すると、

$$ s_{\text{PM}}(t) \approx A_c \cos(2\pi f_c t) – A_c h \cos(2\pi f_m t) \sin(2\pi f_c t) $$

積和の公式 $\cos\alpha \sin\beta = \frac{1}{2}[\sin(\alpha+\beta) – \sin(\alpha-\beta)]$ を第2項に適用すると、

$$ s_{\text{PM}}(t) \approx A_c \cos(2\pi f_c t) – \frac{A_c h}{2}\sin\!\left[2\pi(f_c + f_m)t\right] + \frac{A_c h}{2}\sin\!\left[2\pi(f_c – f_m)t\right] $$

$-\sin\theta = \cos(\theta + \pi/2)$ を使って余弦に統一すると、

$$ \boxed{ s_{\text{NBPM}}(t) \approx A_c \cos(2\pi f_c t) + \frac{A_c h}{2}\cos\!\left[2\pi(f_c + f_m)t + \frac{\pi}{2}\right] + \frac{A_c h}{2}\cos\!\left[2\pi(f_c – f_m)t – \frac{\pi}{2}\right] } $$

AM変調との比較

AM変調の正弦波変調信号は次のように書けます。

$$ s_{\text{AM}}(t) = A_c \cos(2\pi f_c t) + \frac{mA_c}{2}\cos\!\left[2\pi(f_c + f_m)t\right] + \frac{mA_c}{2}\cos\!\left[2\pi(f_c – f_m)t\right] $$

NBPMとAMを比較すると、どちらも搬送波 $f_c$ と上下側帯波 $f_c \pm f_m$ の3成分で構成されています。大きな違いは側帯波の位相です。

  • AM: 両側帯波は搬送波と同位相(振幅方向に変動)
  • NBPM: 側帯波は搬送波に対して $\pm\pi/2$ の位相差(位相方向に変動)

フェーザ図で見ると、AM では側帯波の合成ベクトルが搬送波と同じ方向に伸び縮みするため振幅が変化します。一方、NBPM では側帯波の合成ベクトルが搬送波に対して直角方向を向くため、合成ベクトルの角度(位相)が変化します。これはまさに位相変調が行われていることの幾何学的な表現です。

実際に描いてみましょう。搬送波を実軸方向の長さ1のベクトルとし、その先端に上側帯波($f_c+f_m$)と下側帯波($f_c-f_m$)のベクトルを継ぎ足します。上側帯波は搬送波より速く回るので偏角 $+\phi$($\phi = 2\pi f_m t$)、下側帯波は遅く回るので $-\phi$ の位置にあります。

AMと狭帯域PMのフェーザ図:側帯波の向きの違い

左のAM(変調度 $m=0.6$、$\phi=35°$)では、2本の側帯波ベクトルの縦成分が打ち消し合い、合成ベクトルは長さ 1.491・偏角 0.0 度——完全に実軸上に留まります。長さだけが変わり向きは変わりません。右のNBPM($h=0.6$)では側帯波が両方 $+90$ 度回っているため、縦成分が足し合わさり、合成ベクトルは長さ 1.114・偏角 26.2 度と傾きます。同じ「搬送波+2本の側帯波」という部品から、側帯波の向きを90度変えるだけでAMがPMに化けるわけです。

ただし右の図の合成ベクトルは長さが 1.114 と、1 から 11% ずれています。狭帯域近似は $h \ll 1$ で成り立つ近似だからです。$h$ を小さくすると次のように急速に理想に近づきます。

$h$ [rad] 合成ベクトルの長さ(理想1) 偏角の誤差
0.6 1.1143 7.05%
0.3 1.0298 1.94%
0.1 1.0033 0.22%

$h$ を半分にすると長さのずれは約1/4、偏角の誤差も約1/4になります。これは近似の誤差が $h^2$ のオーダーであることを示しており、$h = 0.1$ rad 程度の狭帯域PM変調器なら実用上まったく問題にならないことが分かります。アームストロング方式が最初の段で $h \approx 0.1$ を使う理由はここにあります。

なお、狭帯域FM(NBFM)でも同様の3成分構造が現れますが、側帯波の位相関係が NBPM とは異なります。NBFM では $\sin$ の入力が $\sin(2\pi f_m t)$(PM では $\cos(2\pi f_m t)$)であるため、側帯波の符号パターンが変わります。

ここまでで狭帯域近似を使った直感的な理解が得られました。しかし、変調指数が大きい場合にはこの近似は使えません。一般的なスペクトルを求めるために、ベッセル関数の力を借りましょう。

ベッセル関数によるスペクトル展開

複素表現への変換

PM変調信号のスペクトルを厳密に求めるために、複素指数表現を用います。

$$ s_{\text{PM}}(t) = A_c \, \text{Re}\!\left[ e^{j(2\pi f_c t + h\cos(2\pi f_m t))} \right] = A_c \, \text{Re}\!\left[ e^{j2\pi f_c t} \cdot e^{jh\cos(2\pi f_m t)} \right] $$

スペクトル構造を決める核心は $e^{jh\cos(2\pi f_m t)}$ の展開です。

ヤコビ-アンガー展開(余弦バージョン)

FM変調の記事では $e^{j\beta \sin\phi}$ のヤコビ-アンガー展開を用いました。PM変調では引数が $\cos$ なので、対応する展開を使います。

$\cos\phi = \sin(\phi + \pi/2)$ ですから、$\psi = \phi + \pi/2$ とおくと、

$$ e^{jh\cos\phi} = e^{jh\sin\psi} = \sum_{n=-\infty}^{\infty} J_n(h) \, e^{jn\psi} = \sum_{n=-\infty}^{\infty} J_n(h) \, e^{jn(\phi + \pi/2)} $$

$e^{jn\pi/2} = j^n$ を用いると、

$$ \boxed{ e^{jh\cos\phi} = \sum_{n=-\infty}^{\infty} j^n \, J_n(h) \, e^{jn\phi} } $$

FM変調の場合と比較すると、各フーリエ係数に $j^n$ という位相因子が余分に掛かっていることがわかります。これがPMとFMのスペクトルの違いを生む根源です。

PM信号のスペクトル表現

$\phi = 2\pi f_m t$ を代入してPM信号を展開します。

$$ s_{\text{PM}}(t) = A_c \, \text{Re}\!\left[ e^{j2\pi f_c t} \sum_{n=-\infty}^{\infty} j^n \, J_n(h) \, e^{jn \cdot 2\pi f_m t} \right] $$

実部を取ると、

$$ s_{\text{PM}}(t) = A_c \sum_{n=-\infty}^{\infty} J_n(h) \cos\!\left[ 2\pi(f_c + nf_m)t + \frac{n\pi}{2} \right] $$

これがPM信号のスペクトル展開の最終結果です。枠で囲んでまとめます。

$$ \boxed{ s_{\text{PM}}(t) = A_c \sum_{n=-\infty}^{\infty} J_n(h) \cos\!\left[ 2\pi(f_c + nf_m)t + \frac{n\pi}{2} \right] } $$

FM信号のスペクトルとの比較

FM信号のスペクトル表現は(FM変調の記事参照)、

$$ s_{\text{FM}}(t) = A_c \sum_{n=-\infty}^{\infty} J_n(\beta) \cos\!\left[ 2\pi(f_c + nf_m)t \right] $$

両者を比較すると次のことがわかります。

  1. スペクトル線の位置: どちらも $f = f_c + nf_m$($n = 0, \pm 1, \pm 2, \ldots$)で同じ
  2. スペクトル線の振幅: PM は $|A_c J_n(h)|$、FM は $|A_c J_n(\beta)|$ で、変調指数の値が同じなら振幅の絶対値も同じ
  3. スペクトル線の位相: PM では各スペクトル線に $n\pi/2$ の追加位相がある。FM にはこれがない

つまり、PM と FM は振幅スペクトルは同じ形ですが、位相スペクトルが異なります。パワースペクトル(振幅の2乗)を見る限り、変調指数が同じであれば PM と FM の区別はつきません。

ベッセル関数の性質の復習

第1種ベッセル関数 $J_n(h)$ の重要な性質を確認しておきます。

対称性: $J_{-n}(h) = (-1)^n J_n(h)$

エネルギー保存: $\sum_{n=-\infty}^{\infty} J_n^2(h) = 1$

この第2の性質は、PM信号の全電力が $A_c^2/2$ で一定であることを保証します。変調指数 $h$ を変えても信号の全電力は変わらず、スペクトル成分間のエネルギー配分が変化するだけです。これは角度変調の重要な特徴であり、AM変調とは本質的に異なる点です。AM変調では変調度を上げると全電力が増加しますが、角度変調では電力は常に一定で、スペクトルが広がるだけです。

小引数近似($h \ll 1$):

$$ J_0(h) \approx 1, \quad J_1(h) \approx \frac{h}{2}, \quad J_n(h) \approx 0 \quad (|n| \geq 2) $$

この近似を使うと、先ほど導いた狭帯域角度変調(NBPM)の結果が再現されます。$n = 0, \pm 1$ のみを残せば搬送波と1次側帯波だけが残り、3成分のNBPM信号になります。

これらの性質をグラフで確認しましょう。

第1種ベッセル関数J_n(h)のグラフと全電力が一定であることの確認

左図で最も目を引くのは、搬送波の振幅を与える $J_0(h)$(一番濃い曲線)が $h$ の増加とともに振動しながら減衰し、何度もゼロを横切ることです。ゼロ点の位置は実測で $h = 2.4048,\ 5.5201,\ 8.6537$——つまり変調指数をこれらの値に選ぶと搬送波成分が完全に消滅します。また高次のベッセル関数 $J_n(h)$ は $h < n$ の領域でほぼゼロに張り付いており、「変調指数より高い次数の側帯波はほとんど出ない」という帯域幅の目安がここから読めます。

右図は $\sum_n J_n^2(h)$ を $h$ の関数として計算したもので、$h$ を 0 から 12 まで動かしても値は 1 のまま、1 からのずれは最大 $1.33 \times 10^{-15}$(倍精度浮動小数点の丸め誤差そのもの)でした。変調指数をどれだけ上げても全電力は増えず、単に配分が変わるだけであることが数値的に確認できます。

代表的な変調指数でのベッセル関数の値を表にまとめます。

$h$ [rad] $J_0$ $J_1$ $J_2$ $J_3$ $J_4$
0.5 $+0.9385$ $+0.2423$ $+0.0306$ $+0.0026$ $+0.0002$
1.0 $+0.7652$ $+0.4401$ $+0.1149$ $+0.0196$ $+0.0025$
2.0 $+0.2239$ $+0.5767$ $+0.3528$ $+0.1289$ $+0.0340$
2.4048 $+0.0000$ $+0.5192$ $+0.4318$ $+0.1990$ $+0.0647$
3.0 $-0.2601$ $+0.3391$ $+0.4861$ $+0.3091$ $+0.1320$
5.0 $-0.1776$ $-0.3276$ $+0.0466$ $+0.3648$ $+0.3912$

$h=2$ の行を見ると、1次側帯波 $J_1 = 0.5767$ が搬送波 $J_0 = 0.2239$ よりも大きくなっています。$h=3$ では $J_0$ の符号が負に転じ、$h=5$ では $J_3, J_4$ が最大成分になります。「搬送波が一番大きい」という AM の常識は角度変調では成り立ちません。

FFTで実測する — 搬送波が消える瞬間

理論式が正しいことを、実際に波形を作ってFFTにかけて確認します。$f_c = 5000$ Hz、$f_m = 500$ Hz として、$h$ を 0.5、2.0、2.4048、5.0 と変えたPM信号のスペクトルを求め、$|J_n(h)|$ の理論値(赤い丸)を重ねます。

変調指数を変えたPM信号のFFTスペクトルとベッセル関数の理論値の比較

4枚すべてで、FFTのスペクトル線の高さが理論値の丸の位置にぴったり収まっています。実測と理論の最大差は $h=0.5$ で $2.2\times10^{-14}$、$h=2.0$ で $1.9\times10^{-9}$、$h=5.0$ で $7.6\times10^{-5}$ でした($h$ が大きいほど有限区間の打ち切りの影響がわずかに出ます)。スペクトル線が $f_c \pm nf_m = 5000 \pm 500n$ Hz にきれいに並ぶことも確認できます。

そして左下、$h = 2.4048$ のパネルが本節の目玉です。搬送波(5000 Hz)の位置だけスペクトル線が消えており、その振幅は実測 0.000013——他の側帯波が 0.5 前後あるなかで4桁以上小さい、実質ゼロです。$J_0$ の第1ゼロ点で搬送波電力が完全に側帯波へ移り替わったことを、シミュレーションが再現しています。

この現象は実務でも使われます。スペクトラムアナライザで搬送波を観測しながら変調度を上げていき、搬送波が消えた点を探せば、そのときの変調指数が $2.4048$ rad であることが分かります。逆算すれば変調器の位相感度 $k_p$ を校正できるわけです(ベッセルゼロ法と呼ばれます)。AM変調では搬送波が消えることは決してないので、これは角度変調特有の測定法です。

スペクトルの構造が明らかになったところで、次に実用上重要な帯域幅の問題を考えましょう。

カーソンの帯域幅則 — PM版

FM版の帯域幅則との関係

FM変調のカーソンの帯域幅則は次のようでした。

$$ B_{\text{FM}} \approx 2(\Delta f + f_m) = 2f_m(\beta + 1) $$

PM変調でも同様の議論が適用できます。PM信号のスペクトル構造は FM と同じ形なので、有意なスペクトル線の数も変調指数 $h$ で決まり、$\pm(h + 1)$ 次程度の側帯波が有意であると見なせます。

PM版カーソンの帯域幅則の導出

PM信号の帯域幅は、有意な側帯波の次数が $\pm(h+1)$ 程度であることから、

$$ B_{\text{PM}} \approx 2(h + 1)f_m $$

ここで $h = \Delta\phi$ は最大位相偏移です。また、PM信号の最大周波数偏移が $\Delta f_{\text{PM}} = h f_m$ であることを使うと、

$$ B_{\text{PM}} \approx 2(h + 1)f_m = 2(hf_m + f_m) = 2(\Delta f_{\text{PM}} + f_m) $$

$\Delta f_{\text{PM}} = hf_m$ を用いて整理すると、PM版カーソンの帯域幅則が得られます。

$$ \boxed{ B_{\text{PM}} \approx 2(\Delta f_{\text{PM}} + f_m) = 2f_m(h + 1) } $$

形式的にはFMのカーソンの帯域幅則と全く同じ形ですが、変調指数の意味が異なることに注意してください。

「$h+1$ 次まで」は本当か — 実測で検証する

カーソンの帯域幅則は $\pm(h+1)$ 次までの側帯波を数えるという経験的な規則です。どれくらい正確なのでしょうか。$f_m = 500$ Hz として $h$ を 0.2 から 20 まで振り、FFTで求めたスペクトルの電力を搬送波から左右対称に足し上げて、全電力の99%が収まる帯域を実測しました。

カーソンの帯域幅則と実測の99%電力帯域の比較

左図で、カーソン則(丸)と実測の99%帯域(四角)はほぼ重なっています。右図の比を見ると、$h = 1$ から $h = 8$ の範囲で 99%帯域 / カーソン則がちょうど $1.000$ となり、カーソン則が99%電力の目安として極めてよく当たっていることが分かります。数値を表にします。

$h$ [rad] カーソン則 $2(h+1)f_m$ 実測99%帯域 比 実測99.9%帯域 比
0.2 1200 Hz 1000 Hz 0.833 1000 Hz 0.833
0.5 1500 Hz 1000 Hz 0.667 2000 Hz 1.333
1.0 2000 Hz 2000 Hz 1.000 2000 Hz 1.000
2.0 3000 Hz 3000 Hz 1.000 4000 Hz 1.333
3.0 4000 Hz 4000 Hz 1.000 5000 Hz 1.250
5.0 6000 Hz 6000 Hz 1.000 7000 Hz 1.167
8.0 9000 Hz 9000 Hz 1.000 11000 Hz 1.222
12.0 13000 Hz 14000 Hz 1.077 15000 Hz 1.154
20.0 21000 Hz 22000 Hz 1.048 24000 Hz 1.143

この表から3点が読み取れます。第一に、$1 \le h \le 8$ ではカーソン則が99%帯域を正確に言い当てています。第二に、$h \ll 1$($h=0.2, 0.5$)ではカーソン則が実測より広い値を返します。狭帯域では実際には搬送波と1次側帯波の3本(帯域 $2f_m$)でほぼ全電力ですが、カーソン則は $2(h+1)f_m$ という下限 $2f_m$ を持つため、安全側に多めに見積もる形になります。第三に、$h$ が大きい領域(12以上)ではカーソン則が実測を数%だけ下回ります。カーソン則は「安全な設計の目安」であって厳密な境界ではない——ただし99.9%まで拾おうとしてもカーソン則の1.15〜1.33倍で足りる、というのが実測から見える姿です。

PM特有の帯域幅特性

ここで PM 変調の特有の性質が現れます。FM変調では $\Delta f = k_f A_m$ が $f_m$ に依存しないため、帯域幅は $B_{\text{FM}} = 2(k_f A_m + f_m)$ となります。

一方、PM変調では $\Delta f_{\text{PM}} = h f_m = k_p A_m f_m$ なので、

$$ B_{\text{PM}} = 2(k_p A_m f_m + f_m) = 2f_m(k_p A_m + 1) $$

つまり、PM変調の帯域幅は変調信号の周波数 $f_m$ に比例します。変調信号の周波数が高くなると帯域幅も比例して広がります。FM変調では低周波成分ほど大きな周波数偏移を生みますが、PM変調では高周波成分ほど大きな帯域幅を必要とします。

この性質は音声信号のように広い帯域にわたるベースバンド信号を扱う際に重要になります。音声信号には低域から高域まで様々な周波数成分が含まれますが、PM変調ではその中の高域成分が帯域幅を支配します。

ここまでで PM 信号のスペクトルと帯域幅の理論が整いました。次に、PM変調が実用でどのように使われるか——特に間接FM方式について詳しく見ていきましょう。

間接FM方式とアームストロング変調器

直接FM方式の課題

FM変調を実現する最も素朴な方法は、VCO(Voltage-Controlled Oscillator: 電圧制御発振器)を使うことです。VCOの入力電圧をベースバンド信号で変化させれば、出力周波数がそれに応じて変わり、FM信号が得られます。これを直接FM方式と呼びます。

しかし、直接FM方式には周波数安定度の問題があります。VCOの自走発振周波数は温度変動や電源変動の影響を受けやすく、長時間にわたって搬送波周波数を安定に保つことが困難です。FMラジオ放送のように搬送波周波数の精度が厳しく規定されている用途では、これは深刻な問題です。

間接FM方式の着想

ここで、PM変調とFM変調の微分・積分関係が活きてきます。PM変調器は水晶発振器の安定した搬送波に対して位相変調をかけるため、搬送波の周波数安定度は水晶発振器で決まり、非常に高い精度が得られます。

PM変調器にベースバンド信号を積分してから入力すれば、出力は FM 信号になります。具体的に式で確認しましょう。

ベースバンド信号 $x(t)$ の積分を $y(t) = \int_{-\infty}^{t} x(\tau) d\tau$ とします。これをPM変調器に入力すると、

$$ s(t) = A_c \cos\!\left[2\pi f_c t + k_p \, y(t)\right] = A_c \cos\!\left[2\pi f_c t + k_p \int_{-\infty}^{t} x(\tau) d\tau\right] $$

$k_p = 2\pi k_f$ とおけば、これはFM変調信号 $s_{\text{FM}}(t)$ そのものです。このように、PM変調器を核として FM 信号を生成する方式を間接FM方式と呼びます。

アームストロング変調器

1933年にエドウィン・アームストロング(Edwin H. Armstrong)が考案した間接FM送信機は、以下の構成を持ちます。全体像を先に見ておきましょう。

アームストロング間接FM方式のブロック図と逓倍による変調指数拡大

左のブロック図が信号の流れです。ベースバンド信号はまず積分器を通り、水晶発振器の搬送波に対して狭帯域PM変調($h \approx 0.1$)がかけられます。この段階で出力は既にFM信号ですが、変調指数が小さすぎて実用になりません。そこを逓倍器とミキサで引き上げていくのがこの方式の核心です。右のグラフは逓倍の効果を示しており、$h=0.1$ のときは搬送波($n=0$)と1次側帯波の3本だけだったスペクトルが、50逓倍して $h=5$ になると振幅0.01を超える側帯波が17本に増えています。狭い帯域しか占めていなかった信号が、広帯域FM信号へと育つ様子が見えます。

ポイントは、逓倍しても搬送波周波数の相対的な安定度は劣化しないことです。水晶発振器の周波数偏差が $10^{-6}$ なら、50逓倍しても偏差は $10^{-6}$ のままです(絶対値は50倍になりますが、比率は保たれます)。VCOで直接FMをかける場合の温度ドリフトとは比較になりません。

ステップ1: ベースバンド信号の積分

音声信号 $x(t)$ を積分回路(ローパスフィルタで近似可能)に通し、$y(t) = \int x(\tau) d\tau$ を得ます。

ステップ2: 狭帯域PM変調(NBPM)

水晶発振器の安定した搬送波を用いて、$y(t)$ で狭帯域PM変調をかけます。狭帯域にする理由は、広帯域PM変調では歪みが生じやすいためです。NBPM変調器は比較的単純な回路で実現でき、平衡変調器(balanced modulator)を使って側帯波を生成し、搬送波と合成する方式が一般的です。

この段階での変調指数は小さく($h \ll 1$)、帯域幅も狭い NBFM 信号が得られます。

ステップ3: 逓倍器による変調指数の拡大

NBFM信号の変調指数を広帯域FM(WBFM)レベルまで拡大するために、周波数逓倍器(frequency multiplier)を使います。

周波数逓倍器は非線形素子を使って入力信号の $n$ 倍の周波数成分を取り出す回路です。$n$ 逓倍すると、瞬時位相が丸ごと $n$ 倍されるため、搬送波周波数は $nf_c$ に、変調指数は $nh$ に、周波数偏移は $n \cdot \Delta f$ になります。

$$ s_{\text{out}}(t) = A_c \cos\!\left[n \cdot 2\pi f_c t + nh\sin(2\pi f_m t)\right] $$

例えば、元の変調指数が $h = 0.1$ rad で $n = 50$ 倍の逓倍を行えば、$nh = 5$ rad の広帯域FM信号が得られます。

ステップ4: 周波数変換(必要に応じて)

ここで設計上の悩みが生まれます。逓倍は搬送波周波数と周波数偏移を同じ倍率で拡大してしまうため、「搬送波は 100 MHz にしたいが偏移は 75 kHz に留めたい」という要求を逓倍だけでは満たせません。そこでミキサ(周波数変換器)を途中に挿入します。ミキサは周波数軸上で信号を平行移動させるだけで、周波数偏移は変えません。逓倍器(両方を掛け算する)とミキサ(搬送波だけを足し引きする)を組み合わせることで、搬送波周波数と変調指数を独立に設計できます。

アームストロング変調器の設計例

具体的な数値で設計例を見てみましょう。

目標: FMラジオ放送($f_c = 100$ MHz, $\Delta f = 75$ kHz、最高変調周波数 $f_m = 15$ kHz)

まず総逓倍数が決まります。最終的に必要な周波数偏移が 75 kHz なので、初段の偏移を $\Delta f_1$ とすれば総逓倍数は $N = 75000/\Delta f_1$ です。狭帯域PM変調器を線形領域で使うため $\Delta f_1$ は小さく取り、$\Delta f_1 = 25$ Hz とします。すると $N = 3000$ です。これを $60 \times 50$ に分解し、間にミキサを挟みます。

段 搬送波周波数 周波数偏移
① 水晶発振器 + 積分器 + NBPM変調器 0.2000 MHz 0.025 kHz
② 第1逓倍器($n_1 = 60$) 12.0000 MHz 1.500 kHz
③ ミキサ($f_{\text{LO}} = 10$ MHz と混合、差をとる) 2.0000 MHz 1.500 kHz
④ 第2逓倍器($n_2 = 50$) 100.0000 MHz 75.000 kHz

最終段で搬送波 100.0000 MHz、周波数偏移 75.000 kHz が得られ、$f_m = 15$ kHz に対する変調指数は $\beta = 75/15 = 5.0$ となって、FM放送の規格どおりの広帯域FM信号になりました。②と③を比べると、ミキサが搬送波周波数だけを 12 MHz から 2 MHz に落とし、偏移 1.500 kHz には手を付けていないことが分かります。この「偏移を保ったまま搬送波だけ動かす」操作があるおかげで、④の逓倍で偏移を狙った値に着地させられるのです。

初段のNBPM変調器が扱う最大位相偏移は $\Delta\phi = \Delta f_1 / f_{m,\min}$ で決まります。変調信号の最低周波数を 100 Hz とすると $\Delta\phi = 25/100 = 0.25$ rad となり、前節のフェーザ図で見た通り誤差1〜2%程度の狭帯域領域に収まります。ここを欲張って $\Delta f_1$ を大きくすると、初段の位相偏移が大きくなって狭帯域近似が崩れ、歪みが発生します。「初段は徹底的に浅く変調し、後段の逓倍で稼ぐ」というのがアームストロング方式の設計思想です。

ここまでで間接FM方式の原理と実装を理解しました。次に、PM/FM信号を受信側で復調する方法を見ていきましょう。

PM/FM復調の原理

FM復調 — 周波数弁別器

FM信号の復調(検波)は、瞬時周波数を振幅に変換することで実現します。基本的な方法は周波数弁別器(Frequency Discriminator)です。

FM信号を時間微分すると、

$$ \frac{d}{dt}s_{\text{FM}}(t) = -A_c\left[2\pi f_c + 2\pi k_f x(t)\right] \sin\!\left[\theta_{\text{FM}}(t)\right] $$

この信号の包絡線は $A_c |2\pi f_c + 2\pi k_f x(t)|$ であり、瞬時周波数に比例しています。$|k_f x(t)| \ll f_c$ であれば、包絡線から直流成分 $2\pi A_c f_c$ を除去するだけでベースバンド信号 $x(t)$ が復元できます。

実際の周波数弁別器は、微分器の代わりに傾斜検波回路(スロープ検波)やフォスター・シーリー検波器、比検波器などが使われます。

PM復調 — 位相比較器

PM信号の復調は、搬送波と信号の位相差を検出することで実現します。受信側で搬送波と同じ周波数のローカル信号 $\cos(2\pi f_c t)$ を用意し、受信信号との位相差を取り出します。

受信PM信号 $s_{\text{PM}}(t) = A_c \cos[2\pi f_c t + k_p x(t)]$ とローカル信号 $\cos(2\pi f_c t)$ を乗算すると、

$$ s_{\text{PM}}(t) \cdot \cos(2\pi f_c t) = \frac{A_c}{2}\cos\!\left[k_p x(t)\right] + \frac{A_c}{2}\cos\!\left[4\pi f_c t + k_p x(t)\right] $$

ここで積和の公式 $\cos\alpha\cos\beta = \frac{1}{2}[\cos(\alpha – \beta) + \cos(\alpha + \beta)]$ を用いました。低域通過フィルタで第2項($2f_c$ 付近の高周波成分)を除去すると、

$$ v(t) = \frac{A_c}{2}\cos\!\left[k_p x(t)\right] $$

$k_p x(t) \ll 1$(狭帯域の場合)なら $\cos[k_p x(t)] \approx 1 – \frac{[k_p x(t)]^2}{2}$ となり、線形復調は困難です。これでは信号成分が2乗になってしまい、歪みが生じます。

PLL(位相同期回路)によるPM復調

より実用的なPM復調にはPLL(Phase-Locked Loop: 位相同期回路) が用いられます。

PLLは、位相比較器・ループフィルタ・VCOから構成されるフィードバック系です。VCOの出力位相が入力信号の位相に追従するように動作します。PLLがロック状態にあるとき、ループフィルタの出力電圧は入力信号の位相偏移 $k_p x(t)$ に比例します。

PLLの基本動作を数式で追ってみましょう。位相比較器の出力は入力と VCO 出力の位相差に比例し、

$$ e(t) = K_d \left[\theta_{\text{in}}(t) – \theta_{\text{VCO}}(t)\right] $$

ここで $K_d$ は位相比較器のゲイン、$\theta_{\text{in}}(t) = 2\pi f_c t + k_p x(t)$、$\theta_{\text{VCO}}(t)$ は VCO の出力位相です。ループフィルタを通してVCOを制御するフィードバックにより、$\theta_{\text{VCO}}(t) \to \theta_{\text{in}}(t)$ に追従し、ループフィルタの出力が $k_p x(t)$ に比例する信号を与えます。

PLLは線形な復調が可能であり、広帯域PM信号にも対応できる点が大きな利点です。

FM復調にもPLLが使える

PLLはFM復調にも使えます。FM信号の場合、PLLがロック状態にあるとき VCO の制御電圧は入力信号の瞬時周波数偏移に比例します。VCOの制御電圧を取り出せば、それがベースバンド信号 $x(t)$ に比例した復調出力です。

$$ v_{\text{VCO}}(t) \propto f_i(t) – f_c = k_f x(t) $$

PLLによるFM復調は、従来の周波数弁別器に比べて雑音特性が優れており、現代の通信システムで広く使われています。

ここまでで PM/FM 復調の原理を理解しました。次に、角度変調の最大の実用的メリット——雑音への強さを定量的に確かめましょう。

なぜ角度変調は雑音に強いのか

AMラジオは雷が鳴るとバリバリと雑音が入りますが、FMラジオは同じ状況でも比較的静かです。この違いはどこから来るのでしょうか。

答えは前半で見た「複素包絡線が円周上しか動かない」という性質にあります。PM/FM信号の情報は角度にあり、振幅には何の情報もありません。ということは、受信波の振幅がどう暴れていようと、それは全部雑音だと決めつけて捨ててよいのです。この「捨てる」処理を行う回路が振幅制限器(リミッタ)です。

振幅制限器で振幅雑音を捨てる

リミッタは入力波形を上下から強く飽和させ、振幅を一定に揃えます。信号の情報はゼロクロス点の位置(=位相)にあるので、高さを潰しても情報は失われません。

振幅制限器の効果とAM・PM・FMの復調後S/N比較

左図の赤い波形が雑音の乗った受信波で、山の高さがバラバラに暴れています。青い波形はこれをリミッタに通した出力で、高さが $\pm 1$ に揃っています。重要なのは、青い波形のゼロクロス位置が赤い波形とほぼ同じままであることです。振幅方向の雑音だけが除去され、位相情報は保たれています。AM の包絡線検波器なら、この赤い波形の高さの暴れが全部そのまま復調出力の雑音になってしまいます。

復調後のS/Nを実測で比較する

もう一歩踏み込んで、同じ受信条件で AM・PM・FM の復調後S/Nを比べてみましょう。実験条件は次の通りです。変調信号は $f_m = 1$ kHz の正弦波、角度変調の変調指数は $h = \beta = 3$、AM は変調度 $m = 1$ とし、送信電力は3方式で同じに揃えます。受信機のIFフィルタ帯域は各方式のカーソン則で決め、AM は $2f_m = 2.0$ kHz、角度変調は $2(h+1)f_m = 8.0$ kHz としました。この帯域内の雑音電力に対する搬送波電力の比を C/N と定義し、復調後のS/Nを5試行の平均で測定します。

右図がその結果です。C/N が 10 dB 以上の領域では、PM と FM の曲線が AM より明確に上にあります。数値を抜き出すと次のようになりました。

受信 C/N AM(包絡線検波) PM(位相検波) FM(周波数検波)
10 dB 9.7 dB 24.3 dB 26.9 dB
20 dB 19.9 dB 34.0 dB 36.8 dB
30 dB 28.7 dB 44.9 dB 45.7 dB

C/N = 20 dB のとき、PM は AM より 14.2 dB も高いS/Nを実現しています。電力比にすれば約26倍です。この利得の出どころは2つあります。第一が振幅雑音を捨てられること、第二が帯域を広げた見返りです。角度変調は AM の4倍の帯域(8 kHz 対 2 kHz)を使っており、変調指数を上げてより広い帯域を占有するほど復調後S/Nが改善する——これは「帯域と S/N の交換」と呼ばれる角度変調の本質的な性質です。

同時に見逃せないのが、右図の低C/N領域です。C/N が 6 dB を下回ると PM と FM の曲線が急激に崩れ、C/N = 4 dB では PM のS/Nは 1.4 dB まで落ちて AM(3.4 dB)を下回ってしまいます。これがしきい値効果(threshold effect)です。雑音が大きくなると受信ベクトルが原点付近を通過して位相が $2\pi$ 飛び(サイクルスリップ)を起こし、位相の推定が破綻します。角度変調は「電波が十分届いていれば AM より圧倒的に良いが、届かなくなると一気にダメになる」という性格を持っています。FM放送のサービスエリア境界で音が急に途切れるのは、この効果の現れです。

PMとFMの雑音特性の違い — 三角雑音

PM と FM は振幅スペクトルが同じでしたが、雑音特性は同じではありません。ここに両者の実用上の違いが現れます。

無変調の搬送波に白色雑音を加え、それを位相検波器(PM受信機)と周波数検波器(FM受信機)に通して、出力に現れる雑音の電力スペクトル密度を測ってみます。

PMの平坦な出力雑音とFMの三角雑音、プリエンファシスの周波数特性

左図が測定結果です。PM(位相検波)の出力雑音は周波数によらず平坦で、実測の傾きは $+0.04$ dB/decade——ほぼゼロです。一方 FM(周波数検波)の出力雑音は高域に向かって上昇し、実測の傾きは $+19.98$ dB/decade でした。これは電力密度が周波数の2乗に比例する($20$ dB/decade)ことを意味します。実際、1.5 kHz と 15 kHz の雑音電力密度の比を測ると、FM では $+19.86$ dB(約100倍)、PM では $+0.02$ dB(変化なし)でした。

理由は単純です。周波数検波器は位相を微分する回路であり、微分は周波数領域で $j2\pi f$ を掛けることに相当します。したがって雑音の電力密度は $f^2$ 倍され、振幅スペクトルで見ると周波数に比例した三角形になります。これが三角雑音(triangular noise)と呼ばれる現象です。PM の位相検波器は微分を含まないので、この増幅が起こりません。

音声信号は一般に高域のパワーが小さいので、FMでは「信号が小さい高域に雑音が集中する」という最悪の組み合わせになります。

プリエンファシスは「高域だけPMにする」処理

この問題への対策がプリエンファシス/デエンファシスです。送信側で高域を持ち上げてから変調し、受信側で同じ量だけ下げます。信号は元に戻り、受信側で下げた分だけ高域の雑音が減ります。

FM放送では時定数 75 μs(日本・米国)のCR回路が使われ、コーナー周波数は次のようになります。

$$ f_1 = \frac{1}{2\pi \tau} = \frac{1}{2\pi \times 75 \times 10^{-6}} = 2122.1\ \text{Hz} $$

右図がその周波数特性です。プリエンファシス(上昇する曲線)は $f_1 = 2.12$ kHz から立ち上がり、15 kHz では約 $+17$ dB になります。デエンファシス(下降する曲線)はその逆特性で、2つを掛け合わせると平坦(0 dB)に戻ります。15 kHz 付近では約 17 dB の雑音低減が得られ、三角雑音の $+19.9$ dB の悪化をほぼ打ち消せる計算です。

ここで面白い見方ができます。「高域を $f$ に比例して持ち上げてからFM変調する」という操作は、$f$ に比例した重みを掛けてから積分するので、高域については積分が打ち消され——つまり高域だけPM変調になっているのです。プリエンファシス付きFMは、低域はFM・高域はPMという合成方式だと解釈できます。PM の出力雑音がもともと平坦だったことを思い出せば、なぜプリエンファシスが三角雑音を打ち消せるのかが腑に落ちます。

雑音の観点から見ると、PM は「最初からプリエンファシスがかかったFM」であり、FM は「デエンファシスがかかったPM」です。両者を微分・積分で結ぶ関係が、周波数特性の言葉に翻訳された形になっています。

ここまでで、PM の理論と雑音特性が揃いました。最後に、この連続的な位相変調が現代のディジタル通信にどうつながるかを見ておきましょう。

PMからPSKへ — ディジタル位相変調への橋渡し

PM変調の定義式をもう一度見てください。

$$ s_{\text{PM}}(t) = A_c \cos\!\left[2\pi f_c t + k_p x(t)\right] $$

ここで $x(t)$ を連続的な音声信号ではなく、$\pm 1$ の2値しか取らない矩形波(ディジタルデータのNRZ波形)に置き換えてみましょう。すると位相は2つの値しか取らなくなります。$k_p = \pi/2$ とすれば位相は $\pm\pi/2$ の2値になり、2つの状態の位相差はちょうど $\pi$(180度)です。これが BPSK(Binary Phase Shift Keying: 2位相偏移変調)です。

連続的な位相変調を2値に離散化するとBPSKになることの図解

上段が2値に離散化した変調信号、中段がそれによって生じる位相($\pm\pi/2$ の2状態のみ)、下段が実際の搬送波波形です。ビットが切り替わる瞬間(赤い破線)で波形が反転していることに注目してください。位相が180度飛ぶので、$\cos$ が $-\cos$ に変わる——これが「位相反転」の見た目です。右のI-Q平面が両者の関係を最も端的に表しています。連続PM(赤い円弧)は円周上を滑らかに往復しますが、BPSK(青い2点)はその円周上の2点だけを飛び移り、QPSK(橙の4点)は4点を飛び移ります。

つまり PSK は「PM の位相を離散化したもの」 です。位相を4値にすれば QPSK、8値にすれば 8PSK、そして振幅も同時に動かせば QAM になります。位相変調の理論として本記事で扱った道具は、そのままディジタル通信で使えます。

  • 変調指数の代わりに位相状態数を考える
  • カーソンの帯域幅則の代わりにシンボルレートと帯域の関係(ナイキスト帯域)を考える
  • 位相検波器・PLL はキャリア同期回路としてそのまま使われる
  • しきい値効果はビット誤り率(BER)曲線の急峻な立ち上がりとして現れる

逆に言えば、連続的なPM変調を理解しておくと、PSK の各要素が「なぜそうなっているのか」を根本から説明できるようになります。位相変調は古い技術ではなく、現代のディジタル通信の土台そのものなのです。

ここまでで、位相変調をアナログからディジタルまで一本の線で辿ってきました。最後に本記事の要点を整理しておきましょう。

まとめ

本記事では、PM変調(位相変調)の理論を体系的に解説しました。

  • 角度変調の統一的枠組み: PM変調とFM変調は、搬送波の「位相」と「周波数」のどちらに情報を載せるかの違いであり、両者を合わせて角度変調と呼びます。搬送波の振幅は一定に保たれるため、振幅雑音に強い特徴があります。

  • PM変調の定義: PM変調信号は $s(t) = A_c\cos[2\pi f_c t + k_p x(t)]$ で定義され、ベースバンド信号が搬送波の位相に直接加わります。PM変調指数 $h = k_p A_m$ は変調信号の周波数に依存しない点が、FM変調指数 $\beta = \Delta f / f_m$ との大きな違いです。

  • PMとFMの微分・積分関係: PM変調器に入力を積分すればFM信号が、FM変調器に入力を微分すればPM信号が得られます。この関係がアームストロング間接FM方式の理論的基盤です。

  • ベッセル関数スペクトル: PM信号のスペクトルは $f_c + nf_m$ に離散スペクトル線を持ち、振幅は $|J_n(h)|$ で与えられます。FM信号との違いは各スペクトル線の位相($n\pi/2$ の追加位相)のみで、パワースペクトルは同一です。

  • カーソンの帯域幅則(PM版): $B_{\text{PM}} \approx 2(h+1)f_m$ であり、PM変調では帯域幅が変調信号の周波数に比例して広がる高域強調特性を持ちます。

  • 間接FM方式: 水晶発振器の安定度を活かしつつ、PM変調器+積分器の構成で高品質なFM信号を生成するアームストロング方式は、FM放送の実用化に大きく貢献しました。

  • 雑音特性: 角度変調は振幅制限器で振幅雑音を捨てられ、さらに帯域を広げることで S/N を稼げます。ただし C/N が低いとしきい値効果で急激に破綻します。PM の出力雑音は平坦、FM は三角雑音になり、その差を埋める処理がプリエンファシスです。

本記事で数値的に確認できた主要な事実を並べておきます。

確認した内容 実測値
$x(t)$ をPMした波形と $dx/dt$ をFMした波形の差 最大 $6.10\times10^{-6}$($\Delta t^2$ で減少)
$h=2.4048$ での搬送波振幅 $0.000013$(実質ゼロ)
$\sum_n J_n^2(h)$ の 1 からのずれ 最大 $1.33\times10^{-15}$
カーソン則と実測99%電力帯域の比($1\le h\le 8$) $1.000$
C/N=20 dB での復調後S/N(AM / PM / FM) 19.9 / 34.0 / 36.8 dB
出力雑音PSDの傾き(PM / FM) $+0.04$ / $+19.98$ dB/decade

PM変調の理解は、ディジタル通信への橋渡しとして特に重要です。PSK(位相偏移変調)はPM変調をディジタル化したものに他ならず、BPSK・QPSK・8PSKなどの現代のディジタル変調方式はPMの原理の上に成り立っています。

次のステップとして、以下の記事も参考にしてください。

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