アウテージ確率とは?フェージング環境の通信品質を測る

スマートフォンで通話しているとき、アンテナのピクトは3本立っているのに、歩いて数十センチ移動しただけで急に音が途切れた経験はないでしょうか。電波の強さそのものは十分あるのに、あるほんの一瞬だけ受信レベルが崖から落ちるように下がり、そこで通信が破綻します。この「一瞬の谷」に落ちる確率を定量化したものがアウテージ確率(outage probability)です。

無線の設計者にとって、この量はきわめて実務的な意味を持ちます。というのも、フェージングのある環境では「平均の受信電力」を見ても品質はまったく保証されないからです。平均水深が50 cmの川でも、水深2 mの深みが数パーセントの面積を占めていれば、そこで人は溺れます。無線チャネルもまったく同じで、平均SNRが十分でも、瞬時SNRが必要ラインを割り込む確率がゼロでない限り、リンクは切れます。したがって設計の言葉は「平均SNRを何dBにするか」ではなく「アウテージ確率を1%以下にするために平均SNRを何dB積むか」になります。

アウテージ確率を理解すると、次のような場面で何が起きているのかが見通せるようになります。

  • セルラー基地局のカバレッジ設計: セル端でのアウテージ率を5%や10%に抑えるという設計目標から、必要な送信電力・基地局間距離・アンテナ本数が逆算されます。5G NRのカバレッジ計算で登場する「フェージングマージン」はまさにこの量から決まります
  • 衛星・深宇宙リンクのマージン設計: リンクバジェットで確保する余裕(マージン)が何dB必要かは、大気シンチレーションやマルチパスの統計から、目標アウテージ率を満たすように決めます
  • ダイバーシチ/MIMOの効果の定量化: 「アンテナを2本にすると何dB得か」という問いに、アウテージ確率の両対数プロットの傾きという形で明快な答えが出ます
  • LPWAN・IoTの設計: 送信電力を上げられない省電力デバイスでは、平均SNRを稼ぐ代わりに繰り返し送信(時間ダイバーシチ)でアウテージを下げるという設計が主流です

本記事の内容

  • アウテージ確率の直感 — なぜ「平均SNR」では品質を語れないのか
  • レイリーフェージングで瞬時SNRが指数分布に従うことの導出(複素ガウス → 振幅 → 電力)
  • $P_{\mathrm{out}} = 1 – e^{-\gamma_{\mathrm{th}}/\bar\gamma} \approx \gamma_{\mathrm{th}}/\bar\gamma$ の導出と高SNR近似
  • $L$分岐MRCでの瞬時SNRがガンマ分布になることの導出と $P_{\mathrm{out}} \approx (\gamma_{\mathrm{th}}/\bar\gamma)^L / L!$
  • ダイバーシチ次数の定義 — 両対数プロットの傾きが $-L$ になる理由
  • アウテージ容量($\varepsilon$%アウテージで達成できるレート)の定義とエルゴード容量との違い
  • Pythonによる理論値とモンテカルロの照合、傾きからのダイバーシチ次数推定、必要マージン表の作成

前提知識

この記事を読む前に、以下の記事を読んでおくと理解が深まります。

アウテージ確率とは — 「平均」では測れない品質

平均SNRは所要SNRより10 dB高いのに、瞬時SNRが所要ラインを割り込む区間が全体の9.33%を占めることを示した概念図

まずこの1枚が本記事の主題そのものです。緑の破線(平均SNR 20 dB)は赤い所要ライン(10 dB)よりはっきり上にあり、設計書の上では「10 dBの余裕があるリンク」に見えます。ところが青い瞬時SNRの軌跡は絶えず上下し、赤く塗られた区間では所要ラインを割り込んで通信が切れています。深いフェードの底では平均から約40 dBも落ちており、この「まれだが致命的な谷」の総時間比率がアウテージ確率です。

平均SNRが同じでも品質はまったく違う

同じ「平均SNR 20 dB」のリンクが2本あるとします。片方は有線に近い安定したAWGN(加法性白色ガウス雑音)チャネルで、瞬時SNRは常に20 dBちょうどです。もう片方は市街地の移動体無線で、瞬時SNRは時間とともに激しく上下し、ならすと20 dBになります。復調に必要なSNRが10 dBだとすると、前者は10 dBの余裕を持って安定に動き続けます。ところが後者は、後で導くように、時間の約9.5%で瞬時SNRが10 dBを割り込みます。10回に1回、パケットが落ちるリンクです。

平均が同じでも品質がここまで違うのは、フェージングチャネルの瞬時SNRの分布が「平均のまわりに集まっている」のではなく、0の近くに厚い確率質量を持つからです。マルチパスで到来した複数の波が逆位相で足し合わさると、合成振幅がほぼゼロになる瞬間があります。これが深いフェード(deep fade)で、そこでは受信電力が平均から20 dB、30 dBと落ち込みます。平均という1個の数字は、この「まれだが致命的な谷」の情報をまったく持っていません。

上段のAWGNチャネルは常に20 dBで一度も所要ラインを割らないのに対し、下段のレイリーチャネルは同じ平均20 dBでも9.33%の時間で所要ラインを割り込むことを比較した図

上下2段は「平均SNRが同じ20 dB」というカタログスペックがまったく同じ2本のリンクです。上段のAWGNは瞬時SNRが平らな直線なので所要ラインに一度も触れず、アウテージ率は0%です。下段のレイリーは同じ平均を持ちながら9.33%の時間で赤い帯に沈んでおり、平均という1つの数字が品質をまったく代表していないことがひと目でわかります。

そこで、無線では品質を次のように定義し直します。

アウテージ確率 $P_{\mathrm{out}}$ とは、瞬時の受信SNR $\gamma$ が、必要とされる閾値 $\gamma_{\mathrm{th}}$ を下回る確率である。

$$ \begin{equation} P_{\mathrm{out}} \;=\; \Pr\{\gamma < \gamma_{\mathrm{th}}\} \;=\; F_\gamma(\gamma_{\mathrm{th}}) \end{equation} $$

右辺の $F_\gamma$ は瞬時SNRの累積分布関数(CDF)です。つまりアウテージ確率とは「瞬時SNRのCDFを、必要SNRという1点で評価した値」にすぎません。定義そのものは拍子抜けするほど単純ですが、この単純さこそが強みです。チャネルの統計モデル(レイリー、ライス、中上-$m$)を変えても、合成器(MRC、選択合成)を変えても、やることは「合成後の瞬時SNRのCDFを求めて閾値を代入する」だけになります。

閾値 $\gamma_{\mathrm{th}}$ は何で決まるのか

$\gamma_{\mathrm{th}}$ は物理定数ではなく、システム設計者が決める量です。決め方は主に2通りあります。

ひとつは誤り率基準です。たとえばQPSKで、ビット誤り率 $10^{-3}$ 以下を「使える」と定義するなら、AWGN下でそのBERを達成する $E_b/N_0$ を $\gamma_{\mathrm{th}}$ に取ります。この考え方は「チャネルの変動は復調のシンボル時間に比べてずっと遅く、1パケットの間はSNRが一定とみなせる」という準静的(ブロック)フェージングの仮定に立っています。SNRが一定の区間ごとに、AWGNの性能曲線がそのまま適用できるという近似です。

もうひとつはレート基準です。目標の伝送レート $R$ [bit/s/Hz] を運ぶには、シャノン容量 $\log_2(1+\gamma) \geq R$、すなわち $\gamma \geq 2^R – 1$ が必要です。この $\gamma_{\mathrm{th}} = 2^R – 1$ を割り込んだ瞬間、どんな符号を使ってもそのレートは支えられません。この見方は後半のアウテージ容量の議論に直結します。

左は許容BER10のマイナス3乗からQPSKの所要SNR約9.8 dBを読み取る図、右は目標レートRからガンマth=2^R-1で所要SNRを決める図

左の誤り率基準では、QPSKのBER曲線が許容値 $10^{-3}$ を横切る点を読み取ると所要SNRは約9.8 dB、実務で使う「10 dB」という値がここから出てきます。右のレート基準では $\gamma_{\mathrm{th}} = 2^R – 1$ が右上がりの直線(dB表示ではレートに比例)になり、QPSK相当の $R=2$ で4.8 dB、64QAM相当の $R=6$ で18.0 dBと、高次変調ほど閾値が跳ね上がる様子がわかります。どちらの決め方でも、閾値が1つの数値に落ちてしまえば残りは分布の問題です。

いずれにせよ、$\gamma_{\mathrm{th}}$ が決まれば、あとは $\gamma$ の分布さえわかればアウテージ確率が計算できます。そこで次は、最も基本的なレイリーフェージングについて、瞬時SNRの分布を物理から導きましょう。

レイリーフェージングにおける瞬時SNRの分布

複素ガウス係数の散布図から振幅のレイリー分布、そして電力の指数分布へと2段階の変数変換で移る流れを3枚並べた図

これから行う導出の全体像です。左は複素チャネル係数 $h$ を複素平面にプロットしたもので、原点まわりに等方的に散らばっています。「振幅が $a$ 以下」とは赤い破線の円の内側に入ることなので、その確率を極座標で積分すれば中央のレイリー分布が出ます。ここで注目すべきは、中央の振幅分布は $a \approx 0.7$ に山を持つ「0付近は起こりにくそうに見える」形なのに、右の電力分布に移った途端に原点が最頻値の単調減少形に変わることです。深いフェードが頻発する理由はこの右端の図に集約されています。

複素ガウス係数から出発する

見通し(LOS)成分がなく、多数の散乱波がランダムな位相で到来する環境を考えます。受信側で観測される複素チャネル係数 $h$ は、多数の小さな複素ベクトルの和です。中心極限定理から、実部 $h_I$ と虚部 $h_Q$ はそれぞれ平均0のガウス分布に従い、位相がランダムであることから両者は独立同分散になります。

$$ h = h_I + j h_Q, \qquad h_I,\, h_Q \sim \mathcal{N}(0, \sigma^2) \ \ \text{(独立)} $$

以降の見通しを良くするため、チャネルの平均電力を1に正規化します。$\mathbb{E}[|h|^2] = \mathbb{E}[h_I^2] + \mathbb{E}[h_Q^2] = 2\sigma^2$ なので、$2\sigma^2 = 1$、すなわち $\sigma^2 = 1/2$ と取ります。この正規化により、送信電力とパスロスの効果はすべて「平均SNR $\bar\gamma$」の側に押し込まれ、$h$ は純粋に変動だけを表す量になります。

振幅がレイリー分布に従うこと

振幅 $A = |h| = \sqrt{h_I^2 + h_Q^2}$ の分布を求めます。$A \leq a$ となる事象は、2次元平面上で $(h_I, h_Q)$ が半径 $a$ の円の内側に入ることと同じです。したがって

$$ F_A(a) = \Pr\{A \le a\} = \iint_{x^2+y^2 \le a^2} \frac{1}{2\pi\sigma^2}\exp\!\left(-\frac{x^2+y^2}{2\sigma^2}\right)dx\,dy $$

被積分関数が原点からの距離だけに依存するので、極座標 $x = r\cos\theta$、$y = r\sin\theta$ に変換します。ヤコビアンは $r$ なので $dx\,dy = r\,dr\,d\theta$ となり、$\theta$ についての積分は $2\pi$ を出すだけです。

$$ F_A(a) = \int_0^{2\pi}\!\!\int_0^{a} \frac{1}{2\pi\sigma^2} e^{-r^2/(2\sigma^2)} r\,dr\,d\theta = \int_0^{a} \frac{r}{\sigma^2} e^{-r^2/(2\sigma^2)}\,dr $$

この積分は $u = r^2/(2\sigma^2)$ と置換すれば $du = r\,dr/\sigma^2$ なので即座に実行できて、

$$ \begin{equation} F_A(a) = 1 – \exp\!\left(-\frac{a^2}{2\sigma^2}\right), \qquad f_A(a) = \frac{dF_A}{da} = \frac{a}{\sigma^2}\exp\!\left(-\frac{a^2}{2\sigma^2}\right) \quad (a \ge 0) \end{equation} $$

これがレイリー分布です。$\sigma^2 = 1/2$ を代入すると $f_A(a) = 2a\,e^{-a^2}$ という簡潔な形になります。

電力(=瞬時SNR)は指数分布になる

ここからが本記事の要です。通信で効くのは振幅そのものではなく電力 $G = A^2 = |h|^2$ です。振幅の分布から電力の分布へ、変数変換で移りましょう。$G = A^2$ は $a \ge 0$ で単調増加なので、逆変換 $a = \sqrt{g}$ と $da/dg = 1/(2\sqrt{g})$ を使って

$$ f_G(g) = f_A(\sqrt{g}) \cdot \left|\frac{da}{dg}\right| = \frac{\sqrt{g}}{\sigma^2}e^{-g/(2\sigma^2)} \cdot \frac{1}{2\sqrt{g}} = \frac{1}{2\sigma^2}e^{-g/(2\sigma^2)} $$

ここで $2\sigma^2 = 1$(先ほどの正規化)を代入すると、$\sqrt{g}$ がきれいに約分されて

$$ \begin{equation} f_G(g) = e^{-g} \quad (g \ge 0) \end{equation} $$

つまりレイリーフェージングの受信電力は、平均1の指数分布に従います。振幅はレイリー分布という少し扱いにくい形をしていましたが、電力に移した途端に指数分布という最も単純な連続分布になりました。この事実がアウテージ解析を驚くほど簡単にします。

瞬時SNR $\gamma$ は、送信電力・パスロス・雑音電力で決まる平均SNR $\bar\gamma$ に、変動 $G$ を掛けたものです。

$$ \gamma = \bar\gamma \cdot |h|^2 = \bar\gamma G $$

定数倍のスケーリングなので、指数分布はスケールが変わるだけで形は保たれます。$f_\gamma(\gamma) = f_G(\gamma/\bar\gamma)/\bar\gamma$ より

$$ \begin{equation} f_\gamma(\gamma) = \frac{1}{\bar\gamma}\exp\!\left(-\frac{\gamma}{\bar\gamma}\right), \qquad \mathbb{E}[\gamma] = \bar\gamma \end{equation} $$

この式には、直感的に重要な情報が詰まっています。指数分布の確率密度は $\gamma = 0$ で最大値 $1/\bar\gamma$ を取り、そこから単調に減衰します。最も起こりやすい瞬時SNRは0付近なのです。平均は $\bar\gamma$ ですが、それは長い裾が平均を引っ張り上げているだけで、分布の「重心が平均にある」わけではありません。深いフェードが頻繁に起きる理由が、この密度の形にそのまま現れています。

瞬時SNRの分布が手に入りました。あとは閾値までの確率質量を積み上げるだけです。

アウテージ確率の導出(単一分岐)

閉形式の導出

定義に従って、$\gamma$ が $\gamma_{\mathrm{th}}$ を下回る確率を計算します。

$$ P_{\mathrm{out}} = \int_0^{\gamma_{\mathrm{th}}} \frac{1}{\bar\gamma}e^{-\gamma/\bar\gamma}\,d\gamma $$

被積分関数の原始関数は $-e^{-\gamma/\bar\gamma}$ なので、上端と下端を代入して

$$ P_{\mathrm{out}} = \left[-e^{-\gamma/\bar\gamma}\right]_0^{\gamma_{\mathrm{th}}} = -e^{-\gamma_{\mathrm{th}}/\bar\gamma} + 1 $$

整理すると、レイリーフェージング下のアウテージ確率が閉形式で得られます。

$$ \begin{equation} \boxed{\;P_{\mathrm{out}} = 1 – \exp\!\left(-\frac{\gamma_{\mathrm{th}}}{\bar\gamma}\right)\;} \end{equation} $$

マージン3 dB・7 dB・10 dBの3ケースで指数分布の密度と閾値までの赤い面積を比較し、面積がそれぞれ0.3935・0.1813・0.0952と減る様子を示した図

導出した式を面積として見たものです。3枚とも所要SNRを1に規格化した同じ位置に赤い縦線が立っており、変わるのは密度の広がり方だけです。マージンを積むほど指数分布が横に薄く引き伸ばされ、閾値の左側に残る赤い面積がアウテージ確率になります。マージン3 dBでは0.3935と4割近くが切れているのに対し、10 dB積んでも0.0952、つまり約1割は残ってしまう点に注意してください。

驚くほど簡潔です。しかもこの式には設計に必要な情報がすべて入っています。$\gamma_{\mathrm{th}}$ と $\bar\gamma$ は必ずの形でしか現れません。つまりアウテージ確率を決めるのは、平均SNRの絶対値ではなく「必要SNRに対してどれだけ余裕(マージン)を積んだか」という相対量だけです。この比 $\bar\gamma/\gamma_{\mathrm{th}}$ をフェージングマージンと呼びます。

高SNR近似 — 「マージン10 dBで10%落ちる」

マージンが十分大きい領域、すなわち $x \equiv \gamma_{\mathrm{th}}/\bar\gamma \ll 1$ での振る舞いを見ましょう。指数関数をマクローリン展開すると

$$ e^{-x} = 1 – x + \frac{x^2}{2} – \frac{x^3}{6} + \cdots $$

なので、これを代入して1を引くと

$$ P_{\mathrm{out}} = 1 – \left(1 – x + \frac{x^2}{2} – \cdots\right) = x – \frac{x^2}{2} + \cdots $$

$x \ll 1$ では2次以降が無視できるので、

$$ \begin{equation} P_{\mathrm{out}} \approx \frac{\gamma_{\mathrm{th}}}{\bar\gamma} \qquad (\bar\gamma \gg \gamma_{\mathrm{th}}) \end{equation} $$

この近似式は現場で最もよく使われる形です。読み下せば「アウテージ確率はマージンの逆数」ということになります。マージン10 dB(10倍)ならアウテージ約10%、20 dBなら約1%、30 dBなら約0.1%。実際、厳密値は $\bar\gamma/\gamma_{\mathrm{th}} = 10$ で $1 – e^{-0.1} = 0.09516$、$100$ で $1 – e^{-0.01} = 0.00995$ なので、近似は実用上まったく問題ありません。

フェージングマージンを横軸dB、アウテージ確率を縦軸対数に取り、厳密式と高SNR近似がマージン10 dB以上でほぼ重なり10 dBごとに1桁改善することを示した図

厳密式(実線)と高SNR近似(破線)は、マージンが10 dBを超えたあたりからグラフ上で区別がつかなくなります。設計で扱う領域では「アウテージ確率はマージンの逆数」という覚えやすい近似で十分だということです。そして曲線は10 dBごとにきっかり1桁しか下がりません。マージン10 dBで0.09516、20 dBで0.00995、30 dBで0.00100 — 送信電力を10倍にしてやっとアウテージが1桁改善する、という単一分岐の宿命がこの傾きに現れています。

ここで立ち止まって、この結果の重さを味わってください。AWGNなら10 dBの余裕を持たせれば絶対に切れないリンクが、レイリーフェージング下では10回に1回落ちます。1%のアウテージを許容するだけでも20 dB、つまり送信電力を100倍にしなければなりません。フェージングは平均を下げるのではなく、マージンを食い潰す形で効いてくるのです。

なぜ「指数関数的」ではなく「1/$\bar\gamma$」なのか

$P_{\mathrm{out}} \approx \gamma_{\mathrm{th}}/\bar\gamma$ という結果は、$\bar\gamma$ を増やしてもアウテージがべき乗でしか下がらないことを意味します。AWGNの誤り率が $Q(\sqrt{2\gamma})$ のようにSNRに対して指数的に急減するのと対照的です。

理由は密度関数の原点近傍の振る舞いにあります。$P_{\mathrm{out}}$ は $[0, \gamma_{\mathrm{th}}]$ という狭い区間の確率質量ですが、$\bar\gamma$ が大きいとこの区間は分布の原点付近のごく一部です。そこでの密度はほぼ定数 $f_\gamma(0) = 1/\bar\gamma$ なので、確率質量は「密度 $\times$ 幅」= $\gamma_{\mathrm{th}}/\bar\gamma$ になります。つまりアウテージ確率の高SNR挙動は、SNR密度の原点での値だけで決まるのです。この視点は、後で中上-$m$分布やライス分布に一般化するときにそのまま使えます。

そして、ここから自然な問いが生まれます。密度が原点で有限の値を持つ限り、$\bar\gamma$ を増やすだけでは $1/\bar\gamma$ という遅い減り方から逃れられません。では、原点付近の密度そのものを潰す方法はないのでしょうか。答えがダイバーシチです。

$L$分岐MRCのアウテージ確率

独立に落ちる複数のリンクを束ねる

アンテナを空間的に離して $L$ 本置くと、各アンテナが見るフェージングはほぼ独立になります。「$L$本すべてが同時に深いフェードに落ちる」確率は、1本が落ちる確率の $L$ 乗のオーダーになるはずです。これがダイバーシチの直感です。

複数分岐の信号をどう合成するかにはいくつか方式がありますが、SNRを最大化する最適合成が最大比合成(MRC)です。MRCの重要な性質は次の一点に尽きます。

$$ \begin{equation} \gamma_{\mathrm{MRC}} = \sum_{l=1}^{L} \gamma_l \end{equation} $$

合成後の瞬時SNRは、各分岐の瞬時SNRの単純な和になるという定理です。この性質のおかげで、アウテージ解析は「独立な指数分布確率変数の和の分布を求める」という純粋に確率論的な問題に還元されます。

和の分布 — モーメント母関数で一撃

各分岐が独立同分布で $\gamma_l \sim \mathrm{Exp}(\bar\gamma)$(平均 $\bar\gamma$ の指数分布)とします。和の分布を畳み込みで直接計算してもよいのですが、モーメント母関数(MGF)を使うほうが圧倒的に速いので、そちらで進めます。

指数分布のMGFは、定義に従って積分すれば

$$ M_{\gamma_l}(s) = \mathbb{E}\!\left[e^{s\gamma}\right] = \int_0^\infty e^{s\gamma}\frac{1}{\bar\gamma}e^{-\gamma/\bar\gamma}d\gamma = \frac{1}{\bar\gamma}\int_0^\infty e^{-(1/\bar\gamma – s)\gamma}d\gamma $$

指数の肩が負になる条件 $s < 1/\bar\gamma$ のもとで積分が収束し、

$$ M_{\gamma_l}(s) = \frac{1}{\bar\gamma}\cdot\frac{1}{1/\bar\gamma – s} = \frac{1}{1 – s\bar\gamma} $$

独立な確率変数の和のMGFは各MGFの積なので、$L$個の和について

$$ M_{\gamma_{\mathrm{MRC}}}(s) = \prod_{l=1}^{L}\frac{1}{1-s\bar\gamma} = \left(1 – s\bar\gamma\right)^{-L} $$

この形は、形状パラメータ $L$・尺度パラメータ $\bar\gamma$ のガンマ分布のMGFに一致します。MGFと分布は一対一対応するので、

$$ \begin{equation} f_{\gamma_{\mathrm{MRC}}}(\gamma) = \frac{\gamma^{L-1}}{(L-1)!\,\bar\gamma^{L}}\exp\!\left(-\frac{\gamma}{\bar\gamma}\right) \quad (\gamma \ge 0) \end{equation} $$

$L = 1$ を代入すると指数分布に戻ることが確認できます。指数分布は形状1のガンマ分布だったわけです。

L=1,2,4のガンマ密度を線形目盛と両対数目盛で並べ、原点近傍の立ち上がりがガンマのL-1乗になっていることを示した図

左の線形目盛では、$L=1$(青)が原点で最大値を取るのに対し、$L=2$(橙)と $L=4$(緑)は原点から立ち上がって山を作り、赤い破線より左側の面積がどんどん小さくなっているのがわかります。右の両対数目盛にすると、原点近傍で各曲線が傾き $L-1$ の直線になっており、密度の $\gamma^{L-1}$ という因子が目で確認できます。この「原点でどれだけ強くゼロに押し潰されているか」が、次に見るアウテージ確率の減り方をそのまま決めます。

この密度の形から、すでにダイバーシチの本質が見えます。原点付近で $f \propto \gamma^{L-1}$ となっているので、$L \ge 2$ では密度が原点でゼロに押し潰されているのです。単一分岐では原点が最頻値だったのに、分岐を増やすと原点付近の確率質量が消えていきます。「$L$本同時に深いフェードに落ちるのは極めて稀」という直感が、密度の $\gamma^{L-1}$ という因子にそのまま現れています。

CDFの級数表示を導く

アウテージ確率はこの密度を $[0,\gamma_{\mathrm{th}}]$ で積分したものです。$x = \gamma_{\mathrm{th}}/\bar\gamma$、$t = \gamma/\bar\gamma$ と規格化すると

$$ P_{\mathrm{out}}^{(L)} = \int_0^{x} \frac{t^{L-1}}{(L-1)!}e^{-t}\,dt \;\equiv\; I_L(x) $$

これは正則化不完全ガンマ関数 $P(L, x) = \gamma(L,x)/\Gamma(L)$ そのものですが、$L$ が整数のときは有限級数で書けます。部分積分で漸化式を作りましょう。$u = t^{L-1}/(L-1)!$、$dv = e^{-t}dt$ と取ると、$du = t^{L-2}/(L-2)!\,dt$、$v = -e^{-t}$ なので

$$ I_L(x) = \left[-\frac{t^{L-1}}{(L-1)!}e^{-t}\right]_0^{x} + \int_0^{x}\frac{t^{L-2}}{(L-2)!}e^{-t}\,dt $$

$L \ge 2$ なら境界項の下端は0になるので、第1項は $-x^{L-1}e^{-x}/(L-1)!$ です。第2項は $I_{L-1}(x)$ そのものですから、漸化式

$$ I_L(x) = I_{L-1}(x) – \frac{x^{L-1}}{(L-1)!}e^{-x} $$

が得られました。出発点は $I_1(x) = \int_0^x e^{-t}dt = 1 – e^{-x}$ です。この漸化式を $L$ から1まで繰り返し適用すると、右辺の補正項が次々に積み上がって望遠鏡的に和になります。

$$ I_L(x) = \left(1 – e^{-x}\right) – e^{-x}\sum_{k=1}^{L-1}\frac{x^{k}}{k!} $$

$1$ の項を外に出して括ると、最終的に次の美しい形になります。

$$ \begin{equation} \boxed{\;P_{\mathrm{out}}^{(L)} = 1 – e^{-x}\sum_{k=0}^{L-1}\frac{x^{k}}{k!}, \qquad x = \frac{\gamma_{\mathrm{th}}}{\bar\gamma}\;} \end{equation} $$

括弧の中はポアソン分布の部分和なので、この式は「平均 $x$ のポアソン変数が $L-1$ 以下になる確率の余事象」とも読めます。$L=1$ で $P_{\mathrm{out}} = 1 – e^{-x}$ に戻ることも確認できます。

高SNR近似 — 指数 $L$ が現れる

さて、設計上いちばん重要な高SNR領域($x \ll 1$)の近似を求めます。級数表示から展開してもよいのですが、積分表示に戻ったほうが一瞬で終わります。$x \ll 1$ の範囲では $t \le x \ll 1$ なので $e^{-t} \approx 1$ と置けます。

$$ P_{\mathrm{out}}^{(L)} = \int_0^{x}\frac{t^{L-1}}{(L-1)!}e^{-t}dt \;\approx\; \int_0^{x}\frac{t^{L-1}}{(L-1)!}dt = \frac{1}{(L-1)!}\cdot\frac{x^{L}}{L} $$

$L \cdot (L-1)! = L!$ を使って整理すると

$$ \begin{equation} \boxed{\;P_{\mathrm{out}}^{(L)} \approx \frac{1}{L!}\left(\frac{\gamma_{\mathrm{th}}}{\bar\gamma}\right)^{L}\;} \end{equation} $$

これがダイバーシチの中心的な結果です。マージンの逆数が $L$乗で効きます。数値で確認すると、$x = 0.1$(マージン10 dB)のとき厳密値は $L=1$ で $9.516\times10^{-2}$、$L=2$ で $4.679\times10^{-3}$、$L=4$ で $3.847\times10^{-6}$。近似値はそれぞれ $0.1$、$5.0\times10^{-3}$、$4.167\times10^{-6}$ で、$L$ が大きいほど桁がきれいに落ちていくのがわかります。分岐を1本から4本に増やしただけで、アウテージ確率が約 $2.5\times10^{4}$ 倍改善しているのです。

この「指数 $L$」を正面から定義したものが、次に見るダイバーシチ次数です。

ダイバーシチ次数 — 傾きが教えてくれるもの

定義

高SNRでの $P_{\mathrm{out}} \propto \bar\gamma^{-L}$ という関係を、系一般に対して定義し直します。

$$ \begin{equation} d \;\equiv\; -\lim_{\bar\gamma \to \infty}\frac{\log P_{\mathrm{out}}(\bar\gamma)}{\log \bar\gamma} \end{equation} $$

この $d$ をダイバーシチ次数(diversity order、ダイバーシチ利得とも)と呼びます。$L$分岐MRCに適用してみましょう。$P_{\mathrm{out}} \approx \gamma_{\mathrm{th}}^L/(L!\,\bar\gamma^L)$ の対数を取ると

$$ \log P_{\mathrm{out}} \approx -L\log\bar\gamma + \underbrace{\left(L\log\gamma_{\mathrm{th}} – \log L!\right)}_{\bar\gamma \text{ に依存しない定数}} $$

$\log\bar\gamma$ で割って $\bar\gamma\to\infty$ の極限を取ると、定数項は0に潰れるので $d = L$ が確定します。

両対数プロットの傾きとしての読み方

上の式は、$\log \bar\gamma$ を横軸、$\log P_{\mathrm{out}}$ を縦軸に取った両対数プロットで、高SNR側が傾き $-L$ の直線に漸近することを意味します。無線工学の慣習に合わせて横軸をdB、縦軸を対数目盛にすると、さらに読みやすい形になります。$\bar\gamma|_{\mathrm{dB}} = 10\log_{10}\bar\gamma$ なので

$$ 10\log_{10} P_{\mathrm{out}} \approx -L \cdot \bar\gamma|_{\mathrm{dB}} + \text{const} $$

すなわち「平均SNRを1 dB上げるとアウテージが $L$ dB下がる」。これがダイバーシチ次数の最も実用的な読み方です。$L=1$ なら10 dB上げてアウテージが1桁改善、$L=4$ なら10 dB上げて4桁改善します。

現場でこれが強力なのは、傾きを測るだけで実効ダイバーシチ次数が判定できるからです。4本アンテナのシステムを実測して傾きが $-4$ なら設計どおりですが、$-2$ しか出ていなければ、アンテナ間の相関が強すぎるか、どこかで分岐が実質的に潰れています。カタログスペックではなく物理的な効き目を測る指標になるわけです。

ダイバーシチ利得とアレイ利得は別物

ここで混同しやすい2つの利得を切り分けておきます。曲線の傾きを変えるのがダイバーシチ利得、曲線を左に平行移動させるのがアレイ利得(またはパワー利得)です。

単一分岐・完全相関2分岐・独立2分岐MRCの3本を比較し、完全相関は3 dB左に平行移動するだけで傾きは-1のまま、独立の場合だけ傾きが-2に変わることを示した図

3本の曲線が2種類の利得をきれいに切り分けています。紫の一点鎖線は「2分岐だが完全相関」の場合で、青の単一分岐とまったく平行なまま3 dBだけ左にずれています。これがアレイ利得で、電力をかき集めた効果にすぎません。一方、橙の独立2分岐MRCだけは傾き自体が急になっており、平均SNRが高くなるほど紫との差が開いていきます。傾きを変えられるのは分岐の独立性だけだ、という主張がこの発散の仕方に表れています。

MRCでは両方が同時に起きます。$L$本の分岐を合成すると平均SNRが $\bar\gamma$ から $L\bar\gamma$ に増えるので、これだけで $10\log_{10}L$ dBの平行移動が生じます($L=2$ で3 dB、$L=4$ で6 dB)。これはアンテナが電力をかき集めた効果であり、統計的な独立性とは無関係です。仮に全分岐が完全相関(同じフェージング)でも、アレイ利得は得られます。一方、傾きが $-1$ から $-L$ に変わるのは分岐が独立にフェードするからで、こちらが本来のダイバーシチ利得です。

高SNRの近似式 $P_{\mathrm{out}} \approx (\gamma_{\mathrm{th}}/\bar\gamma)^L/L!$ の中では、$1/L!$ がアレイ利得を含む定数項(水平方向のオフセット)、指数 $L$ がダイバーシチ利得(傾き)として、きれいに役割分担しています。

必要マージンは「およそ $1/L$」になる

設計者の関心は「目標アウテージ $\varepsilon$ を満たすには何dBのマージンが要るか」です。近似式を $\varepsilon$ と等置して解きましょう。

$$ \frac{1}{L!}\left(\frac{\gamma_{\mathrm{th}}}{\bar\gamma}\right)^{L} = \varepsilon \;\Longrightarrow\; \frac{\bar\gamma}{\gamma_{\mathrm{th}}} = \left(L!\,\varepsilon\right)^{-1/L} $$

両辺を10倍の常用対数でdB表示にすると、$M_{\mathrm{dB}} = 10\log_{10}(\bar\gamma/\gamma_{\mathrm{th}})$ について

$$ \begin{equation} M_{\mathrm{dB}} \approx \frac{1}{L}\left(10\log_{10}\frac{1}{\varepsilon}\right) – \frac{10}{L}\log_{10}L! \end{equation} $$

目標アウテージ10のマイナス1乗から4乗までに対する必要マージンをL=1,2,4の棒グラフで示し、右側に単一分岐に対する利得を並べた図

左のグラフで青($L=1$)の棒を見ると、目標アウテージが1桁厳しくなるたびに必要マージンがきっちり10 dBずつ伸びています。ところが同じ目標に対する橙($L=2$)・緑($L=4$)はほぼ $1/2$、$1/4$ の高さに縮んでおり、$10^{-3}$ では30.00 → 13.43 → 3.68 dBです。右のグラフはその差分(単一分岐に対する利得)で、目標が厳しいほど棒が伸びる — つまり高信頼を狙うシステムほどダイバーシチの費用対効果が跳ね上がることが読み取れます。

第1項は「$L=1$ のときに必要なマージンの $1/L$」です。$\varepsilon = 10^{-3}$ なら $L=1$ で30 dB必要ですが、$L=2$ なら $30/2 = 15$ dBから $\log_{10}2$ の補正 $1.5$ dBを引いて約13.5 dB、$L=4$ なら $30/4 = 7.5$ dBから約3.5 dB引いて約4.0 dBになります。厳密解はそれぞれ13.43 dB、3.68 dBなので、近似はよく当たっています。必要マージンがほぼ $1/L$ に縮む — これがダイバーシチの費用対効果を一言で表す関係式です。

ここまでは「必要SNRを固定して、落ちる確率を評価する」立場でした。視点を反転させて「落ちる確率を固定して、達成できるレートを評価する」と、別の重要な指標が現れます。

アウテージ容量

定義

チャネルが準静的(1パケットの間は $\gamma$ が一定で、パケットごとに独立に引き直される)で、しかも送信側がチャネル状態を知らない場合を考えます。送信側は固定レート $R$ で送るしかありません。$\log_2(1+\gamma) \ge R$ なら復号でき、そうでなければ何をしても復号できません。後者がアウテージです。

そこで「アウテージ率が $\varepsilon$ を超えない範囲で送れる最大レート」をアウテージ容量($\varepsilon$-outage capacity)と定義します。

$$ \begin{equation} C_{\varepsilon} = \log_2\!\left(1 + \gamma_{\varepsilon}\right), \qquad \gamma_\varepsilon = F_\gamma^{-1}(\varepsilon) \end{equation} $$

$\gamma_\varepsilon$ は瞬時SNRの分布の下側 $\varepsilon$ 分位点です。「上位 $(1-\varepsilon)$ の時間帯では確実に支えられるSNR」を採用し、そのSNRのシャノン容量をレートに取る、という設計です。

レイリー($L=1$)の場合、$\varepsilon = 1 – e^{-\gamma_\varepsilon/\bar\gamma}$ を $\gamma_\varepsilon$ について解けば

$$ \gamma_\varepsilon = -\bar\gamma\ln(1-\varepsilon) \approx \bar\gamma\,\varepsilon \quad (\varepsilon \ll 1) $$

したがって $C_\varepsilon \approx \log_2(1 + \bar\gamma\varepsilon)$ です。$\varepsilon$ が小さいほど、使えるSNRが平均の $\varepsilon$ 倍まで削り取られてしまうことがわかります。

エルゴード容量との落差

この結果の厳しさを数値で見ましょう。平均SNRを20 dB($\bar\gamma = 100$)とします。AWGNなら容量は $\log_2(101) = 6.66$ bit/s/Hz です。ところがレイリーで $\varepsilon = 1\%$ のアウテージ容量は、$\gamma_\varepsilon = -100\ln(0.99) = 1.005$(=ほぼ0 dB)なので

$$ C_{0.01} = \log_2(1 + 1.005) = 1.00 \ \text{bit/s/Hz} $$

6.66から1.00へ、実に85%の容量が消し飛びます。20 dBの平均SNRを持ちながら、確実に届けられるのは0 dB相当のレートだけ、というのがフェージングチャネルの現実です。

AWGN容量・エルゴード容量・L=1,2,4の1%アウテージ容量を平均SNRに対して比較し、20 dBでそれぞれ6.66・5.88・1.00・3.99・6.38 bit/s/Hzになることを示した図

黒のAWGN容量と青の $L=1$ アウテージ容量の開きが、フェージングが奪う分です。平均SNR 20 dBの縦線上で6.66に対して1.00しかなく、8割以上が失われています。ところが橙($L=2$)で3.99、緑($L=4$)で6.38まで一気に回復し、$L=4$ の曲線は黒のAWGNにかなり近づいています。分岐を増やすと瞬時SNRの分布が平均のまわりに集中し、下側1%分位点が平均に迫っていく — チャネルの硬化がグラフの上で起きている様子です。

一方、チャネルの実現をすべて平均したエルゴード容量 $\bar{C} = \mathbb{E}[\log_2(1+\gamma)]$ は、$\bar\gamma = 100$ のレイリーで約5.88 bit/s/Hzあります。エルゴード容量とアウテージ容量の落差は、「十分長い時間で平均すれば稼げる」ことと「毎パケット確実に届く」ことの違いを表しています。前者は非常に長い符号語をフェージングの多数の実現にまたがって載せられる場合(時間ダイバーシチ・周波数ホッピング・強力なインタリーブ)に近づける値であり、後者は低遅延の制約下で1パケットごとに勝負するときの値です。遅延制約の厳しいURLLCのような用途でアウテージ容量が主役になるのはこのためです。

ダイバーシチはアウテージ容量を直接押し上げる

$L$分岐MRCではアウテージ容量が劇的に改善します。$\bar\gamma = 100$(分岐あたり20 dB)、$\varepsilon = 1\%$ で分位点を数値的に解くと、$\gamma_\varepsilon$ は $L=1$ で0.02 dB、$L=2$ で11.72 dB、$L=4$ で19.16 dBとなり、アウテージ容量はそれぞれ1.00、3.99、6.38 bit/s/Hzになります。$L=4$ のとき合計平均SNRは $4\bar\gamma = 400$(26 dB)で、AWGNならば $\log_2(401) = 8.65$ bit/s/Hzですから、6.38というのはAWGN比で74%まで回復した計算です。分岐を増やすほど瞬時SNRの分布が平均のまわりに集中し、分位点が平均に近づく — これがチャネルの硬化(channel hardening)と呼ばれる現象で、大規模MIMOの設計思想の根幹でもあります。

理論はここまでです。次はこれらの式が本当に正しいか、モンテカルロで確かめましょう。

Pythonでの実装

準備 — 瞬時SNRの分布を実測する

まず、複素ガウス係数から生成したチャネルで、電力が本当に指数分布になっているかを確認します。あわせて、時間相関を持たせた包絡線を描いて「深いフェードの谷」を可視化し、アウテージの概念図とします。

import numpy as np
import matplotlib
import matplotlib.pyplot as plt

# 日本語フォント設定
for cand in ["Hiragino Sans", "Yu Gothic", "Noto Sans CJK JP", "IPAexGothic", "Meiryo"]:
    if any(cand == f.name for f in matplotlib.font_manager.fontManager.ttflist):
        plt.rcParams["font.family"] = cand
        break
plt.rcParams["axes.unicode_minus"] = False

rng = np.random.default_rng(7)

# 時間相関のあるレイリー包絡(白色複素ガウスをガウス窓で平滑化)
n = 6000
w = rng.normal(size=n) + 1j * rng.normal(size=n)
k = np.exp(-0.5 * (np.arange(-120, 121) / 30.0) ** 2)
k /= np.linalg.norm(k)            # 電力を保つよう正規化
h = np.convolve(w, k, mode="same")[300:-300]
h /= np.sqrt(np.mean(np.abs(h) ** 2))   # E[|h|^2] = 1 に正規化

gbar_db, gth_db = 20.0, 10.0           # 平均SNR / 所要SNR
snr_db = gbar_db + 10 * np.log10(np.abs(h) ** 2)

plt.figure(figsize=(11, 4))
plt.plot(snr_db, lw=0.9, color="tab:blue", label="瞬時SNR $\\gamma(t)$")
plt.axhline(gbar_db, color="tab:green", ls="--", label="平均SNR $\\bar\\gamma$ = 20 dB")
plt.axhline(gth_db, color="tab:red", ls="-", label="所要SNR $\\gamma_{th}$ = 10 dB")
plt.fill_between(np.arange(len(snr_db)), -35, gth_db,
                 where=snr_db < gth_db, color="tab:red", alpha=0.35,
                 label="アウテージ区間(通信断)")
plt.ylim(-35, 40); plt.xlabel("時刻(サンプル)"); plt.ylabel("SNR [dB]")
plt.title("フェージング環境の瞬時SNRとアウテージ区間")
plt.legend(loc="lower right", fontsize=9); plt.grid(alpha=0.3)
plt.tight_layout(); plt.show()

print("実測アウテージ率 =", np.mean(snr_db < gth_db))
print("理論値           =", 1 - np.exp(-10 ** ((gth_db - gbar_db) / 10)))

冒頭に置いた概念図が、まさにこのコードの出力です。緑の破線(平均SNR 20 dB)は赤い所要ライン(10 dB)よりずっと上にあり、「平均で見れば10 dBの余裕がある」リンクです。ところが瞬時SNRの軌跡は激しく暴れ、ときおり赤線の下に潜り込みます。赤く塗られた区間が通信断です。実測アウテージ率は 0.0933、理論値 $1 – e^{-0.1} = 0.0952$ とよく一致しました。最も深い谷では瞬時SNRが $-19.6$ dBまで落ちており、平均から約40 dBも下がる瞬間が存在することがわかります。

電力が指数分布に従うことの確認

次に、統計そのものを確かめます。振幅のレイリー分布と電力の指数分布を、理論密度と重ねます。

import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt

rng = np.random.default_rng(2026)
N = 200_000
sigma = np.sqrt(0.5)                      # E[|h|^2] = 2*sigma^2 = 1
h = rng.normal(0, sigma, N) + 1j * rng.normal(0, sigma, N)
a = np.abs(h)                             # 振幅
g = a ** 2                                # 電力

fig, ax = plt.subplots(1, 2, figsize=(12, 4.2))
aa = np.linspace(0, 3.2, 400)
ax[0].hist(a, bins=120, density=True, alpha=0.55, color="tab:blue", label="モンテカルロ")
ax[0].plot(aa, 2 * aa * np.exp(-aa ** 2), "r-", lw=2, label="理論: $2a e^{-a^2}$")
ax[0].set_xlabel("振幅 $|h|$"); ax[0].set_ylabel("確率密度")
ax[0].set_title("振幅はレイリー分布"); ax[0].legend(); ax[0].grid(alpha=0.3)

gg = np.linspace(0, 6, 400)
ax[1].hist(g, bins=200, density=True, alpha=0.55, color="tab:orange", label="モンテカルロ")
ax[1].plot(gg, np.exp(-gg), "r-", lw=2, label="理論: $e^{-g}$(指数分布)")
ax[1].set_xlim(0, 6); ax[1].set_xlabel("電力 $|h|^2$"); ax[1].set_ylabel("確率密度")
ax[1].set_title("電力は指数分布(原点で密度が最大)")
ax[1].legend(); ax[1].grid(alpha=0.3)
plt.tight_layout(); plt.show()

print("E[|h|^2] =", np.mean(g))
gbar = 10 ** (15 / 10); gth = 10 ** (5 / 10)
gam = gbar * g
print("平均SNR(実測) =", round(10 * np.log10(np.mean(gam)), 3), "dB")
print("MC  P_out =", np.mean(gam < gth), " 理論 =", 1 - np.exp(-gth / gbar))

20万点のモンテカルロで得た振幅ヒストグラムがレイリー密度と、電力ヒストグラムが指数密度と一致することを示した図

左の振幅ヒストグラムは $a \approx 0.7$ にピークを持つ山型で、レイリー密度 $2ae^{-a^2}$ と完全に重なっています。一方、右の電力ヒストグラムは原点で最大の単調減少形で、指数密度 $e^{-g}$ に一致しています。この「原点が最頻値」という性質こそが深いフェードの源です。数値でも $\mathbb{E}[|h|^2] = 0.999$、平均SNRは指定どおり15.00 dB、アウテージ確率はMCで $0.0956$、理論で $0.0952$ と一致しました。

(1) $L=1,2,4$ の理論値とモンテカルロの照合

いよいよ本命です。所要SNRを10 dBに固定し、平均SNRを掃引してアウテージ確率を理論とシミュレーションで比較します。MRCの出力SNRは各分岐SNRの和なので、指数乱数を $L$ 本足すだけで生成できます。

import numpy as np
import math
import matplotlib.pyplot as plt
from scipy.special import gammainc     # 正則化不完全ガンマ関数 P(L, x)

def pout_mrc(gth, gbar, L):
    """L分岐MRCのアウテージ確率(厳密): P(L, gth/gbar)"""
    return gammainc(L, gth / gbar)

def pout_approx(gth, gbar, L):
    """高SNR近似: (1/L!) * (gth/gbar)^L"""
    return (gth / gbar) ** L / math.factorial(L)

rng = np.random.default_rng(11)
gth_db = 10.0
gth = 10 ** (gth_db / 10)
gbar_db = np.arange(8, 41, 2.0)
Ls = [1, 2, 4]
N = 400_000                             # 1点あたりの試行数

results = {}
for L in Ls:
    th, mc = [], []
    for gd in gbar_db:
        gbar = 10 ** (gd / 10)
        th.append(pout_mrc(gth, gbar, L))
        # 各分岐SNR ~ Exp(平均 gbar) を L 本合成(MRC)
        gam = gbar * rng.exponential(1.0, size=(N, L)).sum(axis=1)
        cnt = np.sum(gam < gth)
        mc.append(cnt / N if cnt >= 10 else np.nan)   # 事象10個未満は信頼できない
    results[L] = (np.array(th), np.array(mc))
plt.figure(figsize=(8.5, 6))
colors = {1: "tab:blue", 2: "tab:orange", 4: "tab:green"}
for L in Ls:
    th, mc = results[L]
    plt.semilogy(gbar_db, th, "-", color=colors[L], lw=2, label=f"理論 $L$={L}")
    plt.semilogy(gbar_db, mc, "o", color=colors[L], ms=6, mfc="none",
                 label=f"モンテカルロ $L$={L}")
    plt.semilogy(gbar_db, pout_approx(gth, 10 ** (gbar_db / 10), L),
                 "--", color=colors[L], lw=1, alpha=0.7)
plt.axhline(1e-2, color="gray", ls=":", lw=1)
plt.text(8.5, 1.3e-2, "目標アウテージ 1%", fontsize=9, color="gray")
plt.ylim(1e-8, 1)
plt.xlabel("分岐あたりの平均SNR $\\bar\\gamma$ [dB]")
plt.ylabel("アウテージ確率 $P_{out}$")
plt.title("アウテージ確率(所要SNR $\\gamma_{th}$ = 10 dB, 破線は高SNR近似)")
plt.legend(fontsize=9); plt.grid(True, which="both", alpha=0.3)
plt.tight_layout(); plt.show()

L=1,2,4のアウテージ確率について理論曲線・モンテカルロ点・高SNR近似の破線を重ね、分岐数が増えるほど傾きが急峻になることを示した図

3つの重要な点が読み取れます。第一に、モンテカルロ点(丸)が理論曲線(実線)に完全に乗っています。たとえば $L=2$、$\bar\gamma = 16$ dBで理論 $2.6731\times10^{-2}$ に対しMCは $2.6802\times10^{-2}$、$L=4$、$\bar\gamma = 16$ dBで理論 $1.3580\times10^{-4}$ に対しMCは $1.4000\times10^{-4}$ でした。導出したガンマ分布のCDFが正しいことが確認できます。第二に、破線の高SNR近似が、$P_{\mathrm{out}} < 10^{-2}$ あたりから実線とほぼ重なります。設計で使う領域では近似式で十分だという実務的な裏付けです。第三に、$L$ が増えるほど曲線が急峻になります。$L=1$ の曲線は10 dBあたり1桁しか下がりませんが、$L=4$ では10 dBで4桁下がります。これが次に定量化する「傾き」です。

なお $L=2$ では34 dB以降、$L=4$ では20 dB以降でモンテカルロ点が消えているのは、$4\times10^5$ 回の試行ではアウテージ事象が10回未満しか起きず、推定値が信頼できないからです。稀事象のシミュレーションが難しいという事実自体が、解析解を持つことの価値を物語っています。

(2) 傾きの回帰からダイバーシチ次数を推定する

$\log_{10}P_{\mathrm{out}}$ を $\log_{10}\bar\gamma$ に対して1次回帰すれば、その傾きがダイバーシチ次数の符号違いになるはずです。高SNR領域(28〜40 dB)だけを使って推定します。

import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt

fit_db = np.arange(28, 41, 1.0)                 # 高SNR領域のみで回帰
x_fit = fit_db / 10.0                           # log10(gbar) に相当
slopes = {}
plt.figure(figsize=(8.5, 5.5))
for L, c in zip([1, 2, 4], ["tab:blue", "tab:orange", "tab:green"]):
    y = np.log10(pout_mrc(gth, 10 ** x_fit, L))
    slope, intercept = np.polyfit(x_fit, y, 1)
    slopes[L] = slope
    plt.plot(x_fit * 10, y, "o", color=c, ms=5,
             label=f"$L$={L}: 傾き = {slope:.3f}")
    plt.plot(x_fit * 10, slope * x_fit + intercept, "-", color=c, lw=1.5)
plt.xlabel("平均SNR $\\bar\\gamma$ [dB]")
plt.ylabel("$\\log_{10} P_{out}$")
plt.title("両対数プロットの傾き = $-$ダイバーシチ次数")
plt.legend(fontsize=10); plt.grid(alpha=0.3)
plt.tight_layout(); plt.show()

for L, s in slopes.items():
    print(f"L={L}: 推定ダイバーシチ次数 d = {-s:.4f}(理論値 {L})")

高SNR領域28〜40 dBでlog10 P_outを1次回帰し、L=1,2,4の傾きがそれぞれ-0.998、-1.997、-3.996になることを示した図

回帰の結果は $L=1$ で傾き $-0.9975$、$L=2$ で $-1.9967$、$L=4$ で $-3.9961$ となりました。理論値 $-1, -2, -4$ に対して誤差0.5%以内です。わずかに絶対値が小さいのは、まだ完全な漸近域に入りきっていない(高SNR近似の高次項が残っている)ためで、掃引範囲をさらに高SNR側に伸ばせば $-L$ に収束します。傾きを測るだけでダイバーシチ次数がわかるという主張が、数値的に裏付けられました。実測データに同じ回帰を当てれば、実装したダイバーシチが設計どおり効いているかを判定できます。

(3) 目標アウテージを満たす必要マージンの表

最後に、設計に直結する量を計算します。目標アウテージ $\varepsilon$ に対して必要なフェージングマージン $M = \bar\gamma/\gamma_{\mathrm{th}}$ を、$P_{\mathrm{out}}^{(L)}(x) = \varepsilon$ を数値的に解いて求めます。

import numpy as np
import math
from scipy.optimize import brentq
from scipy.special import gammainc

def required_margin_db(eps, L):
    """目標アウテージ eps を満たす必要マージン [dB](厳密解)"""
    x = brentq(lambda t: gammainc(L, t) - eps, 1e-14, 60.0)   # x = gth/gbar
    return -10 * np.log10(x)

def required_margin_db_approx(eps, L):
    """高SNR近似 M_dB = (1/L)*10log10(1/eps) - (10/L)*log10(L!)"""
    return (10 * np.log10(1 / eps) - 10 * np.log10(math.factorial(L))) / L

print(f"{'目標P_out':>10} | {'L=1':>14} {'L=2':>14} {'L=4':>14}")
print("-" * 60)
for eps in [1e-1, 1e-2, 1e-3, 1e-4]:
    row = [required_margin_db(eps, L) for L in [1, 2, 4]]
    apx = [required_margin_db_approx(eps, L) for L in [1, 2, 4]]
    cells = " ".join(f"{r:6.2f} ({a:5.2f})" for r, a in zip(row, apx))
    print(f"{eps:>10.0e} | {cells}")
    print(f"{'':>10} |   L=1比の利得: L=2 {row[0]-row[1]:5.2f} dB, "
          f"L=4 {row[0]-row[2]:5.2f} dB")

出力は次の表になります(括弧内は高SNR近似)。

目標 $P_{\mathrm{out}}$ $L=1$ $L=2$ $L=4$ $L=2$ の利得 $L=4$ の利得
$10^{-1}$ 9.77 dB (10.00) 2.74 dB (3.49) $-2.42$ dB ($-0.95$) 7.03 dB 12.19 dB
$10^{-2}$ 19.98 dB (20.00) 8.28 dB (8.49) 0.84 dB (1.55) 11.70 dB 19.13 dB
$10^{-3}$ 30.00 dB (30.00) 13.43 dB (13.49) 3.68 dB (4.05) 16.57 dB 26.32 dB
$10^{-4}$ 40.00 dB (40.00) 18.47 dB (18.49) 6.35 dB (6.55) 21.53 dB 33.65 dB

この表は無線設計のエッセンスが1枚に凝縮されています。まず $L=1$ の列を見ると、目標アウテージを1桁下げるたびに必要マージンがきっちり10 dBずつ増えます。$P_{\mathrm{out}} \approx 1/M$ の関係そのものです。$10^{-4}$ を単一アンテナで狙うと40 dB、つまり送信電力を1万倍にしなければならず、現実的ではありません。次に横方向を見ると、必要マージンがほぼ $1/L$ に縮んでいることがわかります(30 dB → 13.43 dB → 3.68 dB)。そして最右列のダイバーシチ利得は、目標アウテージが厳しいほど大きくなります。$P_{\mathrm{out}} = 10^{-1}$ では4分岐にしても12.19 dBの得ですが、$10^{-4}$ では33.65 dBです。高信頼を要求するシステムほど、ダイバーシチの費用対効果が跳ね上がる — URLLCや衛星の緊急通信でダイバーシチが必須になる理由がここにあります。

括弧内の近似値は、$L=1$ ではほぼ完全一致、$L=4$ でも1 dB以内のずれです。ずれが大きいのは目標アウテージが緩い($10^{-1}$)ケースで、そこでは $x$ が1に近く高SNR近似の前提が崩れているためです。設計の初期見積もりには近似式、詰めの段階では厳密解、という使い分けが妥当でしょう。

具体例 — 移動体リンクの設計に落とす

上の表を実際のリンク設計に当てはめてみます。QPSKでBER $10^{-3}$ を達成するのに必要なSNRが約10 dBだとし、目標アウテージを1%とします。

  • AWGN(有線に近い環境): 平均SNRを10 dBにすれば十分です。マージン0 dB。
  • レイリー、単一アンテナ: 表より19.98 dBのマージンが要るので、平均SNRは $10 + 19.98 = 29.98$ dB必要です。AWGN比で約100倍の送信電力、あるいは同じ電力ならセル半径を大幅に縮める必要があります。
  • レイリー、2分岐MRC: マージン8.28 dBなので平均SNRは18.28 dB。AWGN比で約6.7倍の電力で済みます。アンテナを1本足しただけで、11.7 dB=電力にして約15分の1に削減できました。
  • レイリー、4分岐MRC: マージン0.84 dBで平均SNRは10.84 dB。ほとんどAWGNと変わらない条件になります。

「アンテナをもう1本足す」ことが、送信アンプの出力を15倍にするのと同じ価値を持つ — この比較が、MIMOやダイバーシチ受信がここまで普及した理由を端的に示しています。

他のフェージングモデルへの拡張と、モデルの限界

レイリー・ライスK=10 dB・中上m=3・2分岐MRCのアウテージ曲線を重ね、ライスは平行移動のみで傾きが-1のまま、中上と MRC は傾き自体が変わることを示した図

モデルを変えたときに何が変わるのかを1枚にまとめました。赤いライス($K=10$ dB)は青のレイリーから大きく左にずれていますが、細い補助線と見比べると高SNR側の傾きは $-1$ のまま平行です。対して紫の中上-$m$($m=3$)と橙の2分岐MRCは傾き自体が変わっており、平均SNRを上げるほどライスを追い抜いていきます。「左に動かす」のと「傾きを変える」のはまったく別の改善で、後者を実現できるのは原点近傍の密度をゼロに押し潰す仕組み — すなわち独立な分岐や $m>1$ の集中したチャネル — だけです。

ライスフェージングでは傾きが変わらない

見通し波(LOS)がある環境はライスフェージングでモデル化され、直接波と散乱波の電力比 $K$(Kファクタ)で特徴づけられます。$K$ が大きいほど変動が小さくなるので、アウテージも改善しそうに思えます。

実際、瞬時SNRの密度を原点で評価すると $f_\gamma(0) = (1+K)e^{-K}/\bar\gamma$ となり、高SNRでは

$$ P_{\mathrm{out}} \approx (1+K)e^{-K}\cdot\frac{\gamma_{\mathrm{th}}}{\bar\gamma} $$

$K = 10$(10 dB)なら係数は $11 \times e^{-10} = 5.0\times10^{-4}$ で、レイリーより約33 dB良くなります。しかし $\bar\gamma$ の指数は1のままです。つまりライスフェージングは曲線を大きく左に平行移動させますが、傾きは $-1$ から変わりません。ダイバーシチ次数は依然として1です。LOSが強くても、確率的に見れば直接波が打ち消される可能性はゼロではなく、その「原点付近の密度」が有限である限りべき則は $\bar\gamma^{-1}$ に留まります。ダイバーシチ次数を上げるには、独立な分岐を用意するしかありません。

中上-$m$分布は次数を $m$ に上げる

中上(Nakagami-$m$)フェージングでは、瞬時SNRが形状パラメータ $m$ のガンマ分布に従います。密度が原点近傍で $\gamma^{m-1}$ で立ち上がるため、同じ計算を繰り返せば

$$ P_{\mathrm{out}} \approx \frac{m^{m-1}}{\Gamma(m)}\left(\frac{\gamma_{\mathrm{th}}}{\bar\gamma}\right)^{m} $$

となり、ダイバーシチ次数は $m$ です。$m=1$ でレイリー(次数1)、$m \to \infty$ でAWGN(変動なし)に対応します。$L$分岐MRCと組み合わせれば全体の次数は $mL$ になります。要するに、ダイバーシチ次数は「SNR密度が原点でどの次数のゼロを持つか」で決まるという統一的な見方ができます。

分岐間相関という現実

理論の $L$ 乗則は、分岐が独立であることに強く依存します。実装ではアンテナ間隔が波長の半分を切ると相関が上がり、効果が目減りします。相関行列の固有値がすべて正である限り、厳密には高SNRの傾きは $-L$ を保ちますが、係数(水平方向のオフセット)が悪化して、実用SNR域では見かけの傾きが $-L$ より緩くなります。極端に相関 $\rho \to 1$ に近づけば、実質的に1分岐と変わらなくなります。実測で傾きが理論より緩いときは、まず相関を疑うのが定石です。

シャドウイングとの合成

ここまでの議論は高速フェージング(マルチパス)だけを扱いました。実際の移動体環境では、建物や地形によるシャドウイングが対数正規分布で重畳します。すると $\bar\gamma$ 自体が確率変数になり、アウテージは「対数正規で条件付けたレイリーアウテージ」を平均した合成分布(Suzuki分布)で評価することになります。閉形式は得られず、通常はガウス・エルミート求積で数値積分します。カバレッジ設計で「ロケーション率90%」といった指標が出てくるのは、この二段構えの統計を扱っているためです。

準静的仮定の限界

最後に、本記事の枠組み全体が乗っている前提を確認しておきます。「1パケットの間はSNRが一定」という準静的仮定です。実際には、チャネルの相関時間(コヒーレンス時間)よりパケットが長ければ、1パケット中に複数のフェージング実現をまたぐことになり、符号化とインタリーブによって時間ダイバーシチが得られます。この場合、アウテージは瞬時SNRではなく相互情報量の平均で定義し直され、実効ダイバーシチ次数はパケットがまたぐ独立なフェージング実現の数だけ増えます。逆に、遅延制約が厳しくてまたげない場合には、本記事で計算したとおりの厳しい値がそのまま現実になります。アウテージ確率を評価するときは、必ず「どの時間スケールで平均しているか」を意識してください。

まとめ

本記事では、フェージング環境の通信品質を測るアウテージ確率について解説しました。

  • アウテージ確率は「瞬時SNRのCDFを所要SNRで評価した値」 — 平均SNRという1つの数字では、まれだが致命的な深いフェードを表現できません。品質は分布の裾で決まります
  • レイリーフェージングの瞬時SNRは指数分布 — 複素ガウス係数 → レイリー振幅 → 指数電力という変数変換で導けます。密度が原点で最大という性質が、深いフェードの多発を説明します
  • $P_{\mathrm{out}} = 1 – e^{-\gamma_{\mathrm{th}}/\bar\gamma} \approx \gamma_{\mathrm{th}}/\bar\gamma$ — アウテージ確率はフェージングマージンの逆数です。10 dBのマージンでも約10%落ちます
  • $L$分岐MRCではガンマ分布になり $P_{\mathrm{out}} \approx (\gamma_{\mathrm{th}}/\bar\gamma)^L/L!$ — MGFの積からガンマ分布を導き、部分積分の漸化式でCDFの級数表示を得ました。高SNR近似は積分の $e^{-t}\approx 1$ から一瞬で出ます
  • 両対数プロットの傾きがダイバーシチ次数そのもの — 平均SNRを1 dB上げるとアウテージが $L$ dB下がります。Pythonの回帰で $-0.9975$、$-1.9967$、$-3.9961$ と理論値 $-L$ を再現しました
  • 必要マージンはほぼ $1/L$ に縮む — $P_{\mathrm{out}} = 10^{-3}$ の目標に対し、1分岐で30 dB、2分岐で13.43 dB、4分岐で3.68 dB。高信頼を狙うほどダイバーシチの価値が上がります
  • アウテージ容量 $C_\varepsilon = \log_2(1+F^{-1}(\varepsilon))$ — 平均SNR 20 dBでもレイリー1%アウテージ容量はわずか1.00 bit/s/Hzで、AWGNの6.66 bit/s/Hzから85%が失われます。ダイバーシチはこの落差を直接埋めます
  • 傾きを変えるのは独立性だけ — ライスフェージングは曲線を左に動かしますが傾きは $-1$ のまま。ダイバーシチ次数を上げられるのは独立な分岐(空間・時間・周波数・偏波)だけです

アウテージ確率という視点を持つと、無線システムの設計指標が「どれだけ強く送るか」から「どれだけ独立な経路を用意するか」へと切り替わります。この発想の転換が、MIMO、OFDM+周波数インタリーブ、HARQ、マルチコネクティビティといった現代無線の主要技術に共通する背骨になっています。

次のステップとして、以下の記事も参考にしてください。