光衛星間リンク(光ISL)の原理 — レーザー通信端末とPAT制御をわかりやすく解説

地球の周りを高度550 kmで周回するStarlink衛星のすぐ近くを、別のStarlink衛星が秒速7.5 kmで通り過ぎていきます。両者の距離は数千km、相対速度は最大で15 km/sにも達します。それでも、両衛星は髪の毛より細いレーザービームを互いに正確に向け合い、毎秒100ギガビットものデータを安定にやり取りしています。電波(RF)を使えば数十Mbps〜数百Mbpsが限界だった衛星間通信が、なぜ光に置き換えると三桁も大きなデータレートに化けるのでしょうか。そして、これだけ細いビームをどうやって何千kmも離れた相手に当て続けるのでしょうか。

この問いに答えるのが光衛星間リンク(Optical Inter-Satellite Link, OISL / 光ISL)の技術です。光ISLは現在、以下のような場面で実運用が急速に立ち上がりつつあります。

  • メガコンステレーション内のメッシュネットワーク: Starlink V2衛星には4基のレーザー通信端末(LCT)が搭載され、軌道上で数千衛星規模の光メッシュを形成しています。地上ゲートウェイを経由せずに衛星間で直接データをルーティングできるため、洋上や極地でも低遅延通信が可能になります
  • GEO-LEO データリレー(EDRS): ESAの欧州データ中継システム(EDRS)は、LEO地球観測衛星がGEO衛星に1.8 Gbpsの光リンクで観測データを送り、GEOから地上に伝送する2段階リレー方式を実用化しています
  • 深宇宙通信の前哨: 月・火星探査機からの大容量伝送に向け、NASAのLCRD/DSOCといった実証ミッションが、自由空間光通信の長距離化を進めています

本記事の内容

  • 光ISLが必要とされる物理的な理由(RFとの比較、回折限界の効きかた)
  • レーザー通信端末(LCT)の構成要素と1064/1550 nm帯の選択理由
  • ガウシアンビームの発散角と自由空間光リンクのリンクバジェット
  • PAT(Pointing/Acquisition/Tracking)制御の三段階と精度要求
  • 強度変調直接検波(IM/DD)とコヒーレント受信(BPSK/DPSK)の比較
  • 衛星間相対運動とドップラーシフトの取り扱い
  • EDRS, Starlink ISL, SpaceMobileなど実用例とRF/光の長所短所比較

前提知識

この記事を読む前に、以下の記事を読んでおくと理解が深まります。

また、以下の概念に馴染みがあるとスムーズです。

  • 自由空間伝搬損失(Friisの公式)とdB計算
  • ガウスビームと回折の基本($\theta \sim \lambda/D$)
  • ドップラー効果の基本式

なぜ衛星間で光通信なのか — RFとの根本的な違い

「アンテナを大きくする」とは「波長を短くする」と同じこと

衛星通信で出てくるフリスの式を思い出してみましょう。送信電力 $P_t$、送信アンテナ利得 $G_t$、受信アンテナ利得 $G_r$、距離 $L$、波長 $\lambda$ のとき、受信電力は

$$ P_r = P_t \, G_t \, G_r \, \left(\frac{\lambda}{4\pi L}\right)^2 $$

と書けます。$(\lambda / 4\pi L)^2$ の項が自由空間損失で、距離が遠いほど、そして波長が長いほど信号は薄まります。「波長が長いほど薄まる」のは意外に感じるかもしれませんが、これはアンテナ利得 $G = 4\pi A_{\rm eff}/\lambda^2$ の中に $\lambda$ が含まれていることと一体で考える必要があります。同じ口径 $D$ のアンテナでも、波長が短いほど利得は二乗で大きくなります。

電波と光の本質的な違いはここに表れます。波長の比だけ書いてみましょう。

  • Ka帯(30 GHz): $\lambda \approx 10$ mm
  • 光通信(1550 nm): $\lambda = 1.55$ μm

その比はおよそ 6,400倍。同じ口径10 cmの開口を考えると、光は電波より $6{,}400^2 \approx 4 \times 10^7$ 倍、つまり約76 dBもアンテナ利得が高くなります。これがRFとは桁違いに「鋭い指向性」が得られる理由であり、光通信の最大の武器です。

周波数帯の枯渇と干渉問題

光通信が魅力的なのはアンテナ利得だけではありません。Ka帯やQ/V帯のRFスペクトラムは、メガコンステレーション時代に入って国際的に取り合いになっています。Starlinkだけで万を超える衛星が同じ周波数を使うため、相互干渉や周波数調整の負担が膨大です。

光通信は、ITUの周波数割り当て規制を受けないという制度的な強みもあります。波長は約1 μm前後の自由帯域として実質的に「無限」とも言えるほど広く、衛星ごと、リンクごとに異なる波長を使えば干渉も実質ゼロにできます。RFが「混雑した高速道路」だとすれば、光ISLは「まだ車が走っていない新規開通の高速道路」のような存在です。

大気を経由しない、というLEO ISLの強み

光通信のもう一つの利点は、衛星 – 衛星間(軌道上)のリンクは大気の影響をほぼ受けない点です。地上 – 衛星の光リンクでは、雲・霧・大気乱流(シンチレーション)が深刻なフェージングを引き起こし、可用性確保が大きな課題でした。しかし軌道上同士のリンクでは大気がないため、これらの問題が一掃されます。

ここまでで「なぜ光なのか」が見えてきました。鋭いビーム、規制フリー、大気の影響なし。次に、それを実現するハードウェアであるレーザー通信端末の中身を覗いてみましょう。

レーザー通信端末(LCT)の構成要素

LCTは何でできているか

LCT(Laser Communication Terminal)は、ひと言でいえば「小型望遠鏡+レーザー送受信モジュール+精密駆動機構」の塊です。Tesat(Airbus傘下)のLCTは口径135 mm程度の望遠鏡を持ち、質量約30〜50 kg、消費電力150 W前後で、最大1.8 Gbps(コヒーレントBPSK)を実現します。LCTを構成する主な要素を整理すると以下のようになります。

  • 光学望遠鏡(テレスコープ): ビームを集光・発射する光学系。口径 $D$ が大きいほどビームは細くなり、利得は高くなる
  • 粗動アジマス・エレベーション機構(CPM: Coarse Pointing Mechanism): 望遠鏡全体を機械的に駆動して、相手衛星のおおよその方向に向けるジンバル機構
  • 微動鏡(FSM: Fine Steering Mirror): 光路中に置かれた小型の圧電/ボイスコイル駆動ミラー。μrad(マイクロラジアン)レベルの高速・高精度なビーム偏向を担う
  • 送信レーザー: シングルモードのファイバレーザー(Yb系1064 nm、Er系1550 nm)。EDFA(エルビウム添加光ファイバ増幅器)で数Wまで増幅される
  • 受信フォトディテクタ: APD(アバランシェフォトダイオード)またはコヒーレント受信機。波長帯と変調方式に応じて選択される
  • ビーコン光学系: 初期捕捉用の広角ビームを送出する系統(自身の存在を相手に知らせる「灯台」)
  • クアドラントセンサ(QD/CCD): 相手から来るビーコン光や信号光の到来方向を計測するセンサ。PAT制御の目に相当する

これらを一枚岩のベンチに統合し、衛星バスからのジッタや熱変形に対して光軸の安定を保つのがLCT設計の腕の見せ所です。LCTの内部は、ファイバ・自由空間・反射光学系が複雑に絡み合った精密機械工学の結晶と言ってよいでしょう。

1064 nm と 1550 nm — なぜこの2波長なのか

LCTが使うレーザー波長はほぼ1064 nmと1550 nmに集約されています。理由は次の通りです。

  • 1064 nm(Nd:YAG / Yb系): 古典的に研究実績が深く、高出力レーザーの選択肢が豊富。Tesat LCT(EDRSや初期Starlink ISL)はこの帯域を採用。シリコン系の検出器が高感度に使える
  • 1550 nm(Er系, EDFAバンド): 地上の光ファイバ通信のC帯と完全に重なるため、デバイス(半導体レーザー、EDFA、光フィルタ、変調器)が成熟・低コスト・宇宙適合品が豊富。最近のメガコンステレーション向けLCTは1550 nm系が主流

両者に共通するのは、これらが大気の透過窓に対応しており、かつ目視(網膜障害)に対するアイセーフティ等級が比較的良好(特に1550 nmは目に到達しにくい)ことです。軌道上同士のリンクでは大気は無関係ですが、地上局との相互運用や安全性も含めると、この2波長が現実的な選択肢として残ります。

光増幅器とコヒーレント光源

LCTから出るレーザー出力は通常1〜5 W程度。原振となる狭線幅レーザー(半導体DFBレーザーや外部共振器型)を、EDFAやYDFAで増幅して空間に出射します。狭線幅であることがコヒーレント検波には決定的に重要で、線幅は数十kHz〜数百kHz級が要求されます。

LCTの中身が見えてきたところで、次はその性能を決める「ビームの細さ」と「距離による減衰」の関係を、ガウシアンビームの言葉で定量化しましょう。

ガウシアンビームと回折限界 — ビームはどこまで細くなるか

回折限界の発散角

レーザービームを口径 $D$ の望遠鏡で平行ビームとして出射しても、回折の効果でビームは必ず広がっていきます。理想的なガウシアンビームの遠方での全角発散角(半値全幅相当)は、近似的に

$$ \theta_{\rm div} \approx \frac{4\lambda}{\pi D} $$

と書けます。Airyパターンに対する典型表現 $\theta \approx 1.22\, \lambda/D$ と概ね同じオーダーで、要は 波長を口径で割った量でビームの広がりは決まります。

数値感覚を掴むため、$\lambda = 1.55$ μm、$D = 0.10$ m(10 cm)の場合を計算してみます。

$$ \theta_{\rm div} \approx \frac{4 \times 1.55 \times 10^{-6}}{\pi \times 0.10} \approx 2.0 \times 10^{-5}~\mathrm{rad} = 20~\mu\mathrm{rad} $$

この20 μradという数字を実感するために、距離 $L = 5{,}000$ km先の相手におけるビーム直径を計算すると、

$$ d \approx L \cdot \theta_{\rm div} = 5 \times 10^6 \times 2.0 \times 10^{-5} = 100~\mathrm{m} $$

つまり、出射時に10 cm幅のビームが、5,000 km先では半径50 m程度の「光のスポット」になっています。相手衛星はその100 m径のスポット内に正確に位置していなければなりません。

ピーク強度とビーム軸ずれの感度

ガウシアンビームの遠方場での強度分布は、ビーム中心からの角度 $\theta$ を使って

$$ I(\theta) = I_0 \exp\left( -\frac{2\theta^2}{\theta_0^2} \right) $$

と書けます($\theta_0$ はビームのウエストに対応する角度)。受信側がビーム中心から $\Delta\theta$ ずれた位置にあると、受け取る強度は中心値に対して

$$ \frac{I(\Delta\theta)}{I_0} = \exp\left( -\frac{2\Delta\theta^2}{\theta_0^2} \right) $$

だけ減ります。たとえばビームの $1/e^2$ 半角 $\theta_0$ の半分だけポインティングがずれた場合($\Delta\theta = 0.5\,\theta_0$)、強度は $\exp(-0.5) \approx 0.61$、つまり約2 dBの追加損失となります。$\Delta\theta = \theta_0$ までずれてしまうと $\exp(-2) \approx 0.13$、約9 dBの損失で実質通信不能になります。

このスケーリングは光ISLが要求するポインティング精度を直接的に決定します。$\theta_{\rm div} = 20~\mu{\rm rad}$ のビームでは、許容ポインティング誤差はせいぜい数μrad、衛星バス全体の姿勢制御だけでは到底達成できません。だからこそ後述するPAT制御ファインステアリングミラーが必要になります。

ここまでで「ビームの細さ」と「ポインティング誤差感度」の関係が掴めました。続いて、これを使って実際のリンクバジェットを組み立ててみます。

光ISLのリンクバジェット

自由空間光リンクの基本式

衛星回線設計 — リンクバジェットの計算と設計マージン で扱ったRFのフリスの式と同じ枠組みが、光でもそのまま使えます。dB表記で書くと

$$ P_r [\mathrm{dBW}] = P_t + G_t + G_r – L_{\rm fs} – L_{\rm point} – L_{\rm opt} $$

ここで、

  • $P_t$ : 送信光電力(典型 1〜5 W、すなわち 0〜+7 dBW)
  • $G_t, G_r$ : 送信・受信光アンテナ利得 $G \approx (\pi D/\lambda)^2$
  • $L_{\rm fs} = (4\pi L/\lambda)^2$ : 自由空間損失(数値はRFよりはるかに大きい)
  • $L_{\rm point}$ : ポインティング損失(先ほどの $\exp$ 項)
  • $L_{\rm opt}$ : 光学系・ファイバ結合損失(典型 3〜6 dB)

自由空間損失の桁感

$L_{\rm fs}$ の中身を数値で見てみましょう。$L = 5{,}000$ km、$\lambda = 1.55$ μm のとき、

$$ L_{\rm fs} = \left(\frac{4\pi \times 5\times 10^6}{1.55 \times 10^{-6}}\right)^2 \approx (4.05 \times 10^{13})^2 $$

これをdBに直すと、

$$ L_{\rm fs}~[\mathrm{dB}] = 20\log_{10}(4.05 \times 10^{13}) \approx 272~\mathrm{dB} $$

になります。RFのKa帯(30 GHz, $\lambda = 10$ mm)で同じ距離だと、

$$ L_{\rm fs}~[\mathrm{dB}] = 20\log_{10}\left(\frac{4\pi \times 5\times 10^6}{10^{-2}}\right) \approx 196~\mathrm{dB} $$

光のほうがちょうど 76 dBだけ自由空間損失が大きいわけです。先に見たアンテナ利得の差とぴったり打ち消し合うことに注意してください。これは波長 $\lambda$ がアンテナ利得側 $(D/\lambda)^2$ と自由空間損失側 $(L/\lambda)^2$ に同じく入っているためで、最終的な信号レベルは口径と距離だけで決まるという美しい性質に帰着します。

リンクバジェット例 — Starlink クラスのLEO-LEO

仮想的なStarlink ISLクラスのリンクを組んでみます。次の数値を使います。

  • 送信電力 $P_t = 2~\mathrm{W} = +3~\mathrm{dBW}$
  • 望遠鏡口径 $D_t = D_r = 0.10~\mathrm{m}$、$\lambda = 1.55~\mu\mathrm{m}$
  • 距離 $L = 4{,}000~\mathrm{km}$
  • 光学損失 $L_{\rm opt} = 5~\mathrm{dB}$
  • ポインティング損失 $L_{\rm point} = 2~\mathrm{dB}$

光アンテナ利得は

$$ G = \left(\frac{\pi D}{\lambda}\right)^2,\quad G~[\mathrm{dB}] = 20\log_{10}\left(\frac{\pi \times 0.10}{1.55\times 10^{-6}}\right) \approx 106~\mathrm{dB} $$

自由空間損失は $L = 4{,}000$ km のとき先ほどの計算と同様にして約 $270~\mathrm{dB}$ になります。これらを足し合わせると、

$$ P_r = 3 + 106 + 106 – 270 – 2 – 5 = -62~\mathrm{dBW} \approx -32~\mathrm{dBm} $$

つまり受信機端で $-32$ dBm、電力にして約 $0.6~\mu\mathrm{W}$ の信号が得られます。これは光通信の世界では「強い」信号で、コヒーレント検波を使えば 10 Gbps〜100 Gbpsの伝送が十分達成可能です。

コヒーレント受信のショットノイズ限界感度

光通信における受信感度は、究極的にはショットノイズ限界で決まります。コヒーレント検波(ホモダインBPSKなど)では、ビット誤り率 $10^{-9}$ を達成するために1ビット当たり光子数 PPB(Photons Per Bit)が10〜40光子程度あれば足ります。これを電力に換算すると、

$$ P_{\rm min} = \mathrm{PPB} \cdot \frac{hc}{\lambda} \cdot R_b $$

ここで $h$ はプランク定数、$c$ は光速、$R_b$ はビットレートです。$\lambda = 1.55$ μm では $hc/\lambda \approx 1.28 \times 10^{-19}~\mathrm{J/photon}$ なので、10 Gbpsで PPB = 30 を仮定すると、

$$ P_{\rm min} = 30 \times 1.28 \times 10^{-19} \times 10^{10} \approx 3.8 \times 10^{-8}~\mathrm{W} = -44~\mathrm{dBm} $$

これより、先ほどのリンクで得られた受信電力 $-32$ dBm は、感度限界 $-44$ dBm に対して 12 dBの余裕があることになります。これがマージンとなり、ポインティングジッタや時間変動、ドップラー、温度ドリフトに対する設計余裕を吸収します。RFでこれだけのマージンを 10 Gbps級で得るのは至難の業で、光通信の優位性が数値として現れます。

リンクバジェットが見えたところで、次は「実際にビームを当てる」ための制御工学に話を移しましょう。

PAT制御の3段階 — Pointing / Acquisition / Tracking

100 m径のスポットに4,000 km先から狙いをつける

光ISLの心臓部がPAT(Pointing, Acquisition, Tracking)制御です。発散角20 μradのビームを、相対速度15 km/sで運動する4,000 km先の衛星に当て続けるには、3段階の制御階層が必要になります。

1. ポインティング(Pointing) — 軌道情報からのおおよその指向

第1段階は、自衛星と相手衛星の軌道情報(TLEや精密軌道暦)から、相手の予測方向を計算し、LCTのジンバル(CPM: Coarse Pointing Mechanism)でその方向に望遠鏡を向ける段階です。

このフェーズの主な誤差要因は次の通りです。

  • 軌道予測誤差(数十m〜数百m)
  • 衛星本体の姿勢決定誤差(数 mdeg = 数十 μrad)
  • LCT取付誤差・熱変形(数 μrad〜数十 μrad)

これらが重なると、初期指向誤差は数 mrad(ミリラジアン)に達することもあります。20 μradのビームではとうてい外れているわけです。そこで第2段階の「捕捉」が必要になります。

2. 捕捉(Acquisition) — ビーコン光による相互発見

捕捉段階では、両衛星が広角ビーコン光(発散角が数百 μrad〜数 mradと広い、出力は小さめ)を出し合います。広角ビームなら、初期指向誤差が数mradあってもビームが相手にかかります。

各LCTは広視野(FOV)のCCDやクアドラントセンサで相手のビーコンを探索します。空間をラスタスキャンする方式(スパイラル走査)や、複数ビームを同時に発する方式など、ミッションごとに工夫があります。相手のビーコンを検出したら、その方向にCPMを動かして指向誤差を急速に縮小し、自身の通信用ナローバンドビームを相手に向けます。

このやり取りには通常数秒〜数十秒かかります。EDRS-AのLCTでは典型1分以内、最新のStarlinkクラスでは大幅に短縮されています。

3. 追尾(Tracking) — クローズドループでの常時補正

捕捉が完了し、信号光がお互いに届くようになると、最終段階のトラッキング制御に移行します。受信側のクアドラントセンサ(または光検出器のセグメント情報)からビームの到来方向誤差(チップティルト)を抽出し、これをファインステアリングミラー(FSM)にフィードバックしてビーム方向を高速補正します。

トラッキングの制御帯域はkHz〜数十kHzに達し、衛星バスの振動・反力ホイールのジッタ・推進系の擾乱を実時間で打ち消します。要求精度は典型 1〜3 μrad RMS(root-mean-square)で、これは数百km先で数mのスポット位置安定に相当します。

なお、相手が運動しているため、現在送信しているビームは過去の相手位置に向かわず、相手の未来位置に向ける必要があります。これをポイントアヘッド(point-ahead angle)補正と呼びます。

ポイントアヘッド角の見積もり

相対速度 $v_{\perp}$ の横方向成分が存在するとき、片道時間 $\tau = L/c$ の間に相手は $v_{\perp}\tau$ だけ動きます。よってポイントアヘッド角は

$$ \theta_{\rm PA} \approx \frac{2 v_{\perp}}{c} $$

となります(往復で2倍する)。LEO同士で $v_{\perp} = 7$ km/s と仮定すると、

$$ \theta_{\rm PA} \approx \frac{2 \times 7 \times 10^3}{3 \times 10^8} \approx 47~\mu\mathrm{rad} $$

これは発散角20 μradの2倍以上の値で、補正しなければ信号は届きません。FSMが受信ビーコン方向(=過去の相手位置)と送信方向(=未来の相手位置)を別々に保つ機構が必要で、LCTの光学設計の核心の一つです。

PAT制御の構造が見えたところで、次はビームに情報をどう載せるか、変調と検波の話に進みます。

変調と復調 — IM/DD vs コヒーレント

強度変調直接検波(IM/DD)

最もシンプルな光通信方式がIM/DD(Intensity Modulation / Direct Detection)です。送信側はレーザーの光強度をON/OFFまたは複数レベルで変調し(OOK、PPM、PAMなど)、受信側はフォトディテクタで光強度を直接電気信号に変換します。

利点は構成が簡単でローカル発振器(LO)が不要なこと。欠点は感度がショットノイズ限界より大きく劣ること、特に深宇宙のような超低信号環境では非効率です。NASAの深宇宙光通信DSOCはむしろPPM(Pulse Position Modulation)+ 光子計数検出器を使い、極めて低光子レベルでの伝送に最適化しています。

コヒーレント検波 — BPSK/DPSK

メガコンステレーションのISLや高速データリレーで主流になっているのがコヒーレント検波です。送信側はレーザー光の位相(または周波数)を変調し、受信側ではローカル発振光(LO)を信号光と混合して位相情報を取り出します。

代表的な変調方式は次の通りです。

  • BPSK(Binary Phase Shift Keying): 位相を $0$ と $\pi$ で切り替える。ホモダイン検波で理論的にショットノイズ限界の感度を達成
  • DPSK(Differential PSK): 直前ビットとの位相差で情報を載せる。LO周波数精度の要求が緩く、Tesat LCT(1.064 μm)で初期に採用

コヒーレント検波の本質的な利点は、ローカル発振光のパワーで信号光を増幅できることです。受信機での光検出器電流は信号光振幅 $E_s$ とLO振幅 $E_{\rm LO}$ の積に比例し、$E_{\rm LO}$ を強くすればショットノイズ以外の雑音(熱雑音や暗電流)は相対的に無視できます。これがショットノイズ限界感度に到達できる理由です。

10〜100 Gbps級が実現できる理由

光通信は搬送波周波数が約200 THzと、Ka帯(30 GHz)の6,000倍以上もあります。実質的に取り扱える帯域幅も巨大で、デバイス側(光変調器、光受信機)が数十GHz級まで対応します。これに加え、

  • 波長分割多重(WDM): 異なる波長を同一光路で多重化、N倍の容量
  • 偏波多重(PDM): 直交する2つの偏光に独立データ
  • 高次変調: QPSK, 16-QAMなどでビット効率を倍加

これらを組み合わせると、地上の光ファイバ通信と同様、1チャネル100 Gbps〜400 Gbpsが原理的に可能になります。実際、Starlink V2 ISLは100 Gbps級、研究レベルでは200 Gbps級の軌道上実証が始まっています。

変調・復調の技法が見えたところで、次に運動する衛星間で避けて通れないドップラーの話をします。

ドップラーと相対運動の取り扱い

光ドップラーシフトの大きさ

相対速度 $v$ で運動する衛星間では、受信周波数 $f_r$ は

$$ f_r \approx f_t \left(1 + \frac{v}{c}\right) $$

だけシフトします。$v = 15$ km/s(LEO-LEOの最大相対速度オーダー)、$f_t = 193$ THz(1550 nm)とすると、

$$ \Delta f = f_t \cdot \frac{v}{c} = 193 \times 10^{12} \times \frac{1.5 \times 10^4}{3 \times 10^8} \approx 9.7~\mathrm{GHz} $$

実に10 GHzものシフトが生じます。コヒーレント受信機のLO周波数を信号光の現在の周波数に精密に追従させなければ、復調品質が崩壊します。

ドップラー追尾のための光位相同期ループ

実際のコヒーレントLCTは、光位相同期ループ(OPLL: Optical Phase-Locked Loop)でLOを信号光に高速追従させます。位相誤差検出器の出力でLO(半導体レーザー、しばしば波長制御素子付き)の周波数を制御し、信号光との位相差を一定に保ちます。応答帯域は数十kHz〜数百kHzが要求されます。

また、軌道幾何からドップラーシフトを事前計算してフィードフォワード補正をかけるプレドップラー補正も併用されます。OPLLが捕捉できる引き込み範囲(数百MHzオーダー)内に予測誤差を抑え込むのが目的です。

このように光通信は、RFと比べてドップラーの絶対値が桁違いに大きい一方、それを克服する電子工学・光工学が成熟してきたからこそ実用域に到達したと言えます。

ドップラーをクリアできれば、いよいよ実用例を見ていく段階です。

実用例 — EDRS, Starlink ISL, SpaceMobile

EDRS — 欧州データ中継システム

ESAとAirbusが推進するEDRS(European Data Relay System)は、世界最初期に運用が始まった光ISL実用システムです。GEO衛星(EDRS-A, EDRS-C)に搭載されたTesat LCTが、LEOのSentinel-1/-2など地球観測衛星からの観測データを1.064 μm, BPSKコヒーレント, 1.8 Gbpsで受信し、Ka帯ダウンリンクで地上に伝送します。

GEO-LEO間距離は最大45,000 km。この長距離でも光リンクが成立する事実は、光ISL技術の信頼性を世界に示しました。EDRSは「Space Data Highway」の通称で呼ばれ、観測データの即時性(緊急時の災害監視等)を飛躍的に向上させています。

Starlink ISL — メガコンステレーション内メッシュ

SpaceXは2021年以降のStarlink V1.5/V2衛星に4基の光ISL端末を搭載し、軌道面内および軌道面間で光メッシュネットワークを形成しています。各リンクは100 Gbps級、波長は1550 nm系、変調はDP-QPSKなどの先進方式とされ、衛星上のルーティングで地上ゲートウェイを介さずに通信を完結できます。

この結果、洋上、極地、海底ケーブルが届かない地域でも、光ISL経由でグローバルなインターネット接続が可能になりました。光ISLが「あったほうがいい技術」から「コンステレーション運用に不可欠な技術」に化けた瞬間です。

AST SpaceMobile / Lynk — D2C構成での光ISL

スマートフォンと衛星が直接通信するD2C(Direct-to-Cell)事業者であるAST SpaceMobileやLynk Globalも、衛星間バックホールに光ISLを採用しつつあります。地上の携帯電話事業者ネットワークに接続するゲートウェイまでの「最後のホップ」を高速光リンクで担うアーキテクチャです。

NASA LCRD と DSOC — 深宇宙への展開

地球周回ではなく月・火星距離での光通信を狙うのがNASAの実証ミッションです。

  • LCRD (Laser Communications Relay Demonstration): GEO上のLCRDが地上と1.244 Gbpsで光通信を行う実証機。2021年打上げ
  • DSOC (Deep Space Optical Communications): Psycheミッション搭載、地球-火星距離(最大3.6億km!)で光通信を実証中。PPMと光子計数検出器を活用

これらは光ISLの将来形である深宇宙光通信の道を切り拓いています。

ここまで実用例を眺めて、最後にRFと光のトレードオフを整理しておきましょう。

RFリンクとの長所短所比較

光ISLはRFを完全に置き換えるわけではなく、両者は補完関係にあります。代表的なトレードオフを表にまとめます。

項目 RF(Ka/Q帯) 光(1064/1550 nm)
データレート 数百Mbps〜数Gbps 1.8 Gbps〜100 Gbps以上
アンテナ口径 数十cm〜数m 数cm〜十数cm
ビーム幅 数mrad〜数° 10〜30 μrad
ポインティング要求 緩い(mrad級) 厳しい(μrad級)
大気の影響 雨で減衰(特にKa以上) 雲・霧で遮断、軌道上ISLでは影響なし
ドップラー対応 容易(kHz級) 厳しい(GHz級)
干渉・周波数調整 必要(ITU規制) 実質不要
装置の成熟度 高い、安価 急速に成熟中
質量・電力 装置サイズ大きい LCTは比較的小型・省電力

ざっくりまとめると、

  • RFが向くケース: 広域ブロードキャスト、低速だが高信頼な遠隔監視・コマンド、地上ユーザーへのアクセス(D2C含む)
  • 光ISLが向くケース: 衛星間の高速バックホール、データレートが性能を律速する観測データ伝送、メガコンステレーション内メッシュ

実用システムでは、TT&C(テレメトリ・コマンド)と地上ユーザー向けはRF、衛星間バックホールは光、というハイブリッド構成が標準的になっています。

Pythonで光リンクバジェットを可視化する

最後に、ここまでの理論を簡単なPythonコードで数値化してみます。距離を変えながらガウシアンビームの遠方スポット径と受信電力を計算し、感度限界との関係を可視化します。

import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt

# 物理定数
h = 6.626e-34      # プランク定数 [J*s]
c = 3.0e8          # 光速 [m/s]

# システムパラメータ
lam = 1.55e-6      # 波長 [m](1550 nm)
D = 0.10           # 望遠鏡口径 [m]
Pt_W = 2.0         # 送信光電力 [W]
L_opt_dB = 5.0     # 光学損失 [dB]
L_point_dB = 2.0   # ポインティング損失 [dB]
Rb = 10e9          # ビットレート [bps]
PPB = 30           # コヒーレントBPSKの感度(ビット当たり光子数)

# 距離レンジ
L_arr = np.linspace(500e3, 8000e3, 100)  # 500 km 〜 8,000 km

# ガウシアンビームの発散角
theta_div = 4 * lam / (np.pi * D)
# 遠方スポット直径
spot_d = L_arr * theta_div

# 自由空間損失 [dB]
L_fs_dB = 20 * np.log10(4 * np.pi * L_arr / lam)

# 光アンテナ利得 [dB]
G_t_dB = 20 * np.log10(np.pi * D / lam)
G_r_dB = G_t_dB

# 受信電力 [dBW]
Pr_dBW = 10*np.log10(Pt_W) + G_t_dB + G_r_dB - L_fs_dB - L_opt_dB - L_point_dB
Pr_dBm = Pr_dBW + 30  # dBW -> dBm

# ショットノイズ限界感度 [dBm]
Pmin_W = PPB * (h * c / lam) * Rb
Pmin_dBm = 10 * np.log10(Pmin_W) + 30

# 可視化
fig, axes = plt.subplots(1, 2, figsize=(11, 4))

axes[0].plot(L_arr/1e3, spot_d, color='tab:cyan')
axes[0].set_xlabel('Inter-satellite distance [km]')
axes[0].set_ylabel('Far-field spot diameter [m]')
axes[0].set_title('Gaussian beam spot size vs distance')
axes[0].grid(alpha=0.3)

axes[1].plot(L_arr/1e3, Pr_dBm, label='Received power', color='tab:orange')
axes[1].axhline(Pmin_dBm, ls='--', color='tab:red',
                label=f'Shot-noise limit ({Pmin_dBm:.1f} dBm)')
axes[1].set_xlabel('Inter-satellite distance [km]')
axes[1].set_ylabel('Received power [dBm]')
axes[1].set_title('Link budget at 10 Gbps (D=10 cm, Pt=2 W)')
axes[1].legend()
axes[1].grid(alpha=0.3)

plt.tight_layout()
plt.show()

print(f'発散角: {theta_div*1e6:.1f} μrad')
print(f'距離 4000 km での受信電力: {Pr_dBm[np.argmin(np.abs(L_arr-4e6))]:.1f} dBm')
print(f'感度限界(10 Gbps, PPB=30): {Pmin_dBm:.1f} dBm')

このグラフから、二つの重要な振る舞いが読み取れます。第一に、遠方スポット径は距離に正比例で広がり、4,000 kmで約80 m、8,000 kmで約160 mに達します。発散角20 μradのビームでも、距離が伸びれば「壁画ほどの大きさ」に広がってしまうことが分かります。第二に、受信電力は距離の二乗に反比例して落ちますが、4,000 km地点でも依然としてショットノイズ限界に対して10 dB以上のマージンを持っています。これは、光ISLが「LEO-LEO距離なら余裕、GEO-LEOになると望遠鏡口径か送信電力を増やす必要がある」という設計直感を裏付けています。

なお、実際の運用ではここにポインティングジッタによる時変損失温度ドリフトによる光学アライメント変動ファイバ結合効率の劣化などが加わるため、設計マージンは典型 5〜10 dB積み増します。コードのパラメータを変えて、口径や送信電力、ビットレートを動かしてみると、設計判断のトレードオフ感覚がさらに磨かれます。

まとめ

本記事では、光衛星間リンク(光ISL)の原理を、レーザー通信端末(LCT)の構成からPAT制御、リンクバジェット、変調方式、実用例までを通して解説しました。重要なポイントを振り返ります。

  • 光ISLの根本的優位性: 同じ口径でもRFより76 dB以上高いアンテナ利得を取れるため、小さな望遠鏡で高速データレートが可能。同時に自由空間損失も大きいが、両者は波長依存が打ち消し合い、最終的に「口径と距離」だけで信号レベルが決まる
  • 回折限界の発散角: $\theta_{\rm div} \approx 4\lambda/(\pi D)$。10 cm口径・1550 nmで20 μrad、4,000 km先で80 m径スポットとなり、これがポインティング要求を厳しくする
  • PAT制御の3段階: 軌道情報による Pointing → ビーコン光による Acquisition → クアドラントセンサ+FSMによる Tracking。μrad RMS級の精度で常時補正
  • コヒーレント検波: ショットノイズ限界感度(PPB = 10〜40光子)を達成し、10〜100 Gbps級の高速通信を実現。BPSK/DPSK/QPSKが主流
  • ドップラー: LEO-LEO相対速度15 km/sで10 GHz級のシフト。OPLLとフィードフォワード補正で追従
  • 実用例: EDRS(GEO-LEO 1.8 Gbps)、Starlink V2(LEO-LEO 100 Gbps級)、NASA DSOC(深宇宙)が技術成熟を牽引

光ISLは、これからの宇宙インフラ — メガコンステレーション、地球観測の即時データ伝送、月面・火星探査の高速通信 — を支える基幹技術として、急速にスケールしていく段階にあります。RFと光のハイブリッド設計、地上ネットワークとの統合(NTN: Non-Terrestrial Network)、量子鍵配送(QKD)との連携など、応用は広がる一方です。

次のステップとして、以下の記事も参考にしてください。