占有周波数帯幅とスプリアスの測定 — 99%電力法と不要発射の評価を理解して実装する

無線機を設計して電波を出すとき、いちばん最初に問われるのは「あなたの電波は、割り当てられた周波数の”枠”の中だけに収まっていますか」ということです。電波は有限な資源で、隣の周波数には別の誰かが割り当てられています。もし自分の送信機が枠をはみ出して電力をまき散らせば、隣のチャネルの通信を妨害してしまいます。だからこそ、送信機がどれだけの周波数幅を占有しているか、そして枠の外にどれだけの不要な電波を漏らしているかを、誰もが同じルールで測れるように定義しておく必要があります。

この記事で扱う占有周波数帯幅(Occupied Bandwidth)とスプリアス・不要発射は、まさにこの「枠に収まっているか」を定量化するための測定量です。これらは電波法や無線設備の技術基準で必ず登場し、たとえば携帯電話の基地局が周囲のチャネルを妨害しないか、アマチュア無線機が高調波をまき散らしていないか、といった審査の中心的な指標になります。無線工学を学ぶ人にとっては、変調・電力増幅・スペクトル解析の知識が一つの測定タスクに集約される、格好の題材でもあります。

本記事の内容

  • 占有周波数帯幅の直感的な理解と、99%電力法による数学的定義
  • 累積電力分布から占有帯域を求める手順(Pythonで実装)
  • β%法とxdB法(−26dB法)の違い、AM・FM・デジタル変調の占有帯域
  • スプリアス発射・帯域外発射の分類と、スプリアス領域/帯域外領域の境界
  • 電力増幅器の非線形性によるスペクトル再成長、ACLR/ACPRの定義
  • スペクトルアナライザでのRBW設定と検波モードの選び方

前提知識

この記事を読む前に、以下の記事を読んでおくと理解が深まります。

占有周波数帯幅とは — 「電力の99%が入る幅」

送信機のスペクトルを測ると、電力は中心周波数のまわりに山のように分布します。この山のすそは理論上どこまでも伸びていて、「電力がゼロになる周波数」ははっきりとは決まりません。ですから「帯域幅はここからここまで」と一意に線を引くには、何らかの約束が必要です。

いちばん素直な約束は、「電力の大部分がここに入っている、という範囲を帯域とみなす」ことです。全体の電力を積分して、そのうち 99% が含まれる中央の範囲を占有周波数帯幅と呼びます。裏を返すと、両側のすそに漏れている電力を上下それぞれ 0.5%ずつ、合わせて1% だけ切り捨てる、という決め方です。この「99%電力法」が、国際電気通信連合(ITU)や各国の無線規則で採用されている標準的な定義です。

まずはこの決め方をイメージ図で見てみましょう。

占有周波数帯幅の概念図:全放射電力の99%が入る帯域と両側0.5%の除外

図の水色で塗った部分が全電力の99%にあたり、その左右の端の間の幅が占有周波数帯幅 $B_{99}$ です。赤く塗った両すそが、切り捨てる下側0.5%と上側0.5%です。すそは低いレベルながら広い周波数に広がっているので、「山の見た目の幅」より少し内側に境界が引かれる点に注目してください。

この99%という数字は「ほぼ全部だが、無限に広がるすそには影響されない」という絶妙なバランスで選ばれています。もし100%を要求すると、わずかな雑音やすその揺らぎで帯域が発散してしまいます。99%なら、すその細かい形にほとんど左右されず、安定して測れるのです。では、この境界を具体的にどう計算するのか、次に手順を見ていきましょう。

99%電力法の数学的定義と累積電力分布

占有周波数帯幅を式で書くには、電力スペクトル密度(PSD)$S(f)$ を使います。$S(f)$ は各周波数における単位帯域あたりの電力を表し、これを周波数で積分すると全電力になります。

$$ \begin{equation} P_{\text{total}} = \int_{-\infty}^{\infty} S(f)\, df \end{equation} $$

占有帯域の下端 $f_L$ と上端 $f_H$ は、次の2つの条件で定義されます。下端より下に全電力の0.5%、上端より上に0.5%が入るように決めるのです。

$$ \begin{equation} \int_{-\infty}^{f_L} S(f)\, df = 0.005\, P_{\text{total}}, \qquad \int_{f_H}^{\infty} S(f)\, df = 0.005\, P_{\text{total}} \end{equation} $$

このとき占有周波数帯幅は $B_{99} = f_H – f_L$ です。実際に計算するには、低い周波数から順に電力を積み上げていく 累積電力 を考えると分かりやすくなります。

$$ \begin{equation} C(f) = \int_{-\infty}^{f} S(f’)\, df’ \end{equation} $$

$C(f)$ を全電力で割って百分率にすると、下端は「累積が0.5%に達する周波数」、上端は「累積が99.5%に達する周波数」として一発で求まります。累積電力が0.5%から99.5%へ立ち上がる間の周波数差が、そのまま占有帯域です。この考え方を図で確認しましょう。

電力スペクトル密度と累積電力分布から占有周波数帯幅を求める手順

上段がQPSK信号のPSD(対数表示)で、下段がそれを積分した累積電力分布です。累積曲線が0.5%と99.5%の水平線を横切る2点を読み取り、その周波数の差が占有帯域になります。この例では下端が約 $-0.58\,R_s$、上端が約 $+0.58\,R_s$ で、占有帯域は $B_{99} \approx 1.17\,R_s$($R_s$ はシンボルレート)と読めます。累積曲線が急に立ち上がる部分ほどPSDが高く、平坦になった部分はすそに対応している、という対応関係も見て取れます。

この手順はそのままコードになります。台形則で累積電力を計算し、線形補間で0.5%と99.5%の交点を求めるだけです。

import numpy as np
from scipy import signal as sig

def occupied_bw(f, psd, frac=0.99):
    """PSDから占有帯域幅を求める。両側 (1-frac)/2 ずつ除外した区間の幅。"""
    total = np.trapz(psd, f)
    # 低い周波数から台形則で累積電力を積み上げる
    cum = np.concatenate([[0], np.cumsum((psd[1:] + psd[:-1]) / 2 * np.diff(f))])
    lo_t = (1 - frac) / 2 * total       # 下側0.5%
    hi_t = (1 + frac) / 2 * total       # 99.5%
    f_lo = np.interp(lo_t, cum, f)      # 累積が0.5%に達する周波数
    f_hi = np.interp(hi_t, cum, f)      # 累積が99.5%に達する周波数
    return f_lo, f_hi, f_hi - f_lo

# RRC整形したQPSK信号(ロールオフ0.35)で試す
def rrc_taps(beta, sps, span):
    N = span * sps
    t = np.arange(-N, N + 1) / sps
    taps = np.zeros_like(t)
    for i, x in enumerate(t):
        if abs(x) < 1e-10:
            taps[i] = 1.0 - beta + 4 * beta / np.pi
        elif beta > 0 and abs(abs(x) - 1.0 / (4 * beta)) < 1e-8:
            taps[i] = (beta / np.sqrt(2)) * ((1 + 2/np.pi)*np.sin(np.pi/(4*beta))
                        + (1 - 2/np.pi)*np.cos(np.pi/(4*beta)))
        else:
            num = np.sin(np.pi*x*(1-beta)) + 4*beta*x*np.cos(np.pi*x*(1+beta))
            den = np.pi*x*(1 - (4*beta*x)**2)
            taps[i] = num / den
    return taps / np.sqrt(np.sum(taps**2))

rng = np.random.default_rng(2)
sps, nsym = 8, 8000
bits = rng.integers(0, 2, size=(nsym, 2))
syms = (2*bits[:,0]-1) + 1j*(2*bits[:,1]-1)
up = np.zeros(nsym*sps, dtype=complex); up[::sps] = syms
x = np.convolve(up, rrc_taps(0.35, sps, 10), mode="same")

f, psd = sig.welch(x, fs=8.0, nperseg=4096, return_onesided=False)
idx = np.argsort(f); f, psd = f[idx], psd[idx]
f_lo, f_hi, bw = occupied_bw(f, psd, 0.99)
print(f"占有帯域 B99 = {bw:.3f} * Rs")   # -> 約 1.167 * Rs

このコードを実行すると、占有帯域は約 $1.167\,R_s$ と出ます。図から目で読んだ $1.17\,R_s$ とぴたり一致します。ポイントは、PSDそのものではなく 累積電力 を経由することで、「電力の何%がどこまでに入るか」という定義を素直にコードへ落とし込める点です。次は、この99%という基準以外の帯域幅の測り方を見て、なぜ複数の流儀があるのかを整理します。

β%法とxdB法 — 二つの帯域幅の測り方

占有帯域には、実は大きく二つの測り方があります。一つはここまで見た「電力の割合で決める」やり方で、99%に限らず一般に β%法 と呼びます(βに99を入れたのが99%電力法)。もう一つは「ピークから何dB下がった点で決める」やり方で、xdB法 と呼びます。無線設備の種類によっては −26dB 下がる点を境界とする「−26dB法」がよく使われます。

この二つは、同じ信号に対しても違う帯域幅を返します。どちらが広いかは信号の形によりますが、すそが比較的急峻な整形信号では、電力の99%を集めるより「ピークから26dB下」の方が外側に境界が来ることが多く、xdB法の方が広めの値になりがちです。実際に比べてみましょう。

99%電力法と-26dB法(xdB法)が与える帯域幅の違い

赤い破線が99%法の境界($1.17\,R_s$)、緑の一点鎖線が−26dB法の境界($1.32\,R_s$)です。−26dBの水平線とPSDが交わる外側の点を境界にとるため、すそをより広く拾って帯域が大きく出ています。同じ信号でも「何を基準にするか」で帯域幅は変わる、という当たり前だが重要な事実がここから読み取れます。だからこそ規格では「どの方法で測るか」まで含めて決めておくのです。

β%法は電力の割合という物理的に意味のある量に基づき、雑音底の影響を受けにくいのが長所です。一方xdB法は、スペクトルアナライザの画面で「ピークから26dB下」を目で追えばよいので測定が直感的です。用途に応じて使い分けられますが、比較するときは同じ方法どうしで比べる、というのが鉄則です。占有帯域の測り方が分かったところで、次は「そもそもどれだけの帯域が必要なのか」を表す必要周波数帯幅との関係を押さえましょう。

必要周波数帯幅との関係

占有周波数帯幅が「実際に測った幅」だとすれば、必要周波数帯幅(Necessary Bandwidth, $B_N$)は「その通信方式が情報を正しく伝えるのに理論上必要な最小幅」です。ITUは変調方式ごとに $B_N$ の計算式を定めていて、たとえば両側波帯AM音声なら $B_N = 2 f_m$($f_m$ は最高変調周波数)、といった具合です。

理想的な送信機なら占有帯域は必要帯域に近づきますが、現実にはフィルタの不完全さや増幅器の歪みで占有帯域は必要帯域より少し広がります。両者の関係を頭に入れておくと、「この信号の占有帯域がこの値なのは妥当か」を判断できます。必要周波数帯幅は後で出てくるスプリアス領域と帯域外領域の境界を決める基準にもなるので、ここで名前を覚えておいてください。では代表的な変調方式について、占有帯域が具体的にどう決まるかを見ていきます。

変調方式ごとの占有帯域

AM(振幅変調)

振幅変調は、搬送波の振幅を変調信号で上下させる方式です。最高変調周波数 $f_m$ の信号で変調すると、搬送波の上下に $f_m$ だけ離れた側波帯が立ちます。上側波帯と下側波帯の両方を使う両側波帯AMでは、占有帯域は単純に

$$ \begin{equation} B_{\text{AM}} = 2 f_m \end{equation} $$

となります。たとえば $f_m = 15\ \text{kHz}$ の音声なら占有帯域は $30\ \text{kHz}$ です。AMは変調の仕組みがそのまま帯域に反映される、いちばん見通しのよい例です。ちなみに上側波帯と下側波帯は同じ情報を持つので、片方だけを送る単側波帯(SSB)にすれば占有帯域を半分の $f_m$ まで絞れます。占有帯域は「情報を運ぶのにどれだけの周波数を使っているか」を映す鏡であり、変調方式を工夫すれば同じ情報をより狭い帯域で送れる、という周波数利用効率の話に直結しています。

FM(周波数変調)とカーソン則

FMは搬送波の周波数を変調信号で揺らす方式で、AMとは事情がまったく違います。FMのスペクトルは無数の側波帯を持ち、理論上はすそが無限に広がります。それでも実用上の帯域を見積もるための経験則が カーソン則(Carson’s rule) です。周波数偏移を $\Delta f$、最高変調周波数を $f_m$ とすると、

$$ \begin{equation} B_{\text{Carson}} = 2(\Delta f + f_m) \end{equation} $$

で必要帯域を近似します。ここで変調指数 $\beta = \Delta f / f_m$ を使うと $B_{\text{Carson}} = 2 f_m(\beta + 1)$ とも書けます。なぜこの形になるのかを直感で言うと、周波数を $\pm\Delta f$ 揺らす分の幅 $2\Delta f$ に、変調そのものが作る側波帯の広がり $2 f_m$ を足したもの、と理解できます。

単一正弦波でFM変調した信号の側波帯の振幅は、ベッセル関数 $J_n(\beta)$ で与えられます。位相が $\beta \sin(2\pi f_m t)$ で振れる信号を展開すると、中心から $n f_m$ 離れた側波帯の振幅が $J_n(\beta)$ になるのです。$\beta$ が大きいほど高次の側波帯まで無視できない大きさを持ち、帯域が広がります。実際にFM信号の99%占有帯域を測り、カーソン則と比べてみましょう。

FM信号の99%占有帯域とカーソン則の比較

左が $\beta = 2$、右が $\beta = 5$ の場合です。くしの歯のように並ぶ線がベッセル関数で決まる各側波帯で、赤い破線が99%占有帯域、橙の一点鎖線がカーソン則の境界です。$\beta = 2$ では99%帯域が $6.0\ \text{kHz}$、カーソン則が $6.0\ \text{kHz}$、$\beta = 5$ では99%帯域が $12.1\ \text{kHz}$、カーソン則が $12.0\ \text{kHz}$ と、両者はほぼ一致しています。カーソン則が「99%の電力を含む帯域」の良い近似になっていることが実測から確認できます。$\beta$ が大きいほど側波帯が外側まで伸び、帯域が広がる様子も見て取れます。

デジタル変調とロールオフ率

QPSKや16QAMなどのデジタル変調では、シンボルを送る速さ(シンボルレート $R_s$)と、パルス整形フィルタの ロールオフ率 $\alpha$ で占有帯域が決まります。理想的なナイキストフィルタ($\alpha = 0$)なら帯域は $R_s$ まで絞れますが、実装できないので実際には少しなだらかにします。レイズドコサインフィルタを使うと、ナイキスト帯域は

$$ \begin{equation} B_{\text{Nyquist}} = (1 + \alpha) R_s \end{equation} $$

となります。$\alpha$ を大きくするほど時間波形のすそが早く収まってシンボル間干渉に強くなる一方、周波数の占有帯域は広がる、というトレードオフがあります。ロールオフ率を変えたときのスペクトルを見てみましょう。

ロールオフ率αを変えたQPSK信号のPSDと99%占有帯域の比較

$\alpha$ を $0.1$ から $1.0$ へ大きくすると、スペクトルのすそが外側へ広がり、99%占有帯域も $1.02\,R_s$ から $1.63\,R_s$ へと単調に増えています。急峻なフィルタ(小さい $\alpha$)ほど帯域が狭く周波数利用効率が高い一方、実装が難しくなります。この $\alpha$ と占有帯域の関係を、ナイキスト帯域の式と重ねてみます。

ロールオフ率と占有帯域幅の関係:99%帯域はナイキスト帯域をわずかに下回る

実測した99%占有帯域(水色)は、ナイキスト帯域 $(1+\alpha)R_s$(橙の破線)をわずかに下回りながら、ほぼ平行に増えています。99%法はすその外側1%を切り捨てるので、フィルタの理論帯域より少しだけ狭く出るわけです。これで「必要帯域の理論値」と「実測の占有帯域」がどう対応するかが具体的につかめました。ここまでは枠の中の話でしたが、次はいよいよ枠の外へ漏れる不要な電波、不要発射の話に移ります。

不要発射の分類 — スプリアス発射と帯域外発射

送信機は目的の信号だけをきれいに出したいのですが、現実には狙った帯域の外にも余計な電波が出てしまいます。これらをまとめて 不要発射(Unwanted Emissions) と呼び、発生する場所と原因によって二つに大きく分けます。

一つは 帯域外発射(Out-of-Band Emission) で、変調の副産物として必要帯域のすぐ外側に漏れる成分です。パルス整形の不完全さや増幅器の歪みで、主信号のすそが隣へにじみ出るイメージです。もう一つは スプリアス発射(Spurious Emission) で、必要帯域から離れた場所に現れる成分です。スプリアス発射はさらに次のように分類されます。

  • 高調波 — 基本周波数の整数倍($2f_0, 3f_0, \dots$)に現れる。増幅器の非線形性が主因
  • 低調波 — 基本周波数の整数分の1に現れる。逓倍回路などで発生
  • 相互変調積 — 複数の信号が非線形素子を通ると生じる和・差の周波数成分
  • 寄生発射 — 発振器やフィードバック経路の意図しない発振による成分

このうち相互変調積はとくにやっかいです。周波数 $f_1$ と $f_2$ の二つの信号が3次の非線形項を通ると、$2f_1 – f_2$ や $2f_2 – f_1$ といった成分が生じます。これらは元の二つの信号のすぐ近くに現れるため、高調波のように遠くへ飛ばずフィルタで落としにくく、帯域内に近い妨害を作ります。増幅器の線形性を表すIP3(三次インターセプトポイント)は、まさにこの相互変調積の大きさを予測するための指標です。

帯域外発射とスプリアス発射は連続的につながっているので、どこまでを帯域外、どこからをスプリアスと呼ぶかの線引きが必要です。ITUはこれを 周波数の領域 で定義します。必要周波数帯幅 $B_N$ を基準に、中心から離調が $B_N$ の50%から250%までを 帯域外領域(Out-of-Band Domain)、それより外を スプリアス領域(Spurious Domain) とします。境界はおおむね中心から $\pm 250\%\, B_N$ です。

不要発射における帯域外領域とスプリアス領域の境界

中央の水色の山が必要帯域内の主信号、橙で塗った内側が帯域外領域、赤で塗った外側がスプリアス領域です。赤い縦線で示した高調波などのスプリアス成分は、遠く離れたスプリアス領域に現れます。「領域」で線引きすることで、帯域外発射(変調のにじみ)とスプリアス発射(別物の余計な信号)を別々の基準で規制できる、という設計思想が読み取れます。では、これらの不要発射が実際にどこから生まれるのかを見ていきましょう。

スプリアスの発生源 — 増幅器の非線形性

不要発射の最大の発生源は、送信機の心臓部である電力増幅器(PA)の 非線形性 です。理想的な増幅器は入力を定数倍して出力しますが($y = a_1 x$)、現実の増幅器は入力が大きくなると出力が飽和し、2次・3次の項を含む非線形な特性を持ちます。

$$ \begin{equation} y = a_1 x + a_2 x^2 + a_3 x^3 + \cdots \end{equation} $$

この非線形項が高調波や相互変調積を生みます。まず単一の正弦波を入れたときに何が起きるかを見てみましょう。

非線形増幅による単一トーンの高調波発生

左の時間波形では、入力の正弦波(灰色)が非線形増幅で歪み、上下非対称に潰れた波形(水色)になっています。右のスペクトルを見ると、基本波 $f_0$ の整数倍の位置に第2高調波、第3高調波がはっきり立っています。$x^2$ の項が第2高調波($2f_0$)を、$x^3$ の項が第3高調波($3f_0$)を生むためです。単一トーンでは高調波は基本波から遠く離れた場所に出るので、フィルタで比較的落としやすい成分です。

ところが変調された信号を非線形増幅すると、もっとやっかいなことが起きます。3次の項は、信号自身の帯域のすぐ外側にも電力を広げてしまうのです。これを スペクトル再成長(Spectral Regrowth) と呼びます。

変調信号の非線形歪みによるスペクトル再成長

灰色が歪みのない線形増幅のスペクトルで、すそがきれいに落ちています。橙(軽い飽和)と赤(強い飽和)は非線形増幅の結果で、主信号の帯域のすぐ外側、隣接チャネルにあたる領域へ電力が持ち上がっています。飽和が強いほど再成長が激しくなり、隣のチャネルへの漏れが増えます。高調波と違って主信号のすぐ隣に出るため、フィルタで取り除きにくく、これが隣接チャネル妨害の主因になります。増幅器を余裕を持って使う(バックオフを取る)ほど再成長は抑えられますが、電力効率とのトレードオフになる、というのが送信機設計の悩みどころです。

もう一つのスプリアス源が周波数シンセサイザです。局部発振信号を作るPLLシンセサイザは、基準信号の漏れやフラクショナル分周の量子化誤差によって、搬送波の近傍にスプリアスを生みます。これらは搬送波から一定周波数だけ離れた鋭い線(基準スプリアスなど)として現れ、変調信号に乗って送信されてしまいます。スペクトル再成長が「主信号の隣への漏れ」だと分かったところで、その漏れを定量化する指標である隣接チャネル漏洩電力比を見ていきましょう。

隣接チャネル漏洩電力比(ACLR / ACPR)

スペクトル再成長で隣のチャネルへどれだけ電力が漏れているかを表す指標が、隣接チャネル漏洩電力比(ACLR: Adjacent Channel Leakage Ratio、ACPR: Adjacent Channel Power Ratio とも) です。定義はシンプルで、隣接チャネルに漏れた電力を主チャネルの電力で割った比を、デシベルで表したものです。

$$ \begin{equation} \text{ACLR} = 10 \log_{10} \frac{P_{\text{adjacent}}}{P_{\text{main}}}\ \ [\text{dB}] \end{equation} $$

$P_{\text{main}}$ は主チャネルの帯域内で積分した電力、$P_{\text{adjacent}}$ は隣接チャネルの帯域内で積分した電力です。この値が小さい(負で絶対値が大きい)ほど、漏れが少なく良い送信機です。実際のスペクトルで見てみましょう。

隣接チャネル漏洩電力比ACLRの定義

緑で塗った中央が主チャネル、赤で塗った左右が隣接チャネルです。非線形増幅で持ち上がった隣接チャネルの電力を主チャネルの電力と比べると、この例では上側・下側とも約 $-21.2\ \text{dB}$ です。つまり隣接チャネルには主チャネルの100分の1弱の電力が漏れている、という意味になります。上下でほぼ対称なのは、3次の非線形歪みが主信号の両側に対称に再成長するためです。実際の通信規格では、この値に「$-45\ \text{dB}$ 以下」といった上限が課され、送信機はそれを満たすように設計・調整されます。

ACLRは隣接チャネルへの妨害を1つの数字で評価できるので、増幅器の線形性を測る実用的な指標として広く使われます。ここまでで測定すべき量が出そろいました。最後に、これらを実際にスペクトルアナライザで測るときの設定の勘所を押さえておきましょう。

測定の実際 — RBWと検波モード

占有帯域やスプリアスをスペクトルアナライザで測るとき、結果を大きく左右する設定が二つあります。分解能帯域幅(RBW: Resolution Bandwidth)検波モード です。

RBWは、スペクトルアナライザが周波数を見分ける「ものさしの細かさ」です。RBWを狭くすると細かい周波数構造まで見分けられ、雑音底も下がってスプリアスを見つけやすくなりますが、掃引に時間がかかります。逆にRBWを広くすると速く測れますが、細い信号がつぶれて見え、雑音底も上がります。占有帯域測定では信号帯域に対して十分細かいRBW(目安として帯域の1%程度以下)を使うのが基本です。RBWを変えると雑音底の高さが変わることには理由があります。雑音は帯域全体に一様に広がっているので、RBWを半分にすると1つの分解能セルに入る雑音電力も半分になり、雑音底は約3dB下がります。狙う信号がこの雑音底に埋もれないよう、スプリアス探しではRBWを絞るのが定石です。

検波モードは、各周波数点の値をどう代表させるかの選択です。狭い測定区間の中には複数のサンプルがあり、そのピークを取るか、平均(RMS)を取るかで読み値が変わります。雑音状の変調信号の電力を正しく測るには、区間内の電力を平均する RMS検波 を使わなければなりません。ピーク検波は瞬間的な最大値を拾うので、電力を過大評価してしまいます。この二つの影響を実際に見てみましょう。

分解能帯域幅RBWと検波モードが測定に与える影響

左は同じ信号をRBWを変えて測ったもので、RBWが狭い(nperseg大)ほど雑音底が下がり、スペクトルの形がなめらかに見えます。右は同じ雑音状信号にピーク検波とRMS検波を適用した比較で、ピーク検波(赤)はRMS検波(水色)より数dB高く、電力を過大評価しています。占有帯域やACLRのように「電力の割合」を測る量では、必ずRMS検波を使うべきだということが、この差から分かります。設定を間違えると同じ信号でも違う結論が出てしまうので、規格が指定するRBW・検波モードに合わせることが、再現性のある測定の鍵になります。

まとめ

本記事では、送信機の電波が「割り当てられた枠に収まっているか」を測るための、占有周波数帯幅とスプリアス・不要発射の測定を解説しました。

  • 占有周波数帯幅は、全放射電力の99%が入る帯域として定義され、累積電力分布が0.5%と99.5%に達する周波数の差として求められる(99%電力法)
  • 帯域幅の測り方には電力割合で決めるβ%法とピークからの落ち込みで決めるxdB法があり、同じ信号でも異なる値を返す
  • AMは $2f_m$、FMはカーソン則 $2(\Delta f + f_m)$、デジタル変調は $(1+\alpha)R_s$ で占有帯域が見積もれる
  • 不要発射は帯域外発射とスプリアス発射に分かれ、中心から $\pm 250\%\, B_N$ を境に帯域外領域とスプリアス領域に区分される
  • 増幅器の非線形性が高調波とスペクトル再成長を生み、隣接チャネルへの漏れはACLRで評価される
  • 測定ではRBWを十分細かく取り、電力を測る量にはRMS検波を使うことが再現性の鍵

これらの測定量は、無線設備の技術基準や第一級陸上無線技術士の「無線工学A」などでも頻出のテーマで、変調・電力増幅・スペクトル解析の知識が一つに結びつく総合問題になっています。次のステップとして、以下の記事も参考にしてください。