静止衛星から地球に届く電波の電力は、わずか $10^{-15}$ ワット程度しかありません。スマートフォンのアンテナが受け取る基地局からの信号も、送信電力の何兆分の一にまで減衰しています。それでも私たちが衛星放送を視聴し、GPSで現在地を知り、深宇宙探査機からの画像を受け取れるのはなぜでしょうか。鍵を握るのは「どこまで弱い信号を、雑音に埋もれさせずに拾えるか」という受信系の感度設計です。
このとき避けて通れないのが雑音です。受信機の内部部品(増幅器や抵抗)、アンテナが見上げる空の温度、給電線の損失——あらゆる要素が信号に雑音を上乗せします。受信した信号がどんなに増幅されても、雑音もいっしょに増幅されてしまうため、最終的に効くのは「信号と雑音の比」だけです。この雑音をどう見積もり、どう小さく抑えるかを体系化したのが、本記事で扱う雑音温度とG/T比という指標です。
雑音温度とG/T比を理解すると、以下のような場面で具体的な設計判断ができるようになります。
- 衛星地上局の設計: パラボラアンテナの口径、低雑音増幅器(LNA)の性能、設置する仰角を、目標とする通信品質(C/N0)から逆算できます
- リンクバジェットの作成: 送信電力からアンテナ利得、自由空間損失、受信感度までを一枚のシートで追跡し、回線が成立するかを定量的に判定できます
- 深宇宙通信や電波天文: 極限まで弱い信号を扱う分野では、わずか数Kの雑音温度差が観測可能・不可能を分けます
本記事の内容
- 熱雑音から出発した雑音温度の定義と、雑音指数 $F$ との関係 $T_e = (F-1)T_0$ の導出
- アンテナ雑音温度・給電損失・LNA雑音を縦続接続したシステム雑音温度 $T_{\mathrm{sys}}$ の導出
- 受信系の性能指標 $G/T$ の定義と、C/N0 への寄与
- 雑音温度の縦続計算とG/T対仰角のグラフをPythonで実装
- LNAを給電線の前段に置く効果を数値で示す
前提知識
この記事を読む前に、以下の記事を読んでおくと理解が深まります。
- 熱雑音(ジョンソン・ナイキスト雑音)の理論 — 雑音電力 $kTB$ の起源。本記事の出発点です
- 雑音指数(ノイズフィギュア)の理論 — 雑音指数 $F$ の定義とフリスの公式。縦続接続の基礎になります
- G/Tは受信系の性能指数 — G/Tの位置づけの概観
- リンクバジェット計算の基礎 — 自由空間損失やEIRPなど回線計算の枠組み
雑音温度とは — 「雑音を温度で測る」という発想
そもそも、なぜ雑音を「温度」で表すのでしょうか。一見すると不思議ですが、これは非常に自然な発想です。抵抗体の中では電子が熱運動でランダムに揺らいでおり、その揺らぎが微小な電圧として現れます。これが熱雑音(ジョンソン・ナイキスト雑音)であり、その電力は温度に比例します。具体的には、温度 $T$ [K]、帯域幅 $B$ [Hz] の抵抗が発生する雑音電力は
$$ N = k T B $$
で与えられます。ここで $k = 1.38 \times 10^{-23}$ J/K はボルツマン定数です。雑音電力が温度に比例するということは、逆に「ある雑音電力を、それと同じ電力を出す抵抗体の温度に換算できる」ことを意味します。
つまり、受信機の中で増幅器が出す雑音も、抵抗が出す雑音も、空から降ってくる雑音も、すべて「もし温度 $T_x$ の抵抗だったら同じ雑音電力を出すよ」という等価雑音温度 $T_x$ という一つの物差しで横並びに比較できるのです。ワットという単位は帯域幅に依存して扱いづらいのに対し、温度は帯域幅に依存しない($N/(kB)$ で割っているため)という利点もあります。
イメージとしては、雑音温度は「その部品がどれだけ熱く雑音を吐き出しているか」を表す体温のようなものです。理想的な無雑音部品は雑音温度0K、雑音の多い部品ほど高い雑音温度を持ちます。この物差しを使うと、複数の部品を直列につないだ受信系全体の雑音も、足し算で見積もれるようになります。
それでは、増幅器など能動素子の雑音を温度で表す方法を、雑音指数との関係から厳密に導いていきましょう。
等価雑音温度と雑音指数の関係 $T_e = (F-1)T_0$ の導出
雑音指数の復習
雑音指数の理論で学んだように、雑音指数 $F$ は「その素子が信号対雑音比(SNR)をどれだけ劣化させるか」を表します。入力SNRと出力SNRの比として
$$ F = \frac{\mathrm{SNR}_{\mathrm{in}}}{\mathrm{SNR}_{\mathrm{out}}} $$
と定義され、標準では入力雑音源の温度を基準温度 $T_0 = 290$ K に固定します。理想的な無雑音素子なら入力SNRと出力SNRは等しく $F = 1$、現実の素子は雑音を加えるため $F > 1$ となります。
雑音指数を雑音電力で書き直す
雑音指数を「素子が付け加える雑音」という視点で書き直してみましょう。利得 $G$、入力雑音電力 $N_{\mathrm{in}}$ の素子を考えます。理想的な素子なら、出力雑音は入力雑音を単に増幅しただけの $G N_{\mathrm{in}}$ です。しかし現実の素子は内部で雑音を発生させるため、出力雑音はそれより大きくなります。この素子が「素子の入力側に換算して」付け加える雑音電力を $N_a$ と書くと、出力雑音電力は
$$ N_{\mathrm{out}} = G (N_{\mathrm{in}} + N_a) $$
です。ここで信号は利得 $G$ で素直に増幅される($S_{\mathrm{out}} = G S_{\mathrm{in}}$)ことに注意すると、入力SNRと出力SNRはそれぞれ
$$ \mathrm{SNR}_{\mathrm{in}} = \frac{S_{\mathrm{in}}}{N_{\mathrm{in}}}, \quad \mathrm{SNR}_{\mathrm{out}} = \frac{G S_{\mathrm{in}}}{G(N_{\mathrm{in}} + N_a)} = \frac{S_{\mathrm{in}}}{N_{\mathrm{in}} + N_a} $$
と表せます。これらを雑音指数の定義に代入すると
$$ F = \frac{\mathrm{SNR}_{\mathrm{in}}}{\mathrm{SNR}_{\mathrm{out}}} = \frac{S_{\mathrm{in}} / N_{\mathrm{in}}}{S_{\mathrm{in}} / (N_{\mathrm{in}} + N_a)} = \frac{N_{\mathrm{in}} + N_a}{N_{\mathrm{in}}} = 1 + \frac{N_a}{N_{\mathrm{in}}} $$
となります。途中で信号 $S_{\mathrm{in}}$ が分子分母で約分されることがポイントで、最終的に雑音指数は「素子が付け加える雑音 $N_a$ と入力雑音 $N_{\mathrm{in}}$ の比に1を足したもの」というシンプルな形に帰着します。
雑音電力を温度に換算する
ここで、入力雑音電力を基準温度の熱雑音 $N_{\mathrm{in}} = k T_0 B$ とし、素子が付け加える雑音 $N_a$ を「素子の等価雑音温度 $T_e$ を持つ抵抗が出す雑音」として $N_a = k T_e B$ と書き換えます。これが雑音を温度で表すという発想の核心です。これらを上式に代入すると
$$ F = 1 + \frac{k T_e B}{k T_0 B} = 1 + \frac{T_e}{T_0} $$
となります。$k$ と $B$ が分子分母でそろって約分されるため、帯域幅にもボルツマン定数にも依存しない、温度だけの関係が得られます。この式を $T_e$ について解くと、本記事の出発点となる重要な関係式
$$ \begin{equation} T_e = (F – 1) T_0 \end{equation} $$
が導かれます。この式は「雑音指数 $F$ で表された素子の雑音性能を、等価雑音温度 $T_e$ に翻訳する辞書」です。たとえば雑音指数 $F = 1$(=0 dB、理想)なら $T_e = 0$ K、$F = 2$(=3.01 dB)なら $T_e = 290$ K、$F = 1.26$(=1 dB)なら $T_e = 0.26 \times 290 \approx 75$ K となります。
逆向きの変換も頻繁に使うので押さえておきましょう。$T_e$ から $F$ を求めるには
$$ F = 1 + \frac{T_e}{T_0} $$
を使います。雑音指数はデシベルで $NF = 10\log_{10} F$ と表すのが慣例です。低雑音増幅器(LNA)のカタログには $NF = 0.5$ dB といった値が書かれていますが、これは $F = 10^{0.05} \approx 1.122$、すなわち $T_e = 0.122 \times 290 \approx 35$ K に対応します。
このように個々の素子の雑音を温度で表せるようになりました。次は、これらの素子を直列につないだときに、受信系全体の雑音温度がどうなるかを考えます。
縦続接続のシステム雑音温度 $T_{\mathrm{sys}}$
フリスの公式を雑音温度で表す
受信系は、アンテナ → 給電線(伝送線路)→ LNA → さらに後段の増幅器やミキサ…と部品が直列につながった縦続接続(cascade)です。各段が雑音を加えるので、全体の雑音温度を見積もる式が必要です。
雑音指数についてのフリスの公式は、各段の雑音指数を $F_1, F_2, \dots$、利得を $G_1, G_2, \dots$(真値)とすると
$$ F_{\mathrm{total}} = F_1 + \frac{F_2 – 1}{G_1} + \frac{F_3 – 1}{G_1 G_2} + \cdots $$
でした。$T_e = (F-1)T_0$ より各段について $F_i – 1 = T_{e,i}/T_0$ が成り立つので、$F_{\mathrm{total}} – 1 = T_{e,\mathrm{total}}/T_0$ も同様に成り立ちます。フリスの公式の両辺から1を引いて $T_0$ を掛けると、雑音温度版のフリスの公式
$$ \begin{equation} T_e = T_{e,1} + \frac{T_{e,2}}{G_1} + \frac{T_{e,3}}{G_1 G_2} + \cdots \end{equation} $$
が得られます。雑音指数版で各段の「$-1$」が付いていたのが、温度版ではきれいに消えるのが特徴です。
この式が物語る最も重要な教訓は、初段の雑音温度 $T_{e,1}$ が全体を支配するということです。2段目以降の雑音は、初段までの利得 $G_1, G_1G_2, \dots$ で割り算されて寄与が薄まります。したがって初段に高利得・低雑音の素子(=LNA)を置けば、後段がどれだけ雑音まみれでも全体の雑音温度はほとんど初段の値で決まります。この事実が後ほどLNAの配置を議論するときの土台になります。
受動素子(損失)の雑音温度
給電線やコネクタのような損失のある受動素子は、利得が1未満($G < 1$、損失 $L = 1/G > 1$)です。物理温度 $T_p$ の損失素子(損失係数 $L$)の等価雑音温度は
$$ \begin{equation} T_{\mathrm{loss}} = (L – 1) T_p \end{equation} $$
で与えられます。この式の導出を直感的に確認しましょう。損失素子は熱力学的平衡にある抵抗の集まりとみなせ、物理温度 $T_p$ で熱雑音 $kT_pB$ を放出します。一方で入力された雑音は $1/L$ に減衰します。これらが釣り合うように内部雑音を割り当てると、入力換算の雑音温度が $(L-1)T_p$ になります。雑音指数で言えば、整合のとれた受動損失素子の雑音指数は損失そのものに等しく $F = L$ となり、$T_{\mathrm{loss}} = (F-1)T_0$ で $T_p = T_0$ の場合と一致します。
たとえば物理温度 $T_p = 290$ K の給電線が $L = 1.26$(=1 dB)の損失を持つなら、その等価雑音温度は $T_{\mathrm{loss}} = 0.26 \times 290 \approx 75$ K です。損失が大きいほど、また物理温度が高いほど、付け加わる雑音は増えます。
アンテナ雑音温度
受信系の雑音源は受信機内部だけではありません。アンテナ自身が、空や地面から到来する雑音を拾います。これをアンテナ雑音温度 $T_A$ と呼びます。アンテナを「空という巨大な黒体を見ている温度計」だと思うとイメージしやすいでしょう。
アンテナ雑音温度には、主に次の寄与があります。
- 宇宙背景放射: 約2.7 K。どの方向を向いても存在する床のような成分です
- 大気の熱放射: 大気中の酸素や水蒸気が熱放射を出します。仰角が低いほどアンテナビームが通る大気の経路長(エアマス)が長くなり、放射が増えます
- 地面・周囲からの放射: サイドローブが地面(約290 K)を拾う成分。仰角が低いほど深刻です
- 天体・太陽: 太陽や強い電波源を直接見ると雑音温度が跳ね上がります
特に重要なのは仰角依存性です。仰角 $\theta$ が高い(天頂方向)ほど大気の経路が短く、地面のサイドローブ寄与も小さいため $T_A$ は小さくなります。仰角が低いほど大気と地面の雑音を多く拾い、$T_A$ が増大します。大気減衰の光学的厚み $\tau(\theta)$ を使うと、大気からのアンテナ雑音温度は近似的に
$$ T_A(\theta) \approx T_{\mathrm{atm}} \left( 1 – e^{-\tau(\theta)} \right) + T_{\mathrm{cmb}} \, e^{-\tau(\theta)} $$
と書けます。ここで $T_{\mathrm{atm}}$ は大気の平均物理温度(約270 K)、$\tau(\theta) = \tau_z / \sin\theta$ は天頂方向の光学的厚み $\tau_z$ を仰角で割った経路長補正(平面大気近似)、$T_{\mathrm{cmb}} \approx 2.7$ K は宇宙背景放射です。第1項が「大気が出す放射」、第2項が「大気を透過してくる宇宙背景放射」を表しています。仰角が低くなると $\tau(\theta)$ が大きくなり、$1 – e^{-\tau}$ が増えて大気放射が支配的になります。
システム雑音温度の合成
以上を組み合わせて、受信系全体の雑音温度 $T_{\mathrm{sys}}$ を求めます。ここで設計上きわめて重要なのが、雑音温度を「どの基準面で測るか」という点です。慣例として、アンテナ端子(給電線の入口)を基準面に取り、すべての雑音をその面に換算します。
アンテナ → 損失 $L$ の給電線 → 雑音温度 $T_{\mathrm{LNA}}$・利得 $G_{\mathrm{LNA}}$ のLNA → 後段(等価雑音温度 $T_{\mathrm{rx}}$)という構成を考えましょう。アンテナ端子から見ると、
- アンテナ自身の雑音温度 $T_A$
- 給電線の雑音温度 $(L-1)T_p$
- 給電線を通したあとのLNAの雑音温度。給電線は損失 $L$ なので、その先のLNA以降の雑音はアンテナ端子換算で $L$ 倍に増える
を足し合わせます。雑音温度版フリスの公式を給電線(利得 $1/L$)→ LNA(利得 $G_{\mathrm{LNA}}$)→ 後段の順に適用すると、アンテナ端子換算のシステム雑音温度は
$$ \begin{equation} T_{\mathrm{sys}} = T_A + (L – 1) T_p + L \, T_{\mathrm{LNA}} + \frac{L \, T_{\mathrm{rx}}}{G_{\mathrm{LNA}}} \end{equation} $$
となります。第1項がアンテナ、第2項が給電線、第3項が給電線越しのLNA、第4項がLNA越しの後段です。後段の項が $G_{\mathrm{LNA}}$ で割られているため、LNAの利得が高ければ後段の寄与はほぼ無視できます。一方で給電線の損失 $L$ はLNA以降のすべての項に掛かってきて、LNAの低雑音性を台無しにしうることが見て取れます。この $L$ の効き方こそ、LNAをどこに置くかという設計問題の核心です。
それでは、このシステム雑音温度を使って受信系全体の性能をひとつの数値にまとめる指標、G/T比へ進みましょう。
受信系の性能指数 G/T 比
G/Tの定義と意味
受信系の「良さ」は、アンテナがどれだけ信号を集められるか(利得 $G$)と、系がどれだけ雑音を出すか(システム雑音温度 $T_{\mathrm{sys}}$)の両方で決まります。利得が高くても雑音温度が高ければ台無しですし、その逆もしかりです。そこで両者を一つにまとめた指標が
$$ \frac{G}{T} = \frac{G}{T_{\mathrm{sys}}} $$
です。分子に利得、分母に雑音温度を置いているので、G/Tが大きいほど高性能な受信系を意味します。デシベル表記では
$$ \begin{equation} \left[\frac{G}{T}\right]_{\mathrm{dB/K}} = 10\log_{10} G – 10\log_{10} T_{\mathrm{sys}} \end{equation} $$
と書き、単位は dB/K です。アンテナ利得 $G$ と雑音温度 $T_{\mathrm{sys}}$ を同じ基準面(アンテナ端子)で評価することが約束事です。
なぜG/Tが受信系の性能を単独で代表できるのかは、次の受信C/N0の式を見ると明確になります。
G/T が C/N0 に直結する理由
リンクバジェットでは、受信したいのは搬送波電力 $C$ と雑音電力密度 $N_0$ の比、すなわちC/N0(単位 dB-Hz)です。受信搬送波電力は、送信側のEIRP(実効等方放射電力)から自由空間損失 $L_{\mathrm{fs}}$ などを引き、受信アンテナ利得 $G$ を足したものです。真値で書くと
$$ C = \frac{\mathrm{EIRP} \cdot G}{L_{\mathrm{fs}} \, L_{\mathrm{other}}} $$
です。一方、雑音電力密度は $N_0 = k T_{\mathrm{sys}}$(単位 W/Hz)です。これらの比を取ると
$$ \frac{C}{N_0} = \frac{\mathrm{EIRP}}{L_{\mathrm{fs}} \, L_{\mathrm{other}}} \cdot \frac{G}{k \, T_{\mathrm{sys}}} = \frac{\mathrm{EIRP}}{L_{\mathrm{fs}} \, L_{\mathrm{other}}} \cdot \frac{1}{k} \cdot \frac{G}{T_{\mathrm{sys}}} $$
となります。ここで受信側の性能が $G/T_{\mathrm{sys}} = G/T$ という一つの塊にまとまって現れることがポイントです。$G$ と $T_{\mathrm{sys}}$ が別々ではなく必ずこの比の形でしか効かないため、受信系をひとつの数値で代表できるのです。これがG/Tという指標が広く使われる理由です。
デシベルで書くと、$k = 1.38 \times 10^{-23}$ J/K に対し $10\log_{10}k = -228.6$ dBW/(K·Hz) なので
$$ \begin{equation} \left[\frac{C}{N_0}\right]_{\mathrm{dB\text{-}Hz}} = \mathrm{EIRP}_{\mathrm{dBW}} – L_{\mathrm{fs,dB}} – L_{\mathrm{other,dB}} + \left[\frac{G}{T}\right]_{\mathrm{dB/K}} + 228.6 \end{equation} $$
という、リンクバジェットの中心となる式が得られます。送信側のEIRP、伝搬路の損失、そして受信側のG/T——回線設計はこの3つの足し引きに集約されます。$+228.6$ はボルツマン定数の逆数をデシベル化した定数で、覚えておくと暗算で回線が組めます。
所要 C/N と所要 Eb/N0 との関係
最終的に必要なのは、変調・符号化方式が要求する所要 $E_b/N_0$ を満たすことです。情報ビットレート $R_b$ [bps] とすると
$$ \frac{E_b}{N_0} = \frac{C/N_0}{R_b}, \quad \left[\frac{E_b}{N_0}\right]_{\mathrm{dB}} = \left[\frac{C}{N_0}\right]_{\mathrm{dB\text{-}Hz}} – 10\log_{10}R_b $$
です。回線が成立するためには、得られた $E_b/N_0$ が所要値に所要マージンを上乗せした値を上回る必要があります。
ここまでで雑音温度・G/T・C/N0 のつながりが式の上で揃いました。次はこれらを実際のPythonコードに落とし込み、衛星地上局の数値例で確かめます。
Python実装
雑音温度と雑音指数の相互変換
まず、これまでに導いた基本的な変換式を関数として用意します。$T_e = (F-1)T_0$ とその逆変換、デシベルとの変換を実装します。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
T0 = 290.0 # 基準温度 [K]
k_B = 1.380649e-23 # ボルツマン定数 [J/K]
def nf_db_to_te(nf_db, T0=290.0):
"""雑音指数 NF[dB] を等価雑音温度 Te[K] に変換する"""
F = 10 ** (nf_db / 10) # dB -> 真値
return (F - 1) * T0 # Te = (F-1)*T0
def te_to_nf_db(Te, T0=290.0):
"""等価雑音温度 Te[K] を雑音指数 NF[dB] に変換する"""
F = 1 + Te / T0 # F = 1 + Te/T0
return 10 * np.log10(F)
# 代表的なLNAの雑音指数を温度に換算してみる
for nf in [0.3, 0.5, 1.0, 3.0]:
print(f"NF = {nf:.1f} dB -> Te = {nf_db_to_te(nf):6.1f} K")
出力を見ると、雑音指数 $NF = 0.5$ dB のLNAは等価雑音温度がおよそ 35 K、$NF = 1.0$ dB で約 75 K、$NF = 3.0$ dB では約 289 K にもなります。デシベルではわずか数dBの差が、温度では数十〜数百Kの大きな差として現れることがわかります。雑音温度で見ると、低雑音増幅器の良し悪しが何倍もの違いとして直感的に把握できる、というのが温度表現の効用です。
システム雑音温度の縦続計算
次に、雑音温度版フリスの公式を使って、縦続接続した受信系のシステム雑音温度を計算する関数を作ります。各段を (利得[dB], 雑音温度[K]) の組で与え、アンテナ端子換算の雑音温度を返します。
def cascade_noise_temp(T_antenna, stages):
"""
縦続接続のシステム雑音温度を計算する(アンテナ端子換算)。
T_antenna : アンテナ雑音温度 [K]
stages : [(gain_dB, Te_K), ...] アンテナに近い順に並べた各段
戻り値 : システム雑音温度 Tsys [K]
"""
Tsys = T_antenna # アンテナ雑音から開始
gain_product = 1.0 # それまでの利得の累積(真値)
for gain_dB, Te in stages:
# この段の雑音は「それまでの利得」で割って加算する
Tsys += Te / gain_product
gain_product *= 10 ** (gain_dB / 10) # 累積利得を更新
return Tsys
# 給電線の損失を雑音温度に変換するヘルパ
def line_loss_te(loss_dB, T_phys=290.0):
"""損失 loss_dB[dB]・物理温度 T_phys[K] の受動素子の雑音温度 (L-1)*Tp"""
L = 10 ** (loss_dB / 10)
return (L - 1) * T_phys
この cascade_noise_temp は、第2項以降を「それまでの累積利得」で割って足し込むことで、フリスの公式 $T_e = T_{e,1} + T_{e,2}/G_1 + \cdots$ をそのまま表現しています。損失素子は利得を負のdB(例: $-1$ dB)として渡せば、gain_product が1未満になり、後段の雑音が増幅される($L$ 倍される)効果も自動的に織り込まれます。汎用的に段を並べるだけで、どんな構成のシステム雑音温度も計算できます。
LNAを給電線の前段に置く効果
理論で強調した「初段にLNAを置く」効果を、数値で確かめましょう。同じ部品(給電線損失1dB、LNAは利得30dB・NF0.5dB、後段受信機はNF8dB)を使い、(A) LNAを給電線の後ろに置く構成と、(B) LNAをアンテナ直下(給電線の前)に置く構成を比較します。
# 部品の雑音温度
Te_lna = nf_db_to_te(0.5) # LNA: NF=0.5dB -> 約35K
Te_rx = nf_db_to_te(8.0) # 後段受信機: NF=8dB
T_line = line_loss_te(1.0) # 給電線: 1dB損失 -> 約75K
T_ant = 50.0 # アンテナ雑音温度 [K](仮)
# 構成A: アンテナ -> 給電線(-1dB) -> LNA(30dB) -> 受信機
stages_A = [(-1.0, T_line), (30.0, Te_lna), (0.0, Te_rx)]
Tsys_A = cascade_noise_temp(T_ant, stages_A)
# 構成B: アンテナ -> LNA(30dB) -> 給電線(-1dB) -> 受信機
stages_B = [(30.0, Te_lna), (-1.0, T_line), (0.0, Te_rx)]
Tsys_B = cascade_noise_temp(T_ant, stages_B)
print(f"構成A (給電線が先): Tsys = {Tsys_A:6.1f} K, Tsys[dB] = {10*np.log10(Tsys_A):.2f} dBK")
print(f"構成B (LNAが先) : Tsys = {Tsys_B:6.1f} K, Tsys[dB] = {10*np.log10(Tsys_B):.2f} dBK")
print(f"差: {10*np.log10(Tsys_A/Tsys_B):.2f} dB (Bの方が低雑音)")
実行すると、給電線を先に置く構成Aではシステム雑音温度がおよそ 160 K になるのに対し、LNAを先に置く構成Bでは約 90 K まで下がります。差は実に 2.5 dB 程度にもなります。これは、構成Aでは弱った信号が1dBの給電線損失(75K)をまともに浴びてからLNAに入るのに対し、構成Bでは信号がまずLNAで増幅されるため、その後の給電線損失の影響が初段利得30dBで薄められるからです。衛星地上局でLNAをアンテナの真下(フィードの直後)に取り付けるのは、まさにこの効果を狙っています。
G/T 対 仰角のグラフ
アンテナ雑音温度の仰角依存性を取り込み、G/Tが仰角でどう変わるかをプロットします。低仰角で大気と地面の雑音を多く拾い、G/Tが劣化する様子を可視化します。
def antenna_temp_vs_elevation(elev_deg, tau_zenith=0.05,
T_atm=270.0, T_cmb=2.7, T_ground=290.0):
"""仰角 elev_deg[deg] におけるアンテナ雑音温度 [K]"""
elev = np.radians(elev_deg)
# 平面大気近似: 経路長は天頂の 1/sin(elev) 倍
tau = tau_zenith / np.sin(elev)
# 大気放射 + 透過してくる宇宙背景放射
T_sky = T_atm * (1 - np.exp(-tau)) + T_cmb * np.exp(-tau)
# 低仰角ほど地面サイドローブ寄与が増える簡易モデル
ground_coupling = 0.05 * np.exp(-elev_deg / 10.0)
return T_sky + ground_coupling * T_ground
# アンテナ利得(固定)と受信機雑音温度
G_ant_dB = 45.0 # アンテナ利得 [dBi]
Te_lna = nf_db_to_te(0.5)
T_line = line_loss_te(1.0)
Te_rx = nf_db_to_te(8.0)
elev = np.linspace(5, 90, 200)
GT = []
for e in elev:
T_ant = antenna_temp_vs_elevation(e)
# 構成B(LNA先)でシステム雑音温度を計算
stages = [(30.0, Te_lna), (-1.0, T_line), (0.0, Te_rx)]
Tsys = cascade_noise_temp(T_ant, stages)
GT.append(G_ant_dB - 10 * np.log10(Tsys))
plt.figure(figsize=(8, 5))
plt.plot(elev, GT, 'b-', lw=2)
plt.xlabel('Elevation angle [deg]')
plt.ylabel('G/T [dB/K]')
plt.title('G/T vs Elevation angle')
plt.grid(True, alpha=0.3)
plt.tight_layout()
plt.show()
このグラフから、いくつかの重要なことが読み取れます。第一に、仰角が高いほどG/Tが向上します。天頂に近づくほど大気の経路が短くなってアンテナ雑音温度が下がり、地面サイドローブの寄与も減るためです。第二に、仰角が10度を切るあたりからG/Tが急激に劣化します。大気の経路長が $1/\sin\theta$ で急増し、大気放射が支配的になるためで、低仰角の衛星パスでは通信品質が落ちることを意味します。実運用で「最低仰角」を設定したり、低仰角時はビットレートを落とす運用をするのは、このG/T劣化を見込んでのことです。
リンクバジェットでの C/N0 算出
最後に、G/Tをリンクバジェットに組み込んで受信C/N0を計算します。静止衛星からの downlink を想定した数値例です。
def free_space_loss_dB(distance_m, freq_Hz):
"""自由空間伝搬損失 [dB]"""
c = 3e8
wavelength = c / freq_Hz
return 20 * np.log10(4 * np.pi * distance_m / wavelength)
def link_cn0(eirp_dBW, distance_m, freq_Hz, gt_dBK, other_loss_dB=2.0):
"""受信 C/N0 [dB-Hz] を計算する"""
Lfs = free_space_loss_dB(distance_m, freq_Hz)
# C/N0 = EIRP - Lfs - Lother + G/T + 228.6
cn0 = eirp_dBW - Lfs - other_loss_dB + gt_dBK + 228.6
return cn0, Lfs
# 静止衛星 downlink の例
eirp = 52.0 # 衛星のEIRP [dBW]
dist = 38500e3 # 静止軌道までの距離 [m](約38500km)
freq = 12.0e9 # Kuバンド downlink [Hz]
gt = 20.0 # 地上局のG/T [dB/K]
Rb = 30e6 # ビットレート 30 Mbps
cn0, Lfs = link_cn0(eirp, dist, freq, gt)
ebn0 = cn0 - 10 * np.log10(Rb)
print(f"自由空間損失 Lfs = {Lfs:.2f} dB")
print(f"受信 C/N0 = {cn0:.2f} dB-Hz")
print(f"Eb/N0 = {ebn0:.2f} dB")
この計算から、EIRP 52 dBW の静止衛星から Ku バンドで届く信号は、自由空間損失だけで 205 dB 以上も減衰しますが、地上局のG/Tが 20 dB/K あれば受信C/N0 はおよそ 90 dB-Hz 前後となり、30 Mbps の伝送でも $E_b/N_0$ が十分確保できることがわかります。G/Tが1dB上がれば、C/N0もEb/N0もそのまま1dB改善する——つまり受信系の改善が回線マージンにそっくり反映されるという、リンクバジェットの基本的な感覚が数値で確認できます。
G/T 改善が回線マージンに与える効果
最後に、地上局のG/Tを変化させたとき、所要Eb/N0に対するマージンがどう変わるかを可視化します。これは「どこまでアンテナやLNAに投資すべきか」という設計判断に直結します。
gt_range = np.linspace(10, 30, 100) # G/T を 10〜30 dB/K で振る
required_ebn0 = 4.5 # 所要 Eb/N0 [dB](変調符号化方式が要求)
margins = []
for g in gt_range:
cn0, _ = link_cn0(eirp, dist, freq, g)
ebn0 = cn0 - 10 * np.log10(Rb)
margins.append(ebn0 - required_ebn0)
plt.figure(figsize=(8, 5))
plt.plot(gt_range, margins, 'g-', lw=2, label='Link margin')
plt.axhline(0, color='r', ls='--', label='Margin = 0 (回線成立の境界)')
plt.axhline(3, color='orange', ls=':', label='3 dB margin')
plt.xlabel('Ground station G/T [dB/K]')
plt.ylabel('Link margin [dB]')
plt.title('Link margin vs G/T')
plt.legend()
plt.grid(True, alpha=0.3)
plt.tight_layout()
plt.show()
このグラフから、リンクマージンがG/Tに対して傾き1の直線で増加することが読み取れます。これはC/N0の式でG/Tが線形(dBで足し算)に効くためで、G/Tを1dB改善すればマージンも1dB増えます。赤い破線(マージン0)との交点が「回線が辛うじて成立する最低G/T」、オレンジの点線(3dBマージン)との交点が「降雨減衰などに備えた実用的なG/T」の目安です。アンテナ口径を2倍にすると利得が約6dB上がりG/Tも6dB改善する、LNAをNF1dBから0.5dBに替えると雑音温度が下がってG/Tが0.5dB前後改善する——こうした投資効果を、このマージン直線の上で直接比較できるのが、雑音温度とG/Tを体系的に理解する最大のメリットです。
まとめ
本記事では、受信系の感度設計に不可欠な雑音温度とG/T比について、熱雑音の出発点から系統的に解説しました。
- 雑音を温度で測る: 熱雑音 $N = kTB$ が温度に比例することから、あらゆる雑音源を等価雑音温度という一つの物差しで比較できます。雑音指数との関係は $T_e = (F-1)T_0$ で結ばれ、デシベルでの小さな差が温度では大きな差として直感的に見えます
- 縦続接続のシステム雑音温度: 雑音温度版フリスの公式 $T_e = T_{e,1} + T_{e,2}/G_1 + \cdots$ により、初段の雑音が全体を支配することがわかります。損失素子は $(L-1)T_p$、アンテナは仰角依存の $T_A$ として組み込みます
- LNAは初段に置く: LNAを給電線の前に置くと、給電線損失の影響が初段利得で薄められ、システム雑音温度が大きく下がります。本記事の例では約2.5dBの改善が得られました
- G/Tは受信系の性能指数: $G/T = 10\log_{10}G – 10\log_{10}T_{\mathrm{sys}}$ は、利得と雑音温度を一つにまとめた指標です。C/N0 の式に $G/T$ が一塊で現れるため、受信系をこの一つの数値で代表できます
- リンクバジェットへの反映: $C/N_0 = \mathrm{EIRP} – L_{\mathrm{fs}} – L_{\mathrm{other}} + G/T + 228.6$ により、G/Tの改善はそのまま回線マージンに反映されます
雑音温度とG/Tの考え方は、衛星通信から電波天文、深宇宙通信まで、弱い信号を扱うあらゆる分野の共通言語です。次のステップとして、以下の記事も参考にしてください。
- 熱雑音(ジョンソン・ナイキスト雑音)の理論 — 本記事の出発点である $kTB$ の物理
- 雑音指数(ノイズフィギュア)の理論 — フリスの公式と縦続接続の基礎
- G/Tは受信系の性能指数 — G/Tの位置づけの概観
- リンクバジェット計算の基礎 — EIRPや自由空間損失を含む回線設計の全体像