三角関数は数学・物理・工学のあらゆる場面に登場します。フーリエ解析で信号を $\sin$ の重ね合わせに分解し、制御工学で回転運動を $\cos$ で記述し、機械学習の活性化関数に $\tanh$ を使う——三角関数なしに現代の理工系文書は成り立ちません。
ところが、LaTeX で三角関数を書くとき最初にぶつかる落とし穴があります。何も考えずに sin x と打つと、LaTeX は s、i、n をそれぞれ斜体の変数として扱い、三つの変数の積 $s \cdot i \cdot n$ のように見えてしまうのです。正しくは \sin x と書くことで、ローマン体(立体)の関数名と前後の適切なスペースが自動的に付きます。この小さな違いが、論文や教科書の読みやすさに直結します。
本記事は三角関数を LaTeX/KaTeX で書くためのコピペ用リファレンスです。応用先は二つあります。一つ目は論文・レポート——加法定理、オイラーの公式、フーリエ級数を正確に組版したいとき。二つ目はウェブ上の数式(KaTeX)——ブログや MathJax 環境でも \sin \cos \tan を含む表記はそのまま動作します。
本記事の内容
- やりたいことから引ける逆引き早見表
- なぜ
\sinと書くのか——斜体問題の根本原因 - 基本6関数の書き方と引数のバリエーション
- べき乗の正しい位置(
\sin^2 xが正しいのはなぜか) - 逆三角関数:
\arcsinと\sin^{-1}の使い分け - 双曲線関数:
\sinh・\cosh・\tanhと機械学習との接続 - 標準にない関数の定義(
\operatorname{sech}等) - 実戦コピペ例4選(加法定理・オイラーの公式・フーリエ級数・tanh活性化)
- KaTeX互換表とよくある間違い

この図が記事全体の出発点です。左側の素打ち sin x は斜体になり、s・i・n という三変数の積に見えます。右側の \sin x はローマン体(立体)になり、スペーシングも正確に制御されます。この違いを理解することが、LaTeX での三角関数組版の第一歩です。
逆引き早見表:やりたいことからコマンドを引く
| やりたいこと | コマンド | 表示 | 備考 |
|---|---|---|---|
| サイン | \sin |
$\sin$ | 基本コマンド |
| コサイン | \cos |
$\cos$ | 基本コマンド |
| タンジェント | \tan |
$\tan$ | 基本コマンド |
| コセカント | \csc |
$\csc$ | $1/\sin$ の意味 |
| セカント | \sec |
$\sec$ | $1/\cos$ の意味 |
| コタンジェント | \cot |
$\cot$ | $\cos/\sin$ の意味 |
| 逆サイン | \arcsin |
$\arcsin$ | \sin^{-1} より明確 |
| 逆コサイン | \arccos |
$\arccos$ | 推奨表記 |
| 逆タンジェント | \arctan |
$\arctan$ | 推奨表記 |
| 双曲線サイン | \sinh |
$\sinh$ | KaTeX 対応 |
| 双曲線コサイン | \cosh |
$\cosh$ | KaTeX 対応 |
| 双曲線タンジェント | \tanh |
$\tanh$ | KaTeX 対応 |
| sin の2乗 | \sin^2 x |
$\sin^2 x$ | ^ は関数名の直後 |
| 逆関数の記法 | \sin^{-1} x |
$\sin^{-1} x$ | 逆数と混同注意 |
| 度(°)での引数 | \sin 30^\circ |
$\sin 30^\circ$ | ^\circ で度記号 |
| 括弧付き引数 | \sin(x + y) |
$\sin(x + y)$ | 複合引数は括弧推奨 |
| sech(標準外) | \operatorname{sech} |
$\operatorname{sech}$ | KaTeX 対応 |
| csch(標準外) | \operatorname{csch} |
$\operatorname{csch}$ | KaTeX 対応 |
細かい説明に入る前に、全コマンドをここから引けるようにしました。以降のセクションで各コマンドの背景と使い方を丁寧に解説します。
1. なぜ \sin と書くのか——斜体問題の核心
問題:LaTeX が「関数名」を知らない場合
数学の数式モードで sin x と書いたとき、LaTeX は何も情報を持っていません。s、i、n、x はどれも「変数を表す一文字」として扱われ、すべて斜体(イタリック体)に組まれます。
視覚的な問題にとどまらず、意味論的にも誤りです。読者は「$s$ かける $i$ かける $n$ かける $x$」という四変数の積として読もうとします。これは $s \cdot i \cdot n \cdot x$ を意図していることになり、三角関数の $\sin x$ とは全く別の式になってしまいます。
解決策:専用コマンドでローマン体とスペースを制御する
\sin を使うと次の二点が同時に解決します。
① ローマン体(立体)になる。数学の慣習では、変数は斜体、演算子・関数名は立体で書き分けます。変数 $x$ は斜体ですが、関数名 $\sin$ はローマン体(直立した書体)で書くのが正式です。
② 前後のスペーシングが最適化される。\sin は LaTeX 内部では「数学演算子(math operator)」として登録されており、引数との間に適切な薄いスペース(thin space)が自動で入ります。素打ちでは \sin と同じ見た目を手動で再現しようとしても、スペーシングを正確に合わせることは非常に困難です。
以下の三行を比べると、違いが明確です。
% NG: 斜体、スペース不正確
$sin x$
% NG: スペースは入るが立体にならない
$\mathrm{sin}\, x$ % 手動での代替は面倒
% OK: コマンドで一発解決
$\sin x$
同じ理由で、cos・tan・log・exp・lim なども専用コマンドを使います。LaTeX が標準で提供する数学演算子コマンドは、この「ローマン体 + スペーシング」を自動で処理してくれます。
数学演算子として登録されている意味
LaTeX 内部では、\sin は「数学演算子(math operator)」というカテゴリに属しています。これは \log・\exp・\lim・\max・\min・\det なども同じです。数学演算子として登録されていると、次の三つの効果が自動で得られます。
- ローマン体(立体)で出力される。変数(斜体)との視覚的な区別が自動でつきます。
- 前後のスペーシングが関係演算子として最適化される。演算子が引数の直前に置かれる場合と、括弧付きの場合でスペースが異なります。
- 下付き文字が水平に並ぶ。
\lim_{x \to 0}のような数学演算子の下付きは、インライン数式でもデフォルトで横に($\lim_{x \to 0}$)、ディスプレイ数式では真下に来ます。
この三つの効果はすべて \sin コマンド一つで得られます。\mathrm{sin} という手動のローマン体変換ではスペーシングが最適化されないため、専用コマンドを使うことが重要です。
% 比較(見た目は同じに見えても内部処理が違う)
$\mathrm{sin} x$ % ローマン体だが演算子スペーシングなし
$\sin x$ % ローマン体 + 演算子スペーシング(推奨)
基本を押さえたところで、実際に LaTeX で書く基本6関数を見ていきましょう。
2. 基本6関数の書き方
三角関数には、もとになる $\sin$・$\cos$・$\tan$ の3つと、それらの逆数として定義される $\csc$・$\sec$・$\cot$ の3つを合わせた基本6関数があります。

この早見表が示すように、6つの関数はすべて対応するコマンドを持ちます。主要な3つが $\sin$・$\cos$・$\tan$ で、残り3つはその逆数です。$\csc = 1/\sin$、$\sec = 1/\cos$、$\cot = \cos/\sin$ という関係を覚えておくと、6つがまとめて整理できます。
基本コマンド一覧
% 三つの主要三角関数
\sin x % サイン
\cos x % コサイン
\tan x % タンジェント
% 逆数の三関数
\csc x % コセカント(= 1/sin x)
\sec x % セカント (= 1/cos x)
\cot x % コタンジェント(= cos x / sin x)
引数の書き方バリエーション
LaTeX では、関数に続く引数に括弧を付けるかどうかは著者の選択です。ただし場面によってベストプラクティスが変わります。
% 引数が単純な変数:括弧なしで十分
$\sin x$ % 最も一般的
$\cos \theta$ % ギリシャ文字も問題なし
% 引数が複合式:括弧で明示
$\sin(x + y)$ % 加法は括弧推奨(混同防止)
$\cos(2\theta)$ % 係数付きも括弧で明示
% 分数の引数:\left \right で大きな括弧
$\sin\left(\frac{\pi}{4}\right)$
\left( と \right) を使うと、括弧が内容の大きさに自動で伸縮します。分数や積分が引数に入るときは必ず使いましょう。
グラフで見る三関数の振る舞い

三つのグラフから直感的な性質が読み取れます。$\sin x$(上段・青)は原点を通る奇関数で振幅1の波形、$\cos x$(中段・橙)は $y$ 軸対称の偶関数で $x=0$ での値が最大です。$\tan x$(下段・緑)は $x = \pm\pi/2, \pm 3\pi/2, \ldots$ で不連続点を持ち、各周期 $\pi$ ごとに $-\infty$ から $+\infty$ へ発散します。この不連続性は $\tan x = \sin x / \cos x$ において $\cos x = 0$ になることから来ています。
直角三角形との関係を LaTeX で表す
三角関数の直感的な定義は、直角三角形の辺の比から来ています。斜辺を $r$、対辺を $y$、隣辺を $x$ とすると、
$$ \sin\theta = \frac{y}{r}, \quad \cos\theta = \frac{x}{r}, \quad \tan\theta = \frac{y}{x} $$
これらを LaTeX で書くときは \frac コマンドで分数を作ります。
$$
\sin\theta = \frac{y}{r}, \quad
\cos\theta = \frac{x}{r}, \quad
\tan\theta = \frac{y}{x}
$$
\quad は全角スペース相当の水平空白で、複数の式を横に並べるときに使います。\qquad は \quad の2倍幅になります。
重要な恒等式と LaTeX 表現
三角関数の恒等式は、証明・変換で何度も使います。代表的なものを LaTeX 表記と一緒に整理します。
ピタゴラスの恒等式(最重要)
$$ \sin^2\theta + \cos^2\theta = 1 $$
$$
\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1
$$
この恒等式を変形すると、次の二つが導かれます。
$$ 1 + \tan^2\theta = \sec^2\theta $$
$$ 1 + \cot^2\theta = \csc^2\theta $$
$$
1 + \tan^2\theta = \sec^2\theta
$$
$$
1 + \cot^2\theta = \csc^2\theta
$$
余角の恒等式($\theta + \phi = \pi/2$ の関係)
$$ \sin\left(\frac{\pi}{2} – \theta\right) = \cos\theta, \quad \cos\left(\frac{\pi}{2} – \theta\right) = \sin\theta $$
$$
\sin\left(\frac{\pi}{2} - \theta\right) = \cos\theta, \quad
\cos\left(\frac{\pi}{2} - \theta\right) = \sin\theta
$$
\left( と \right) は括弧の高さを内容(分数)に合わせて伸縮させます。この組み合わせを使うことで、大きな分数を抱える式でも括弧がきちんとサイズを合わせます。
これで基本6関数の書き方がわかりました。次は三角関数にべき乗が付く場合の、よく間違えやすい記法を見ていきましょう。
3. べき乗の書き方:\sin^2 x の正しい位置
三角関数のべき乗表記は、初学者が最もよく間違える記法の一つです。「$\sin$ の2乗」を書きたいとき、^ の位置はどこに置くべきでしょうか。

左と中央の二通りが「$\sin$ の2乗」を意味し、右の書き方は全く別の意味になります。この違いを一つずつ確認しましょう。
\sin^2 x:最も一般的な表記(推奨)
^ を \sin の直後に置くと、$\sin$ 全体のべき乗を意味します。
$$ \sin^2 x \equiv (\sin x)^2 $$
$\sin^2 x$ % sin の2乗(最も標準的な書き方)
$\cos^2 \theta$ % cos の2乗
$\tan^2 x$ % tan の2乗
数学・物理の教科書では $\sin^2 x$ という記法が定着しています。ピタゴラスの定理から来る恒等式 $\sin^2 x + \cos^2 x = 1$ もこの形で書くのが標準です。
(\sin x)^2:明示的な括弧付き(同義)
$(\sin x)^2$ という書き方も正しく、$\sin^2 x$ と完全に同じ意味です。
$(\sin x)^2$ % 括弧で sin x 全体を囲ってからべき乗
「べき乗が何にかかるか」を誤解なく伝えたい場合や、複合式では括弧付きの方が読みやすいことがあります。ただし簡単な式では \sin^2 x の方がコンパクトです。
\sin x^2:別の意味(注意)
\sin x^2 は $\sin(x^2)$、つまり「$x^2$ の sin」を意味します。$(\sin x)^2$ とは全く異なります。
$$ \sin x^2 = \sin(x^2) $$
LaTeX のパーサーは \sin x^2 を「$\sin$ の後に $x^2$ が続く」と解釈します。^ は直前の x にかかるため、\sin にはかかりません。
% NG(意図と異なる可能性)
$\sin x^2$ % = sin(x^2) ← x の2乗 sin
% OK(意図が明確)
$\sin^2 x$ % = (sin x)^2 ← sin の2乗
$(\sin x)^2$ % 同上(明示的)
3乗以上の一般化
同じルールが3乗以上でも成り立ちます。
$\sin^3 x$ % sin の3乗
$\cos^n x$ % n乗(nは変数)
$\tan^{-1} x$ % -1乗(ただし逆関数と混同注意 → 次節で詳述)
\sin^{-1} x については逆三角関数との混同問題があるため、次のセクションで丁寧に扱います。
4. 逆三角関数:\arcsin と \sin^{-1} の使い分け
逆三角関数の表記には二つの流儀があり、どちらを使うかで意図が変わることがあります。

\arcsin:推奨される明示的表記
$\arcsin x$ % アーク・サイン(逆サイン関数)
$\arccos x$ % アーク・コサイン
$\arctan x$ % アーク・タンジェント
\arcsin・\arccos・\arctan の3コマンドは LaTeX/KaTeX 標準で定義されており、単一の意味しか持ちません。「$x$ の逆サイン」を疑いなく伝えられます。
論文でこれら3コマンドを使う場合、読者は文脈に依らず正確に意味を理解できます。特に測量・幾何・信号処理の文脈では、\arctan による角度の復元は頻出表現です。
% 具体的な使用例
\theta = \arctan\!\left(\frac{y}{x}\right) % atan2 の1変数版
x = \arcsin\!\left(\frac{1}{\sqrt{2}}\right) % = π/4
\arctan の後ろに \! を入れると、関数名と括弧の間の余白をわずかに詰めることができます。これは好みの問題ですが、括弧が小さい式では使われることがあります。
\sin^{-1}:逆数との混同に注意
\sin^{-1} という書き方も広く使われています。しかし二通りの解釈が生まれるため注意が必要です。
$$ \sin^{-1}(x) = \begin{cases} \arcsin(x) & \text{(逆関数の意味)} \\ \dfrac{1}{\sin(x)} = \csc(x) & \text{(逆数の意味)} \end{cases} $$
「べき乗の記法で $-1$ 乗と書いた場合、逆関数なのか逆数なのか」という問いには、文脈に頼らざるを得ません。$\sin^2 x = (\sin x)^2$ というべき乗の慣習に従えば $\sin^{-1} x = (\sin x)^{-1} = \csc x$ になるはずですが、慣例的に逆関数の意味で使われることも多いのです。
このあいまいさを解消するため、多くの現代的な数学の教科書・論文では逆三角関数には \arcsin 系を使うことを推奨しています。
% 推奨(混同なし)
$\theta = \arcsin(x)$
% 避けるべき(混同の恐れ)
$\theta = \sin^{-1}(x)$ % 逆数 csc と混同される可能性
定義域と値域
逆三角関数は多価関数をどの区間で切り取るかで主値が決まります。
$$ \arcsin x : [-1, 1] \to \left[-\frac{\pi}{2}, \frac{\pi}{2}\right] $$
$$ \arccos x : [-1, 1] \to [0, \pi] $$
$$ \arctan x : (-\infty, +\infty) \to \left(-\frac{\pi}{2}, \frac{\pi}{2}\right) $$
これらの定義域・値域は LaTeX で次のように書きます。
$$
\arcsin x : [-1, 1] \to \left[-\frac{\pi}{2}, \frac{\pi}{2}\right]
$$
\left[ と \right] が閉区間の大括弧を自動伸縮させます。
atan2:二引数アークタンジェント
数値計算や信号処理では、$x$ 成分と $y$ 成分から角度を求める二引数の逆タンジェント $\text{atan2}(y, x)$ がよく使われます。標準コマンドは存在しないため、\operatorname で書きます。
% 二引数アークタンジェント
$$
\theta = \operatorname{atan2}(y, x)
$$
この関数は $(-\pi, \pi]$ の範囲で角度を返すため、通常の $\arctan(y/x)$ よりも象限の情報を正確に扱えます。
逆三角関数を押さえたところで、次は三角関数の双子とも言える双曲線関数に進みます。LaTeX でもほぼ同じ書き方が使えます。
5. 双曲線関数:\sinh・\cosh・\tanh の書き方
双曲線関数は名前に「h」が付く三角関数の類似物です。三角関数が単位円 $x^2 + y^2 = 1$ のパラメータ表示 $(\cos\theta, \sin\theta)$ として定義されるのと対応して、双曲線関数は双曲線 $x^2 – y^2 = 1$ のパラメータ表示 $(\cosh t, \sinh t)$ として理解できます。
定義は指数関数を使って次のように与えられます。
$$ \sinh x = \frac{e^x – e^{-x}}{2}, \quad \cosh x = \frac{e^x + e^{-x}}{2}, \quad \tanh x = \frac{\sinh x}{\cosh x} = \frac{e^x – e^{-x}}{e^x + e^{-x}} $$
$\sinh x$ は指数関数の奇数部分(反対称部分)、$\cosh x$ は偶数部分(対称部分)に相当します。この対称性から $\cosh(-x) = \cosh x$(偶関数)、$\sinh(-x) = -\sinh x$(奇関数)という性質が直ちに導かれます。
コマンドと書き方
% 双曲線関数の基本コマンド
$\sinh x$ % ハイパボリックサイン
$\cosh x$ % ハイパボリックコサイン
$\tanh x$ % ハイパボリックタンジェント
% 定義式
$$
\sinh x = \frac{e^x - e^{-x}}{2}
$$
% 恒等式
$$
\cosh^2 x - \sinh^2 x = 1
$$
グラフで見る形状の違い

三つのグラフが双曲線関数の主要な性質を示しています。$\sinh x$(左・青)は原点を通る奇関数で、$x \to \pm\infty$ では指数的に発散します。$\cosh x$(中・橙)は偶関数で $x=0$ に最小値 1 を持つカテナリー(懸垂線)曲線です。$\tanh x$(右・緑)は $(-1, 1)$ に値域が収まるS字型の曲線で、$x \to \pm\infty$ での漸近線は赤の破線で示した $y = \pm 1$ です。
機械学習での \tanh:活性化関数との接続
双曲線関数が理工系記事で特によく登場するのは、機械学習の活性化関数としての \tanh です。ニューラルネットワークの隠れ層の出力を $(-1, 1)$ の範囲に収める目的で広く使われます。
% 活性化関数としての tanh
$$
a = \tanh(z) = \frac{e^z - e^{-z}}{e^z + e^{-z}}
$$
% 微分(逆伝播で使う)
$$
\frac{d}{dz}\tanh(z) = 1 - \tanh^2(z)
$$
\tanh のべき乗表記 \tanh^2(z) も \sin^2 x と同じルールで書けます。
LaTeX 標準にない双曲線関数:\operatorname で定義する
双曲線関数のうち、\sinh・\cosh・\tanh は LaTeX/KaTeX 標準コマンドですが、$\text{sech}$・$\text{csch}$・$\text{coth}$ は標準コマンドがありません。これらを使う場合は \operatorname コマンドで定義します。
% operatorname を使って標準にない関数を書く
$\operatorname{sech} x$ % ハイパボリックセカント(= 1/cosh x)
$\operatorname{csch} x$ % ハイパボリックコセカント(= 1/sinh x)
$\operatorname{coth} x$ % ハイパボリックコタンジェント(= cosh/sinh)
\operatorname{名前} は、任意の文字列をローマン体の数学演算子として扱います。スペーシングも \sin と同等に自動調整されます。
LaTeX(PDF 出力)の場合、頻繁に使うなら \DeclareMathOperator でプリアンブルに登録する方がすっきりします。
% LaTeX プリアンブルに追記(PDF 用)
\usepackage{amsmath}
\DeclareMathOperator{\sech}{sech}
\DeclareMathOperator{\csch}{csch}
\DeclareMathOperator{\coth}{coth}
% 本文で使用
$\sech x = \frac{1}{\cosh x}$
KaTeX(このブログ)では \DeclareMathOperator はサポートされていないため、毎回 \operatorname{sech} と書くか、後述の \newcommand 的な代替を使います。
双曲線関数の書き方がそろいました。次は実際の論文・レポートで使えるコピペ実例を4つ紹介します。
6. 実戦コピペ例:加法定理・オイラーの公式・フーリエ・tanh 微分
理論を実際に使う場面として、頻出の4つの数式を LaTeX/KaTeX コードと一緒に示します。そのままコピペして使えます。
実戦例1:加法定理
加法定理は三角関数の最重要恒等式の一つです。
$$ \sin(\alpha + \beta) = \sin\alpha\cos\beta + \cos\alpha\sin\beta $$
$$ \cos(\alpha + \beta) = \cos\alpha\cos\beta – \sin\alpha\sin\beta $$
$$
\sin(\alpha + \beta) = \sin\alpha\cos\beta + \cos\alpha\sin\beta
$$
$$
\cos(\alpha + \beta) = \cos\alpha\cos\beta - \sin\alpha\sin\beta
$$
ここで \alpha はギリシャ文字 $\alpha$(アルファ)、\beta は $\beta$(ベータ)です。引数に + などの演算子が入る場合は括弧 (\alpha + \beta) で囲むことで、可読性が上がります。
加法定理から $\cos(-\beta) = \cos\beta$($\cos$ は偶関数)、$\sin(-\beta) = -\sin\beta$($\sin$ は奇関数)という引数の符号反転についての恒等式も導出できます。
% 符号反転($\beta$ を $-\beta$ に置換)
$$
\sin(\alpha - \beta) = \sin\alpha\cos\beta - \cos\alpha\sin\beta
$$
実戦例2:オイラーの公式
オイラーの公式は複素指数関数と三角関数を結ぶ最重要な式で、信号処理・量子力学・電磁気学に不可欠です。
$$ e^{i\theta} = \cos\theta + i\sin\theta $$

この図が示すように、$e^{i\theta}$ は複素平面上の単位円上の点であり、実軸方向の成分が $\cos\theta$、虚軸方向の成分が $\sin\theta$ です。角度 $\theta$ は原点から実軸の正方向に向かう直線との間の角を表します。単位円の半径が1であることから、$|\,e^{i\theta}\,| = 1$ が常に成り立ちます。
% オイラーの公式
$$
e^{i\theta} = \cos\theta + i\sin\theta
$$
% テイラー展開による証明ステップ(途中式例)
$$
e^{i\theta} = 1 + i\theta - \frac{\theta^2}{2!} - \frac{i\theta^3}{3!} + \frac{\theta^4}{4!} + \cdots
= \left(1 - \frac{\theta^2}{2!} + \frac{\theta^4}{4!} - \cdots\right)
+ i\left(\theta - \frac{\theta^3}{3!} + \frac{\theta^5}{5!} - \cdots\right)
$$
$\theta = \pi$ を代入すると、オイラーの等式 $e^{i\pi} + 1 = 0$ が得られます。
% オイラーの等式(theta = pi の特殊ケース)
$$
e^{i\pi} + 1 = 0
$$
実戦例3:フーリエ級数
信号処理で根幹をなすフーリエ級数です。任意の周期関数を $\sin$・$\cos$ の和で表します。
$$ f(x) = \frac{a_0}{2} + \sum_{n=1}^{\infty} \left(a_n \cos\frac{n\pi x}{L} + b_n \sin\frac{n\pi x}{L}\right) $$
係数の計算式も LaTeX で書くとこうなります。
$$ a_n = \frac{1}{L}\int_{-L}^{L} f(x)\cos\frac{n\pi x}{L}\,dx, \quad b_n = \frac{1}{L}\int_{-L}^{L} f(x)\sin\frac{n\pi x}{L}\,dx $$
% フーリエ級数展開
$$
f(x) = \frac{a_0}{2} + \sum_{n=1}^{\infty}
\left(a_n \cos\frac{n\pi x}{L} + b_n \sin\frac{n\pi x}{L}\right)
$$
% フーリエ係数
$$
a_n = \frac{1}{L}\int_{-L}^{L} f(x)\cos\frac{n\pi x}{L}\,dx, \quad
b_n = \frac{1}{L}\int_{-L}^{L} f(x)\sin\frac{n\pi x}{L}\,dx
$$
\left( と \right) が括弧を和記号の高さに合わせて伸縮させます。\, は薄いスペース(thin space)で、積分記号と $dx$ の間など、数学的に意味のある区切りに使います。
実戦例4:tanh 活性化関数とその微分
機械学習の逆伝播で頻出する $\tanh$ の微分式です。
$$ a = \tanh(z) = \frac{e^z – e^{-z}}{e^z + e^{-z}} $$
$\tanh$ の微分は $\tanh$ 自身で表せるという美しい性質を持ちます。
$$ \frac{d}{dz}\tanh(z) = 1 – \tanh^2(z) $$
これを証明する導出ステップを組版するとこうなります。まず定義から微分します。
商の微分則を適用すると、分子の微分が $(e^z – e^{-z})’ = e^z + e^{-z}$、分母の微分が $(e^z + e^{-z})’ = e^z – e^{-z}$ ですから、
$$ \frac{d}{dz}\tanh(z) = \frac{(e^z + e^{-z})^2 – (e^z – e^{-z})^2}{(e^z + e^{-z})^2} = 1 – \left(\frac{e^z – e^{-z}}{e^z + e^{-z}}\right)^2 = 1 – \tanh^2(z) $$
% tanh の微分
$$
\frac{d}{dz}\tanh(z) = 1 - \tanh^2(z)
$$
% 導出の中間ステップ
$$
\frac{d}{dz}\tanh(z)
= \frac{(e^z + e^{-z})^2 - (e^z - e^{-z})^2}{(e^z + e^{-z})^2}
= 1 - \left(\frac{e^z - e^{-z}}{e^z + e^{-z}}\right)^2
= 1 - \tanh^2(z)
$$
\tanh^2(z) の ^2 は \tanh の直後に置くことで「tanh の2乗」になります。\sin^2 x と全く同じルールです。
これで主要な実戦パターンが揃いました。次は LaTeX の数式整形に関わる引数の書き方テクニックを整理します。式が長くなると括弧やスペースの扱いが大切になります。
7. 引数と括弧のテクニック:可読性を上げる組版の細かい工夫
三角関数を使った式が長くなるにつれ、括弧のサイズ調整や行間のスペースが重要になります。LaTeX には可読性を上げるための仕組みがいくつかあります。
自動サイズ調整:\left と \right
引数に分数や積分が入るとき、括弧が小さいままでは読みにくくなります。\left( と \right) を使うと、括弧が内容の高さに自動で合います。
% 固定サイズ括弧(小さく見える)
$\sin(\frac{\pi}{4})$
% 自動サイズ調整(推奨)
$\sin\left(\frac{\pi}{4}\right)$
\left と \right はペアで使い、囲む記号を後ろに書きます。
\left( ... \right) % 丸括弧
\left[ ... \right] % 角括弧
\left\{ ... \right\} % 波括弧(\ が必要)
\left| ... \right| % 絶対値
スペーシングの微調整
LaTeX の数式モードでは空白(スペース)を入力しても無視されます。スペースを入れたい場合は専用のコマンドを使います。
| コマンド | 幅 | 使い場面 |
|---|---|---|
\! |
負の薄い空白 | 関数名と括弧の間を詰める |
\, |
薄い空白(thin space) | $\sin x \, dx$ のような積分要素の区切り |
\: |
中程度の空白(medium space) | 二項演算子間 |
\; |
厚い空白(thick space) | 式と補足の区切り |
\quad |
全角幅 | 複数の式を横に並べる |
\qquad |
2全角幅 | 式と説明を大きく離す |
実際の使用例を見ましょう。
% 積分の被積分関数と dx の間に薄いスペース
$$
\int_0^{\pi} \sin x \, dx = 2
$$
% 複数の式を quad で並べる
$$
\sin^2 x + \cos^2 x = 1, \quad \forall x \in \mathbb{R}
$$
% 関数名と括弧の間を詰める(\! で負のスペース)
$$
\sin\!\left(\frac{\pi}{3}\right) = \frac{\sqrt{3}}{2}
$$
\displaystyle と \textstyle:インライン数式のサイズ切り替え
文中(インライン)の数式では、分数や積分が自動的に小さくなります。文中でも大きく表示したい場合は \displaystyle を使います。
% 文中の数式(小さい)
$\sin\left(\frac{\pi}{4}\right)$
% 文中でも表示数式サイズにする
$\displaystyle\sin\left(\frac{\pi}{4}\right)$
ただし \displaystyle を多用すると行間が乱れるため、原則としてブロック数式 $$...$$ を使う方が望ましい場合が多いです。
複数行にわたる式:align 環境との組み合わせ
三角関数を含む長い変形を複数行に分けて書くには、align 環境を使います。& で各行の位置を揃えます。
% sin の二倍角公式の導出
$$
\begin{align}
\sin(2\theta)
&= \sin(\theta + \theta) \\
&= \sin\theta\cos\theta + \cos\theta\sin\theta \\
&= 2\sin\theta\cos\theta
\end{align}
$$
\\ で改行し、& の位置が揃います。このスタイルで導出の各行に「何をしたか」がわかるよう、コメントを添えることで読者の理解が深まります。加法定理を適用すると、次の行では同じ項をまとめた、という流れが自然につながります。
具体的な数値例:特殊角の書き方
$30°$、$45°$、$60°$ などの特殊角は三角関数の値が根号や分数で表せます。LaTeX での正確な書き方を示します。
% 特殊角の三角関数値
$$
\sin 30^\circ = \frac{1}{2}, \quad
\sin 45^\circ = \frac{\sqrt{2}}{2}, \quad
\sin 60^\circ = \frac{\sqrt{3}}{2}
$$
$$
\cos 0^\circ = 1, \quad
\cos 90^\circ = 0, \quad
\cos 180^\circ = -1
$$
$$
\tan 45^\circ = 1, \quad
\tan 60^\circ = \sqrt{3}
$$
\sqrt{2} が平方根 $\sqrt{2}$、\sqrt[3]{x} が三乗根 $\sqrt[3]{x}$ を表します。分数は \frac{分子}{分母} で書きます。
これで引数と括弧のテクニックが整いました。次は KaTeX 環境での対応状況を整理して、使えるコマンドを確認しましょう。
8. KaTeX 互換表
本ブログは KaTeX を使って数式を描画しています。LaTeX(PDF 出力)と比べると一部のコマンドの対応が異なるため、コマンドと KaTeX 対応状況をまとめます。
| コマンド | 表示 | KaTeX 対応 | LaTeX でのパッケージ |
|---|---|---|---|
\sin |
$\sin$ | 対応 | 標準 |
\cos |
$\cos$ | 対応 | 標準 |
\tan |
$\tan$ | 対応 | 標準 |
\csc |
$\csc$ | 対応 | 標準 |
\sec |
$\sec$ | 対応 | 標準 |
\cot |
$\cot$ | 対応 | 標準 |
\arcsin |
$\arcsin$ | 対応 | 標準 |
\arccos |
$\arccos$ | 対応 | 標準 |
\arctan |
$\arctan$ | 対応 | 標準 |
\sinh |
$\sinh$ | 対応 | 標準 |
\cosh |
$\cosh$ | 対応 | 標準 |
\tanh |
$\tanh$ | 対応 | 標準 |
\operatorname{sech} |
$\operatorname{sech}$ | 対応 | amsmath |
\operatorname{csch} |
$\operatorname{csch}$ | 対応 | amsmath |
\operatorname{coth} |
$\operatorname{coth}$ | 対応 | amsmath |
\DeclareMathOperator |
— | 非対応 | amsmath |
\arccsc / \arcsec |
— | 非対応 | 専用パッケージ |
重要な注意点:KaTeX では \arccsc(逆コセカント)や \arcsec(逆セカント)のコマンドは定義されていません。これらが必要な場合は \operatorname{arccsc} と書きましょう。
% KaTeX で逆コセカントを書く場合
$\operatorname{arccsc} x$ % KaTeX でも表示される
9. よくある間違いと修正

この図が3つのよくある間違いを一目で整理しています。左から順に、素打ち sin の斜体問題、べき乗の位置の混同、度の書き方の問題です。
間違い1:素打ち sin で斜体になる
これが最も多い間違いです。
% NG: s, i, n がそれぞれ変数として扱われ斜体になる
$sin x$
% OK: \sin コマンドでローマン体とスペーシングが正しくなる
$\sin x$
\cos・\tan・\log・\exp も同様です。LaTeX 標準コマンドが存在する関数名は必ずコマンドを使いましょう。
間違い2:\sin x^2 と \sin^2 x の混同
% NG: \sin x^2 は sin(x²) の意味(x の2乗に sin をかける)
$\sin x^2$ % = sin(x²)
% OK: sin の2乗を表したいなら ^ を \sin の直後に
$\sin^2 x$ % = (sin x)²
% OK: 括弧で明示してもよい
$(\sin x)^2$ % 同じ意味
^ は直前のトークンにかかります。\sin x^2 における ^ は x にかかり、\sin にはかかりません。
間違い3:度数の書き方
角度を度(°)で表す場合は ^\circ を使います。
% NG: 数値だけでは単位が不明
$\sin 30$
% NG: \degree コマンドは標準 KaTeX では使えない
$\sin 30\degree$
% OK: ^\circ で度記号を付ける
$\sin 30^\circ$ % sin(30°)
$\cos 45^\circ$ % cos(45°)
$\tan 60^\circ$ % tan(60°)
\circ は「小さい丸(circle)」の記号で、$\circ$ と表示されます。^{} で上付きにすることで度記号になります。
ラジアン表記と混在する場合は単位を明示すると親切です。
$\sin\!\left(\frac{\pi}{6}\right) = \sin 30^\circ = 0.5$
間違い4:引数が複合式なのに括弧を省略する
引数が二項式や分数のとき、括弧なしでは可読性が落ちます。
% 曖昧: x + y のどこまでが引数か不明
$\sin x + y$ % sin(x) + y と読まれる可能性
% 明確: 括弧で引数の範囲を明示
$\sin(x + y)$
$\cos\!\left(\frac{\pi}{4} + \theta\right)$
\! は負の薄いスペースで、関数名と括弧の間をわずかに詰めます。\left( の直前に入れると見た目が締まります。
まとめ
本記事では、LaTeX/KaTeX で三角関数を正確に組版する方法をリファレンス形式でまとめました。
| トピック | 要点 |
|---|---|
なぜ \sin? |
斜体を防ぎ、ローマン体+スペーシングが自動制御される |
| 基本6関数 | \sin \cos \tan \csc \sec \cot すべてコマンドあり |
| べき乗の位置 | \sin^2 x(推奨)と (\sin x)^2 は同義。\sin x^2 は別の意味 |
| 逆三角関数 | \arcsin \arccos \arctan で明示的に。\sin^{-1} は逆数と紛らわしい |
| 双曲線関数 | \sinh \cosh \tanh はコマンドあり。sech 等は \operatorname で |
| 標準外の関数 | \operatorname{名前} でローマン体+スペーシング付きの演算子に |
| 度の表記 | ^\circ で度記号。\sin 30^\circ が正しい形 |
| KaTeX 注意 | \DeclareMathOperator と \arccsc 等は非対応 |
迷ったときの指針:LaTeX 標準コマンドが存在する三角関数(\sin・\cos・\tan・\sinh 等)は必ずコマンドを使いましょう。コマンドがない関数(sech・arccsc 等)は \operatorname{名前} で対応できます。