工場の壁に取り付けたIoTセンサーからのデータが、なぜか特定の設置場所だけ届きにくい——そんな経験はないでしょうか。送信電力もアンテナ利得も十分なはずなのに、端末を90度回転させただけで受信レベルが20dB以上も変わることがあります。犯人は偏波の不整合です。電波には「電界が振動する向き」(偏波)があり、送信側と受信側で向きが合っていないと、せっかくの電力を受け取れません。
この問題への強力な解決策が、本記事で解説する両偏波(デュアル偏波)パッチアンテナです。1枚のパッチに直交する2つの給電点を設けることで、垂直・水平(あるいは±45°)の2つの偏波を同時に送受信できます。両偏波アンテナを理解すると、次のような場面で役立ちます。
- IoTシステムの受信率改善: LPWA(920MHz帯)やWi-Fiのゲートウェイに両偏波アンテナを使うと、端末の設置向きがバラバラでも安定して受信できます。偏波ダイバーシティにより、深いフェージングの落ち込みも回避できます。
- 携帯基地局のアンテナ設計: 現代の基地局アンテナはほぼすべて±45°の両偏波(クロスポール)構成です。1本のアンテナ柱で2ブランチのダイバーシティ受信・MIMO伝送を実現し、設置スペースを半分にしています。
本記事の内容
- 偏波とは何か — 直線偏波(垂直・水平)と円偏波の位置づけ
- なぜIoTで両偏波が効くのか — 偏波不整合損 $\cos^2\theta$ の導出と数値例
- 両偏波パッチアンテナの構造 — 直交2給電、±45°偏波、アイソレーションとXPD
- 偏波ダイバーシティの効果をPythonでシミュレーション(2ブランチ選択合成)
- 設計・実装上の注意と、LPWA・Wi-Fi・基地局での実例
前提知識
この記事を読む前に、以下の記事を読んでおくと理解が深まります。
- パッチアンテナとは?動作原理から設計式まで — 単一偏波パッチの動作原理と設計式
- 電磁波の偏波 — 直線・円・楕円偏波の数学 — 偏波の数学的な記述
- マルチパスフェージングとダイバーシティ完全ガイド — フェージングとダイバーシティの全体像
偏波とは — 電波の「向き」を意識する
まず直感から入りましょう。縄跳びのロープを思い浮かべてください。ロープの端を上下に振れば縦波の山が、左右に振れば横向きの山が伝わっていきます。同じロープでも「振る向き」によって伝わる波の姿が変わります。電波もこれと同じで、電界ベクトルがどの向きに振動しながら伝わるかという属性を持ちます。これが偏波(polarization)です。
電界が地面に対して垂直に振動しながら進む波を垂直偏波、水平に振動する波を水平偏波と呼びます。どちらも電界の振動方向が1つの直線上に固定されているので、まとめて直線偏波といいます。一方、電界ベクトルの先端が進行とともにらせんを描いて回転するのが円偏波です。円偏波はGPSや衛星通信のように「送受の相対的な回転角が定まらない」用途で使われますが、地上のIoTや携帯通信では構造が簡単な直線偏波が主流です。本記事では直線偏波を前提に話を進めます(円偏波については円偏波アンテナの理論と設計を参照してください)。

左の図は垂直偏波の電波が進む様子で、電界(矢印)が常に上下方向に振動しています。右の図は進行方向の正面から見た断面で、電界の振動方向そのものが偏波を定義することを示しています。垂直と水平は互いに直交しており、後で見るように直交する偏波同士は理想的には互いに干渉しません。この「直交性」こそ、1枚のパッチで2つの独立な通信路を作れる理由です。
ここで重要なのは、アンテナは「自分の偏波と同じ向きの電界成分しか受け取れない」という事実です。では、送信側と受信側で偏波の向きがずれていると、どれだけ損をするのでしょうか。次の節で定量的に見ていきます。
なぜIoTで偏波が問題になるのか — 偏波不整合損
携帯電話の基地局のように送受の偏波をそろえて設計できるシステムでは、偏波のずれはあまり問題になりません。しかしIoTシステムでは事情がまったく違います。温度センサーは壁に横向きに貼られ、GPSトラッカーは荷物の中で斜めに転がり、ウェアラブル端末は腕の動きとともに向きを変えます。つまり端末側アンテナの偏波の向きは実質的にランダムなのです。

この図は、垂直偏波のゲートウェイに対して端末がさまざまな向きで設置された状況を表しています。端末を立てて設置すれば損失ゼロですが、45°傾けば3dB、横倒しになると理論上は電力をまったく受け取れません。設置の自由度が高いIoTほど、この「向きの問題」が深刻になります。
偏波不整合損の式を導く
この損失を式にしましょう。ゴールは「送受の偏波角度差が $\theta$ のとき、受信電力が $\cos^2\theta$ 倍になる」ことを示すことです。
送信アンテナが作る電界の偏波方向を単位ベクトル $\hat{\bm{e}}_t$、受信アンテナが受け取れる偏波方向を単位ベクトル $\hat{\bm{e}}_r$ とします。受信アンテナに誘起される電圧は、到来した電界ベクトル $\bm{E} = E_0 \hat{\bm{e}}_t$ のうち、受信偏波方向への射影成分に比例します。ベクトルの内積を使うと、
$$ V \propto \bm{E} \cdot \hat{\bm{e}}_r = E_0 \, (\hat{\bm{e}}_t \cdot \hat{\bm{e}}_r) $$
2つの単位ベクトルのなす角を $\theta$ とすれば、内積の定義から $\hat{\bm{e}}_t \cdot \hat{\bm{e}}_r = \cos\theta$ です。つまり受信電圧は $\cos\theta$ 倍になります。電力は電圧の2乗に比例するので、受信電力の比、すなわち偏波効率(偏波整合係数)は
$$ \begin{equation} \eta_p = |\hat{\bm{e}}_t \cdot \hat{\bm{e}}_r|^2 = \cos^2\theta \end{equation} $$
となります。これをデシベルで表した $-10\log_{10}(\cos^2\theta)$ が偏波不整合損です。導出はわずか2ステップですが、「電界の射影→電圧」「電圧の2乗→電力」という2段階で $\cos$ が2乗になる、という構造を押さえておくと忘れません。
数値で実感する
具体的な角度を入れてみましょう。
| 角度差 $\theta$ | 偏波効率 $\cos^2\theta$ | 不整合損 |
|---|---|---|
| 0°(完全整合) | 1.00 | 0 dB |
| 30° | 0.75 | 1.2 dB |
| 45° | 0.50 | 3.0 dB |
| 60° | 0.25 | 6.0 dB |
| 90°(直交) | 0 | 理論上 −∞ dB |

このグラフを見ると、45°までは損失が3dB以内に収まる一方、60°を超えると急激に悪化し、90°付近では事実上通信不能になることがわかります。リンクバジェットに3dBの余裕しかないシステムで端末が60°傾けば、それだけで通信が途切れます。「角度差が小さいうちは鈍感、直交に近づくと壊滅的」という非線形な振る舞いが、偏波問題の厄介なところです。
ただし、ここで一つ疑問が湧きます。実環境で端末が横倒しになっても、通信が完全に切れるとは限りません。なぜでしょうか。その鍵を握るのが、マルチパス伝搬による「偏波の回転」です。
マルチパスは偏波を回す — 交差偏波識別度(XPD)
自由空間の見通し通信であれば、送信した垂直偏波は垂直偏波のまま届きます。しかし市街地や屋内では、電波は壁・床・金属棚などで何度も反射・散乱・回折してから受信機に届きます。斜めの面で反射するたびに電界ベクトルの向きは少しずつ変わり、垂直偏波として送った電力の一部が水平偏波成分に「漏れて」いきます。
この漏れの度合いを表す指標が交差偏波識別度(XPD: Cross-Polarization Discrimination)です。送信した偏波(主偏波)で受かる電力と、直交偏波(交差偏波)で受かる電力の比をデシベルで表します。
$$ \mathrm{XPD} = 10\log_{10}\frac{P_{\text{主偏波}}}{P_{\text{交差偏波}}} $$
実測では、見通しのある屋外でXPDは15〜20dB程度、反射の多い屋内やNLOS(見通し外)環境では5〜10dB程度まで低下します。XPDが小さいということは「偏波がよくかき混ぜられている」ことを意味します。
この事実は2つの重要な帰結をもたらします。
- 救いの側面: 端末が横倒しでも、マルチパスが偏波を回してくれるおかげで、交差偏波成分経由でいくらかの電力は届きます。先ほどの「90°で−∞dB」は自由空間での理論値であり、実環境では10dB前後の損失で済むことが多いのです。
- チャンスの側面: 垂直偏波と水平偏波は反射のたびに異なる変化を受けるため、2つの偏波で受けた信号のフェージングがほぼ独立になります。片方の偏波が深く落ち込んでいる瞬間に、もう片方は元気でいる確率が高い——これが偏波ダイバーシティの物理的根拠です。
つまりマルチパス環境では、直交2偏波は「互いに相関の低い2本の通信路」として使えます。この2本の通信路を1枚のアンテナで実現するのが、両偏波パッチアンテナです。次の節でその構造を見ていきましょう。
両偏波パッチアンテナの構造
パッチアンテナの記事で解説したとおり、方形パッチアンテナは「長さ約半波長の共振器」であり、共振方向と平行な向きの直線偏波を放射します。ここで方形パッチをよく見ると、縦方向(TM01モード)と横方向(TM10モード)の2つの共振方向を持てることに気づきます。正方形に近いパッチなら、2つのモードの共振周波数を同じにできます。
そこで、縦の共振を励振する給電点と、横の共振を励振する給電点を1枚のパッチに2つ設ける——これが両偏波パッチアンテナの基本アイデアです。給電点1からは垂直偏波が、給電点2からは水平偏波が放射され、それぞれ独立したポートとして使えます。

左の図が基本形で、パッチの中心から縦方向にオフセットした給電点1が垂直偏波(TM01モード)を、横方向にオフセットした給電点2が水平偏波(TM10モード)を励振します。給電点をオフセットさせるのは、単一偏波パッチと同じくインピーダンス整合のためです。右の図はパッチを45°回転させた±45°偏波(スラント偏波)の構成で、携帯基地局ではこちらが標準です。±45°にする理由は後述します。
性能指標(1) ポート間アイソレーション
2つの給電点は同じパッチ上にあるため、ポート1に入れた信号の一部がポート2に漏れます。この漏れ電力の比がポート間アイソレーション(Sパラメータでいう $|S_{21}|$)です。アイソレーションが悪いと、
- 送信信号が自分の受信ポートに回り込んで受信機を飽和させる
- 2ポートを独立チャネルとして使うMIMOで、チャネル間干渉が増える
といった問題が起きます。設計目標としては−30dB以下(できれば−35dB以下)が目安です。理想的には直交モード同士は結合しませんが、給電構造の非対称性やパッチの製造誤差により有限の結合が残ります。給電点の配置を対称にする、差動給電(1つの偏波を対向する2点から逆相で給電する)を使うなどの工夫でアイソレーションを高めます。
性能指標(2) 交差偏波識別度(アンテナ自身のXPD)
伝搬路だけでなく、アンテナ自身も交差偏波を放射します。ポート1(垂直偏波用)を励振したときに放射される水平偏波成分が小さいほど「偏波純度が高い」アンテナです。アンテナ単体のXPDは正面方向で15〜25dBが一般的な目安です。パッチの角や給電プローブから放射される高次モードが交差偏波の主因で、斜め45°方向(ダイアゴナル面)で悪化しやすいことが知られています。

この図は2つの性能指標の違いを整理したものです。アイソレーションは「ポートからポートへ回路的に漏れる量」、XPDは「空間に放射された電波のうち意図しない偏波の量」で、どちらも小さいほど2つの偏波チャネルの独立性が高まります。ダイバーシティ用途ではXPD 15dB程度でも十分効果がありますが、偏波で2ストリームを多重するMIMO用途ではアイソレーション・XPDともに高いほど有利です。
なぜ基地局は±45°なのか
V/H(垂直・水平)ではなく±45°が基地局の標準になったのには実用的な理由があります。地上のマルチパス環境では、水平偏波は大地や建物水平面での反射で減衰しやすく、V/H構成だと2ブランチの平均受信電力に差(偏波間インバランス)が生じがちです。ダイバーシティ合成は2ブランチの強さが揃っているほど効果的なので、これは損です。±45°なら2つの偏波が環境に対して対称なので、平均電力がほぼ等しくなります。さらに、端末の偏波が垂直でも水平でも±45°ブランチから見れば等しく45°ずれなので、端末の向きに対する公平性も生まれます。
構造と指標がわかったところで、いよいよ本題です。両偏波アンテナの2ポートで受けた信号を組み合わせると、フェージングに対してどれだけ強くなるのでしょうか。Pythonで定量的に確かめましょう。
偏波ダイバーシティの効果をPythonで確かめる
まず、2つの偏波ブランチが独立にフェージングする様子を時系列で見てみます。各ブランチをJakesモデル風の散乱波の和としてシミュレーションし、瞬時ごとに強い方を選ぶ選択合成(Selection Combining)を適用します。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
import matplotlib
for cand in ["Hiragino Sans", "Yu Gothic", "Noto Sans CJK JP", "IPAexGothic", "Meiryo"]:
if any(cand == f.name for f in matplotlib.font_manager.fontManager.ttflist):
plt.rcParams["font.family"] = cand
break
plt.rcParams["axes.unicode_minus"] = False
rng = np.random.default_rng(42)
N, fd_t, M = 2000, 0.01, 16 # サンプル数, 正規化ドップラー, 散乱波数
t = np.arange(N)
def jakes_branch(rng, N, fd_t, M=16):
"""多数の散乱波の和としてレイリーフェージング系列を生成"""
phi = rng.uniform(0, 2*np.pi, M)
th = 2*np.pi*np.arange(1, M+1)/M + rng.uniform(0, 2*np.pi/M)
g = np.zeros(N, dtype=complex)
for m in range(M):
g += np.exp(1j*(2*np.pi*fd_t*np.cos(th[m])*t + phi[m]))
return g / np.sqrt(M)
gV = jakes_branch(rng, N, fd_t) # 垂直偏波ブランチ
gH = jakes_branch(rng, N, fd_t) # 水平偏波ブランチ
pV, pH = 20*np.log10(np.abs(gV)), 20*np.log10(np.abs(gH))
psel = np.maximum(pV, pH) # 選択合成: 良い方を選ぶ
plt.figure(figsize=(9, 4.6))
plt.plot(t, pV, lw=1, alpha=0.8, label="垂直偏波ブランチ")
plt.plot(t, pH, lw=1, alpha=0.8, label="水平偏波ブランチ")
plt.plot(t, psel, lw=1.4, color="red", label="選択合成(良い方を選ぶ)")
plt.axhline(-10, ls="--", color="gray")
plt.xlabel("時間(サンプル)"); plt.ylabel("受信レベル [dB](平均比)")
plt.legend(); plt.show()

このグラフから2つのことが読み取れます。まず、青(垂直)と緑(水平)の落ち込み(フェード)のタイミングはほとんど一致していません。各ブランチは単独では−20dB以下まで何度も落ち込みますが、両方が同時に深く落ちる瞬間はめったにないのです。そして赤の選択合成出力は、−10dBのしきい値をほぼ下回らなくなっています。「2つの独立なくじを引いて良い方を取る」だけで、最悪値が劇的に改善するわけです。
改善量を統計的に評価する
時系列の印象を、累積分布(CDF)で定量化しましょう。各ブランチがレイリーフェージング(平均電力1に正規化)に従うとき、受信電力 $x$ を下回る確率は1ブランチで $F(x) = 1-e^{-x}$ です。2ブランチ選択合成では「両方が $x$ を下回る」場合だけ出力が $x$ を下回るので、独立なら
$$ F_{\mathrm{SC}}(x) = \left(1-e^{-x}\right)^2 $$
と、確率が2乗になります。深いフェード($x \ll 1$)では $F(x) \approx x$ に対し $F_{\mathrm{SC}}(x) \approx x^2$ となり、たとえば確率10%の落ち込みが1%に下がる計算です。シミュレーションで確かめます。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
rng = np.random.default_rng(0)
Ns = 200000
h1 = (rng.normal(size=Ns) + 1j*rng.normal(size=Ns)) / np.sqrt(2)
h2 = (rng.normal(size=Ns) + 1j*rng.normal(size=Ns)) / np.sqrt(2)
p1 = np.abs(h1)**2 # 1ブランチの瞬時電力
psc = np.maximum(np.abs(h1)**2, np.abs(h2)**2) # 2ブランチ選択合成
xdb = np.linspace(-30, 10, 400)
x = 10**(xdb/10)
cdf1 = np.array([np.mean(p1 < xx) for xx in x])
cdf2 = np.array([np.mean(psc < xx) for xx in x])
i10 = np.argmin(np.abs(xdb - (-10)))
print(f"-10dBを下回る確率: 1ブランチ {cdf1[i10]*100:.1f}% "
f"→ 選択合成 {cdf2[i10]*100:.2f}%")
plt.figure(figsize=(8, 5))
plt.semilogy(xdb, cdf1, lw=2, label="1ブランチ(単一偏波)")
plt.semilogy(xdb, cdf2, lw=2, label="2ブランチ選択合成(両偏波)")
plt.semilogy(xdb, 1-np.exp(-x), ":", label="理論: $1-e^{-x}$")
plt.semilogy(xdb, (1-np.exp(-x))**2, ":", label="理論: $(1-e^{-x})^2$")
plt.xlabel("平均に対する受信電力 [dB]"); plt.ylabel("累積確率")
plt.ylim(1e-5, 1.5); plt.grid(which="both", alpha=0.3)
plt.legend(); plt.show()
実行すると -10dBを下回る確率: 1ブランチ 9.6% → 選択合成 0.90% と表示されます。

シミュレーション(実線)は理論式(点線)とよく一致しています。注目すべきは両対数プロットでの傾きの違いです。1ブランチの曲線は左下に向かって傾き1(10dBで1桁)で落ちるのに対し、選択合成は傾き2(10dBで2桁)で落ちています。これが「ダイバーシティ次数2」の意味です。平均からの落ち込み−10dBで見ると、発生確率は9.6%から0.90%へと、ほぼ理論どおり1桁以上改善しています。アウテージ確率1%を保証したい場合、1ブランチでは約20dBのフェードマージンが必要ですが、2ブランチなら約10dBで済みます。リンクバジェットで10dBの節約は、送信電力1/10、または通信距離3倍に相当する大きな差です。
相関があるとどうなるか
ここまでの計算は「2つの偏波ブランチのフェージングが完全に独立」という仮定でした。実際には、XPDが高い(偏波があまり混ざらない)環境では2ブランチの電力に差が出たり、相関が残ったりします。ブランチ間の相関がダイバーシティ利得をどれだけ蝕むかを確認しましょう。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
rng = np.random.default_rng(1)
Ns = 200000
xdb = np.linspace(-30, 10, 400)
x = 10**(xdb/10)
plt.figure(figsize=(8, 5))
for rho in [0.0, 0.5, 0.9]: # 電力相関係数
a = (rng.normal(size=Ns) + 1j*rng.normal(size=Ns)) / np.sqrt(2)
b = (rng.normal(size=Ns) + 1j*rng.normal(size=Ns)) / np.sqrt(2)
h2c = np.sqrt(rho)*a + np.sqrt(1-rho)*b # aと相関rhoを持つブランチ
ps = np.maximum(np.abs(a)**2, np.abs(h2c)**2)
cdfs = np.array([np.mean(ps < xx) for xx in x])
plt.semilogy(xdb, cdfs, lw=2, label=f"相関 ρ={rho}")
plt.xlabel("平均に対する受信電力 [dB]"); plt.ylabel("累積確率")
plt.ylim(1e-5, 1.5); plt.grid(which="both", alpha=0.3)
plt.legend(); plt.show()

このグラフから、相関 $\rho=0.5$ 程度までならダイバーシティ利得の劣化はわずか数dBにとどまることがわかります。曲線の傾き(ダイバーシティ次数)は $\rho<1$ である限り維持され、相関は曲線を右に平行移動させる(必要なマージンを少し増やす)だけです。実測される偏波間相関は市街地・屋内で0.1〜0.5程度なので、偏波ダイバーシティは実環境で十分に機能すると結論できます。これは経験則「相関0.7以下ならダイバーシティは有効」とも整合します。
シミュレーションで効果を確認できました。では、実際に両偏波パッチアンテナを設計・実装するとき、何に気をつければよいのでしょうか。
設計・実装上の注意
給電構造とアイソレーションの確保
両偏波パッチで最も苦労するのがポート間アイソレーションです。シンプルな2点プローブ給電では−20dB前後にとどまることが多く、改善には次の手法が使われます。
- 差動給電(バランス給電): 1つの偏波を、パッチの対向する2点から180°逆相で給電します。対称性により直交ポートへの漏れ成分が打ち消され、アイソレーション−35dB以下と交差偏波の低減を同時に達成できます。給電回路は複雑になります。
- スロット結合給電とプローブ給電の併用: 一方の偏波を地板のスロット経由で、もう一方をプローブで給電すると、結合メカニズムが異なるため干渉しにくくなります。
- 給電点の直交配置の精度: 2つの給電点を結ぶ線がパッチの対称軸から外れると、モード間結合が増えます。製造公差を含めた配置精度が重要です。
基板と帯域幅
パッチアンテナの帯域幅は基板が厚く誘電率が低いほど広がりますが、厚いプローブ給電はインダクタンス成分が増えて整合が崩れ、交差偏波も増えます。広帯域化と偏波純度はトレードオフの関係にあり、積層パッチ(スタックドパッチ)や容量結合プローブで両立を図るのが定石です。また、誘電体損の小さい基板(PTFE系など)を使えば利得低下を抑えられます。
筐体・実装環境の影響
樹脂筐体や近接する金属(取付金具・ケーブル)は共振周波数をずらすだけでなく、せっかく対称に設計した構造を崩して交差偏波とポート間結合を悪化させます。両偏波アンテナは単一偏波品よりも実装環境の非対称性に敏感なので、筐体込みでの電磁界シミュレーションと実測確認が欠かせません。ケーブルの引き回しも2ポートで対称にするのが原則です。
これらの注意点を押さえた上で、実際のシステムでは両偏波アンテナがどう使われているのかを最後に見ておきましょう。
実システムでの活用例
LPWA・920MHz帯IoTゲートウェイ
LoRaWANやSigfoxなどのLPWAでは、電池駆動の端末側に複数アンテナを積む余裕はありません。そこでゲートウェイ側に両偏波アンテナを置き、受信ダイバーシティを担わせるのが効果的な構成です。920MHz帯は波長約33cmと長く、2本のアンテナを空間的に離して置くには0.5λ=16cm以上の間隔が必要ですが(詳しくはアンテナ間隔の記事)、両偏波パッチなら1枚のアンテナ(同一地点)で2ブランチを確保でき、装置を小型化できます。向きが管理できない多数のセンサー端末を1台のゲートウェイで収容するIoTにとって、偏波ダイバーシティは費用対効果の高い対策です。
Wi-Fiアクセスポイント・MIMO
Wi-Fi(2.4GHz/5GHz)のアクセスポイントでは、複数ストリームのMIMO伝送にアンテナの低相関が必要です。天井設置型APの内蔵アンテナには、空間的に離した素子に加えて偏波の異なる素子を混在させ、スマートフォンやノートPCがどんな向きで使われても一定の直交性が保てるよう設計されています。偏波は空間とは独立な「もう1つの自由度」として、限られた筐体内でブランチ数を稼ぐ手段になっています。
携帯基地局の±45°クロスポールアンテナ
最も大規模に両偏波が使われているのが携帯基地局です。かつての基地局は垂直偏波アンテナ2本を数波長離して設置する空間ダイバーシティが主流でしたが、現在は±45°両偏波素子を1本のレドームに収めたクロスポールアンテナが標準です。1本で2ブランチが得られるため、アンテナ本数・タワーの風荷重・賃料が半減します。LTE/5GのMIMOでも、±45°の2偏波×複数列のアレーが基本構成です。

この図は本記事の内容の総まとめです。基地局は±45°クロスポールで送信し、電波はマルチパスで偏波を回されながら、向きのランダムな端末に届きます。受信側のIoTゲートウェイは両偏波で受けることで、偏波不整合損と深いフェードの両方に保険をかけています。偏波という「目に見えない向き」を設計に取り込むことが、ロバストな無線システムへの近道です。
まとめ
本記事では、両偏波パッチアンテナの原理とIoTでの活用を解説しました。
- 偏波は電界の振動方向であり、送受の角度差 $\theta$ により受信電力は $\cos^2\theta$ 倍に減る(45°で3dB、60°で6dB、直交で理論上−∞dB)
- IoT端末は設置向きがランダムなため偏波不整合損が避けられないが、マルチパスによる偏波回転(XPD 5〜20dB)が直交偏波にも電力を運ぶ
- 両偏波パッチは直交する2モード(TM01/TM10)を2つの給電点で励振する構造で、性能はポート間アイソレーション(目安−30dB以下)とXPD(目安15〜25dB)で評価する
- 2偏波ブランチのフェージングはほぼ独立で、選択合成だけでも−10dBフェードの発生確率が9.6%→0.9%に改善(ダイバーシティ次数2)。相関0.5程度までは劣化軽微
- 基地局の±45°クロスポール、Wi-Fi AP、LPWAゲートウェイなど、現代の無線インフラの標準技術になっている
偏波ダイバーシティは「ダイバーシティ」という大きな枠組みの一部です。選択合成より優れた最大比合成の理論、そして空間ダイバーシティに必要なアンテナ間隔の理論へと学びを進めると、ダイバーシティ設計の全体像がつかめます。
次のステップとして、以下の記事も参考にしてください。