橋梁や航空機の翼を支える鋼鉄は、なぜ「理論上の強度の1/1000以下」で塑性変形してしまうのでしょうか。
この問いは20世紀前半の材料科学者を長く悩ませました。1926年にFrenkelが計算した「完全な結晶のせん断強度」は数GPaにのぼるはずなのに、実際の金属は数MPaで永久変形します。その謎を解いた鍵が転位(dislocation)という線状の格子欠陥です。
転位論が理解できると、次の問いに答えられるようになります。
- 材料設計: 鉄鋼・アルミ合金・チタン合金の強度をどう制御するか。焼きなまし・冷間加工・析出強化の背後にある物理的根拠。
- 破壊・疲労: なぜ金属は繰り返し応力で突然壊れるのか。疲労き裂の発生源となる転位の堆積メカニズム。
本記事では、理論強度の計算から出発し、転位の導入・応力場・Peierls-Nabarro 応力・Taylor 則まで、数式の導出を省略せずに解説します。Pythonによる応力場の可視化と強度計算も行い、理論と実像を肌で感じましょう。
本記事の内容 – 理論せん断強度 $\tau_{th}$ の導出と実測値との乖離(1000倍の謎) – 転位の概念と種類(刃状転位・らせん転位) – バーガースベクトル $\bm{b}$ の定義と意味 – 転位の応力場の導出 – Peierls-Nabarro 応力と転位の移動しやすさ – すべり系と結晶異方性 – 転位密度 $\rho$ と加工硬化(Taylor の式) – Frank-Read 源による転位増殖
前提知識
この記事を読む前に、以下の記事で結晶の基礎と欠陥の概要を押さえておくと理解が深まります。
1. 理論せん断強度と「1000倍の謎」
完全な結晶をずらすのに必要な力
まず「完全な欠陥のない結晶を一層ずつずらすには、どれほどの力が要るか」を見積もります。
互いに間隔 $d$ で積み重なった原子面を想像してください。隣の原子は距離 $b$ だけ離れています($b$ は原子間距離)。下の面を固定して上の面を水平方向に変位 $u$ だけずらすとき、結合に沿った周期的なポテンシャルから回復力が生まれます。
Frenkel(1926)は、原子間のポテンシャルを正弦波で近似し、せん断応力を次のように表しました。
$$ \tau = \tau_{th} \sin\left(\frac{2\pi u}{b}\right) $$
ここで $\tau_{th}$ は最大せん断応力(理論強度)です。変位が小さい極限($u \ll b$)では、Hookの法則が成り立たなければなりません。すなわち
$$ \tau \approx \tau_{th} \cdot \frac{2\pi u}{b} = G \cdot \frac{u}{d} $$
という条件から($G$ はせん断弾性係数、$u/d$ がせん断ひずみに対応)、両辺を比較すると
$$ \tau_{th} = \frac{G}{2\pi} \cdot \frac{b}{d} $$
が得られます。多くの金属では $b \approx d$ であるため、これを整理して
$$ \boxed{\tau_{th} \approx \frac{G}{2\pi}} $$
という教科書的な見積もりになります。たとえば鉄では $G \approx 81\ \mathrm{GPa}$ なので
$$ \tau_{th}^{\mathrm{Fe}} \approx \frac{81}{2\pi} \approx 13\ \mathrm{GPa} $$
現実はどれほど違うか
ところが実際の鉄(単結晶)の臨界分解せん断応力(CRSS)は約 $50\ \mathrm{MPa}$ 程度です。
$$ \frac{\tau_{th}}{\tau_{\mathrm{actual}}} \approx \frac{13\ \mathrm{GPa}}{50\ \mathrm{MPa}} \approx 260 $$
銅やアルミはさらに顕著で、実測はたった $1\ \mathrm{MPa}$ 前後、比はおよそ 数百〜数千倍に達します。

上の棒グラフが示すように、理論値(青)と実測値(赤)のあいだには対数スケールでも見えるほどの巨大な差があります。鉄・銅・アルミ・ニッケルのいずれも実測は理論の約 $1/100$〜$1/1000$ にとどまっており、単純な「剛体すべり」モデルでは全く説明できません。
この差を説明する仕組みが転位です。次のセクションで転位の正体を見ていきましょう。
2. 転位とは何か — 格子の「ずれ」の線
転位を一言で表すなら「結晶格子のずれの境界線」です。
絨毯を部屋の端まで移動させることを考えてください。絨毯全体を一度に引っ張るには大きな摩擦力が必要ですが、端に皺を作って少しずつ押し進めると小さな力で移動できます。金属の塑性変形も全く同じ原理で起きています。完全な面全体を一度にずらすのではなく、「ずれと非ずれの境界」が原子1個分ずつ移動することで、大局的な変形が実現します。
この「ずれと非ずれの境界線」が転位です。
2.1 刃状転位(edge dislocation)
最も直感的に理解できる転位が刃状転位です。
完全な結晶に「余分な半原子面」を挿入した状態を想像してください。半原子面が途中で終わる場所の周辺では、原子配列が乱れます。余分な半原子面の下端(終端)が転位線になります。

上の図を見ると、赤い原子が「余分な半原子面」を形成しています。その直下では格子が圧縮され(青)、下方では格子が引き伸ばされています(黄)。この非対称な応力場が転位の移動しやすさ(低いエネルギー障壁)の根源です。
刃状転位の転位線は余分な半原子面の端に沿って走り、バーガースベクトル $\bm{b}$ は転位線と垂直な方向を向きます。
2.2 らせん転位(screw dislocation)
もう一種類の基本的な転位がらせん転位です。
こちらは「剃刀で切り目を入れ、上半分を下半分に対して横にずらした」状態に相当します。転位線の周りを一周すると原子面が1段分ずれ、らせん階段のような構造になります。名前の由来はここにあります。

らせん転位ではバーガースベクトル $\bm{b}$ と転位線 $\bm{\xi}$ が平行です。これは刃状転位($\bm{b} \perp \bm{\xi}$)と対照的な特徴であり、らせん転位の識別基準になります。
実際の転位は純粋な刃状・純粋ならせんではなく、両者の混合転位(mixed dislocation)であることが多いですが、バーガースベクトルを使えば混合転位も統一的に記述できます。
3. バーガースベクトル — 転位を定義する量
3.1 バーガース回路の手順
バーガースベクトル $\bm{b}$ は、完全結晶と欠陥結晶のあいだのトポロジカルな差を定量化する量です。次の手順で定義します。
ステップ1: 完全な(欠陥のない)参照結晶を用意します。任意の出発点から右 $m$ 原子・上 $n$ 原子・左 $m$ 原子・下 $n$ 原子と同じ方向・同じ原子数だけ回路を描きます。この回路は必ず閉じます(完全結晶なので)。
ステップ2: 同じ出発点・同じ回路手順を欠陥(転位)を囲むように実行します。回路を転位の周りに取ると、回路が閉じなくなります。
ステップ3: 回路の終点から出発点に引いたベクトルがバーガースベクトル $\bm{b}$ です。
$$ \bm{b} = \overrightarrow{\text{終点} \to \text{出発点}} $$

左の図(完全結晶)では緑の回路がきれいに閉じています。右の図(転位あり)では同じ手順で回路を辿っても閉じず、赤の矢印(バーガースベクトル $\bm{b}$)分だけズレが生じます。このズレの向きと大きさが転位の「強さ」を完全に記述します。
3.2 バーガースベクトルの性質
バーガースベクトルにはいくつかの重要な性質があります。
大きさ: $b = |\bm{b}|$ は通常、最密充填方向の原子間距離に等しい。FCC では $b = a/\sqrt{2}$($a$ は格子定数)。
不変性: 一本の転位線に沿ってバーガースベクトルは変わりません。転位線が分岐する場合、バーガースベクトルは保存則に従います(Kirchhoff の法則に類似):
$$ \sum_i \bm{b}_i = \bm{0} $$
エネルギー: 転位の弾性エネルギーは $b^2$ に比例します。このため、最短格子ベクトルを持つ転位が最も安定です(Frank 則)。
バーガースベクトルの向きは転位の種類(刃状・らせん・混合)を決め、大きさは転位の強さを決めます。では次に、この転位が周囲に作り出す応力場を定量的に求めてみましょう。
4. 転位の応力場 — 弾性論による導出
4.1 らせん転位の応力場(簡単な場合から)
らせん転位は円柱座標系で解析すると非常にきれいです。
転位線を $z$ 軸に沿って取ります。らせん転位では角変位 $\theta$ が $2\pi$ 増えるたびに $z$ 方向に $b$ だけずれるので、変位場は
$$ u_z = \frac{b}{2\pi} \theta = \frac{b}{2\pi} \arctan\left(\frac{y}{x}\right) $$
と書けます。ひずみは変位の勾配ですから
$$ \varepsilon_{\theta z} = \frac{1}{2} \frac{\partial u_z}{\partial r} \cdot \frac{1}{r}, \quad \gamma_{\theta z} = \frac{b}{2\pi r} $$
$\tau = G\gamma$ より、らせん転位の応力場は
$$ \boxed{\tau_{\theta z} = \frac{Gb}{2\pi r}} $$
距離 $r$ に反比例して減衰する、非常に単純な形です。
4.2 刃状転位の応力場
刃状転位は平面ひずみ問題として扱います。解は Airy 応力関数を用いた弾性力学で得られ(Timoshenko-Goodier, Theory of Elasticity)、次のようになります。
まず係数 $A = Gb/[2\pi(1-\nu)]$ を定義します($\nu$ はポアソン比)。すると直交座標系での応力成分は
$$ \sigma_{xx} = -A \frac{y(3x^2 + y^2)}{(x^2 + y^2)^2} $$
$$ \sigma_{yy} = A \frac{y(x^2 – y^2)}{(x^2 + y^2)^2} $$
$$ \tau_{xy} = A \frac{x(x^2 – y^2)}{(x^2 + y^2)^2} $$
ここで $\nu = 0.3$(代表的な金属)、$G = 80\ \mathrm{GPa}$、$b = 0.25\ \mathrm{nm}$ を代入すると
$$ A = \frac{80 \times 10^9 \times 2.5 \times 10^{-10}}{2\pi \times (1 – 0.3)} \approx 4.5\ \mathrm{GPa \cdot nm} $$
という係数を持ちます。

この等高線図から2つの重要なことが読み取れます。第一に、応力は転位中心(緑の×印)から離れるにつれて $1/r$ で減衰し、遠方ではほぼゼロになります。第二に、転位の上方($y > 0$)と下方($y < 0$)では応力の符号が逆転し、圧縮域と引張域が明確に分かれます。この非対称な応力場が転位どうしの相互作用や障害物との相互作用を引き起こし、加工硬化の根拠になります。
この応力場の理解が出来たところで、転位が実際に移動するのにどれくらいの応力が必要か、という問いに移りましょう。
5. Peierls-Nabarro 応力 — 転位が動くための最低限の力
5.1 古典的な Frenkel モデルの限界
理論強度の見積もりで使った Frenkel モデルは「全面が一度に剛体としてずれる」仮定でした。転位は別の問いを立てます:「既に存在する転位を、あと一原子分だけ進めるのに必要な最小応力は何か?」
これが Peierls-Nabarro 応力(PN 応力)の問題です。
5.2 Peierls-Nabarro の評価
Peierls(1940)と Nabarro(1947)は転位芯の広がりを考慮した計算を行いました。転位の変位分布を
$$ u(x) = \frac{b}{2} – \frac{b}{\pi} \arctan\left(\frac{x}{\zeta}\right), \quad \zeta = \frac{d}{1 – \nu} $$
と仮定します($\zeta$ は転位幅)。この分布はなだらかに変位が変化することを表し、剛体すべりよりも自然な描像です。
Peierls 応力は格子周期性から生まれる障壁で、次のように評価されます。
$$ \tau_{PN} = \frac{2G}{1 – \nu} \exp\left(-\frac{2\pi \zeta}{b}\right) = \frac{2G}{1 – \nu} \exp\left(-\frac{2\pi d}{(1 – \nu)b}\right) $$
この式から読み取れる重要なことがあります。$\zeta/b$ が大きい(転位が広がっている)ほど、指数関数的に $\tau_{PN}$ が小さくなります。
つまり、転位がより広がった(コアの大きい)構造ほど、動きやすいのです。
5.3 PN 応力の物理的意味
$$ \tau_{PN} \ll \tau_{th} = \frac{G}{2\pi} $$
$$ \frac{\tau_{PN}}{\tau_{th}} \approx \frac{4}{\pi} (1-\nu)^{-1} \exp\left(-\frac{2\pi d}{(1-\nu)b}\right) $$
$d \approx b$ で $\nu = 0.3$ を代入すると、典型的に $\tau_{PN}/\tau_{th} \approx 10^{-3}$〜$10^{-4}$ になります。これが「実測値が理論強度の約 $1/1000$〜$1/10000$」に対応します。

上のグラフが両者の違いを端的に示しています。青の Frenkel モデル(剛体すべり)ではピーク応力が $G/2\pi$(規格化で約 $0.16$)に達するのに対し、転位による Peierls-Nabarro 機構(赤)では必要応力がその $1/1000$ 以下になります。まさにこの差が金属の変形を可能にしている本質です。
6. すべりによる変形の伝播 — 絨毯の皺の比喩
理論が理解できたところで、実際の変形過程を直感的に描き直しましょう。
転位が移動することで変形が起きる様子は、冒頭で述べた「絨毯の皺」に完全に対応します。
- 皺のない状態: 転位が存在しない完全結晶 = 塑性変形していない
- 皺が端から移動する: 転位がすべり面に沿って移動する
- 皺が反対の端に抜けた: 転位が結晶の外に出る = バーガースベクトル分だけ永久変形

上の図の3段階を見てください。(a) 転位が左端にいる初期状態では変形はありません。(b) 転位が中央を通過すると、左半分の上下がすでに $b$ だけずれています。(c) 転位が右端に抜けると全体が $1$ 原子間隔だけ完全にすべります。全体が一度にずれるわけではなく、局所的な乱れが順番に伝播していく点が絨毯の皺と同じです。
すべりが起きる面と方向:すべり系
すべりはすべての面・方向で等しく起きるわけではありません。次の2条件を同時に満たす「すべり面」「すべり方向」の組み合わせがすべり系(slip system)です。
- 原子が最も密に詰まった面(最密面): 原子間距離が小さく、面間距離が大きい → PN 障壁が小さい
- 最密方向(原子が並ぶ最短距離方向): バーガースベクトルが最小になり弾性エネルギーが低い
FCC 金属(銅、アルミ、金、ニッケルなど)では
$$ \text{すべり面: } \{111\}, \quad \text{すべり方向: } \langle110\rangle $$
が組み合わさり、$4 \times 3 = 12$ のすべり系があります。BCC では $\{110\}\langle111\rangle$ が主ですが $\{112\}\langle111\rangle$・$\{123\}\langle111\rangle$ も寄与し、合計 48 本のすべり系が存在します。

上の三次元格子図では、FCC の単位胞に $\{111\}$ すべり面(水色の三角形)と $\langle\bar{1}10\rangle$ すべり方向(赤の矢印)を重ねています。頂点原子(青)と面心原子(黄)の配置から、$\{111\}$ が最密面であることが視覚的に確認できます。すべり系が多いほど金属はさまざまな方向の応力に対して変形できるため、FCC 金属は延性が高いという実験事実と整合します。
分解せん断応力(Schmid の法則)
外部応力 $\sigma$ を印加したとき、すべり系上で有効な応力は
$$ \tau_R = \sigma \cos\phi \cos\lambda $$
と計算されます。$\phi$ は引張軸とすべり面法線のなす角、$\lambda$ は引張軸とすべり方向のなす角です。係数 $m = \cos\phi \cos\lambda$ を Schmid 因子と呼び、その値が最大のすべり系が最初に活動します($m$ の最大値は $0.5$、$\phi = \lambda = 45°$ のとき)。
7. Python 実装 — 転位の応力場を可視化する
理論で得た応力場の式を Python で計算し、転位周りの応力分布を確認します。
import numpy as np
# 材料定数(鉄に近い値)
G = 80e9 # せん断弾性係数 [Pa]
b = 2.5e-10 # バーガースベクトル [m]
nu = 0.3 # ポアソン比
# 刃状転位の係数 A = Gb / [2π(1-ν)]
A = G * b / (2 * np.pi * (1 - nu))
print(f"係数 A = {A:.4f} [Pa·m]")
# 転位の真上方向(x=0, y=r)での sigma_xx を評価
# sigma_xx = -A * y * (3x² + y²) / (x² + y²)²
# x=0 のとき: sigma_xx = -A * y * y² / y⁴ = -A / y
for r_mult in [5, 10]:
y_pos = r_mult * b # 物理距離 [m]
sigma_val = -A / y_pos # x=0 のときの解析解
print(f"r = {r_mult}b = {y_pos*1e9:.2f} nm : sigma_xx = {sigma_val:.3e} [Pa] ({sigma_val/1e9:.2f} GPa)")
このコードを実行すると次のような数値が得られます。
係数 A = 4.5470 [Pa·m]
r = 5b = 1.25 nm : sigma_xx = -3.638e+09 [Pa] (-3.64 GPa)
r = 10b = 2.50 nm : sigma_xx = -1.819e+09 [Pa] (-1.82 GPa)
$r = 5b$ での応力は約 $3.6\ \mathrm{GPa}$、$r = 10b$ では約 $1.8\ \mathrm{GPa}$ と、距離が2倍になれば応力が半分になる($\propto 1/r$)ことが確認できます。
応力場の可視化は図6に示した通りで、転位上方($y > 0$)では $\sigma_{xx}$ が正(引張)、下方($y < 0$)では負(圧縮)になります。これは先ほどの刃状転位の図(余分な半原子面の上方が圧縮、下方が引張)と組み合わせると理解できます:格子の圧縮された部分に生じる応力が $\sigma_{xx}$ の正負として現れているのです。
次に Frenkel モデルの「理論強度」と Peierls-Nabarro 応力を数値で確認します。
import numpy as np
# 材料定数
G_vals = {
"鉄 (Fe)": 81e9,
"銅 (Cu)": 48e9,
"アルミ (Al)": 26e9,
"ニッケル (Ni)": 76e9,
}
nu = 0.3
# d/b ≈ 1 と近似(最密面間隔 ≈ バーガースベクトル)
d_over_b = 1.0
print("=" * 60)
print(f"{'金属':12s} {'tau_th [GPa]':>12s} {'tau_PN [MPa]':>12s} {'th/PN':>8s}")
print("=" * 60)
for name, G in G_vals.items():
# 理論強度(Frenkel)
tau_th = G / (2 * np.pi)
# Peierls-Nabarro 応力
# 転位幅 zeta = d / (1 - nu), d = d_over_b * b なので無次元で zeta/b = d_over_b/(1-nu)
zeta_over_b = d_over_b / (1 - nu)
tau_PN = 2 * G / (1 - nu) * np.exp(-2 * np.pi * zeta_over_b)
ratio = tau_th / tau_PN
print(f"{name:12s} {tau_th/1e9:12.2f} {tau_PN/1e6:12.1f} {ratio:8.0f}")
print("=" * 60)
print("実測 CRSS(単結晶): 鉄 ≈ 50 MPa, 銅 ≈ 1 MPa, Al ≈ 1 MPa")
============================================================
金属 tau_th [GPa] tau_PN [MPa] th/PN
============================================================
鉄 (Fe) 12.89 29.3 440
銅 (Cu) 7.64 17.3 440
アルミ (Al) 4.14 9.4 440
ニッケル (Ni) 12.10 27.5 440
============================================================
実測 CRSS(単結晶): 鉄 ≈ 50 MPa, 銅 ≈ 1 MPa, Al ≈ 1 MPa
理論強度 $\tau_{th}$ は 10 GPa 台ですが、Peierls-Nabarro 応力 $\tau_{PN}$ は 数十 MPa まで下がります(理論の約 $1/440$)。実測の鉄 CRSS($\approx 50\ \mathrm{MPa}$)とは同オーダーで良い一致です。銅・アルミの実測($\approx 1\ \mathrm{MPa}$)がもっと低い理由は、FCC の広い転位コア($\zeta \gg b$)により PN 応力がさらに指数関数的に下がるためです(本モデルは $d = b$ の簡略化)。それでもいずれも理論強度の $1/440$〜$1/10000$ オーダーに収まります。
ここまでで「なぜ転位があると弱いのか」が定量的に理解できました。次は「どれだけ転位があると、強度はどう変わるのか」という加工硬化の問いに進みます。
8. 転位密度と加工硬化 — Taylor の式
8.1 転位密度 $\rho$ の定義
材料中に存在する転位の総量を表すのが転位密度 $\rho$ です。
$$ \rho = \frac{\text{転位線の総長さ}}{\text{材料の体積}} \quad [\mathrm{m}^{-2}] $$
典型的な値は
| 状態 | 転位密度 $\rho$ [m$^{-2}$] |
|---|---|
| 焼きなまし材 | $10^{10}$〜$10^{12}$ |
| 軽冷間加工 | $10^{12}$〜$10^{13}$ |
| 強冷間加工 | $10^{14}$〜$10^{15}$ |
| 加工硬化限界 | $10^{15}$〜$10^{16}$ |
焼きなましで転位が消えても $10^{10}\ \mathrm{m}^{-2}$ はあり、強加工では $10^{6}$ 倍増加します。
8.2 Taylor の加工硬化則
転位が増えると、互いの弾性応力場が邪魔になって動きにくくなります。この転位どうしの相互作用が加工硬化(work hardening)の原因です。
Taylor(1934)は実験事実から次の関係式(Taylor 則)を提案しました。
$$ \tau_y = \tau_0 + M \alpha G b \sqrt{\rho} $$
各記号の意味を整理します。
- $\tau_y$: 降伏応力
- $\tau_0$: 転位がない理想状態での内部摩擦応力(格子抵抗)
- $M$: テイラー因子(多結晶の等方化係数、通常 $3.06$)
- $\alpha$: 転位相互作用の強さを表す定数(通常 $0.2$〜$0.4$)
- $G$: せん断弾性係数
- $b$: バーガースベクトルの大きさ
- $\rho$: 転位密度
なぜ $\sqrt{\rho}$ に比例するのでしょうか。転位間の平均距離は $l \approx 1/\sqrt{\rho}$ です(1本の転位が $1/\sqrt{\rho}$ の面積を「占める」)。転位の弾性応力場は $1/r$ で減衰するので、隣の転位からの影響は $1/l = \sqrt{\rho}$ に比例します。これが $\tau_y \propto \sqrt{\rho}$ の直感的な理由です。
import numpy as np
# 材料定数(鉄に近い値)
G = 80e9 # Pa
b = 2.5e-10 # m
alpha = 0.3
M = 3.06
tau0 = 5e6 # Pa(内部摩擦 5 MPa)
# 転位密度の範囲
rho_values = np.array([1e10, 1e12, 1e14, 1e16])
labels = ["焼きなまし", "軽加工", "強加工", "限界"]
print(f"{'状態':10s} {'rho [m^-2]':>12s} {'tau_y [MPa]':>12s}")
print("-" * 40)
for rho, lbl in zip(rho_values, labels):
tau_y = tau0 + M * alpha * G * b * np.sqrt(rho)
print(f"{lbl:10s} {rho:12.0e} {tau_y/1e6:12.1f}")
状態 rho [m^-2] tau_y [MPa]
----------------------------------------
焼きなまし 1e+10 6.8
軽加工 1e+12 23.4
強加工 1e+14 188.6
限界 1e+16 1841.0
転位密度が $10^{10}$ から $10^{16}$ まで $10^6$ 倍増えると、降伏応力は $7\ \mathrm{MPa}$ から約 $1840\ \mathrm{MPa}$ へ約 270倍増加します。$\sqrt{\rho}$ 依存性のため、転位密度の増加($10^6$ 倍)に比べ強度増加($270$ 倍)は比較的緩やかです。それでも焼きなまし材から強加工材では強度が 25倍以上跳ね上がることが定量的に読み取れます。これが冷間加工(cold working)による加工硬化の定量的な描像です。

左の両対数プロットでは、縦軸・横軸ともに対数スケールにしたとき傾きが $1/2$ の直線になることが確認できます($\tau_y \propto \sqrt{\rho}$)。右の線形プロットでは $\sqrt{\rho}$ と $\tau_y$ が直線関係にあり、実験データを Taylor 則に当てはめて材料定数 $\alpha$ を推定するのに用います。代表的な加工状態(赤点)を見ると、焼きなましから限界まで広い転位密度範囲をカバーしており、製造プロセスの設計指針として非常に有用です。
9. Frank-Read 源 — 転位はどこから来るか
9.1 転位の増殖という問い
ここで自然な疑問が浮かびます:塑性変形が進むにつれて転位密度が増えるのはなぜか?
すべりが1回起きるたびに転位は結晶から外に出てしまうなら、転位は減っていくはずです。それなのに転位密度は加工で増える。この矛盾を解く機構が Frank-Read 源(FR 源)です。
9.2 Frank-Read 源の仕組み
1950年に Frank と Read が提案したこの機構の核心は「ピン止めされた転位が弓なりに変形してループを放出する」というものです。
具体的には次の手順で転位が増殖します。
ステップ1(初期状態): 転位線が不純物原子・析出物・格子の欠陥などに両端を固定(ピン止め)されています。ピン止め点間の距離を $L$ とします。
ステップ2(膨張): せん断応力 $\tau$ が加わると、ピン止め間の転位が弓なりに膨らみます。
ステップ3(半円): 膨張が続き、転位が半円形になったとき、最大の応力が必要です。この臨界応力は
$$ \tau_c = \frac{Gb}{L} $$
と見積もられます(線張力モデル、後述)。
ステップ4(巻き込み): 半円を超えると応力が減少し、転位は自発的に巻き込んでいきます。
ステップ5(ループ放出): 転位が後ろで交差し、新しい転位ループが飛び出します。残ったピン止め間の転位は元の状態に戻り、次のサイクルへ。

上の図はFrank-Read 源の4段階を示しています。(a) 初期のピン止め状態から始まり、(b) せん断応力で転位が膨張し、(c) 半円に達したあと、(d) 後方で交差してループが生成されます。1サイクルで転位ループが1本増えるため、外部応力が $\tau_c$ 以上であり続けるかぎりループが次々と放出されます。これが変形中に転位密度が爆発的に増える根拠です。
9.3 転位の線張力
Frank-Read 源の $\tau_c = Gb/L$ はどこから来るのでしょうか。転位は弦に張力が働くように、長さを増やすとエネルギーコストがかかります。
転位の単位長さあたりの弾性エネルギー(線張力 $T$)は
$$ T \approx \frac{Gb^2}{2} $$
と評価されます。半径 $R$ の円弧状に変形した転位の曲率半径と応力のつり合い条件
$$ \tau b = \frac{T}{R} = \frac{Gb^2}{2R} $$
より
$$ \tau = \frac{Gb}{2R} $$
ピン止め点間距離 $L$ での最小曲率半径は $R_{\min} = L/2$(半円のとき)ですので
$$ \tau_c = \frac{Gb}{2 \times (L/2)} = \frac{Gb}{L} $$
が得られます。$L = 1\ \mu\mathrm{m}$(析出物間隔の典型値)、$G = 80\ \mathrm{GPa}$、$b = 0.25\ \mathrm{nm}$ を入れると
$$ \tau_c = \frac{80 \times 10^9 \times 2.5 \times 10^{-10}}{10^{-6}} = 20\ \mathrm{MPa} $$
これは実際の降伏応力のオーダーと一致します。析出強化などで $L$ を小さくすると $\tau_c \propto 1/L$ で強度が上がる、という析出強化設計の直感的根拠です。
import numpy as np
G = 80e9 # Pa
b = 2.5e-10 # m
# ピン止め点間距離を変えたときの臨界応力
L_vals = np.array([0.1, 0.5, 1.0, 5.0, 10.0]) * 1e-6 # μm → m
print(f"{'L [μm]':10s} {'τ_c [MPa]':>12s}")
print("-" * 28)
for L in L_vals:
tau_c = G * b / L
print(f"{L*1e6:10.1f} {tau_c/1e6:12.1f}")
L [μm] τ_c [MPa]
----------------------------
0.1 200.0
0.5 40.0
1.0 20.0
5.0 4.0
10.0 2.0
析出粒子間隔を $10\ \mu\mathrm{m}$ から $0.1\ \mu\mathrm{m}$ まで細かくすると、臨界応力は $2\ \mathrm{MPa}$ から $200\ \mathrm{MPa}$ まで 100倍増加します。超硬合金や高強度アルミ合金の析出強化処理(時効処理)はまさにこの $1/L$ 依存性を利用しています。析出粒子が細かく均一に分散するほど強度が上がるのです。
10. 転位論の広がり — 現代材料設計への接続
ここまでの議論を整理し、転位論が現代の材料設計とどうつながるかを見渡しましょう。
10.1 強化機構のまとめ
金属の強化機構は全て「転位の移動を邪魔するもの」の種類で分類できます。
| 強化機構 | 阻害物 | 効果 |
|---|---|---|
| 加工硬化 | 転位どうし($\tau \propto \sqrt{\rho}$) | 冷間加工で強度 10〜100 倍 |
| 析出強化 | 析出物粒子($\tau_c = Gb/L$) | 時効処理で強度 2〜5 倍 |
| 固溶強化 | 溶質原子の応力場 | 合金元素で強度 1.5〜3 倍 |
| 結晶粒微細化 | 粒界(Hall-Petch: $\sigma_y = \sigma_0 + k/\sqrt{d}$) | 粒径を細かくして強度 2〜5 倍 |
これら4つを組み合わせることで、工業用高強度鋼(例: マルエージング鋼)は $\tau_{th}$ の $1/10$ 以上という極めて高い強度を実現します。
10.2 転位と疲労・クリープ
転位論の応用は静的強度にとどまりません。
疲労(fatigue): 繰り返し応力下で転位が特定の面に集積し、局所的な「転位密集帯(PSB: Persistent Slip Band)」を形成します。PSB の表面への露出が微細き裂の起点となり、疲労破壊を引き起こします。
クリープ(creep): 高温($> 0.4 T_m$、$T_m$ は融点)では熱活性化によって転位がすべり面から外れ(転位のクライム)、障害物を乗り越えます。これが高温でゆっくり変形するクリープの微視的メカニズムです。
import numpy as np
# クリープの活性化エネルギー評価(単純化モデル)
k_B = 1.381e-23 # ボルツマン定数 [J/K]
T_vals = np.array([500, 600, 700, 800]) + 273.15 # K
Q_climb = 2.5e-19 # 活性化エネルギー(鉄の自己拡散 ≈ 250 kJ/mol ≈ 2.5e-19 J)
print("クリープ速度の温度依存性(正規化)")
print(f"{'T [°C]':10s} {'exp(-Q/kT)':>14s} {'相対クリープ速度':>18s}")
print("-" * 50)
rate_ref = None
for T in T_vals:
rate = np.exp(-Q_climb / (k_B * T))
if rate_ref is None:
rate_ref = rate
print(f"{T-273.15:10.0f} {rate:.3e} {rate/rate_ref:>18.1f}")
クリープ速度の温度依存性(正規化)
T [°C] exp(-Q/kT) 相対クリープ速度
--------------------------------------------------
500 6.781e-11 1.0
600 9.905e-10 14.6
700 8.339e-09 123.0
800 4.720e-08 696.1
500°C から 800°C の 300°C 上昇でクリープ速度が約 700 倍増加する様子が確認できます($Q = 250\ \mathrm{kJ/mol}$ を仮定)。各 100°C 刻みで 15〜10 倍ずつ加速する傾向です。これは Arrhenius 式の指数関数的な温度依存性によるもので、ジェットエンジンのタービンブレード設計では「どの温度まで耐えるか」が部品寿命を決定的に左右する理由が分かります。実際の鉄の自己拡散活性化エネルギー($\approx 280\ \mathrm{kJ/mol}$)を使うと加速はより急峻になります。
まとめ
本記事では転位論の入門として以下を解説しました。
- 理論強度の謎: Frenkel モデルが予測する $\tau_{th} = G/2\pi$ は実測の約 $1000$ 倍高く、転位の存在なしには説明できない
- 刃状転位: 余分な半原子面の挿入。バーガースベクトル $\bm{b} \perp$ 転位線 $\bm{\xi}$
- らせん転位: 格子のらせん状変形。$\bm{b} \parallel \bm{\xi}$
- バーガースベクトル: バーガース回路の閉じないズレ量。転位の「強さ」と「向き」を一意に定める
- 転位の応力場: 刃状転位は $1/r$ で減衰する長距離応力場を持ち、上下で符号が逆転する
- Peierls-Nabarro 応力: 転位の移動障壁は $\tau_{th}$ の $10^{-2}$〜$10^{-4}$ 倍程度(FCC では芯が広く特に低い)。転位幅が広いほど低い
- すべり系: FCC の $\{111\}\langle110\rangle$ は12系あり、Schmid 因子が大きい系が活動する
- Taylor 則: $\tau_y = \tau_0 + M\alpha Gb\sqrt{\rho}$。転位密度 $\rho$ の $\sqrt{}$ に比例して強度が上がる
- Frank-Read 源: ピン止めされた転位がループを放出し、変形中に転位密度が増える機構
- 転位の線張力: $T \approx Gb^2/2$。これから析出強化の臨界応力 $\tau_c = Gb/L$ が導かれる
転位論は現代材料設計の基礎です。加工硬化・析出強化・固溶強化・結晶粒微細化はすべて「転位の移動を制御する」という統一視点で理解できます。
次のステップとして、転位の運動をより詳しく扱う以下の記事も参考にしてください。