安価なデジタルマルチメータ(DMM、いわゆるテスター)でも、直流電圧を測ると表示は驚くほど安定しています。指針がふらつくアナログ計器と違い、最小桁がときどき $\pm 1$ 動く程度で、蛍光灯や電源トランスの近くでもハムに引きずられません。なぜこんなに安定していて、しかも電源ノイズに強いのでしょうか。
その秘密の多くは、DMMの心臓部にある二重積分形A/D変換(デュアルスロープ方式)という回路にあります。この方式は「入力を一定時間ためて、基準電圧で吐き出す」という単純な操作だけで、部品のばらつきをきれいに打ち消し、さらに電源周波数のノイズを積分によって消し去ってしまいます。
この原理を理解すると、次のような疑問にすべて答えられるようになります。
- 積分器の抵抗やコンデンサ、発振器の周波数がばらついても、なぜ測定値が狂わないのか
- 「測定時間を電源周期に合わせる」と、なぜ50Hz/60Hzのハムが消えるのか
- 高速なA/D(逐次比較形)との使い分けはどう決まるのか
- 「True RMS」対応のテスターと、そうでないテスターは何が違うのか
本記事の内容
- DMMの全体構成と、二重積分形A/D変換の動作を式で導出する
- RCやクロック周波数の誤差が相殺され、カウント比だけが残る理由
- 正規モード除去比(NMRR)とsinc特性、電源ハムがゼロになる仕組み
- 逐次比較形(SAR)との速度・精度のトレードオフ
- 分解能・カウント誤差・確度仕様(% of reading + % of range)の読み方
- 平均値応答計器とTrue RMS測定の違いを、波形率・波高率からPythonで確かめる
前提知識
この記事を読む前に、以下の記事を読んでおくと理解が深まります。
デジタルマルチメータの全体像
まず、DMMが電圧を数字にするまでの流れを大づかみに押さえておきましょう。テスターの内部では、測定端子に加わった電圧が次々と姿を変えながら、最後に7セグメント表示へたどり着きます。

左の図がDMMのブロック構成です。信号はおおよそ次の順に処理されます。
- 入力減衰器(レンジ切替) — 数百mVから数百Vまでの広い入力を、A/D変換器が扱える一定範囲(たとえば $\pm 2\,\text{V}$)に、抵抗分圧で縮小します。これが「200mVレンジ」「20Vレンジ」といったレンジの正体です。
- AC/DC変換 — 交流電圧を測るときは、整流回路やTrue RMS変換回路で直流相当の電圧に直します。直流電圧測定ではこの段は素通りします。
- A/D変換(二重積分形) — 直流に整えられた電圧を、時間の長さ(カウント数)に変換します。ここが本記事の主役です。
- カウンタ — A/D変換が生み出す「時間」を、基準クロックで数えてデジタルの数値にします。
- 表示 — 数値を10進に直し、小数点とレンジを合わせて表示します。
右の図は、A/D変換の内部で積分器の出力がたどる三角波形です。入力電圧が大きいほど下向きの山が深くなり、それを一定の傾きで0に戻すまでの時間 $T_2$ が長くなります。この $T_2$ を数えることが「電圧を測る」ことに相当します。細かい動きはこれから式で追いますが、まず「電圧 → 時間 → カウント」という変換の連鎖がDMMの骨格だと押さえてください。
ではその心臓部、二重積分形A/D変換の動作を、波形と式でていねいに追っていきましょう。
二重積分形A/D変換の動作を導出する
二重積分形の狙いを一言でいうと、「入力電圧を時間の長さに化かす」ことです。電圧そのものを直接測るのは難しく、部品のばらつきに敏感です。ところが時間なら、水晶発振器で刻んだクロックを数えるだけで、極めて正確に測れます。二重積分形は、測りにくい電圧を、測りやすい時間へと巧みに変換します。
回路の中心は、抵抗 $R$ とコンデンサ $C$ とオペアンプで作る積分器です。積分器は、入力電圧 $V_{in}$ を時間について足し上げ、出力電圧として
$$ V_{int}(t) = -\frac{1}{RC}\int_0^t V_{in}(\tau)\, d\tau $$
を返します。符号がマイナスなのは反転積分器だからで、本質ではありません。大事なのは「入力を時間で積分する」という点です。
第1積分(run-up): 入力を一定時間ためる
動作は2つのフェーズに分かれます。第1フェーズでは、スイッチを被測定電圧 $V_x$ 側につなぎ、あらかじめ決めた一定時間 $T_1$ だけ積分します。$V_x$ がほぼ一定の直流なら、積分の結果は単純に時間に比例します。
$$ V_{int}(T_1) = -\frac{1}{RC}\int_0^{T_1} V_x\, d\tau = -\frac{V_x\, T_1}{RC} $$
この式が示すのは、第1積分が終わった瞬間の積分器出力(下向きの山のピーク)が、入力電圧 $V_x$ に比例するということです。$V_x$ が大きいほど山は深くなります。ここで重要なのは、$T_1$ は入力によらず固定だという点です。
第2積分(run-down): 基準電圧で放電し、時間を数える
第2フェーズでは、スイッチを被測定電圧から切り離し、極性が逆の基準電圧 $-V_{ref}$($V_x$ と反対符号)につなぎ替えます。すると積分器は今度は逆向きに、一定の傾きで出力を0へ戻していきます。放電にかかった時間を $T_2$ とすると、この間の積分器出力の変化は
$$ V_{int}(T_1 + T_2) = -\frac{V_x\, T_1}{RC} + \frac{1}{RC}\int_0^{T_2} V_{ref}\, d\tau = -\frac{V_x\, T_1}{RC} + \frac{V_{ref}\, T_2}{RC} $$
です。第2フェーズは「出力がちょうど0に戻ったら止める」ように作られています。そこで左辺を0とおきます。
$$ -\frac{V_x\, T_1}{RC} + \frac{V_{ref}\, T_2}{RC} = 0 $$
両辺に $RC$ を掛けて $RC$ を消すと、次のすっきりした関係が残ります。
$$ V_x\, T_1 = V_{ref}\, T_2 $$
最後に $V_x$ について解けば、二重積分形の基本式が得られます。
$$ \begin{equation} V_x = V_{ref}\,\frac{T_2}{T_1} \end{equation} $$
導出はこれで完了です。被測定電圧 $V_x$ は、基準電圧 $V_{ref}$ に「放電時間と充電時間の比 $T_2/T_1$」を掛けただけで求まります。次の図で、入力を変えたときに $T_2$ がどう伸び縮みするかを見てみましょう。

3つの入力電圧について、積分器の出力を描いたものです($T_1$ を時間の単位にとっています)。第1積分の区間 $T_1$ はどの入力でも共通で、破線の時刻でスイッチが $-V_{ref}$ に切り替わります。入力が大きいほど山が深く、0に戻るまでの放電時間 $T_2$ が長く伸びているのが読み取れます。$V_x=0.6$ なら $T_2 \approx 0.6$、$V_x=0.3$ なら $T_2 \approx 0.3$ と、式(1)どおり $T_2$ が $V_x$ に比例しています。
実際の回路では、放電時間 $T_2$ をそのまま測るのではなく、その間に基準クロック(周波数 $f_c$)が何発入ったかをカウンタで数えます。第1積分の時間も $T_1 = N_1/f_c$ とクロックで決めておけば、
$$ V_x = V_{ref}\,\frac{T_2}{T_1} = V_{ref}\,\frac{N_2/f_c}{N_1/f_c} = V_{ref}\,\frac{N_2}{N_1} $$
となり、測定値はカウント数の比 $N_2/N_1$ だけで決まります。$N_1$ は固定値なので、実質的に $N_2$ を数えれば電圧が分かるわけです。この「比になる」ことが、次に見る驚くべき頑健さの源になります。
なぜ部品のばらつきに強いのか — RCとクロックの誤差が相殺される
ここで、二重積分形が広く使われる最大の理由に踏み込みます。式(1)をもう一度よく見てください。
$$ V_x = V_{ref}\,\frac{T_2}{T_1} $$
驚くべきことに、この式には積分器の $R$ も $C$ も出てきません。導出の途中で $RC$ が両辺に現れ、きれいに約分されて消えたからです。同じ $R$、同じ $C$、同じオペアンプで充電も放電も行うので、部品の値が公称からずれていても、充電の傾きと放電の傾きが同じ割合でずれ、比 $T_2/T_1$ には影響しません。
クロック周波数 $f_c$ についても同じことが言えます。$T_1$ も $T_2$ も同じクロックで計るので、$f_c$ がドリフトしても $N_2/N_1$ には現れません。つまり、発振器が多少ずれても測定値は狂わないのです。
これがどれほど有利かは、比較対象を置くとよく分かります。次の図の右側は、放電フェーズを持たない「単傾斜形(シングルスロープ)」と比べたものです。

左の図は、$RC$ の値を公称から $\pm 30\%$ 変えても、放電が完了する時刻 $T_2$ がぴったり一致することを示しています。$RC$ が大きい($+30\%$)と山は浅くなりますが放電の傾きも緩くなり、$RC$ が小さい($-30\%$)と山は深くなりますが傾きも急になります。結果として、0に戻る時刻は3本とも同じ点に集まります。
右の図は、$RC$ の相対誤差が読み値の誤差にどう効くかを、単傾斜形と二重積分形で比べたものです。単傾斜形は $RC$ 誤差がそのまま読み値の誤差になり、$+30\%$ ずれれば読み値も $30\%$ 狂います。一方、二重積分形は $RC$ が何%ずれても読み値の誤差はゼロのままです。安価な部品でも高い確度が出せるのは、この相殺のおかげです。
残る誤差要因は、比の基準となる $V_{ref}$ の安定度と、カウンタの $\pm 1$ カウントの量子化だけになります。部品点数を増やさずに精度を稼ぐ、非常に美しい設計だと言えます。
さて、二重積分形にはもう一つ大きな武器があります。それが「積分でノイズを消す」働きです。次に、これが電源ハムをどう退治するのかを見ていきましょう。
電源ノイズに強い理由 — 積分によるハム除去とsinc特性
実験室や家庭の電源には、必ず50Hz(西日本は60Hz)の交流が流れています。この電源からの誘導で、測定したい直流電圧には小さな正弦波状のノイズ(ハム)が重畳します。アナログ計器なら指針が細かく震え、単純なサンプリング型A/Dなら値がふらつきます。ところが二重積分形は、このハムをほぼ完全に消してしまえます。
鍵は「第1積分は入力を時間 $T_1$ にわたって積分する」という点です。積分は平均をとる操作にほかなりません。そして正弦波を1周期にわたって平均すると、正の半周期と負の半周期が打ち消し合ってゼロになります。
ハムがゼロになる条件を導く
入力に振幅 $V_n$、周波数 $f$ のハムが乗った状況を考えます。第1積分で得られる値は、直流分の寄与とハムの寄与の和です。ハムの寄与だけ取り出すと、位相を $\phi$ として
$$ \frac{1}{RC}\int_0^{T_1} V_n \sin(2\pi f\tau + \phi)\, d\tau $$
です。この積分を実行します。$\sin$ の積分は $-\cos$ ですから、
$$ \int_0^{T_1} \sin(2\pi f\tau + \phi)\, d\tau = \frac{1}{2\pi f}\big[\cos\phi – \cos(2\pi f T_1 + \phi)\big] $$
となります。ここで $T_1$ がハムの周期 $1/f$ の整数倍、すなわち $f T_1 = k$($k$ は整数)を満たすと、$\cos(2\pi f T_1 + \phi) = \cos(2\pi k + \phi) = \cos\phi$ となり、角括弧の中はゼロになります。つまり位相 $\phi$ によらず、ハムの寄与は完全に消えます。
$$ f\, T_1 = k \quad(k = 1, 2, \dots) \;\Longrightarrow\; \text{ハムの積分} = 0 $$
したがって、$T_1$ を電源周期の整数倍に選べば、電源ハムは第1積分で自動的に除去されます。50Hzなら周期は20msなので、$T_1 = 20\,\text{ms}$(またはその整数倍)にすればよいのです。次の図で、$T_1 = 20\,\text{ms}$ の窓の中でハムがちょうど1周期おさまり、積分がゼロに戻る様子を見てみましょう。

上の図は、真の直流値(赤破線)に50Hzのハムが乗った入力です。下の図は、その入力を時間とともに積分(累積)していった値で、青が「直流+ハム」、赤破線が「直流のみ」です。途中ではハムのせいで青と赤がずれていますが、窓の右端 $T_1 = 20\,\text{ms}$ でぴたりと一致します。ハムが1周期ぶん積分されて正負が打ち消し合い、正味の寄与がゼロになったからです。窓の長さを電源周期に合わせるだけで、ハムが勝手に消えるのがよく分かります。
正規モード除去比(NMRR)とsinc特性
では、ハムの周波数が電源周波数からずれていたらどうなるでしょうか。先ほどの積分の大きさを、位相 $\phi$ について最悪(最大)をとって評価すると、直流に対するハムの相対的な通り抜けやすさ(伝達ゲイン)は
$$ H(f) = \left|\frac{\sin(\pi f T_1)}{\pi f T_1}\right| $$
という形になります。これは信号処理でおなじみのsinc関数です。窓(一定区間の積分=移動平均)の周波数特性がsincになる、という一般的な事実がそのまま現れています。
信号測定では、直流に重畳したこの種のノイズを正規モード(ノーマルモード)と呼び、それをどれだけ抑えられるかを正規モード除去比(NMRR: Normal Mode Rejection Ratio)として
$$ \mathrm{NMRR}(f) = -20\log_{10} H(f) = -20\log_{10}\left|\frac{\sin(\pi f T_1)}{\pi f T_1}\right| \;[\text{dB}] $$
で表します。$H(f)$ が小さいほど(ノイズが通りにくいほど)NMRRは大きくなり、$f T_1 = k$ でヌル(除去比が無限大)になります。次の図で確かめましょう。

青が $T_1 = 20\,\text{ms}$(50Hz対策)、橙が $T_1 = 16.7\,\text{ms}$(60Hz対策)のNMRR特性です。青は50Hz、100Hz、150Hzといった50Hzの整数倍で鋭く跳ね上がり(ヌル)、除去比が無限大になっています。橙は60Hzの整数倍でヌルになります。つまり測定地域の電源周波数に合わせて $T_1$ を選ぶことが決定的に重要だと分かります。
なお、地域を問わず使いたい計器では、$T_1$ を50Hzと60Hzの最小公倍数の周期、すなわち $\frac{1}{10}\,\text{s} = 100\,\text{ms}$(10Hzの周期)の整数倍にとる方法があります。こうすると50Hzと60Hzのどちらもヌルに入るので、両方のハムを同時に除去できます。DMMの仕様表にある「NPLC(Number of Power Line Cycles)」という設定は、$T_1$ を電源周期の何倍にとるかを指定するもので、まさにこのsinc特性を使ってハムを消しているわけです。
このハム除去は、入力を時間平均するからこそ実現できます。裏を返せば、二重積分形は「じっくり時間をかけて測る」方式です。それでは、時間をかけずに素早く測りたいときはどうするのか。次に、対照的な逐次比較形と比べてみましょう。
逐次比較形(SAR)との対比 — 速度と精度・ノイズ耐性
A/D変換にはいくつもの方式がありますが、DMMでよく対比されるのが逐次比較形(SAR: Successive Approximation Register)です。SARは、天秤で分銅を1個ずつ載せていくように、ビットを上位から1つずつ試して確定させます。

左の図がSARの動作です。まず「入力は最上位ビットの重み(フルスケールの半分)より大きいか」を比べ、大きければそのビットを1に、小さければ0に確定します。次に半分の重み、さらに半分…と二分探索で近づいていきます。$n$ ビットなら $n$ 回の比較で変換が終わるので非常に高速です。ただし、SARは変換を始めた瞬間の入力の瞬時値をサンプルします。そのため、その瞬間にハムやスパイクが乗っていれば、それをそのまま拾ってしまいます。
右の図が二重積分形です。入力を $T_1$ にわたって積分(=時間平均)してから変換するので、変換時間は $T_1 + T_2$ と長くなりますが、ハムは平均で消え、量子化ノイズも積分でならされます。両者の性格を整理すると次のようになります。
| 項目 | 逐次比較形(SAR) | 二重積分形(デュアルスロープ) |
|---|---|---|
| 変換方式 | 瞬時値を二分探索 | 一定時間の積分(時間平均) |
| 速度 | 速い($\mu\text{s}$ オーダー) | 遅い(数十ms/回) |
| ノイズ耐性 | 瞬時値なので弱い | 積分平均で強い(ハムをヌル除去) |
| 分解能・確度 | 中〜高(要トリミング) | 高い(RC・クロック誤差が相殺) |
| 主な用途 | 波形取り込み、データ収集 | DMM、精密直流電圧測定 |
要するに、速度が欲しいならSAR、直流の確度とノイズ耐性が欲しいなら二重積分形という住み分けです。DMMが二重積分形を選ぶのは、指針がふらつかない安定した表示と、電源ハムに強い測定が最優先されるからです。逆に、オシロスコープやデータロガーのように波形を追いかけたい用途ではSAR(や、さらに高速なパイプライン形・フラッシュ形)が使われます。
方式の違いが分かったところで、次は「表示の桁数」と「確度仕様」という、カタログを読むときに必ず出会う数字の意味を押さえましょう。
分解能・カウント誤差・確度仕様の読み方
DMMのカタログには「$3\frac{1}{2}$ 桁」「$5\frac{1}{2}$ 桁」や「$\pm(0.05\%\ \text{of reading} + 0.005\%\ \text{of range})$」といった表記が並びます。これらは二重積分形の動作原理と直結しています。
半桁(½桁)と最大カウント
「$3\frac{1}{2}$ 桁」の「$\frac{1}{2}$」は、最上位の桁が0か1しか表示できないことを意味します。したがって $3\frac{1}{2}$ 桁は $\pm 1999$ まで、$5\frac{1}{2}$ 桁は $\pm 199999$ までを表示できます。これはカウンタ $N_2$ の最大値に対応します。$5\frac{1}{2}$ 桁なら約 $200{,}000$ カウントの分解能を持つ、というわけです。
±1カウントの量子化誤差
放電時間 $T_2$ をクロックで数える以上、$N_2$ は整数にしか刻めません。実際の $T_2$ がクロック1発ぶんの端数を含んでいても、それは切り捨て/切り上げられます。この結果、最小桁は常に $\pm 1$ カウントの不確かさを持ちます。次の図はこの量子化の様子です。

真の入力(灰色破線)は連続的に増えますが、表示値(青の階段)は1カウント刻みでしか変化しません。真の値と表示値の差は最大で $\pm\frac{1}{2}$ LSB(橙の帯)で、隣り合う表示値の境界では、わずかな入力変化やノイズで最小桁が $\pm 1$ 揺れて見えます。安定した直流でも最小桁がときどき動くのは、この量子化が原因です。二重積分形の積分平均はこの揺れを最小限に抑えますが、原理的にゼロにはできません。
確度仕様「% of reading + % of range」
DMMの確度は、2つの項の和で規定されるのが普通です。
$$ \text{誤差} = (\text{\% of reading}) \times (\text{読み値}) + (\text{\% of range}) \times (\text{レンジのフルスケール}) $$
第1項の「% of reading(リーディング項)」は読み値に比例する誤差で、主に基準電圧 $V_{ref}$ の確度やゲインのずれから来ます。第2項の「% of range(レンジ項、フルスケール項)」は読み値によらず一定の誤差で、オフセットや $\pm 1$ カウントの量子化などから来ます。この2項構成が、読み値の大小で相対誤差がどう変わるかを決めます。

10Vレンジで $\pm(0.05\%\ \text{of reading} + 0.005\%\ \text{of range})$ という仕様を仮定し、読み値に対する誤差[%]を横軸の読み値に対して描いたものです。読み値が10V(フルスケール付近)では合計誤差は $0.05\%$ 弱ですが、読み値が小さくなるとレンジ項(橙の寄与)が効いてきて、相対誤差が急に悪化します。フルスケールに近い読み値ほど正確に測れるということです。だからこそ、測定対象の値に近い、できるだけ小さいレンジを選ぶのが正確な測定のコツになります。オートレンジ機能は、これを自動で行っています。
ここまでは直流電圧の測定を見てきました。しかし現実には交流電圧を測りたい場面も多く、そこでは「実効値をどう求めるか」という別の問題が待っています。最後に、平均値応答とTrue RMSの違いを掘り下げましょう。
交流測定: 平均値応答計器とTrue RMSの違い
交流電圧の大きさは、ふつう実効値(RMS: Root Mean Square)で表します。実効値は「同じ抵抗に流したとき同じ電力を消費する直流電圧」で、瞬時値 $v(t)$ の二乗平均の平方根
$$ V_{\text{rms}} = \sqrt{\frac{1}{T}\int_0^T v(t)^2\, dt} $$
で定義されます。二重積分形A/Dは直流電圧を測る器械なので、交流を測るにはまず「実効値に相当する直流」を作るAC/DC変換が必要です。ここに2つの流儀があります。
平均値応答計器の仕組みと落とし穴
安価な計器の多くは、交流を整流して整流平均値を求め、それを定数倍して実効値として表示します。整流平均値は瞬時値の絶対値の平均
$$ V_{\text{avg}} = \frac{1}{T}\int_0^T |v(t)|\, dt $$
です。実効値と整流平均値の比を波形率(form factor)と呼びます。
$$ k_f = \frac{V_{\text{rms}}}{V_{\text{avg}}} $$
正弦波の場合、振幅を $V_p$ とすると実効値は $V_p/\sqrt{2}$、整流平均値は $2V_p/\pi$ なので、波形率は
$$ k_f^{\text{sine}} = \frac{V_p/\sqrt{2}}{2V_p/\pi} = \frac{\pi}{2\sqrt{2}} \approx 1.1107 $$
です。平均値応答計器は、整流平均値にこの $1.1107$ を掛けて表示します。正弦波を測る限り正しい実効値が出ます。ところが、この計器は「入力は正弦波だ」と決めつけて $1.1107$ を掛けているだけです。波形が正弦波でなければ波形率が違うので、表示は実効値からずれます。どれだけずれるか、Pythonで確かめましょう。
import numpy as np
# 振幅 Vp=1 に規格化。各波形の (整流平均値, 実効値)
waveforms = {
"正弦波": (2 / np.pi, 1 / np.sqrt(2)), # avg=0.6366, rms=0.7071
"方形波": (1.0, 1.0), # avg=1, rms=1
"三角波": (0.5, 1 / np.sqrt(3)), # avg=0.5, rms=0.5774
}
# 平均値応答計器は「正弦波の波形率」で校正されている
kf_sine = (1 / np.sqrt(2)) / (2 / np.pi) # = 1.1107
print(f"正弦波の波形率 kf = {kf_sine:.4f}\n")
for name, (avg, rms) in waveforms.items():
reading = kf_sine * avg # 計器の表示値
err = (reading / rms - 1) * 100 # 真の実効値に対する誤差[%]
if abs(err) < 1e-9:
err = 0.0 # 符号のちらつきを丸める
print(f"{name}: 真の実効値={rms:.4f}, 表示={reading:.4f}, 誤差={err:+.2f}%")
このコードを実行すると、次の結果が得られます。
正弦波の波形率 kf = 1.1107
正弦波: 真の実効値=0.7071, 表示=0.7071, 誤差=+0.00%
方形波: 真の実効値=1.0000, 表示=1.1107, 誤差=+11.07%
三角波: 真の実効値=0.5774, 表示=0.5554, 誤差=-3.81%
正弦波では誤差ゼロですが、方形波では実効値を $+11.07\%$ も過大に、三角波では $-3.81\%$ 過小に表示してしまいます。方形波は整流平均値と実効値がどちらも $V_p$ で等しい(波形率1.0)のに、計器が $1.1107$ を掛けてしまうので大きく出すぎるわけです。次の図はこれを棒グラフにしたものです。

左の図は、各波形の真の実効値(青)と平均値応答計器の表示(橙)の比較です。正弦波では2本がぴたりと重なりますが、方形波では表示が突き出し、三角波では表示が足りません。右の図は表示誤差[%]で、正弦波$0.0\%$・方形波$+11.1\%$・三角波$-3.8\%$と、コードの計算どおりの値になっています。整流やスイッチング電源を通した歪んだ波形をこの計器で測ると、実効値を大きく読み誤す危険があると分かります。
True RMS計器と波高率(クレストファクタ)の制約
これを解決するのがTrue RMS(真の実効値)計器です。整流平均を掛け算で誤魔化すのではなく、瞬時値を実際に二乗し、平均し、平方根をとる回路(アナログ乗算器や熱変換素子、あるいはデジタル演算)で実効値を直接求めます。波形が正弦波でなくても正しい実効値が出ます。
ただしTrue RMS計器にも制約があります。それが波高率(クレストファクタ、CF)です。波高率は波形のとがり具合を表す指標で、
$$ \mathrm{CF} = \frac{\text{ピーク値}}{\text{実効値}} $$
で定義されます。正弦波は $\sqrt{2}\approx 1.41$、方形波は $1.0$、三角波は $\sqrt{3}\approx 1.73$ です。パルス状の波形はデューティ比が小さいほど、実効値の割にピークが高くなり、波高率が大きくなります。

左の図は、パルス列の波高率をデューティ比に対して描いたものです。振幅 $A$、デューティ比 $D$ のパルスは実効値が $A\sqrt{D}$、ピークが $A$ なので、波高率は $1/\sqrt{D}$ になります。デューティ比が小さくなるほど波高率が急上昇し、たとえばデューティ比10%では $\mathrm{CF}\approx 3.16$ に達します。右の図は代表的な波形の波高率です。
True RMS計器は、内部回路が扱えるピークに上限があるため、「波高率3以下(フルスケールで)」のように波高率の許容範囲が仕様で決められています。これを超える鋭いパルスを入れると、ピークが飽和して実効値を過小評価します。狭いパルスやスイッチング電流のように波高率の高い信号を測るときは、計器の波高率仕様を必ず確認する必要があります。赤い破線($\mathrm{CF}=3$ の例)を超える領域では、正しい実効値が保証されません。
まとめると、正弦波だけを測るなら平均値応答計器で十分ですが、歪んだ波形やパルスを測るならTrue RMS計器が必要で、さらにその波高率仕様の範囲内で使うことが正確な測定の条件になります。
まとめ
本記事では、デジタルマルチメータがなぜ安定して電源ノイズに強いのかを、二重積分形A/D変換の原理から解き明かしました。
- 二重積分形の基本式 $V_x = V_{ref}\,(T_2/T_1) = V_{ref}\,(N_2/N_1)$ は、入力を一定時間 $T_1$ 積分し、基準電圧で放電する時間 $T_2$ を数えることで得られる。電圧を「測りやすい時間・カウント」に変換するのが核心。
- RCとクロックの誤差が相殺される。充電・放電を同じ $R$・$C$・クロックで行うので、部品がばらついても比 $T_2/T_1$ には効かず、安価な部品でも高確度が出せる。
- 電源ハムの除去は、$T_1$ を電源周期の整数倍にとることで実現する。積分(時間平均)が正弦波を1周期でゼロにし、NMRRはsinc特性で $f T_1 =$ 整数の周波数にヌルを持つ。
- 逐次比較形(SAR)との使い分けは、速度重視ならSAR、直流確度・ノイズ耐性重視なら二重積分形。DMMが後者を選ぶのは、安定表示とハム耐性のため。
- 確度仕様は「% of reading + % of range」の2項で、フルスケールに近い読み値ほど相対誤差が小さい。最小桁は原理的に $\pm 1$ カウント揺れる。
- 交流測定では、平均値応答計器は正弦波前提(波形率1.1107)なので歪み波形で誤差が出る(方形波$+11\%$)。True RMS計器はこれを解決するが、波高率仕様の範囲内で使う必要がある。
これらの原理は、電気計測の基礎として資格試験(第一級陸上無線技術士「無線工学の基礎」など)でも頻出です。特に二重積分形の誤差相殺と、電源周期に測定時間を合わせるハム除去の考え方は、原理を一度きちんと導出しておくと応用が利きます。
次のステップとして、以下の記事も参考にしてください。