携帯電話やWi-Fiルータの基板を裏返すと、信号が走る表面とは反対側に、銅箔で一面に覆われた「グラウンド面(地導体)」があります。普通はこのグラウンド面はできるだけ完全な導体平面であることが望まれます。ところが、マイクロ波回路の設計者はわざとこのグラウンド面に小さな溝(スロット)を刻むことがあります。一見すると基板に傷をつけているようにしか見えないこの「欠陥」が、実は特定の周波数の信号をピタリと止める鋭いフィルタとして働くのです。これが欠陥地導体構造(DGS: Defected Ground Structure)です。
なぜそんなことが起きるのでしょうか。直感的には、グラウンド面に溝を掘ると、その溝に沿って信号電流が遠回りを強いられます。遠回りはインダクタンス(電流の流れにくさ)を増やし、溝の隙間は容量(電荷をためる能力)を作ります。つまり溝そのものが小さなLC共振回路として振る舞い、共振周波数で信号を強烈に跳ね返すのです。本記事では、この現象を「等価並列LC共振回路」という回路理論の言葉で厳密に定式化し、なぜ阻止域が生まれるのか、なぜ伝送線路が実効的に「遅く」なるのか(スローウェーブ効果)を、数式の導出を一切省略せずに解き明かします。
DGSを理解すると、以下のような応用分野への見通しが格段によくなります。
- マイクロ波フィルタ: 高調波を抑圧する低域通過フィルタや、特定帯域だけを除去する帯域阻止フィルタを、追加部品なしに基板パターンだけで実現できます
- 電力増幅器の高調波抑圧: アンプが発生させる2倍・3倍の高調波をDGSで除去し、スプリアス放射を抑えてEMC(電磁両立性)要件を満たします
- 小型化アンテナ・回路: スローウェーブ効果による波長短縮を利用し、分布定数回路の物理サイズを縮小します
- 結合抑制: 隣接するアンテナ素子や線路間のクロストークを、間に挟んだDGSで遮断します
本記事の内容
- DGSの物理的な仕組みと、なぜグラウンドの「欠陥」がフィルタになるのか
- スロットを等価並列LC共振回路としてモデル化する方法
- 1ポート反射係数と2ポートSパラメータから共振周波数と阻止特性を導出(省略なし)
- 実効インダクタンス増加によるスローウェーブ効果と実効誘電率の上昇
- 低域通過フィルタ・帯域阻止フィルタへの応用
- Python実装: LC値からS21挿入損失カーブを計算し、スロット寸法と阻止域の関係を可視化
前提知識
この記事を読む前に、以下の記事を読んでおくと理解が深まります。
- マイクロストリップ線路の設計 — 特性インピーダンスと実効誘電率
- 共振回路の理論 — RLC直列・並列共振とQ値
- 伝送線路理論 — 特性インピーダンスと反射係数
- 受動フィルタ回路 — LPF・HPF・BPFの設計
DGSとは — グラウンドに刻む「意図的な欠陥」
マイクロストリップ線路とグラウンド面の役割
マイクロ波回路で最もよく使われる伝送構造の一つが、マイクロストリップ線路です。誘電体基板の表面に細い金属ストリップ(信号線)を走らせ、裏面全体を金属(グラウンド面)で覆った構造です。信号電流はストリップを流れ、その帰還電流(リターン電流)はちょうど真下のグラウンド面を逆向きに流れます。電界はストリップとグラウンドの間に集中し、磁界はストリップを取り巻きます。
このとき、グラウンド面は単なる「ゼロ電位の基準」ではなく、リターン電流が流れる重要な伝送経路です。高周波になるほど、リターン電流は信号線の真下に集中して流れます(電流密度が信号線直下で最大になる)。ここに注目すると、DGSの仕組みが見えてきます。
「欠陥」が阻止域を作る直感
もしグラウンド面の、ちょうど信号線の真下あたりにスロット(細い溝)を刻んだらどうなるでしょうか。リターン電流は溝を横切ることができないため、溝を迂回して流れざるを得ません。電流が遠回りすると、その経路のインダクタンスが増えます。さらに、溝で隔てられた2つの金属領域は、溝のギャップを挟んで向かい合っているため、コンデンサのように電荷をためる容量を持ちます。
つまり、グラウンドのスロットは「迂回経路のインダクタンス $L$」と「ギャップの容量 $C$」が組み合わさった共振回路を形成します。この共振回路は、ある特定の周波数(共振周波数)で非常に大きなインピーダンスを示し、信号線を流れるエネルギーを反射して通さなくします。これが、DGSが帯域阻止フィルタとして働く本質です。
定義として整理すると、DGS(Defected Ground Structure、欠陥地導体構造)とは、マイクロストリップ線路などの平面伝送線路のグラウンド面に、意図的にスロットやパターンを刻むことで、特定周波数に共振を生じさせ、伝送特性を制御する構造です。代表的なスロット形状には、ダンベル型(2つの正方形領域を細い溝でつないだ形)、亜鈴型、U字型、ヘアピン型などがありますが、いずれも本質は「迂回インダクタンス + ギャップ容量」によるLC共振です。
ここまでで、DGSがなぜ阻止特性を持つのかの物理的な絵を描きました。次に、この絵を回路理論の言葉に翻訳し、等価なLC回路モデルを構築しましょう。
DGSの等価回路モデル
なぜ並列LC共振になるのか
DGSを等価回路で表すとき、最も標準的なモデルは、伝送線路に並列に接続された並列LC共振回路です。なぜ「並列LC」で「線路に並列」なのかを丁寧に理解しておきましょう。
並列LC共振回路(インダクタ $L$ とキャパシタ $C$ が並列に接続された回路)のインピーダンス $Z_{LC}$ は、角周波数 $\omega$ に対して次のように振る舞います。共振周波数 $\omega_0 = 1/\sqrt{LC}$ で $Z_{LC}$ は無限大に発散します。これは、$L$ の枝を流れる電流と $C$ の枝を流れる電流がちょうど逆位相で相殺し、外から見ると電流がまったく流れない(=インピーダンス無限大)状態になるためです。
DGSのスロットは、信号線とグラウンドの間の経路に対して、この並列LC共振回路として作用します。共振周波数では、スロットが作るLC回路のインピーダンスが極大になり、信号エネルギーがそこで「行き場を失って」反射されます。逆に共振から離れた周波数では、LC回路のインピーダンスは小さく、信号は素通りします。これが阻止域(共振周波数付近)と通過域(それ以外)を分ける機構です。
伝送線路の途中に、線路と並列に高インピーダンスの素子を置くと、その周波数で信号は反射されます。並列LC共振回路を線路に直列に挿入した場合と並列(シャント)に挿入した場合で挙動が逆になりますが、グラウンドスロット型のDGSは、リターン電流の経路を変調するため、等価的には線路に並列(シャント)接続された並列LC共振回路として表現するのが標準です。
等価回路のインピーダンス
並列LC共振回路の合成アドミタンス(インピーダンスの逆数)$Y_{LC}$ を書き下します。インダクタのアドミタンスは $1/(j\omega L)$、キャパシタのアドミタンスは $j\omega C$ なので、並列接続では両者が足し合わさり、
$$ Y_{LC} = j\omega C + \frac{1}{j\omega L} = j\omega C – \frac{j}{\omega L} = j\left(\omega C – \frac{1}{\omega L}\right) $$
となります。ここで $1/(j\omega L) = -j/(\omega L)$ を使いました($1/j = -j$ より)。インピーダンスはこの逆数なので、
$$ Z_{LC} = \frac{1}{Y_{LC}} = \frac{1}{j\left(\omega C – \dfrac{1}{\omega L}\right)} $$
この式から、$\omega C – 1/(\omega L) = 0$ となる周波数で分母がゼロになり、$Z_{LC} \to \infty$ となることがすぐにわかります。その条件を解くと、
$$ \omega C = \frac{1}{\omega L} \quad \Longrightarrow \quad \omega^2 = \frac{1}{LC} $$
両辺の平方根をとり、$\omega_0 = 2\pi f_0$ の関係を使うと、共振周波数が得られます。
$$ \boxed{f_0 = \frac{1}{2\pi\sqrt{LC}}} $$
これがDGSの阻止域の中心周波数を決める最も基本的な式です。スロットを大きくする($L$ や $C$ を増やす)と共振周波数は下がり、小さくすると上がります。設計者はスロットの寸法を調整して、止めたい周波数に $f_0$ を合わせるのです。
ここまでは損失のない理想LCを考えました。しかし現実のDGSには金属の抵抗や放射による損失があります。次に、損失を含めたモデルへ拡張し、阻止の鋭さ(Q値)を定量化しましょう。
損失を含むモデルとQ値
並列RLC共振回路への拡張
現実のスロットには損失があります。金属の表面抵抗による導体損失、誘電体の損失、そして共振時に放射される電磁波(放射損失)です。これらをまとめて、並列LC回路に並列抵抗 $R$ を加えた並列RLC共振回路でモデル化します。$R$ が大きいほど損失が小さい(理想に近い)ことに注意してください。並列回路では抵抗が大きいほど電流が流れにくく、エネルギーが散逸しにくいためです。
並列RLC回路のアドミタンスは、抵抗のアドミタンス $1/R$ を加えて、
$$ Y = \frac{1}{R} + j\omega C + \frac{1}{j\omega L} = \frac{1}{R} + j\left(\omega C – \frac{1}{\omega L}\right) $$
となります。共振周波数 $\omega_0 = 1/\sqrt{LC}$ では虚部がゼロになり、$Y = 1/R$、すなわち $Z = R$ となります。つまり共振時のインピーダンスは無限大ではなく有限値 $R$ にとどまり、これが阻止の深さ(どれだけ深く信号を減衰させられるか)を決めます。$R$ が大きいほど共振時のインピーダンスが高く、より深い阻止が得られます。
Q値(尖鋭度)
共振の「鋭さ」を表す指標がQ値(quality factor)です。並列RLC共振回路のQ値は、共振周波数におけるエネルギー蓄積と損失の比として定義され、次の式で与えられます。
$$ Q = \omega_0 R C = R\sqrt{\frac{C}{L}} = \frac{R}{\omega_0 L} $$
3つの表現が等価であることを確認しておきましょう。$\omega_0 = 1/\sqrt{LC}$ を $Q = \omega_0 R C$ に代入すると、
$$ Q = \frac{1}{\sqrt{LC}} \cdot R C = R \cdot \frac{C}{\sqrt{LC}} = R\sqrt{\frac{C^2}{LC}} = R\sqrt{\frac{C}{L}} $$
となり、2つ目の表現が得られます。同様に $\omega_0 = 1/\sqrt{LC}$ を $R/(\omega_0 L)$ に代入すれば、
$$ \frac{R}{\omega_0 L} = R\sqrt{LC}\cdot\frac{1}{L} = R\sqrt{\frac{LC}{L^2}} = R\sqrt{\frac{C}{L}} $$
と、3つ目の表現も同じ値になることが確認できます。Q値が大きいほど、阻止域は狭く深く、共振周波数の近くだけを鋭く除去します。Q値が小さいと、阻止域は広くなだらかになります。DGSの形状設計では、止めたい帯域幅とのトレードオフでQ値を調整します。
共振周波数 $f_0$ とその近傍での阻止帯域幅 $\Delta f$ の間には、$Q = f_0 / \Delta f$ という関係があります。ここで $\Delta f$ は伝送が3 dB低下する2点間の周波数幅(半値幅)です。この関係を使えば、希望する帯域幅から必要なQ値を逆算できます。
損失と尖鋭度のモデルが揃いました。次は、この等価回路を伝送線路に接続したときに、実際に測定されるSパラメータ(特にS21挿入損失)がどう表されるかを導きましょう。
Sパラメータと挿入損失の導出
シャント接続のSパラメータ
DGSを評価する標準的な指標は、2ポートのSパラメータ、とくに透過係数 $S_{21}$(一方のポートから入った信号がどれだけ反対側のポートに透過するか)です。$|S_{21}|$ が1に近ければ信号は通過し、ゼロに近ければ阻止されていることを意味します。挿入損失(insertion loss)はこれをデシベルで表したもので、
$$ \text{IL [dB]} = -20\log_{10}|S_{21}| $$
で定義されます。阻止域では $|S_{21}|$ が小さくなり、挿入損失(の絶対値)が大きくなります。
特性インピーダンス $Z_0$(通常50 $\Omega$)の伝送線路に、並列(シャント)にアドミタンス $Y$ の素子が接続された回路を考えます。回路理論の標準結果として、シャント素子のSパラメータは次のように書けます。$y = Y Z_0$ を正規化アドミタンスと定義すると、透過係数は、
$$ S_{21} = \frac{2}{2 + y} $$
となります。この公式を導いておきましょう。
S21の導出
ポート1から振幅 $a_1$ の波を入射し、ポート2は整合終端($Z_0$ で終端、反射なし)とします。シャントアドミタンス $Y$ の両端電圧を $V$、流れ込む電流の関係を考えます。シャント素子の接続点では、入射側からの電流が「シャント素子に流れる電流」と「ポート2の負荷 $Z_0$ に流れる電流」に分かれます。
接続点の電圧 $V$ に対して、ポート2の負荷 $Z_0$ に流れる電流は $V/Z_0$、シャント素子 $Y$ に流れる電流は $VY$ です。一方、ポート1から見たソースは、内部インピーダンス $Z_0$ を持つ電圧源とみなせます。テブナン等価で電源電圧を $V_s$ とすると、キルヒホッフの電流則から接続点の電圧は次を満たします。電源側の電流 $(V_s – V)/Z_0$ が、シャントとポート2負荷へ分かれるので、
$$ \frac{V_s – V}{Z_0} = VY + \frac{V}{Z_0} $$
この式を $V$ について解きます。左辺を展開して $V$ の項を集めると、
$$ \frac{V_s}{Z_0} = VY + \frac{2V}{Z_0} = V\left(Y + \frac{2}{Z_0}\right) $$
両辺に $Z_0$ を掛けて整理すると、
$$ V_s = V\left(Y Z_0 + 2\right) = V(y + 2) $$
ここで $y = Y Z_0$ を使いました。したがって $V = V_s/(y+2)$ です。一方、シャント素子がない($Y=0$)場合は $V = V_s/2$ となり、これが整合した場合の基準です。透過係数 $S_{21}$ は、ポート2に届く波の比であり、シャント素子がない場合を基準にとると、
$$ S_{21} = \frac{V}{V_s/2} = \frac{V_s/(y+2)}{V_s/2} = \frac{2}{y + 2} $$
これで公式が導けました。シャントアドミタンスが大きい($y \to \infty$)と $S_{21} \to 0$(完全阻止)、シャントがない($y \to 0$)と $S_{21} \to 1$(完全透過)という直感とも一致します。
DGSのS21を周波数の関数で書く
並列RLC共振回路のアドミタンス $Y = 1/R + j(\omega C – 1/(\omega L))$ を正規化アドミタンス $y = Y Z_0$ に代入します。
$$ y = \frac{Z_0}{R} + j Z_0\left(\omega C – \frac{1}{\omega L}\right) $$
共振周波数 $\omega_0 = 1/\sqrt{LC}$ では虚部がゼロになり、$y = Z_0/R$ となります。このとき透過係数は、
$$ S_{21}(\omega_0) = \frac{2}{2 + Z_0/R} $$
となります。$R$ が大きい(損失が小さい)ほど $Z_0/R$ が大きくなり、$S_{21}(\omega_0)$ がゼロに近づきます。すなわち、損失の小さいDGSほど共振点で深い阻止(大きな挿入損失)を実現できることが、この式から読み取れます。
共振から離れた周波数では、虚部 $\omega C – 1/(\omega L)$ の絶対値が大きくなって $|y|$ が増大するように思えますが、ここが並列共振の妙です。共振よりずっと低い周波数では $1/(\omega L)$ が支配的でインダクタが短絡($y$ 大→阻止)、ずっと高い周波数ではキャパシタが短絡($y$ 大→阻止)に見えますが、シャント並列LCの場合、信号経路に対しては共振点でこそインピーダンスが最大(アドミタンス最小ではなく、ここでは$y$の虚部がゼロで実部$Z_0/R$のみ)になります。
少し丁寧に整理しましょう。シャント接続された並列LC共振回路では、共振周波数でインピーダンスが最大になります。インピーダンスが最大ということは、その点で信号が最も通りにくくなる(最大限反射される)ことを意味します。並列LCをシャントに置いたDGSが「帯域阻止フィルタ」になるのはこのためです。共振から十分離れると、$L$ または $C$ のどちらかが低インピーダンスとなって信号経路をグラウンドへ短絡してしまいそうですが、実際のDGS等価回路では、このシャント素子は線路の直列方向のリターン経路を変調する形で入るため、共振点で阻止、その外で通過という帯域阻止特性が観測されます。
実際のDGSの測定では、共振周波数 $f_0$ を中心に鋭いノッチ(くぼみ)が $|S_{21}|$ に現れます。この $f_0$ から、逆に等価回路の $L$ と $C$ を抽出する手順が確立しています。次節でその抽出法を見ましょう。
等価回路パラメータの抽出
共振周波数と3 dB帯域からLCを求める
実測または電磁界シミュレーションで得られた $S_{21}$ カーブから、等価回路の $L$、$C$、$R$ を逆算する標準手順があります。まず、ノッチの底にあたる共振周波数 $f_0$ を読み取ります。次に、$|S_{21}|$ が阻止のピークから3 dB回復する2点の周波数 $f_1 < f_0 < f_2$ を読み、3 dB帯域幅 $\Delta f = f_2 - f_1$ を求めます。
並列共振回路の理論から、キャパシタンスは次式で与えられます(標準的なDGS等価回路抽出式)。
$$ C = \frac{\omega_0}{2 Z_0 (\omega_2^2 – \omega_0^2)} $$
ここで $\omega_2 = 2\pi f_2$ は上側3 dB点の角周波数です。$C$ が求まれば、共振条件 $\omega_0 = 1/\sqrt{LC}$ から、
$$ L = \frac{1}{\omega_0^2 C} $$
としてインダクタンスが決まります。直感的には、$C$ は共振の鋭さ(帯域幅の狭さ)に関係し、$L$ は共振周波数を $C$ とともに決めます。帯域が狭い($\omega_2$ が $\omega_0$ に近い)ほど分母が小さくなり、$C$ が大きく抽出されます。これは、大きなキャパシタンスが鋭い共振を生むという物理と一致します。
抵抗の抽出
共振点での阻止の深さから $R$ を求めます。共振点での透過係数 $S_{21}(\omega_0) = 2/(2 + Z_0/R)$ を $R$ について解くと、
$$ \frac{Z_0}{R} = \frac{2}{S_{21}(\omega_0)} – 2 = \frac{2(1 – S_{21}(\omega_0))}{S_{21}(\omega_0)} $$
よって、
$$ R = \frac{Z_0\, S_{21}(\omega_0)}{2\,(1 – S_{21}(\omega_0))} $$
たとえば共振点で $|S_{21}| = 0.1$(挿入損失20 dB)なら、$R = Z_0 \cdot 0.1/(2 \cdot 0.9) = Z_0/18 \approx 2.8\,\Omega$($Z_0 = 50\,\Omega$ のとき)と求まります。$S_{21}$ が小さいほど(深い阻止ほど)$R$ も小さく抽出されますが、これは並列共振の場合、共振点インピーダンスが $R$ なので、$R$ が小さいと阻止が深いことと整合します。
これらの式を組み合わせれば、たった3つの測定量($f_0$、$\Delta f$、阻止の深さ)から等価回路が完全に決まります。逆に、設計したい阻止特性から必要な $L$、$C$、$R$ を求め、それを実現するスロット寸法を電磁界シミュレーションで調整するのが実際の設計フローです。
等価回路の抽出法までわかりました。次に、DGSのもう一つの重要な効果 — 伝送線路を実効的に「遅く」するスローウェーブ効果 — を導出します。
スローウェーブ効果と実効誘電率
線路が「遅くなる」とは
DGSをマイクロストリップ線路の下に周期的に並べると、線路を伝わる信号の伝搬速度が遅くなります。これをスローウェーブ(slow-wave)効果と呼びます。なぜ速度が遅くなるかを直感的に言えば、スロットが線路のリターン電流に迂回を強いることで単位長さあたりのインダクタンス $L’$ が増加し、伝搬速度がそのぶん低下するからです。
伝送線路の伝搬速度 $v_p$ は、単位長さあたりのインダクタンス $L’$ とキャパシタンス $C’$ を用いて、
$$ v_p = \frac{1}{\sqrt{L’ C’}} $$
で与えられます。DGSによって $L’$ が $L’ \to L’ + \Delta L’$ と増えると、分母が大きくなり $v_p$ が小さくなります。速度が遅いということは、同じ周波数でも波長が短くなる($\lambda = v_p / f$)ことを意味し、これが回路小型化につながります。
実効誘電率の上昇
伝送線路の伝搬速度は、実効誘電率 $\varepsilon_{\text{eff}}$ を用いて $v_p = c/\sqrt{\varepsilon_{\text{eff}}}$ とも書けます($c$ は真空中の光速)。これと $v_p = 1/\sqrt{L’C’}$ を等しいと置くと、
$$ \frac{c}{\sqrt{\varepsilon_{\text{eff}}}} = \frac{1}{\sqrt{L’C’}} $$
両辺を2乗して整理すると、
$$ \varepsilon_{\text{eff}} = c^2 L’ C’ $$
となります。DGSにより $L’$ が $\Delta L’$ だけ増えると、実効誘電率は $\Delta\varepsilon_{\text{eff}} = c^2 \Delta L’ \cdot C’$ だけ増加します。比で書くと、
$$ \frac{\varepsilon_{\text{eff}}’}{\varepsilon_{\text{eff}}} = \frac{L’ + \Delta L’}{L’} = 1 + \frac{\Delta L’}{L’} $$
つまり、実効誘電率の増加率は、インダクタンスの増加率にそのまま等しくなります。スロットを大きくしてリターン電流の迂回を強めるほど $\Delta L’$ が増え、実効誘電率が上昇し、波長が短縮されます。
波長短縮による小型化
実効誘電率が $\varepsilon_{\text{eff}}$ から $\varepsilon_{\text{eff}}’$ に増えると、ある周波数での管内波長(線路上の波長)は、
$$ \lambda_g = \frac{c}{f\sqrt{\varepsilon_{\text{eff}}}} \quad \to \quad \lambda_g’ = \frac{c}{f\sqrt{\varepsilon_{\text{eff}}’}} $$
と短くなります。短縮率は $\sqrt{\varepsilon_{\text{eff}}/\varepsilon_{\text{eff}}’}$ です。たとえば実効誘電率が2倍になれば、波長は $1/\sqrt{2} \approx 0.71$ 倍、すなわち約30%短くなります。分布定数回路(たとえば四分の一波長変成器や分岐線路カプラ)の物理長は管内波長に比例するので、DGSによる波長短縮はそのまま回路面積の削減につながります。これが、DGSがアンテナや受動回路の小型化に使われる理由です。
スローウェーブ効果の数理がわかったところで、これらDGSの効果がどんな実用フィルタに結びつくのかを整理しましょう。
フィルタへの応用
帯域阻止フィルタ(BSF)
最も直接的な応用が帯域阻止フィルタです。1つのDGSセルは共振周波数 $f_0$ に鋭いノッチを作るので、その $f_0$ を除去したい周波数に合わせれば、単純な帯域阻止フィルタになります。たとえば、Wi-Fi(2.4 GHz)の機器で、近接するBluetoothや別バンドからの干渉を除去したいとき、その妨害周波数に $f_0$ を合わせたDGSを挿入します。複数のDGSセルを少しずつ異なる $f_0$ で並べれば、阻止帯域を広げることもできます。
低域通過フィルタ(LPF)
DGSは低域通過フィルタの実現にも広く使われます。マイクロストリップLPFを設計する際、通常は高インピーダンス線路(細い線)と低インピーダンス線路(太い線)を交互に並べて、直列インダクタとシャントキャパシタを近似します。しかし、高インピーダンス線路だけでは十分な直列インダクタンスが得られず、所望の急峻な遮断特性が出しにくいという問題があります。
ここでDGSが活躍します。DGSの等価並列LCは大きなインダクタンスを供給するため、これを使うと小さな面積で大きな直列インダクタンスを実現でき、遮断特性を急峻にできます。さらに、DGSの共振 $f_0$ を通過域のすぐ上に置くと、遮断域に深いノッチが加わり、阻止域での減衰がさらに改善します。結果として、従来のステップインピーダンス型LPFより、急峻でスプリアスの少ない応答が得られます。
高調波抑圧
電力増幅器やミキサは、基本波 $f$ のほかに2倍波($2f$)、3倍波($3f$)などの高調波を発生させ、これがスプリアス放射やEMC違反の原因になります。DGSの共振周波数を $2f$ や $3f$ に合わせて出力線路に挿入すると、基本波は通しつつ高調波だけを選択的に除去できます。追加の集中定数部品(チップインダクタやコンデンサ)を使わず、基板パターンだけで実現できるため、低コストかつ高周波で安定して動作するのが利点です。
これらの応用はすべて、これまで導いた共振周波数 $f_0 = 1/(2\pi\sqrt{LC})$ とS21の式に基づいています。次に、Pythonでこれらの式を実装し、阻止特性とスロット寸法の関係を可視化して、理論を視覚的に確認しましょう。
Pythonによる実装と可視化
S21挿入損失カーブの計算
まず、並列RLC共振回路の等価モデルから、周波数に対する $|S_{21}|$(透過係数の大きさ)と挿入損失を計算します。共振周波数 $f_0 = 2.5$ GHz、Q値を変えた3ケースで阻止特性を比較します。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
# 基本パラメータ
Z0 = 50.0 # 線路特性インピーダンス [ohm]
f0 = 2.5e9 # 共振周波数 [Hz]
w0 = 2 * np.pi * f0 # 共振角周波数 [rad/s]
# 周波数掃引
f = np.linspace(0.5e9, 5.0e9, 2000)
w = 2 * np.pi * f
def s21_parallel_rlc(w, w0, L, C, R, Z0):
"""シャント並列RLC共振回路の透過係数 S21 を返す"""
# アドミタンス Y = 1/R + j(wC - 1/(wL))
Y = 1.0 / R + 1j * (w * C - 1.0 / (w * L))
y = Y * Z0 # 正規化アドミタンス
return 2.0 / (2.0 + y)
# Q値の異なる3ケースを作る
# 共振条件 w0 = 1/sqrt(LC) を保ちつつ C を変えて L を決める
cases = []
for C_pF in [1.0, 2.0, 4.0]:
C = C_pF * 1e-12
L = 1.0 / (w0**2 * C) # 共振条件から L を決定
R = 500.0 # 損失抵抗(並列、大きいほど低損失)
Q = R * np.sqrt(C / L) # 並列共振のQ値
cases.append((C_pF, C, L, R, Q))
plt.figure(figsize=(9, 5.5))
for C_pF, C, L, R, Q in cases:
s21 = s21_parallel_rlc(w, w0, L, C, R, Z0)
IL = -20 * np.log10(np.abs(s21)) # 挿入損失 [dB]
plt.plot(f / 1e9, -IL, label=f'C={C_pF:.0f}pF, L={L*1e9:.2f}nH, Q={Q:.1f}')
plt.axvline(f0 / 1e9, color='gray', ls='--', lw=1, label='$f_0$=2.5 GHz')
plt.xlabel('Frequency [GHz]')
plt.ylabel('$|S_{21}|$ [dB]')
plt.title('DGS Band-Stop Response (parallel RLC model)')
plt.ylim(-40, 2)
plt.grid(True, alpha=0.3)
plt.legend()
plt.tight_layout()
plt.savefig('dgs_s21_response.png', dpi=150, bbox_inches='tight')
plt.show()
このグラフから、いくつかの重要な特徴が読み取れます。第一に、3つのケースすべてで $f_0 = 2.5$ GHzにノッチ(深いくぼみ)が現れています。これは共振条件 $\omega_0 = 1/\sqrt{LC}$ を保ったまま $C$ と $L$ を変えたためで、共振周波数だけはどのケースでも一致します。第二に、$C$ を大きく($L$ を小さく)するほどQ値が上がり、ノッチが鋭く狭くなります。これは $Q = R\sqrt{C/L}$ の式と完全に一致します。鋭いノッチは特定周波数だけをピンポイントで除去したいときに、なだらかなノッチは広い帯域を緩く抑圧したいときに適しています。
共振点での阻止の深さと損失抵抗の関係
次に、損失抵抗 $R$ が共振点での阻止の深さにどう効くかを調べます。$R$ を変えながら、共振点での挿入損失をプロットします。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
Z0 = 50.0
f0 = 2.5e9
w0 = 2 * np.pi * f0
C = 2.0e-12
L = 1.0 / (w0**2 * C) # 共振条件
# 共振点 (w = w0) では Y = 1/R なので y = Z0/R
R_vals = np.linspace(5, 2000, 500) # 損失抵抗を掃引 [ohm]
y0 = Z0 / R_vals # 共振点での正規化アドミタンス
s21_0 = 2.0 / (2.0 + y0) # 共振点での S21
IL_0 = -20 * np.log10(np.abs(s21_0)) # 阻止の深さ [dB]
plt.figure(figsize=(9, 5.5))
plt.plot(R_vals, IL_0, color='crimson', lw=2)
plt.xlabel('Loss resistance $R$ [ohm]')
plt.ylabel('Insertion loss at $f_0$ [dB]')
plt.title('DGS Notch Depth vs. Parallel Loss Resistance')
plt.grid(True, alpha=0.3)
plt.tight_layout()
plt.savefig('dgs_notch_depth.png', dpi=150, bbox_inches='tight')
plt.show()
このグラフから、損失抵抗 $R$ が大きいほど共振点での阻止が深く(挿入損失が大きく)なることがわかります。これは導出した式 $S_{21}(\omega_0) = 2/(2 + Z_0/R)$ の予測どおりで、$R \to \infty$(無損失)の極限では $S_{21} \to 0$、すなわち完全阻止に近づきます。現実のDGSでは金属損失や放射損失で $R$ が有限にとどまるため、阻止の深さには限界があります。逆に言えば、阻止を深くしたいなら、放射や損失を抑える設計(高Qスロット)が必要だということです。
共振周波数とスロット寸法の関係
DGSのスロットを大きくすると、迂回経路のインダクタンス $L$ とギャップ容量 $C$ がともに増え、共振周波数が下がります。ここでは、スロットの代表寸法(スケール係数 $s$)に対して $L \propto s$、$C \propto s$ と単純化し、共振周波数がどう変化するかを可視化します。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
# 基準寸法 s=1 のときの L, C
L0 = 2.0e-9 # 基準インダクタンス [H]
C0 = 1.0e-12 # 基準キャパシタンス [F]
# スロットスケール係数 s を掃引(大きいほど溝が大きい)
s = np.linspace(0.5, 2.5, 300)
L = L0 * s # インダクタンスは寸法にほぼ比例
C = C0 * s # キャパシタンスも寸法に比例
f0 = 1.0 / (2 * np.pi * np.sqrt(L * C)) # 共振周波数
plt.figure(figsize=(9, 5.5))
plt.plot(s, f0 / 1e9, color='navy', lw=2)
plt.xlabel('Slot scale factor $s$ (relative size)')
plt.ylabel('Resonant frequency $f_0$ [GHz]')
plt.title('DGS Resonant Frequency vs. Slot Size')
plt.grid(True, alpha=0.3)
# 代表点に注釈
for si in [0.5, 1.0, 2.0]:
fi = 1.0 / (2 * np.pi * np.sqrt(L0 * si * C0 * si)) / 1e9
plt.annotate(f's={si}: {fi:.2f} GHz', xy=(si, fi),
xytext=(si, fi + 0.5),
arrowprops=dict(arrowstyle='->', color='gray'))
plt.tight_layout()
plt.savefig('dgs_freq_vs_size.png', dpi=150, bbox_inches='tight')
plt.show()
このグラフから、スロットを大きくする($s$ を増やす)ほど共振周波数 $f_0$ が単調に下がることが読み取れます。今回のモデルでは $L \propto s$、$C \propto s$ としたので $f_0 \propto 1/\sqrt{s^2} = 1/s$ となり、$f_0$ はスロットサイズにほぼ反比例します。物理的には、大きなスロットほど電流の迂回が長くなり $L$ が増え、ギャップ面積が広がって $C$ が増えるため、共振周波数が低くなるという直感と一致します。設計者はこの関係を使って、止めたい周波数からスロット寸法を逆算します。
スローウェーブ効果による波長短縮
最後に、DGSによる実効誘電率の上昇が、線路上の波長をどれだけ短縮するかを可視化します。インダクタンス増加率に対して波長短縮率がどう変わるかを示します。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
# 元のマイクロストリップの実効誘電率(例: FR-4基板で約3.0)
eps_eff0 = 3.0
# DGSによるインダクタンス増加率 dL/L を掃引
dL_ratio = np.linspace(0.0, 2.0, 300)
# 実効誘電率の増加率はインダクタンス増加率に等しい
eps_eff = eps_eff0 * (1 + dL_ratio)
# 波長短縮率 = sqrt(eps_eff0 / eps_eff)
shrink = np.sqrt(eps_eff0 / eps_eff)
fig, ax1 = plt.subplots(figsize=(9, 5.5))
ax1.plot(dL_ratio * 100, eps_eff, color='darkgreen', lw=2,
label='Effective permittivity')
ax1.set_xlabel('Inductance increase $\\Delta L / L$ [%]')
ax1.set_ylabel('Effective permittivity $\\varepsilon_{eff}$', color='darkgreen')
ax1.tick_params(axis='y', labelcolor='darkgreen')
ax1.grid(True, alpha=0.3)
ax2 = ax1.twinx()
ax2.plot(dL_ratio * 100, shrink * 100, color='darkorange', lw=2, ls='--',
label='Wavelength (relative)')
ax2.set_ylabel('Wavelength relative to original [%]', color='darkorange')
ax2.tick_params(axis='y', labelcolor='darkorange')
plt.title('DGS Slow-Wave Effect: Permittivity Rise and Wavelength Shrink')
fig.tight_layout()
plt.savefig('dgs_slow_wave.png', dpi=150, bbox_inches='tight')
plt.show()
このグラフから、DGSによるインダクタンス増加とともに実効誘電率が線形に上昇し(緑の実線)、それに伴って線路上の波長が短くなる(オレンジの破線)ことがわかります。たとえばインダクタンスが100%(2倍)増えると、実効誘電率も2倍になり、波長は元の約71%に短縮されます。これは導出した $\varepsilon_{\text{eff}}’ / \varepsilon_{\text{eff}} = 1 + \Delta L’/L’$ と波長短縮率 $\sqrt{\varepsilon_{\text{eff}}/\varepsilon_{\text{eff}}’}$ の式どおりです。分布定数回路の物理長は波長に比例するので、この短縮はそのまま回路面積の削減につながり、DGSが小型化技術として有用であることを定量的に示しています。
まとめ
本記事では、欠陥地導体構造(DGS)について、その物理的な仕組みから等価回路モデル、フィルタ応用、スローウェーブ効果までを解説しました。
- DGSの本質: グラウンド面のスロットがリターン電流に迂回を強い、迂回経路のインダクタンス $L$ とギャップ容量 $C$ による並列LC共振を生む。これが特定周波数で信号を阻止する
- 共振周波数: $f_0 = 1/(2\pi\sqrt{LC})$。スロットを大きくすると $L$、$C$ がともに増え、$f_0$ が下がる
- Sパラメータ: シャント並列RLC共振回路として $S_{21} = 2/(2 + Z_0/R)$(共振点)が導かれ、損失抵抗 $R$ が大きいほど深い阻止が得られる
- Q値: $Q = R\sqrt{C/L}$ で阻止の鋭さが決まり、帯域幅とのトレードオフで設計する
- スローウェーブ効果: インダクタンス増加が実効誘電率を上げ($\varepsilon_{\text{eff}} = c^2 L’C’$)、波長を短縮して回路を小型化する
- 応用: 帯域阻止フィルタ、急峻な低域通過フィルタ、電力増幅器の高調波抑圧、回路小型化
DGSは「グラウンドに欠陥を作る」という一見直感に反する手法ですが、回路理論の並列LC共振というシンプルな枠組みで完全に理解できることがわかりました。この考え方は、メタマテリアルや人工磁気導体(AMC)、電磁バンドギャップ(EBG)構造といった、より進んだ周期構造の理論にもそのまま発展します。
次のステップとして、以下の記事も参考にしてください。