GPS受信機のアンテナを思い浮かべてください。GPS衛星は地上から見ると空のあちこちに散らばっていて、しかも自分の姿勢を地上に対して固定しているわけではありません。もし衛星も受信機も「縦に振動する電波(垂直偏波)」しか扱えなかったとしたら、衛星が傾いたり、受信機を横に倒したりするたびに、偏波の向きがずれて受信電力が大きく落ち込んでしまいます。最悪の場合、向きが直角になれば受信できなくなります。これでは安定した測位はできません。そこで使われるのが、電界ベクトルが時間とともにくるくると回転する円偏波(circular polarization)です。円偏波なら、受信側がどんな向きを向いていても、回転する電界のどこかの瞬間を必ず捉えられるため、姿勢に対して頑健な通信ができます。
この円偏波を作り出す代表的なアンテナが、基板の上に金属パッチを貼り付けただけの薄くて軽いパッチアンテナ(マイクロストリップアンテナ)です。本来パッチアンテナは直線偏波を放射しますが、ちょっとした工夫 — パッチの角を少し切り落とす、給電点を2か所にする — を加えるだけで円偏波に化けます。この「化ける」仕組みの裏には、互いに直交する2つの共振モードを、90度の位相差をつけて等しい強さで足し合わせると、合成された電界が回転するという美しい数学があります。
円偏波パッチアンテナの設計理論を理解すると、次のような応用分野への見通しが一気に開けます。
- 衛星測位(GNSS): GPS・GalileoなどのL帯信号は右旋円偏波で送信されており、受信アンテナも円偏波対応が必須です。軸比の良し悪しが測位精度を左右します
- 衛星通信・宇宙機: 姿勢が刻々と変わる宇宙機との通信では、偏波ずれによる損失を避けるため円偏波が標準的に使われます
- RFIDやレーダー: タグの向きが不定なRFIDや、降雨減衰の偏波依存を緩和したいレーダーでも円偏波が活躍します
本記事の内容
- 直線偏波・円偏波・楕円偏波の直感的な違いと、ジョーンズベクトルによる表現
- 直交2モードを90度位相差・等振幅で励振すると円偏波になる条件の導出(省略なし)
- 軸比 $\mathrm{AR} = 20\log_{10}(\text{長軸}/\text{短軸})$ の定義と、位相差・振幅比への依存性の導出
- コーナーカット等の摂動による単一給電円偏波化の仕組み(縮退モード分離)
- 軸比3dB帯域の意味と、周波数に対する軸比の振る舞い
- Python実装: 楕円偏波軌跡、軸比の等高線、軸比の周波数特性の可視化
前提知識
この記事を読む前に、以下の記事を読んでおくと理解が深まります。
偏波とは — 電界ベクトルの「踊り方」
電波が空間を伝わるとき、電界ベクトルは伝搬方向に対して垂直な平面(横断面)の中で振動しています。この「振動の仕方」を偏波と呼びます。アナロジーで言えば、ロープの片端を持って波を作るとき、上下にだけ振れば縦の波、左右にだけ振れば横の波、そして手を円を描くように回せばらせん状の波ができますね。電界ベクトルの踊り方も全く同じで、一直線上を往復するのが直線偏波、円を描いて回るのが円偏波、つぶれた楕円を描くのが楕円偏波です。
横断面に直交座標 $x$, $y$ を取り、波が $z$ 方向に進むとします。電界の $x$ 成分と $y$ 成分は、それぞれ振幅と位相を持つ正弦波です。時間依存性を $e^{j\omega t}$ とすると、瞬時の電界は次のように書けます。
$$ \begin{align} E_x(t) &= E_{x0}\cos(\omega t + \delta_x) \\ E_y(t) &= E_{y0}\cos(\omega t + \delta_y) \end{align} $$
ここで $E_{x0}$, $E_{y0}$ は各成分の振幅、$\delta_x$, $\delta_y$ は初期位相です。偏波の正体は、この2つの成分の振幅比 $E_{y0}/E_{x0}$ と位相差 $\delta = \delta_y – \delta_x$ で完全に決まります。
直感的に確かめてみましょう。もし2つの成分が同じ位相($\delta = 0$)で振動すれば、$E_x$ と $E_y$ は同時に最大になり同時にゼロになります。すると合成ベクトルの先端は原点を通る一本の直線上を往復します — これが直線偏波です。一方、振幅が等しく($E_{x0} = E_{y0}$)位相が90度ずれている($\delta = \pm 90°$)と、片方が最大のときもう片方はゼロ、という関係になり、合成ベクトルの先端は円を描きます — これが円偏波です。その中間、たとえば位相差が45度のときは、円がややつぶれた楕円になります。つまり偏波は「直線」「円」という2つの特殊例を両端に持ち、その間を楕円が連続的に埋めている、と捉えるのが正確です。
もう少し直感を補強しておきましょう。ブランコを2つ並べ、一方を前後($x$方向)、もう一方を左右($y$方向)に揺らすことを想像してください。2つを同じタイミングで漕げば、合成された揺れは斜め一直線です。しかし片方を「ちょうど4分の1周期遅らせて」漕ぐと、前後が最大の瞬間に左右はゼロ、左右が最大の瞬間に前後はゼロ、となって、合成された動きはぐるりと円を描きます。この「4分の1周期=90度の位相差」が、円偏波を生む魔法の数字です。アンテナ設計の全ては、放射される2つの直交した電界成分に、この90度の位相差をいかに正確に与えるか、という一点に集約されると言っても過言ではありません。
この「位相差90度・等振幅で円になる」という事実こそ、円偏波パッチアンテナ設計の核心です。次に、この踊り方をすっきりと数式で扱うための道具 — ジョーンズベクトル — を導入しましょう。
ジョーンズベクトルによる偏波の記述
毎回 $\cos(\omega t + \delta)$ と書くのは煩雑なので、複素振幅(フェーザ)を使って偏波をコンパクトに表現します。電界の $x$, $y$ 成分の複素振幅を縦に並べたものをジョーンズベクトルと呼びます。
$$ \bm{J} = \begin{pmatrix} E_x \\ E_y \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} E_{x0}\,e^{j\delta_x} \\ E_{y0}\,e^{j\delta_y} \end{pmatrix} $$
実際の物理的な電界は、このフェーザに $e^{j\omega t}$ を掛けて実部を取ったものです。
$$ E_x(t) = \mathrm{Re}\!\left[E_{x0}\,e^{j\delta_x}\,e^{j\omega t}\right] = E_{x0}\cos(\omega t + \delta_x) $$
ジョーンズベクトルの嬉しいところは、偏波の種類が「2つの成分の比」だけで決まるため、全体の位相や大きさを括り出して標準形で書けることです。たとえば $x$ 成分の位相を基準($\delta_x = 0$)に取ると、偏波は次の3つの典型に整理できます。
直線偏波: 位相差 $\delta = 0$ または $\delta = \pi$。たとえば $45°$ 傾いた直線偏波は
$$ \bm{J}_{\text{lin}} = \frac{1}{\sqrt{2}}\begin{pmatrix} 1 \\ 1 \end{pmatrix} $$
右旋円偏波(RHCP)と左旋円偏波(LHCP): 等振幅で位相差が $\mp 90°$。$y$ 成分が $x$ 成分より $90°$ 進む/遅れるかで回転方向が決まります。
$$ \bm{J}_{\text{RHCP}} = \frac{1}{\sqrt{2}}\begin{pmatrix} 1 \\ -j \end{pmatrix}, \qquad \bm{J}_{\text{LHCP}} = \frac{1}{\sqrt{2}}\begin{pmatrix} 1 \\ +j \end{pmatrix} $$
ここで $-j = e^{-j\pi/2}$ は位相が $90°$ 遅れることを表します。回転の向き(右旋か左旋か)は、伝搬方向を基準に時間の進行とともに電界がどちらに回るかで定義しますが、IEEEの規約とどちらから波を見るか(送信側/受信側)で符号が変わるため、本記事では「$\pm j$ のどちらか」という数学的な区別に集中します。
なぜこの $\begin{pmatrix} 1 \\ -j \end{pmatrix}$ が円偏波なのかを確かめておきましょう。物理的な電界は実部なので、$x$ 成分は $\cos\omega t$、$y$ 成分は $\mathrm{Re}[-j\,e^{j\omega t}] = \mathrm{Re}[e^{j(\omega t – \pi/2)}] = \cos(\omega t – \pi/2) = \sin\omega t$ です。したがって時刻 $t$ の電界先端は
$$ \big(E_x(t),\,E_y(t)\big) = \big(\cos\omega t,\ \sin\omega t\big) $$
となり、これはまさに半径1の円周上を一定の角速度で回る点です。位相差 $-90°$ がきれいに円を生み出していることが確認できました。
ジョーンズベクトルという言葉と道具がそろいました。ここからは「2つの直交モードを足し合わせると何が起きるか」を、このベクトルの言葉で精密に追いかけていきます。
直交2モードの合成 — 円偏波が生まれる条件
パッチアンテナの放射を考えるとき、$x$ 方向に振動する直線偏波の放射と、$y$ 方向に振動する直線偏波の放射は、互いに直交する2つの独立なモードとみなせます。これは、矩形パッチが持つ2つの共振方向(長さ方向と幅方向)にそれぞれ対応します。アンテナの放射電界は、この2つのモードの線形結合で表されます。
$$ \bm{E} = a\,\bm{e}_x + b\,\bm{e}_y = \begin{pmatrix} a \\ b \end{pmatrix} $$
ここで $a$, $b$ はそれぞれ $x$ モード・$y$ モードの複素励振係数(振幅と位相を含む)で、$\bm{e}_x = (1,0)^\top$, $\bm{e}_y = (0,1)^\top$ は直交する単位ベクトルです。問題は「$a$ と $b$ をどう選べば合成電界が円偏波になるか」です。
これは前節の議論からほぼ自明で、円偏波の条件は
$$ |a| = |b| \quad \text{かつ} \quad \arg(b) – \arg(a) = \pm 90° $$
の2つです。すなわち等振幅かつ直交位相(90度位相差)。この2条件が同時に満たされたときだけ、合成ベクトルの先端が完全な円を描きます。
等振幅・90度位相差から円になることの証明
きちんと導出しましょう。一般性を失わずに $a$ の位相を基準に取り、$a = A$(実正数)、$b = B\,e^{j\delta}$ とします。物理的な瞬時電界は実部を取って
$$ \begin{align} E_x(t) &= \mathrm{Re}\!\left[A\,e^{j\omega t}\right] = A\cos\omega t \\ E_y(t) &= \mathrm{Re}\!\left[B\,e^{j\delta}\,e^{j\omega t}\right] = B\cos(\omega t + \delta) \end{align} $$
ここで円偏波の2条件 $B = A$(等振幅)と $\delta = -90°$(直交位相)を代入します。$\cos(\omega t – 90°) = \sin\omega t$ を使うと、
$$ \big(E_x(t),\,E_y(t)\big) = \big(A\cos\omega t,\ A\sin\omega t\big) $$
両式を二乗して足すと、時間 $t$ によらず
$$ E_x^2 + E_y^2 = A^2(\cos^2\omega t + \sin^2\omega t) = A^2 $$
が成り立ちます。これは半径 $A$ の円の方程式に他なりません。電界先端の軌跡が原点中心・半径 $A$ の円になることが示せました。回転の向きは、$\delta = -90°$ なら $x \to y$ の順に進む($(1,0)\to(0,1)$)一方の回り、$\delta = +90°$ なら逆回りになります。
90度からずれると楕円になることの確認
では2条件が崩れるとどうなるでしょうか。たとえば等振幅は保ったまま位相差だけが $\delta$($\neq \pm 90°$)にずれた場合を見ます。$E_x = A\cos\omega t$, $E_y = A\cos(\omega t + \delta)$ から $\cos\omega t = E_x/A$ を $E_y$ に代入するため、加法定理で展開します。
$$ E_y = A\cos(\omega t + \delta) = A(\cos\omega t\cos\delta – \sin\omega t\sin\delta) $$
$\cos\omega t = E_x/A$、$\sin\omega t = \pm\sqrt{1 – (E_x/A)^2}$ を代入して整理すると、$E_x$ と $E_y$ の間に2次形式
$$ \left(\frac{E_x}{A}\right)^2 – 2\left(\frac{E_x}{A}\right)\left(\frac{E_y}{A}\right)\cos\delta + \left(\frac{E_y}{A}\right)^2 = \sin^2\delta $$
が得られます。これは一般に楕円の方程式です。$\delta = \pm 90°$ のとき $\cos\delta = 0$, $\sin^2\delta = 1$ となり、交差項が消えて $E_x^2 + E_y^2 = A^2$(円)に戻ります。逆に $\delta = 0$ のとき $\sin^2\delta = 0$ となり、右辺がゼロ、すなわち $(E_x – E_y)^2 = 0$ から $E_x = E_y$(45度の直線)になります。位相差が $0$ から $90°$ へ変わるにつれ、電界軌跡が直線から徐々に膨らんで楕円になり、最後に完全な円へ近づく — この連続的な変化が、後で軸比という1つの数字で定量化されます。
直交2モードを足すと偏波が決まる仕組みがわかりました。次は、この楕円がどれだけ「円から崩れているか」を測る指標、軸比を定義します。
軸比の定義と導出
円偏波の品質を表す最も重要な指標が軸比(Axial Ratio, AR)です。先ほど見たように、現実のアンテナでは振幅比や位相差が理想の $1$ や $90°$ からわずかにずれ、電界の軌跡は完全な円ではなく少しつぶれた楕円になります。この楕円の長軸 $\mathrm{OA}$(major axis)と短軸 $\mathrm{OB}$(minor axis)の比を軸比と呼びます。
$$ \mathrm{AR} = \frac{\text{長軸}}{\text{短軸}} = \frac{\mathrm{OA}}{\mathrm{OB}} \quad (\geq 1) $$
完全な円偏波では長軸=短軸なので $\mathrm{AR}=1$、デシベル表示で $0\,\mathrm{dB}$ です。直線偏波では短軸がゼロになるので $\mathrm{AR}=\infty$($\infty\,\mathrm{dB}$)。実用上は、
$$ \mathrm{AR}_{\mathrm{dB}} = 20\log_{10}\!\left(\frac{\text{長軸}}{\text{短軸}}\right) $$
と対数で表し、一般に $\mathrm{AR} \leq 3\,\mathrm{dB}$(長軸が短軸の約1.41倍以内)であれば「実用上は円偏波とみなしてよい」とされます。
長軸・短軸を励振係数から求める
軸比を実際に計算するには、楕円の長軸と短軸の長さを、2モードの振幅比と位相差から求める必要があります。電界の $x$, $y$ 成分のフェーザを $E_x = A$, $E_y = B\,e^{j\delta}$ とします。楕円の長軸・短軸を求める一つの方法は、回転する電界ベクトルの大きさ $|\bm{E}(t)|^2 = E_x^2(t) + E_y^2(t)$ が時間とともにどう変わるかを調べ、その最大値(長軸の2乗)と最小値(短軸の2乗)を取ることです。
瞬時電界の二乗和を時間の関数として書き下します。$E_x(t) = A\cos\omega t$, $E_y(t) = B\cos(\omega t + \delta)$ より、
$$ |\bm{E}(t)|^2 = A^2\cos^2\omega t + B^2\cos^2(\omega t + \delta) $$
倍角公式 $\cos^2\theta = \tfrac{1}{2}(1 + \cos 2\theta)$ を両項に使って整理すると、
$$ |\bm{E}(t)|^2 = \frac{A^2 + B^2}{2} + \frac{1}{2}\Big[A^2\cos 2\omega t + B^2\cos(2\omega t + 2\delta)\Big] $$
角括弧の中は、同じ角周波数 $2\omega$ を持つ2つの余弦波の和です。これらは1つの余弦波 $C\cos(2\omega t + \phi)$ にまとめられます。加法定理で振幅 $C$ を求めると、
$$ C = \sqrt{A^4 + B^4 + 2A^2 B^2\cos 2\delta} $$
したがって $|\bm{E}(t)|^2$ は平均値 $\tfrac{1}{2}(A^2+B^2)$ のまわりに振幅 $\tfrac{1}{2}C$ で振動します。その最大値が長軸の二乗 $\mathrm{OA}^2$、最小値が短軸の二乗 $\mathrm{OB}^2$ です。
$$ \begin{align} \mathrm{OA}^2 &= \frac{1}{2}\Big[(A^2 + B^2) + C\Big] \\ \mathrm{OB}^2 &= \frac{1}{2}\Big[(A^2 + B^2) – C\Big] \end{align} $$
これらを軸比の定義に代入すると、振幅 $A$, $B$ と位相差 $\delta$ から軸比を直接計算する公式が得られます。
$$ \mathrm{AR} = \sqrt{\frac{(A^2 + B^2) + \sqrt{A^4 + B^4 + 2A^2 B^2\cos 2\delta}}{(A^2 + B^2) – \sqrt{A^4 + B^4 + 2A^2 B^2\cos 2\delta}}} $$
等振幅の場合の簡単な表式
この一般式は少々いかついので、設計で最も重要な「等振幅 $A = B$」の場合に絞ってみましょう。$A = B = 1$ を代入すると、$A^2 + B^2 = 2$、$A^4 + B^4 + 2A^2B^2\cos 2\delta = 2 + 2\cos 2\delta = 4\cos^2\delta$(半角の関係 $1+\cos 2\delta = 2\cos^2\delta$ を使用)となり、$C = 2|\cos\delta|$ です。これを代入すると、
$$ \mathrm{OA}^2 = 1 + |\cos\delta|, \qquad \mathrm{OB}^2 = 1 – |\cos\delta| $$
したがって等振幅での軸比は位相差だけの関数として
$$ \mathrm{AR} = \sqrt{\frac{1 + |\cos\delta|}{1 – |\cos\delta|}} $$
と非常にすっきり書けます。確かめてみると、$\delta = 90°$ では $\cos\delta = 0$ なので $\mathrm{AR} = \sqrt{1/1} = 1$(完全円偏波)、$\delta = 0°$ では $\cos\delta = 1$ なので $\mathrm{AR} = \sqrt{2/0} = \infty$(直線偏波)。先ほどの楕円方程式の議論と完全に整合しています。この式は「位相差が90度から1度ずれるごとに軸比がどれだけ悪化するか」を一目で与えてくれるため、設計時の感度評価に便利です。この等振幅軸比 $\mathrm{AR}_{\mathrm{dB}}$ を位相差の関数として描くと、許容範囲が一目でわかります。

このグラフから、軸比が $\delta=90°$ を底とする鋭い谷を描き、3dB以下(実用円偏波)に収まるのは位相差がおよそ $71°\sim109°$、つまり90度を中心に $\pm19°$ の範囲だけだとわかります。等振幅という好条件でも、位相差が20度ほどずれると円偏波の体をなさなくなる — この位相条件の厳しさが、後で見る軸比帯域の狭さの根本原因になります。
振幅不均衡の効果
位相差は完璧に $90°$ でも、振幅が不均衡($A \neq B$)だと軸比は劣化します。$\delta = 90°$($\cos 2\delta = -1$)を一般式に代入すると、$C = \sqrt{A^4 + B^4 – 2A^2B^2} = |A^2 – B^2|$ となり、
$$ \mathrm{OA}^2 = \frac{(A^2+B^2) + |A^2-B^2|}{2} = \max(A^2, B^2), \quad \mathrm{OB}^2 = \min(A^2, B^2) $$
すなわち $\mathrm{AR} = \max(A,B)/\min(A,B)$。これは直感そのもので、位相が直交していても2成分の強さが違えば、強い方向に伸びた楕円になります。たとえば振幅比が $A:B = 1:0.8$ だと $\mathrm{AR} = 1/0.8 = 1.25$、デシベルで $20\log_{10}1.25 \approx 1.9\,\mathrm{dB}$ となり、まだ3dB以内に収まります。位相差と振幅比の両方を90度・1:1に近づけることが、低軸比設計の鍵だと数式からも見て取れます。
ここで実務的に重要なのは、軸比が理想点の近くで「鈍感」である一方、理想から離れると「敏感」に悪化するという非対称性です。等振幅式 $\mathrm{AR}=\sqrt{(1+|\cos\delta|)/(1-|\cos\delta|)}$ を $\delta=90°$ の近傍で展開すると、$\delta = 90° – \epsilon$ に対して $\cos\delta \approx \epsilon$($\epsilon$ はラジアン)なので $\mathrm{AR}\approx\sqrt{(1+\epsilon)/(1-\epsilon)}\approx 1+\epsilon$ となり、位相誤差にほぼ線形でしか効きません。たとえば位相誤差が $10°\approx0.17\,\mathrm{rad}$ でも軸比は約 $1.19$(約1.5dB)にとどまります。この「90度近傍では多少のずれを許す」性質があるからこそ、製造ばらつきのある実アンテナでも円偏波が成立してくれるのです。逆に言えば、ひとたび位相差が60度を切るような大きなずれに陥ると軸比は急激に悪化し、円偏波の体をなさなくなります。設計とは、この鈍感な谷の底に動作点を据える作業に他なりません。
この「90度近傍では鈍感」という性質を、厳密式と近傍展開を重ねて実際に確かめてみます。

このグラフから、位相誤差 $\epsilon$ が小さいうちは厳密式(青)と線形近傍展開 $\mathrm{AR}\approx1+\epsilon$(橙の破線)がほぼ重なり、軸比が誤差にほぼ比例して緩やかにしか増えないことが読み取れます。位相誤差10度でも軸比は1.5dB程度で3dB基準内に収まりますが、誤差が大きくなると厳密式が近似を上回って急激に立ち上がります。製造ばらつきが多少あっても円偏波が崩れにくい「谷の底」の安全余裕が、この図に表れています。
軸比という1つの数字で円偏波の品質が測れるようになりました。では実際のパッチアンテナでは、この「等振幅・90度位相差」をどうやって物理的に実現するのでしょうか。次にその仕掛けを見ていきます。
単一給電による円偏波化 — 縮退モード分離の原理
円偏波を作る最も素直な方法は、パッチに給電点を2か所設け、片方に $90°$ 遅れた信号を入れることです(2点給電・直交給電)。外部に $90°$ の位相差を作る回路(分岐線結合器など)を付ければ確実に円偏波が得られます。しかし回路が大きく複雑になり、小型・低コストが身上のパッチアンテナの利点を損ねます。
そこで広く使われるのが、給電点は1か所のまま、パッチの形を少しいじって内部的に90度位相差を作り出すという巧妙な手法です。代表例がコーナーカット(正方形パッチの対角の角を切り落とす)や、対角にスロットを入れる方法です。なぜ角を切るだけで円偏波になるのか — その鍵が「縮退モードの分離」です。仕組みの全体像を一枚の絵にまとめると次のようになります。

左側のように正方形パッチの対角の角を切ると、対角の主軸 $u$・$v$ の実効長がわずかにずれ、右側のように2つの共振モードの周波数が $f_u$(長い辺=低周波)と $f_v$(短い辺=高周波)に分離します。その中間の動作点 $f_0$ で2モードの位相差がちょうど90度になり、単一給電のまま円偏波が生まれる — この後の各セクションで、この絵の各要素を数式と実測グラフで確かめていきます。
縮退モードとは
正方形のパッチアンテナを考えます。一辺の長さが等しいので、$x$ 方向に共振するモードと $y$ 方向に共振するモードは、全く同じ共振周波数 $f_0$ を持ちます。このように複数のモードが同じ共振周波数を共有する状態を縮退(degenerate)と呼びます。縮退している限り、両モードは同じ周波数で同時に・同位相で立ち上がるため、合成は45度の直線偏波になってしまい、円偏波にはなりません。
円偏波を作るには、この縮退を意図的に解いて、2つのモードの共振周波数をわずかにずらす必要があります。コーナーカットはまさにこれをやっています。対角の角を切ると、対角方向に対して一方の主軸(仮に $u$ 軸)の実効的な長さがわずかに伸び、もう一方の主軸($v$ 軸)がわずかに縮みます。共振周波数は実効長に反比例するため、
$$ f_u < f_0 < f_v $$
のように、2つのモードの共振周波数が $f_0$ を挟んで上下に分離します。これが縮退モード分離(degenerate mode splitting)です。
分離した2モードがなぜ90度位相差を生むのか
ここがこの手法の核心です。共振器(パッチも一種の共振器)の応答は、共振周波数の前後で位相が大きく変化するという性質があります。RLC共振回路と同じく、各モードの応答は次の1次共振の伝達関数で近似できます。
$$ H_i(f) = \frac{1}{1 + jQ\left(\dfrac{f}{f_i} – \dfrac{f_i}{f}\right)} \qquad (i = u, v) $$
ここで $Q$ は共振の鋭さ(Q値)、$f_i$ は各モードの共振周波数です。この伝達関数の位相は、$f = f_i$(共振点)で $0°$、$f \ll f_i$ で $+90°$、$f \gg f_i$ で $-90°$ に向かって連続的に変化します。
いま、2つのモードの共振周波数が $f_u < f_v$ にずれているとします。両モードのちょうど中間の周波数
$$ f_{\mathrm{op}} = \sqrt{f_u f_v} \approx \frac{f_u + f_v}{2} $$
で動作させると、$u$ モードにとっては「共振より上」なので位相が遅れ気味(負側)、$v$ モードにとっては「共振より下」なので位相が進み気味(正側)になります。適切に分離量を選ぶと、この中間周波数で2つのモードの位相差がちょうど $90°$、かつ振幅がほぼ等しくなります。すなわち、外部回路を一切使わずに、パッチ内部の2つの共振の位相応答だけで円偏波の条件「等振幅・90度位相差」が自然に満たされるのです。
分離量の設計条件
では、どれだけ共振周波数を分離すればよいのでしょうか。1次共振の位相は、共振点からの規格化離調 $x_i = Q(f/f_i – f_i/f)$ に対して $\arg H_i = -\arctan(x_i)$ です。中間周波数 $f_{\mathrm{op}}$ で $u$ モードと $v$ モードの位相差が $90°$ になる条件を考えると、各モードが共振点から対称に約 $\pm 45°$ だけ位相がずれればよいことがわかります。$-\arctan(x) = \mp 45°$ より $x = \pm 1$、すなわち
$$ Q\left(\frac{f_{\mathrm{op}}}{f_i} – \frac{f_i}{f_{\mathrm{op}}}\right) = \pm 1 $$
この条件から、必要な分離量(2モードの共振周波数差)が動作Q値に反比例することが導かれます。実用的な近似式として、共振周波数の分離比は
$$ \frac{\Delta f}{f_0} = \frac{f_v – f_u}{f_0} \approx \frac{1}{Q} $$
程度が目安となります。さらにコーナーカット量とこの分離は対応しており、切り取る面積比 $\Delta S / S$($S$ はパッチ面積)が、おおよそ
$$ \frac{\Delta S}{S} \approx \frac{1}{2Q} $$
という設計式で結ばれます(具体的な係数は基板や形状で変わります)。Q値が高い(帯域が狭い)パッチほど、わずかなコーナーカットで円偏波になる一方、軸比の良い周波数範囲も狭くなります。この「広帯域化と低軸比化のトレードオフ」は、次に説明する軸比帯域の議論に直結します。
縮退分離で円偏波が作れる仕組みがわかりました。ただし、この方法は「ある1つの周波数で位相差がちょうど90度」になる仕掛けなので、周波数を変えると軸比は悪化します。次に、軸比が周波数とともにどう変わるか、そして「軸比3dB帯域」とは何かを見ます。
軸比3dB帯域 — 円偏波が成立する周波数範囲
縮退分離で作る円偏波は、本質的に狭帯域です。なぜなら、2つのモードの位相差が $90°$ になるのは特定の周波数 $f_{\mathrm{op}}$ だけで、そこから離れると位相差が $90°$ から崩れ、軸比が悪化するからです。「どれだけの周波数範囲で円偏波とみなせるか」を表すのが軸比帯域(axial ratio bandwidth)です。
実用上の基準は「軸比が $3\,\mathrm{dB}$ 以下に収まる周波数範囲」です。$3\,\mathrm{dB}$ は長軸/短軸 $= 10^{3/20} \approx 1.41$、つまり楕円のつぶれが $\sqrt 2$ 倍以内ということ。これを軸比3dB帯域と呼び、
$$ \mathrm{BW}_{\mathrm{AR}} = \frac{f_2 – f_1}{f_0} \times 100\,[\%] $$
で定義します($f_1$, $f_2$ は軸比が3dBとなる下端・上端周波数)。
なぜ軸比帯域がインピーダンス帯域(反射特性で決まる帯域)より狭くなりがちなのかを直感で押さえましょう。インピーダンス整合は「電力がパッチに入るか」だけを問題にしますが、軸比は「2つのモードの位相差が90度・振幅が等しいか」というより厳しい2つの条件を同時に要求します。位相は共振点付近で急峻に変化するため、少し周波数がずれただけで90度から外れてしまう。結果として、典型的な単一給電コーナーカットパッチの軸比3dB帯域はわずか $1\sim2\,\%$ 程度に留まることが多いのです。一方、2点給電(外部の90度ハイブリッド使用)では位相差が周波数によらず90度に保たれるため、軸比帯域は $10\,\%$ を超えることもあります。
この帯域の狭さがGNSSのような広帯域・多周波用途で問題になり、積層パッチ、コーナーカットと給電位置の最適化、あるいは複数素子のシーケンシャル給電など、さまざまな広帯域化技術が研究されています。
軸比の周波数依存と帯域の概念がそろいました。ここからはPythonで、これまで導出した式 — 楕円軌跡、軸比の等高線、軸比の周波数特性 — を実際に描いて、理論を目で確かめましょう。
Pythonによる実装と可視化
偏波軌跡 — 位相差を変えると直線から円へ
まず最初に、位相差 $\delta$ を $0°$ から $90°$ まで変えたときに、電界先端の軌跡が直線から楕円を経て円へ連続的に変化する様子を描きます。等振幅 $A = B = 1$ に固定し、1周期分の電界ベクトル先端をプロットします。
import numpy as np
import matplotlib, matplotlib.pyplot as plt
# 日本語フォント設定
for cand in ["Hiragino Sans", "Yu Gothic", "Noto Sans CJK JP", "IPAexGothic", "Meiryo"]:
if any(cand == f.name for f in matplotlib.font_manager.fontManager.ttflist):
plt.rcParams["font.family"] = cand
break
plt.rcParams["axes.unicode_minus"] = False
# 1周期分の時間(位相)
wt = np.linspace(0, 2*np.pi, 400)
A = B = 1.0 # 等振幅
deltas_deg = [0, 30, 60, 90] # 位相差 [度]
fig, axes = plt.subplots(1, 4, figsize=(16, 4))
for ax, dd in zip(axes, deltas_deg):
delta = np.deg2rad(dd)
Ex = A * np.cos(wt)
Ey = B * np.cos(wt + delta)
ax.plot(Ex, Ey, color="#0aa", lw=2)
# 回転方向を示す矢印(軌跡の途中に1本)
k = 40
ax.annotate("", xy=(Ex[k+1], Ey[k+1]), xytext=(Ex[k], Ey[k]),
arrowprops=dict(arrowstyle="-|>", color="crimson", lw=2))
ax.set_title(f"位相差 δ = {dd}°")
ax.set_xlabel("$E_x$"); ax.set_ylabel("$E_y$")
ax.set_xlim(-1.4, 1.4); ax.set_ylim(-1.4, 1.4)
ax.set_aspect("equal"); ax.grid(alpha=0.3)
plt.tight_layout()
plt.savefig("/tmp/cp_patch/locus.png", dpi=130)
plt.show()

このグラフから、位相差が偏波の形を決めることがはっきり読み取れます。$\delta = 0°$ では軌跡が右上がりの直線(45度直線偏波)、$\delta = 30°, 60°$ では細い楕円から丸い楕円へと膨らみ、$\delta = 90°$ でちょうど真円になります。等振幅でも位相差が90度からずれるだけで円が楕円へ崩れること、そして90度でだけ完全円が成立することが視覚的に確認できます。これは先に導いた楕円方程式 $E_x^2 – 2E_xE_y\cos\delta + E_y^2 = \sin^2\delta$ の振る舞いそのものです。
軸比の検証 — 公式と数値の一致
次に、導いた軸比公式が正しいことを数値的に確かめます。電界先端の大きさ $|\bm{E}(t)|$ を1周期にわたって計算し、その最大値(長軸)と最小値(短軸)の比を「数値軸比」として求め、解析式と比較します。
import numpy as np
def axial_ratio_numeric(A, B, delta):
"""電界軌跡の長軸/短軸を数値的に求めて軸比を返す"""
wt = np.linspace(0, 2*np.pi, 20000)
Ex = A * np.cos(wt)
Ey = B * np.cos(wt + delta)
r = np.sqrt(Ex**2 + Ey**2) # 各時刻の電界の大きさ
return r.max() / r.min()
def axial_ratio_formula(A, B, delta):
"""導出した解析式による軸比"""
s = A**2 + B**2
C = np.sqrt(A**4 + B**4 + 2*A**2*B**2*np.cos(2*delta))
OA2 = 0.5*(s + C) # 長軸の二乗
OB2 = 0.5*(s - C) # 短軸の二乗
return np.sqrt(OA2 / OB2)
# いくつかの (A, B, δ) で比較
cases = [(1, 1, 90), (1, 1, 60), (1, 0.8, 90), (1, 0.5, 70)]
print(f"{'A':>4}{'B':>5}{'δ[°]':>6}{'数値AR':>10}{'公式AR':>10}")
for A, B, dd in cases:
d = np.deg2rad(dd)
ar_n = axial_ratio_numeric(A, B, d)
ar_f = axial_ratio_formula(A, B, d)
print(f"{A:>4}{B:>5}{dd:>6}{ar_n:>10.4f}{ar_f:>10.4f}")
出力では、4つの全ケースで「数値AR」と「公式AR」が小数点以下まで一致します。たとえば $(A,B,\delta)=(1,1,90°)$ では両者とも $1.0000$(完全円)、$(1,1,60°)$ では約 $1.732$、$(1,0.8,90°)$ では $1.25$ となります。これは前章で位相が直交しても振幅不均衡だと $\mathrm{AR}=A/B=1/0.8=1.25$ になるという結論と完全に合致しており、軸比公式の導出が正しいことが裏付けられます。
4ケースだけでなく、振幅比 $B/A$ と位相差 $\delta$ をランダムに振った200ケースで、数値軸比と解析式の一致度を散布図で確かめてみます。

全200点が完全一致線 $y=x$ にぴったり乗っており、最大誤差は $3\times10^{-8}$ 程度にとどまります。軸比が1(円偏波)から大きく外れた楕円偏波の領域まで含めて、導出した解析式 $\mathrm{AR}=\sqrt{(\mathrm{OA}^2)/(\mathrm{OB}^2)}$ がどんな振幅比・位相差でも正しいことが、数値実験で裏付けられました。
軸比の等高線 — 振幅比と位相差の許容範囲
設計では「振幅比と位相差がどれだけ理想からずれてよいか」を知りたくなります。横軸に位相差 $\delta$、縦軸に振幅比 $B/A$ を取り、軸比(dB)を等高線で描いて「3dB以内のスイートスポット」を可視化します。
import numpy as np
import matplotlib, matplotlib.pyplot as plt
for cand in ["Hiragino Sans", "Yu Gothic", "Noto Sans CJK JP", "IPAexGothic", "Meiryo"]:
if any(cand == f.name for f in matplotlib.font_manager.fontManager.ttflist):
plt.rcParams["font.family"] = cand
break
plt.rcParams["axes.unicode_minus"] = False
def ar_db(A, B, delta):
s = A**2 + B**2
C = np.sqrt(A**4 + B**4 + 2*A**2*B**2*np.cos(2*delta))
return 10*np.log10((s + C) / (s - C)) # = 20log10(sqrt(...))
# 位相差 60〜120度、振幅比 0.5〜1.5 のグリッド
delta_deg = np.linspace(60, 120, 240)
ratio = np.linspace(0.5, 1.5, 240)
D, R = np.meshgrid(np.deg2rad(delta_deg), ratio)
AR = ar_db(1.0, R, D) # A=1, B=ratio
plt.figure(figsize=(8, 6))
levels = [0.5, 1, 2, 3, 4, 6, 8, 10]
cf = plt.contourf(delta_deg, ratio, AR, levels=levels, cmap="viridis_r", extend="max")
cs = plt.contour(delta_deg, ratio, AR, levels=[3], colors="red", linewidths=2.5)
plt.clabel(cs, fmt="3 dB", fontsize=11)
plt.colorbar(cf, label="軸比 [dB]")
plt.scatter([90], [1.0], color="white", edgecolor="black", s=120, zorder=5,
label="理想点(円偏波)")
plt.xlabel("位相差 δ [度]"); plt.ylabel("振幅比 $B/A$")
plt.title("軸比の振幅比・位相差依存性(赤線=3dB境界)")
plt.legend(loc="upper right")
plt.tight_layout()
plt.savefig("/tmp/cp_patch/ar_contour.png", dpi=130)
plt.show()

この等高線図から、円偏波設計の許容度がよくわかります。中央の白点(位相差90度・振幅比1.0)が軸比0dBの理想点で、そこを囲む赤い3dB境界線が「実用円偏波とみなせる範囲」です。境界はおおむね位相差で $\pm 35°$、振幅比で $0.7\sim1.4$ 程度の楕円形の領域を描き、位相と振幅のどちらか一方が大きくずれても、もう一方が理想に近ければ救済される様子が読み取れます。逆に両方が同時にずれると一気に軸比が悪化します。
縮退モードの位相応答 — 90度位相差が生まれる様子
コーナーカットで分離した2つの共振モードの位相応答を描き、中間周波数でちょうど90度の位相差が生まれることを確認します。1次共振の伝達関数を使います。
import numpy as np
import matplotlib, matplotlib.pyplot as plt
for cand in ["Hiragino Sans", "Yu Gothic", "Noto Sans CJK JP", "IPAexGothic", "Meiryo"]:
if any(cand == f.name for f in matplotlib.font_manager.fontManager.ttflist):
plt.rcParams["font.family"] = cand
break
plt.rcParams["axes.unicode_minus"] = False
Q = 50.0 # パッチのQ値
f0 = 1.575e9 # 中心周波数(GPS L1帯)
df = f0 / Q # 分離量 ≈ f0/Q
fu, fv = f0 - df/2, f0 + df/2 # 分離した2モード
def H(f, fi, Q):
return 1.0 / (1 + 1j*Q*(f/fi - fi/f))
f = np.linspace(f0*0.97, f0*1.03, 2000)
Hu, Hv = H(f, fu, Q), H(f, fv, Q)
phase_u = np.rad2deg(np.angle(Hu))
phase_v = np.rad2deg(np.angle(Hv))
phase_diff = phase_v - phase_u
fig, (ax1, ax2) = plt.subplots(1, 2, figsize=(14, 5))
ax1.plot(f/1e9, phase_u, label="$u$モード ($f_u$)", color="#06c")
ax1.plot(f/1e9, phase_v, label="$v$モード ($f_v$)", color="#c30")
ax1.axvline(f0/1e9, ls="--", color="gray")
ax1.set_xlabel("周波数 [GHz]"); ax1.set_ylabel("位相 [度]")
ax1.set_title("分離した2モードの位相応答"); ax1.legend(); ax1.grid(alpha=0.3)
ax2.plot(f/1e9, phase_diff, color="purple", lw=2)
ax2.axhline(90, ls="--", color="green", label="90°(円偏波条件)")
ax2.axvline(f0/1e9, ls="--", color="gray", label="中間周波数 $f_0$")
ax2.set_xlabel("周波数 [GHz]"); ax2.set_ylabel("位相差 $\\phi_v-\\phi_u$ [度]")
ax2.set_title("2モード間の位相差"); ax2.legend(); ax2.grid(alpha=0.3)
plt.tight_layout()
plt.savefig("/tmp/cp_patch/mode_phase.png", dpi=130)
plt.show()

左図では、$u$ モードと $v$ モードの位相応答が共振点を境に急変し、互いにずれて並びます。右図の位相差を見ると、中間周波数 $f_0$(1.575GHz)でちょうど90度を横切っている(実測でも90.0度)ことがわかります。まさにこの周波数で2モードが直交位相になり、外部回路なしで円偏波が成立する仕組みが目で確認できます。分離量を $f_0/Q$ に取ったことが、ちょうど90度をまたぐ形を生んでいます。
軸比の周波数特性と3dB帯域
最後に、分離した2モードを合成したときの軸比が周波数とともにどう変わるかを描き、軸比3dB帯域を読み取ります。各モードの複素応答を $x$, $y$ 成分とみなして合成し、先ほどの軸比公式を周波数ごとに適用します。
import numpy as np
import matplotlib, matplotlib.pyplot as plt
for cand in ["Hiragino Sans", "Yu Gothic", "Noto Sans CJK JP", "IPAexGothic", "Meiryo"]:
if any(cand == f.name for f in matplotlib.font_manager.fontManager.ttflist):
plt.rcParams["font.family"] = cand
break
plt.rcParams["axes.unicode_minus"] = False
f0 = 1.575e9
def H(f, fi, Q):
return 1.0 / (1 + 1j*Q*(f/fi - fi/f))
def ar_db_complex(Ex, Ey):
"""複素フェーザ Ex, Ey から軸比[dB]を計算"""
A, B = np.abs(Ex), np.abs(Ey)
delta = np.angle(Ey) - np.angle(Ex)
s = A**2 + B**2
C = np.sqrt(A**4 + B**4 + 2*A**2*B**2*np.cos(2*delta))
return 10*np.log10((s + C) / (s - C))
f = np.linspace(f0*0.97, f0*1.03, 3000)
plt.figure(figsize=(9, 5.5))
for Q in [30, 50, 80]:
df = f0 / Q
fu, fv = f0 - df/2, f0 + df/2
Ex = H(f, fu, Q) # u モード → x 成分
Ey = H(f, fv, Q) # v モード → y 成分
ar = ar_db_complex(Ex, Ey)
plt.plot(f/1e9, ar, lw=2, label=f"Q = {Q}")
plt.axhline(3, ls="--", color="red", label="3 dB 基準")
plt.axvline(f0/1e9, ls=":", color="gray")
plt.ylim(0, 12); plt.xlabel("周波数 [GHz]"); plt.ylabel("軸比 [dB]")
plt.title("コーナーカットパッチの軸比 周波数特性(縮退分離モデル)")
plt.legend(); plt.grid(alpha=0.3)
plt.tight_layout()
plt.savefig("/tmp/cp_patch/ar_bandwidth.png", dpi=130)
plt.show()

この図から、円偏波の本質的なトレードオフが読み取れます。どのQ値でも中心周波数 $f_0$ で軸比が最小(ほぼ0dB)の鋭い谷を持ち、そこから離れると急速に悪化します。Q値が低い($Q=30$)ほど谷が広く、軸比3dB帯域が広がる一方、Q値が高い($Q=80$)ほど谷は深く鋭くなり帯域は狭くなります。実測した3dB帯域は $Q=30$ で約1.2%、$Q=50$ で約0.7%、$Q=80$ で約0.4%。単一給電コーナーカットパッチの軸比帯域がわずか数%にとどまる理由、そして「広帯域化には低Q化(薄い基板を避ける等)が効く」という設計指針が、この一枚に凝縮されています。
軸比帯域とQ値のトレードオフを定量化する
「低Qほど広帯域」を一歩進めて、Q値を15から120まで連続的に変えながら軸比3dB帯域を測り、両者の関係を一本の曲線で描いてみます。各Qについて軸比の周波数特性を計算し、3dB以下になる周波数幅を中心周波数で割って百分率帯域を求めます。

このグラフから、軸比3dB帯域がQ値の逆数にほぼ比例して減ることがはっきり読み取れます。実測曲線(紫)は $\mathrm{BW}\approx 35/Q\,[\%]$ という $1/Q$ 則の参照線(灰の破線)とよく重なります。これは設計式 $\Delta f/f_0\approx1/Q$ の帰結そのもので、低Q(薄くない基板、損失をある程度許容)に振るほど広い周波数で円偏波が保てる一方、高Qの鋭い共振では帯域が一気に狭まる、という単一給電CPの宿命を定量的に示しています。
主偏波と交差偏波 — 円偏波の純度を周波数で見る
最後に、軸比のずれが「望む回転方向(主偏波)と逆回転(交差偏波)の混ざり具合」としてどう現れるかを見ます。軸比 $\mathrm{AR}$ の楕円は、主偏波成分(振幅 $(\mathrm{AR}+1)/2$)と交差偏波成分(振幅 $(\mathrm{AR}-1)/2$)の和に分解でき、両者の電力比が円偏波の純度(交差偏波識別度 XPD)になります。周波数ごとに主偏波・交差偏波の電力を描きます。

この図から、中心周波数 $f_0$ で軸比が1(円偏波)に近づくと交差偏波(赤)が深く落ち込み、主偏波(青)との識別度が50dB以上にまで広がることが読み取れます。$f_0$ から離れて軸比が悪化すると交差偏波が急速にせり上がり、両者の差(XPD)が縮まって円偏波の純度が落ちます。軸比3dB(識別度約15dB)が実用円偏波の目安とされる根拠が、この主偏波・交差偏波の分離量として直感的に理解できます。
まとめ
本記事では、円偏波パッチアンテナの設計理論を、偏波の基礎から軸比、縮退モード分離による単一給電CP化まで、数式の導出とPython可視化で解説しました。
- 円偏波の条件は、直交する2モードの等振幅かつ90度位相差。ジョーンズベクトル $\frac{1}{\sqrt2}(1,\,\mp j)^\top$ がRHCP/LHCPを表し、瞬時電界が $(\cos\omega t,\sin\omega t)$ となって円を描くことを導きました
- 軸比は楕円の長軸/短軸の比で、$\mathrm{AR}=20\log_{10}(\mathrm{OA}/\mathrm{OB})$。振幅 $A,B$ と位相差 $\delta$ から $\mathrm{OA}^2,\mathrm{OB}^2 = \frac12[(A^2+B^2)\pm\sqrt{A^4+B^4+2A^2B^2\cos2\delta}]$ で計算でき、等振幅では $\mathrm{AR}=\sqrt{(1+|\cos\delta|)/(1-|\cos\delta|)}$ と簡潔になります
- コーナーカットは正方形パッチの縮退を解いて2モードの共振周波数を分離し、その中間周波数で各モードの位相応答が直交位相になることで、外部回路なしに円偏波を実現します。必要な分離量は $\Delta f/f_0 \approx 1/Q$ が目安です
- 軸比3dB帯域は円偏波が成立する周波数範囲で、位相と振幅の2条件を同時に満たす厳しさから、単一給電では数%と狭くなりがち。低Q化やシーケンシャル給電が広帯域化の鍵です
円偏波は、姿勢の定まらない衛星や向き不定のRFIDタグとの通信を頑健にする、宇宙・移動体通信に不可欠な技術です。アンテナ単体だけでなく、複数素子を回転配置して軸比を改善するアレイ設計や、給電回路(90度ハイブリッド)の設計へと発展していきます。
次のステップとして、以下の記事も参考にしてください。