GPT-4Vのような「画像を見て言葉で答えるAI」を作りたいとします。素直に考えると、巨大な画像エンコーダと巨大な言語モデル(LLM)を繋いで、両方まとめて学習することになります。しかしこれは途方もなく高価です。何十億パラメータものモデルを2つ同時に学習するには、莫大な計算資源とデータが要ります。
BLIP-2(Bootstrapping Language-Image Pre-training) は、この問題に巧妙な答えを出しました。ICML 2023で発表されたこの論文(Li et al., Salesforce)の発想はこうです——「巨大モデルは2つとも凍結(重みを固定)したまま、その間を繋ぐごく軽量な部品だけを学習すればよい」。その橋渡し役が Q-Former(Querying Transformer) です。
この設計により、BLIP-2は学習コストを劇的に下げながら、当時の視覚言語タスクで高い性能を達成しました。そして「凍結したLLMに視覚を接続する」という設計思想は、その後のLLaVAをはじめとするマルチモーダルLLMの土台になりました。
この記事では、BLIP-2の核心であるQ-Formerと2段階学習を、論文の図(CC BY 4.0)を引用しながら、読めば全部わかる形で解説します。
なぜBLIP-2を学ぶのか
BLIP-2を理解する価値は、次の場面で効いてきます。
- マルチモーダルLLMの設計の原型がわかる:「凍結エンコーダ+凍結LLM+軽量な接続部」という構成は、現在のVLM(視覚言語モデル)の基本形です。BLIP-2はその出発点です。
- モダリティギャップの埋め方を学べる:視覚と言語という異質な情報をどう繋ぐか、という普遍的な課題への1つの解答を与えます。
- 計算効率の良い転移学習の手本になる:巨大モデルを凍結して小さな部品だけ学習する考え方は、LoRAなどのパラメータ効率的な手法と同じ精神を持ちます。
この記事を読む前に、以下を押さえておくとスムーズです。
全体像 — 凍結した2つを軽い橋で繋ぐ
まずBLIP-2の全体構成を見ます。

構成要素は3つです。
- 画像エンコーダ(凍結):ViTなどの学習済み画像エンコーダ。重みは固定し、学習しません。
- LLM(凍結):OPTやFlan-T5などの学習済み大規模言語モデル。これも固定します。
- Q-Former(学習対象):両者の間に置く軽量なTransformer。これだけを学習します。
巨大モデル2つを再学習しないので、学習対象のパラメータ数が桁違いに少なく、計算コストが大幅に下がります。論文の概観図も見ておきましょう。

出典: Li et al., “BLIP-2: Bootstrapping Language-Image Pre-training with Frozen Image Encoders and Large Language Models” (ICML 2023), Fig.1 (CC BY 4.0)
ここで自然な疑問が湧きます。凍結した画像エンコーダの出力を、そのまま凍結したLLMに入れても通じないのはなぜでしょうか。それは、画像特徴とLLMが期待する入力の間にモダリティギャップ(視覚と言語の溝)があるからです。この溝を埋めるのがQ-Formerの役割です。
Q-Former の内部構造
Q-Formerの中身を見ていきます。

Q-Formerの最大の特徴は、入力として学習可能なクエリ(query)ベクトルを持つことです(論文では32本)。これは画像でも文章でもなく、学習で獲得される「質問者」のような固定ベクトル群です。処理の流れはこうです。
- Cross-Attention:32本のクエリが、凍結した画像エンコーダの出力(数百本の画像特徴トークン)を参照し、必要な情報を吸い上げます。
- Self-Attention + FFN:クエリ同士が情報をやり取りし、Transformerブロックで表現を整えます。
- 出力:32本の「クエリ表現」が得られます。これが画像から抽出された、コンパクトな視覚情報です。
Cross-Attentionを式で書くと、クエリ行列 $Q \in \mathbb{R}^{32 \times d}$ を query に、凍結画像エンコーダの出力 $Z \in \mathbb{R}^{M \times d}$($M$ は画像トークン数)を key・value に使い、
$$ \text{CrossAttn}(Q, Z) = \text{softmax}\!\left(\frac{Q W_q (Z W_k)^\top}{\sqrt{d}}\right) Z W_v $$
を計算します。$M$ 本の画像特徴を $32$ 本のクエリへ「重み付き集約」する操作です。Q-Formerでは、このCross-Attentionが数ブロックおきに挿入され、残りはクエリ同士のSelf-AttentionとFFNで構成されます。
重要なのは、Q-Formerが情報のボトルネックとして働く点です。

画像エンコーダの出力は数百トークンと冗長ですが、Q-Formerはそれを32本に絞り込みます。この圧縮の過程で「LLMに渡すと役立つ情報」だけを選別するわけです。固定長のコンパクトな表現になるので、LLMへの接続も扱いやすくなります。これがモダリティギャップを埋める鍵です。
では、Q-Formerはどうやって「役立つ情報を選ぶ」能力を獲得するのでしょうか。それを担うのが2段階の学習戦略です。
Stage 1 — 視覚言語の表現学習
BLIP-2の学習は2段階に分かれます。まず Stage 1 では、LLMにはまだ繋がず、Q-Former単体で「画像と言語を結びつける表現」を学習します。論文Fig.2を見ましょう。

出典: Li et al. (ICML 2023), Fig.2 (CC BY 4.0)
Stage 1 では、CLIPやオリジナルBLIPと同じく3つの目的を同時に学習します。自作図で整理します。

- ITC(Image-Text Contrastive):画像のクエリ表現と対応する文を近づけ、無関係な文とは遠ざける対照学習。クエリと文が互いに見えないよう注意マスクを分離します。
- ITM(Image-Text Matching):画像と文が整合しているか否かを2値分類。クエリと文が互いに見える双方向マスクを使います。
- ITG(Image-grounded Text Generation):画像を条件にキャプションを生成。未来の単語を見ないよう因果マスクを使います。
それぞれの目的を少し式で補います。ITCは、画像のクエリ表現 $q$ と文表現 $t$ の類似度を温度 $\tau$ つきソフトマックスで対照学習します(正しいペアの $\text{sim}(q,t)$ を上げ、他は下げる)。ITMは結合表現を2値分類器に通し、整合なら1・不整合なら0を当てます。ITGは画像を条件に文の対数尤度 $\sum_i \log p(w_i \mid w_{
3つの目的で1つのQ-Formerを共用し、目的ごとに自己注意マスクだけを切り替えるのがポイントです。ITCはクエリとテキストが互いを見ない「ユニモーダルマスク」、ITMは全部が見える「双方向マスク」、ITGはテキストが過去だけ見る「因果マスク」を使います。マスクを変えるだけで対照・マッチング・生成という性質の異なる3タスクを1つのネットワークで扱えるわけです。これにより、クエリは「画像の意味を捉え、かつ言語と結びつく」表現を獲得します。
Stage 1 で良い視覚表現が手に入ったら、次はそれをLLMに接続します。
Stage 2 — LLMへの生成的接続
Stage 2 では、学習済みQ-FormerをLLMに繋ぎ、「画像を読んでテキストを生成する」能力を引き出します。論文Fig.3です。

出典: Li et al. (ICML 2023), Fig.3 (CC BY 4.0)
接続の仕組みを自作図で示します。

やっていることはシンプルです。
- Q-Formerが出した32本のクエリ表現を、全結合層(FC)でLLMの単語埋め込みと同じ次元に投影します。
- 投影したベクトルを、LLMの入力テキストの先頭に差し込む——いわば「ソフトな視覚プロンプト」です。
- 凍結したLLMは、この視覚プロンプトを文脈として、続きのテキスト(キャプションや回答)を生成します。
LLMから見ると、画像が「入力の先頭にある特殊なトークン列」として渡されている格好です。LLMの言語能力はそのまま活かしつつ、Q-Formerが用意した視覚情報を条件に文章を作れるわけです。OPT(デコーダ型)にもFlan-T5(エンコーダ・デコーダ型)にも接続でき、LLMを差し替えられる柔軟さも持ちます。
なぜこの2段階が効くのか——その効率性を次に確認します。
なぜ効率的なのか
BLIP-2の最大の実用的利点は、学習コストの低さです。

画像エンコーダとLLMという最も重い2つを凍結するので、学習するのはQ-Former(と小さな投影層)だけです。論文では、BLIP-2は当時の最先端だったFlamingoと比べて学習可能パラメータが大幅に少ないにもかかわらず、ゼロショットVQAでより高い精度を達成したと報告されています。「巨大モデルを再利用し、繋ぎ目だけ学ぶ」という設計が、性能とコストの両立を生んだわけです。
なぜ2段階に分けるかにも理由があります。Stage 1 を飛ばしていきなりLLMに繋ぐと、Q-Formerが「LLMに有用な視覚表現」を学べず、性能が落ちます。先に Stage 1 で視覚言語の対応を学ばせておくことが、Stage 2 の生成学習を成功させる前提になっています。論文Fig.5でも、この表現学習の効果が示されています。
こうして学習されたBLIP-2は、1つのモデルで多様なタスクをこなせます。
応用とゼロショット能力
BLIP-2は、追加学習なし(ゼロショット)で多様な視覚言語タスクに対応できます。

画像キャプション生成、視覚質問応答(VQA)、画像-文検索などをこなせます。特に注目すべきは、指示に従ったゼロショット画像対話です。凍結LLMがもともと持っている指示追従能力をそのまま使えるので、「この画像について詩を書いて」「写っているものを数えて」といった自由な指示に応答できます。これは、視覚を接続してもLLMの言語的知性が損なわれないことを示しており、後のマルチモーダルLLMが目指す方向を先取りした成果でした。
まとめ
BLIP-2を、論文の図を引用しながら解説しました。要点を振り返ります。
- 設計思想:巨大な画像エンコーダとLLMを凍結し、その間を繋ぐ軽量なQ-Formerだけを学習する。学習コストを大幅に削減。
- Q-Former:学習可能な32本のクエリがCross-Attentionで画像特徴から要点を吸い上げ、固定長のコンパクトな視覚表現に圧縮する情報ボトルネック。
- Stage 1:ITC / ITM / ITG の3目的を注意マスクの切り替えで同時学習し、視覚と言語を結びつける表現を獲得。
- Stage 2:Q-Formerの出力をFC層でLLMの入力空間へ投影し、ソフトな視覚プロンプトとして凍結LLMに差し込んでテキスト生成。
- 成果:少ない学習パラメータでFlamingoを上回るゼロショット性能。凍結LLMの指示追従能力を活かした画像対話を実現。
「巨大モデルを凍結し、繋ぎ目だけを学ぶ」というBLIP-2のアプローチは、効率的なマルチモーダル学習の雛形となりました。視覚を接続部で橋渡しするこの発想は、LLaVAなど後続のマルチモーダルLLMに受け継がれ、今のVLM隆盛の礎になっています。